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削除漏れと記述不足を修正しました(05/01) 推敲不足で申し訳ありません。
大陸共通暦1769年:晩秋。
大陸西方メーヴラント:サンローラン共和国。
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時は来た。
小会議室に集められた面々は5人。
聖冠連合帝国の出席者は皇太子レオポルドと帝国宰相サージェスドルフ。
ベルネシア王国の出席者は国王カレル3世と勅任特別補佐官ヴィルミーナ。
オブザーバーとしてカール大公とエルフリーデ、カスパーも同席している。
小会議室は過剰なほどの防諜体制が取られており、室内の会話が外に漏れることは絶対にない。議題が議題だから当然と言えよう。
「最初に言わせて欲しい」
皇太子レオポルドが口火を切る。
「クリスティーナ王女、その子女の艱難辛苦を放置してきたことを、帝国皇太子レオポルドの名をもって謝罪する」
カール大公達が驚く。
基本的に権威が己の非を認めることはまず無い。傲慢だから、ではない。謝罪=補償であり、権威の謝罪とは補償とは権益の損失を意味する。
だから、権威は頭を下げないし、頭を下げる時も補償を少しでも減らす努力を払う。
ゆえに、国王カレル3世とヴィルミーナはレオポルドの謝罪を『予防線』と認識した。『皇太子が頭を下げたんだから、そっちも譲歩しろよ』というメッセージだと。
「非を認めたからには、償いも行われる、そう考えてよろしいな」
カレル3世は恐ろしく冷淡に応じた。言外に『手を緩めたりしねえぞ』と告げている。
帝国宰相サージェスドルフが神妙さの欠片もない態度で言った。
「ソルニオル公爵当主の終身蟄居、嫡男の廃嫡を始めとする先妻子息達の家督と財産の相続権剥奪。及び、公子カスパー殿の公爵家家督の相続。クリスティーナ様においては大公の贈位は如何か」
カール大公とエルフリーデが目を剥いた。が、カスパーは“驚かない”。
「20余年に及ぶ艱難辛苦の代価としては不当に安すぎる」
ヴィルミーナが子犬を蹴り飛ばすように言った。
「ソルニオル公爵当主と先妻子息達は帝国皇帝陛下の御名において処刑。当主と先妻子息の財産は全てクリスティーナ様とその御子達に相続のこと。子息達の子女と親族衆に関しては国外追放を求める」
返ってきた要求を聞き、サージェスドルフは少々意外に思う。クズ共を自分達の手で始末させろ、くらいには言ってくるかと思ったが。存外に甘い。
「そのうえで」
ヴィルミーナは続けた。
「カスパー公子にはクレテア王家先代第二王女にしてデルゴーニュ公爵夫人の長女を妻に迎えてもらう」
「はぁっ!?」と皇太子レオポルドが仰天して吃驚し、カール大公とエルフリーデなど、酸欠の金魚みたいに目を丸くし、口をパクパクしていた。
「さらに言えばだ」
帝国側の動揺を完全に無視し、ヴィルミーナは追い打ちをかける。
「ヴァンデリック侯弟ヴィルヘルム殿の孫娘を、側妾として受け入れてもらう。孫娘殿との間に生まれる子女はソルニオルの相続権を持たないが、カスパー殿と帝国の認知の下、新生ソルニオル公爵家の別家として家を興させることを要求する」
もはやレオポルド達も言葉もなかった。
そんな中、眉間に深い皴を刻んだサージェスドルフは“動じていない”カスパーを睨む。
「何も聞いていないぞ、カスパー公子」
その大きな体躯に相応しい強烈な圧力に晒され、カスパーは気圧されながらも、答えた。
「俺は何も了承していない。ただ夜会で『話題』に出ただけだ」
※ ※ ※
クレテア代表団の滞在先で催された夜会。カスパーはクレテア国王とヴァンデリック侯弟とヴィルミーナ、魑魅魍魎も裸足で逃げ出しそうな三人から先の話を聞かされていた。提案や取引、交渉ではなく、あくまで夜会の話題として。
むろん、そんな欺瞞をカスパーは受け入れず、率直に激怒した。特に提唱者らしいヴィルミーナへ殺意すら抱いた。母クリスティーナの次は俺を利用するか、と罵倒すらした。
だが、これを大髭ヴィリーが鼻で笑い、ヴィルミーナは嘆息をこぼす。まるで『この坊やは何も分かっていない』と言いたげに。
アンリ16世が冷ややかな目つきでカスパーを見据え、告げた。
――善意として忠告しよう。貴様も貴族の端くれなら利用されたくらいで泣き言を吐くな。利用し返す算段を立てろ。状況や境遇を活かす手立てを考えろ。我々王侯貴顕は望む望まざるを関係なく、死ぬまで打算と利害の舞台で踊り続けるしかないのだ。腹を括れ。ここが貴様の檜舞台だ。
※ ※ ※
サージェスドルフは思いつめた面持ちのカスパーから目線を切り、再びヴィルミーナへ深い青色の瞳を向けた。
そのずば抜けた頭脳を働かせ、ヴィルミーナの企図を速やかに図る。
ソルニオル公爵家にクレテア王家の血が加わることの意味は重い。薄汚れてはいても、ソルニオルは皇族。カスパーはベルネシア王家と帝室シューレスヴェルヒの血を引いていて、クレテア王家の娘を娶れば、その子は実質的に3王家の血を引く。いや、先代クレテア王妃はエスパーナの王族だから、4王家の血を受け継ぐ子供が産まれることになる。
その血統の重大性は帝国といえども無視できない。
加えて、既に帝室とクレテア王家の婚姻外交が行われている関係上、カスパーとクレテア王族子女の婚姻が成立すれば、両国の外交関係が一層深められる。いや、深め“なくてはならない”。政略結婚は利益を生まねばならないから。
ソルニオル領を窓口に対クレテア地中海貿易が拡大していくことになるだろう。ベルネシアの狙いはクレテアを中継した貿易利益の吸い上げか。
薄ら恐ろしいのは、ヴァンデリックの“大髭”の孫娘を側妾にしろという案。
ヴァンデリック侯家はソルニオルと大差ないマフィア同然の存在。その孫娘をカスパーの妾に迎えるということは、ソルニオル公爵家が持つ裏側の利権を、ヴァンデリックに食わせるつもりだ。加えて、ソルニオル領を“亡命先”、“避難先”にするつもりだ。
当然、ベルネシアもこの斡旋の代価に相応の見返りを得るに違いない。
帝国とて失うばかりではない。
クレテアとの関係強化につながるし、地中海貿易を通じて今以上に外洋の産物やベルネシアの優れた文物が得られる。ヴァンデリックの資本と勢力をソルニオル領へ分けることで、保護国化も上手くいく算段が高い。
将来的にソルニオル領の利潤をヴァンデリックに吸い上げられてしまう可能性も否定できないが、そこは政策なりなんなりで抑えが利こう。
ベルネシアもクレテアもヴァンデリックも、帝国すらも損しない。
既定路線通りに当主とバカ息子共を排除し、カスパーを後継者にして政略結婚させることで、全方向に利益が分配される。
―――話が旨すぎる。
誰もが得するという事実が逆に計り知れない悪意を感じさせた。微笑を湛えたヴィルミーナが怪物か何かに見える。
サージェスドルフは思わず巨躯を震わせた。同時に卓越した頭脳が猛烈に稼働し続ける。
狙いは何だ? この小娘は何を狙っている?
沈思黙考を始めたサージェスドルフを余所に、エルフリーデが腰を浮かせて激昂していた。
「カスパーッ! どういうことなのっ!? 貴方はこれを全部知っていて、私達や宰相閣下に黙っていたというのっ!?」
「エルフリーデ。カスパーの立場では迂闊な報告などできん。事は君にも関わるのだから」
「わ、私? 私も関わる?」
カレル3世の擁護にエルフリーデが動揺する。カレル3世は妹の娘へ優しく、だが、厳しい声色で語り掛けた。
「この提案は必ずしもカスパーである絶対性はない。エルフリーデ。君とカール大公の間にいずれ産まれる子供でも良いのだ。生まれる子供の歳次第だが、男子ならばクレテア王女テレーズ姫と婚約できる可能性がある。正妻がクレテア王女なら、ヴァンデリックも孫娘を妾として差し出し易い」
「な――」
「分かるかね? カスパーは君と君の子供を利用させないために、あえて沈黙を保ったのだ」
説明を聞いたエルフリーデは瞬間的沸騰し、
「それで気遣ったつもりっ!? ふざけないでっ!」
カスパーへ怒鳴り散らし、続けて、カレル3世とヴィルミーナを睨みながら、
「貴方達は母を利用するだけでは飽き足らず、私達まで利用してっ! どこまで私達を貶めれば気が済むのよっ!」
激しい罵倒を浴びせた。
辛辣な罵倒にカレル3世が苦しげに表情を曇らせるも、ヴィルミーナは全く動じない。紺碧色の冷たい瞳でエルフリーデを見つめる。
「確かに、私達は貴方達を利用している。でもね、この政略結婚で最も実利を得る人間は、貴方達である事実は変わらないのよ」
ヴィルミーナは優しい笑みを湛え、
「ベルネシアや帝国が憎いなら、クレテアとのつながりを利用して謀略を張り巡らせればいい。個人的な復讐もヴァンデリックが持つ裏のコネクションを利用すればいい。そう、つまりは」
口端を釣り上げた。まるで女妖のように。
「貴方達は現当主達に成り代わることが出来る。いえ、これまで以上に強大な力を持つことも出来るわ」
エルフリーデは顔から血の気を引かせ、縋るように弟を見た。
「カスパー……? 貴方、まさか、」
「俺達は力を持つべきだ。誰にも虐げられず、誰にも侮られず、誰にも貶められない力を」
思いつめた顔のカスパーが滔々と語る。その様はさながら悪魔に魂を売り渡したが如く。
サージェスドルフは口腔内で舌打ちをした。
やられた。カール大公が傍にいれば、バカはしないと思っていたが。防諜屋を傍に配しておくべきだった。こちらの手抜かりだな。
「ここまで聞かされて、帝国がこの話を承認すると思っているのか」
皇太子レオポルドが辟易顔で吐き捨てた。
ヴィルミーナはふっと息を吐き、腰を上げる。部屋の隅に置かれたティーカートの元へ行き、人数分の御茶を淹れる準備を始めた。
「東方に以徳報怨という言葉があります」
この世界にあるかは知らんが。と心の中で呟き、ヴィルミーナは言った。
「怨む相手へ徳を以って報いるべしという意味です」
「聖王教の言う『赦し』みたいなものですか?」とカール大公が問う。
「本来の意味においては似たようなものでしょう。しかし、我々施政者の立場で考えた場合、この考えは別の意味を持ちます」
ポットに茶葉を入れ、ヴィルミーナは魔導術でお湯を注ぐ。熱湯に浸かった茶葉がポットの中を仄かに紅く染めていく。
「まともな神経を持つ加害者ならば、大なり小なり罪悪感を持つものです。心ある者ならば、赦されたことに感謝し、与えた害以上の恩義を返すようになる。つまりは、怒りや憎しみを抑えて相手を赦すことで、より多くのものを得よ。ということですね」
老子の訴えた意味と違い、蒋介石の口にした『以徳報怨』は正しく打算的だった。
大戦後の国共内戦に敗れ、台湾に逃げ込んだ蒋介石は『以徳報怨』を外交方針として親日姿勢へ徹したが、対内的には徹底した排日姿勢を取っている。
この背景には台湾の立地条件上、頼りになる味方は日本(と米軍)だけという事情があった。蒋介石の『以徳報怨』とは損得勘定と打算の方針に過ぎない。
そして、事実として蒋介石は日本から表裏に両面から支援を取り付けることに成功している。
蒋介石の『以徳報怨』は外交方針として大成功したのだ。
「もちろん、こちらの示す慈悲や寛恕を、柔弱さの表れと見做すでしょう」
ヴィルミーナは人数分のカップに御茶を注いでいく。
世の中は慈悲深さに感謝する人間ばかりではない。断固たる処置を“下せない”弱さや隙と判断する輩も居るのだ。
「しかし、それならそれで良いのです。一度は赦し、手を差し伸べた。この事実が大事ですから。こちらの慈悲と寛恕を払いのけるならば、報復の刃を存分に振るえば良い」
御茶を注いだカップを盆に乗せ、ヴィルミーナは卓へ戻っていく。
「我が国の立場で言えば、我が国の御稜威を貶めた報復として、貴国へソルニオルを抹殺する戦力を送り込むか、貴国から連中を拉致してオーステルガムの辻に吊るしても良い。我が国の面目を考えれば、貴国と外交問題を起こしてでもやるべきでしょうね」
皇太子レオポルドとカール大公が思わず身を固くする。
「しかし外交問題を起こせば、それこそクリスティーナ様が帝国に嫁がれた意味がない。先王陛下の企図と実態はともかく、クリスティーナ様はベルネシアと帝国の懸け橋として嫁がれた。これを完全に反故とするような真似は許されない」
ヴィルミーナは皇太子レオポルドの手元へカップを置きながら、
「ゆえに我が国は“帝国に対しては”行動を起こしません」
続けて、サージェスドルフの手元にカップを置く。
「ただし、我が国に対する帝国の不誠実は見逃せません。なので、カスパー様の政略婚を図らせていただいた。扱いを誤れば、帝国は大きな痛みを味わうことになるでしょう」
そして、憎悪のこもった瞳で睨んでくるエルフリーデの手元にカップを置く。
「この20余年の間、クリスティーナ様が味わってきた苦難。エルフリーデ様、カスパー様の味わってきた苦悩。我が国がこれを償おうと思えば、この過ちに報いようとすれば、この“程度”の利権提供と利益誘導しかできません。我が国にはこれくらいしかできない。これが我が国に出来うる最大限の、精いっぱいの贖いなのです」
「ふざけたことを……っ!」
エルフリーデは今にもカップをヴィルミーナへ投げつけかねなかったが、カール大公がエルフリーデの手を優しく握って未然に防ぐ。
「確かにこの策はカスパー様の意志を無視した政略結婚です。クレテアもヴァンデリックも最大限にカスパー様を利用します。なれど、先に述べたように、カスパー様もエルフリーデ様ももはや利用され、虐げられ、侮られ、嘲われる存在ではなくなる。それどころか、やりようによってはベルネシアにも帝国にも意趣返しや報復や復讐が叶うのです」
ヴィルミーナはカール大公とカスパーの手元へカップを置く。
「あるいは、以徳報怨を旨とし、報復や復讐以外の選択を採っても良いでしょう。カスパー様を利用する者達を逆に利用し、ソルニオルを健全に生まれ変わらせ、よりよい発展へ導くことも可能です。全てはカスパー様の“自由”です」
顔を上げたカスパーから視線を切り、ヴィルミーナは続けた。
「そう。全てはカスパー様の“自由”です。ソルニオルを今以上の悪徳の街にするのも、地中海の宝石の如き街にすることも。妻と妾となる女性達に誠実へ向かい合い、家族として夫婦として絆を育むのも、単なる政略のつながりとして冷遇するのも、全てはカスパー様の自由、その意志のままに振舞えます」
最後に、ヴィルミーナはカレル3世の手元にカップを置く。
「我が主君もまた、全てをカスパー様に委ねます。この話を受けることも、この話を蹴って仲介した我が国の顔を潰すことも、後に復讐と報復を行うかどうかも、全て委ねます。貴方と、貴方の御家族の意志に委ねましょう。これが我々の示せる最大限の誠意です」
長広舌を聞き終えた皇太子レオポルドは、狐狸に化かされたような気分だった。
当初はカスパーを利用した打算の政略にしか聞こえなかったのに、話を終いまで聞いた今、謝罪と償いを込めた深謀遠慮の策のように思える。
どう判断したものかとレオポルドは難渋面を浮かべ、先ほどから沈黙を保つサージェスドルフを横目にし、ぎょっとした。
サージェスドルフはかつてないほど真剣な目つきをしていた。万事飄々とした傲岸さを絶やさない帝国の大番頭が、帝国の興廃を賭したような目つきをしていることに、レオポルドは言葉なく仰天した。
険しい顔つきでヴィルミーナを睨み据え、サージェスドルフは問う。
「それで、我々がそちらの話を呑まなかったら?」
「貴国がこの要求を呑まないのであれば、我が国は此度の国際会議の条約締結を拒否し、好意的中立の宣言を出す」
「国際的孤立を招くぞ。第二のカロルレンになる気か?」
ヴィルミーナの回答をサージェスドルフは一蹴する。
が、若き乙女の姿をした怪物はとても美しい微笑を湛えて答える。
「この世界はメーヴラントだけではない。貴国らが敵に回るというなら、イストリアと関係を一層強化しよう。ガルムラントのエスパーナと手を組もう。大陸南方勢力と手を組もう。ロージナと手を組もう。外洋領土の現地人を搔き集めてこよう。あらゆる勢力と手を結び、あらゆる人間を武装して貴国らとの戦争へ投入しよう。あらゆる方法を使って貴国らを痛めつけよう」
紺碧色の瞳が凶悪な煌めきを宿す。
「その結果、我が国が衰退して列強の座から転げ落ちようとも、貴国らに滅ぼされるくらいなら喜んで凋落を受け入れよう。だが、その時はメーヴラント自体も道連れにしてやる。9年戦争など比ではないくらいの破壊と殺戮の嵐を起こしてやる。我が国が生き残るなら、メーヴラントが壊滅しようと他国民が絶滅しようと知ったことではない」
理念なき暴力主義者の妄執の如き悪意。
妄言と聞き流すには、ヴィルミーナの双眸と表情はあまりにも真剣かつ本気に過ぎた。
室内の全員が理解する。この女は本気だと。ベルネシアが生き残るなら、本気で全メーヴラント人が死に絶えても構わないと言っている。
本気で、メーヴラントを巻き込んだ戦争も辞さないと脅迫している。
「狂っている……っ!」
レオポルドが呻くように呟く。カール大公もエルフリーデも慄然としていた。だが、カスパーは新たな発見を見出したような目でヴィルミーナを見つめている。どうやら悪影響を受けたようだ。
そして、一層冷徹さを増したサージェスドルフは、ヴィルミーナの脅迫を本心であると同時に”ブラフ”と見抜く。だが、問題は脅迫やブラフであることではない。
静かにカレル3世へ問う。
「ベルネシア王。貴方はこの魔女の策を容認しているのか。この狂猛な一理がベルネシアの総意として受け取って良いのか」
「貴国が我々の提案を呑めば済む話だろう」
カレル3世はサージェスドルフの視線を真正面から受け止め、
「この件に関して、我々はそれほどの覚悟を以って臨んでいると理解するが良い」
挑むように反問した。
「回答を聞かせていただこうか。我が国の提案を呑むのか、呑まないのか。どっちだ」
皇太子レオポルドは何も言わず、帝国随一の頭脳を持つ肥満体オヤジの回答を待つ。カール大公達は固唾を飲んで帝国宰相の判断を見守る。
損得勘定で言えば、先述したようにヴィルミーナの提案は決して悪くない。面倒はとても大きいが帝国も得られる物は多い。
しかし、サージェスドルフは既にヴィルミーナという”敵”を把握していた。
巧妙な口舌。禍々しい凶気。獰猛な功利性。強烈な強欲さ。その奥には歳不相応なほど老獪な狡知さが潜んでいる。
それだけに、ソルニオル公爵家への措置、カスパーの政略婚、以徳報怨という”与太話”。凶悪な脅迫。これらが全て”仕掛け”という感覚が拭えない。
カレル3世の強気な姿勢と平静な態度もその感覚を補強していた。
サージェスドルフは弛んだ顎肉を弄りながら時間を掛けて思案し、告げた。




