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転生令嬢ヴィルミーナの場合  作者: 白煙モクスケ
第2部:乙女時代

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10:1

ちょっと長くなりました。

大陸共通暦1768年:王国暦251年:初夏。

大陸西方メーヴラント:ベルネシア王国:王都オーステルガム。

―――――――――――――――――

 戦争が起きれば、死傷者が生じる。


 死んだ者は英雄と持ち上げて讃えるだけで済むが、負傷者や戦死者遺族はそれだけではすまない。負傷者は後遺症や障碍を抱えて生きていかねばならず、戦死者遺族は失われた働き手や稼ぎ手の分を何とかしなくてはならない。


 そんな戦後の痛みにあえぐベルネシアへ、戦後不況が御来訪。

 莫大な戦費という負債の処理に加え、戦時体制の弊害が社会に現れている。戦費負債は長期的な返済をするとして、戦時体制の弊害は過剰な生産体制を縮小して軍を削減すりゃあいい。しかし、ゲームと違い、削減された人間は消えたりしない。失業問題という新たな問題が生じる。


 当座は有り余る物産をなんとかして売りさばくしかない。通貨を増加させて購買意欲を刺激するという方法もあるが、これは必ずインフレを招く。とはいえ、許容範囲内で収まるインフレならば、平時体制へ完全に落ち着いた時、なし崩し的に解消される。はずだ。荒廃した南部の復興を公共事業として利用する手もある。


 ともかく、王国府は『戦後』という面倒と厄介の大攻勢を相手に奮闘している。今のところは延焼を留めるのが精いっぱいで、デスマーチの終わりはまだ見えない。


 年が明け、ひと季節が過ぎた今、戦勝や王太子成婚の祝賀気分が抜けた人々は世知辛い現実と向き合わねばならなかった。


            〇


「小街区の拡張要請?」

 執務室でアレックスの報告を聞き、ヴィルミーナは怪訝そうに片眉を上げた。


 王立学園を卒業し、軍事補助員もお役御免になった今、ヴィルミーナはもっぱらセミフォーマルな服装をしている。なんせいつお偉いさんやらなんやらと顔を合わせるか分からない。

 かといって、ガチガチの正装姿で仕事なんてしてられない。セミフォーマルが妥協点だった。


「はい、ヴィーナ様」

首肯を返す“侍従長”アレックスはパンツスーツっぽい恰好だ。男装を要求する周囲と普通の(女らしい)格好がしたい自身の妥協点だとか。


「先の戦で傷痍障碍者と戦死者遺族が激増しましたから、小街区を拡大して受け入れて欲しいと、王国府と軍から嘆願が届いております」

「その手の施策は王国府が改革したでしょう? なんで小街区にそこまで集まってるのよ」

 戦前に王国府がデスマーチをしながら大改革を実行したはず。なのになぜ……。


「たしかに、大改革で各都市における傷痍障碍者や戦死者遺族の生活環境や雇用状況が改善されました。しかし、ここ小街区ほど充実している街はどこにもありませんから、希望者が殺到したようです」

「……障碍者や戦死者遺族はここへ集めておけ、みたいな風潮じゃないでしょうね? 私は小街区を弱者の収容所にするつもりはないわよ」


 妙な猜疑心が湧いたヴィルミーナが怖い顔で尋ねる。も、慣れたアレックスは動じることなく首を横に振った。


「流石にそこまで悪辣ではありませんよ。近く開催予定の傷痍障碍者競技大会が呼び水になったのかと。世界広しと言えど、障碍者達の運動大会なんて前例がありませんからね。小街区へ行けば、手足を失っていても競技大会に参加できるような生活が出来る。そういう希望を見出しているのだと思います」


「そんなこと言われたら……放っておけないじゃない」

 ヴィルミーナは仏頂面を浮かべて苛立たしげに吐き捨てた。

 ことビジネス絡みにおいて、ヴィルミーナは容赦の欠片もない。仕手戦と敗戦で背骨をへし折られたクレテアでは、昨年の冬に貧困層と低所得層で餓死や凍死が大量に生じ、社会不安が発生していた。

 この報告を聞いたヴィルミーナは「暴動は起きてないんでしょう? なら、まだ搾り取るわよ」とのたまった。『血も涙もない強欲商人』を地で行く振る舞い。


 しかし、一度手を差し伸べておいて後は知らん、と投げ出すほど無責任でもなかった。

 小街区建設以降、ヴィルミーナは障碍者の雇用や戦死者遺族――特に母子家庭や老人家庭の扱いには心を砕いていた。だからこそ、ここ小街区では誰もがヴィルミーナを『領主』と見做しているし、王妹大公家に敬意を払う。


「とはいえ、ただ拡大しろと言われても困るわね。受け入れた人間が食っていく手段を伴わないと、やはり収容所染みたスラムを作るだけになってしまう」

 ヴィルミーナは嘆息を吐いて、アレックスに尋ねる。

「その辺はどうなっているの?」


「明言も仄めかしもありません」

 アレックスは微かに眉を寄せて続けた。

「それが却って、我々を上手いこと利用したい、という意図が透けていますね」


 ヴィルミーナの“侍従長”として経験を重ねてきたアレックスは、『スレた物の見方』をしっかり体得していた。まだ二十歳そこらだというのに、気の毒な話であろう。


 アレックスの見解に、ヴィルミーナはにやりと満足げに微笑み、

「小街区の拡大は受け入れない。ただし、移転予定のクレーユベーレの開発を一部前倒しにしましょう。移住予定者には移動の補助金を出してもらうか、海軍に協力してもらおう」

 書類に万年筆を走らせつつ、言った。


「この件はニーナに名代を任せる。大会が終わったらマリサも参加させて」

 戦争で左足を失ったマリサは選手として競技大会に参加する予定だった。ヴィルミーナはこれを大いに援助し、全ての業務から解放して練習を許している。


「かしこまりました」

「それから」

 ヴィルミーナはアレックスへ尋ねた。

「今日は昼食に予定は入ってなかったわよね?」


「ええ。会食の予定はありません」

「じゃあ、久しぶりに皆で食べに行きましょうか。予定が合う子達に声を掛けて、適当な店を取っておいてくれる?」

「借り切りになるかもしれませんね。すぐに手配します」

 アレックスはにっこりと微笑み、ヴィルミーナの執務室を出ていく。


      〇


 宰相令息マルク・デア・ペターゼンは、猛烈な不満顔を浮かべて『白獅子』小街区オフィスへ出社した。


 王国府に入ってひと季節で外に出されてしまった。しかも、行先はヴィルミーナの『白獅子』である。官僚として仕事を覚え、経験を積み、出世を目指すつもりだったのに……。


 王国府から『白獅子』へ出向してきた官僚は4名。マルクを含めた男性3名、女性1名。年齢で分けると、30代の中堅1名、マルクを含めた20代の若手3名。彼らは『白獅子』と王国府とのパイプであり、ヴィルミーナに付けられた首輪だ(国王カレル三世が言うように、鈴を鳴らす程度しかできないだろうが)。


 官僚達の自己紹介が終わると、

「最初に断っておくけれど、いずれ王国府へ帰られるであろう貴方達に、我が組織の要職を任せることは出来ない」

 ヴィルミーナはのっけから良いパンチを放ち、官僚達が思わず困惑顔を浮かべた。


「将来的に我が組織に根を張ってくれるならその限りでもないけれど、貴方達は官僚としての栄達を目指すわけでしょう? まあ、その方面の助けになる仕事を任せるから、上手いことやってちょうだい」

 そう告げると、ヴィルミーナは“侍従長”アレックスへ目配せした。


 アレックスは官僚達を見回し、告げる。

「皆さんに用意した役職は、ここ小街区オフィスの総務に一名。流通事業の渉外部に一名。ゼネコン事業の管理部に一名。これより各業務の内容を説明します。それとマルク“殿”には側近衆の秘書室勤務を命じます」


「僕だけ名指しなのは、どういうことですか?」

 怪訝そうに眉根を寄せたマルクへ、ヴィルミーナは意地悪く口端を歪めた。

「古馴染であり、王立学園の同期であり、貴方の御父上にはいろいろお世話になっているから、特別な配慮をしてあげたの」


 情実と親の七光りだと露骨に言われ、マルクは流石にムッとした。

「今更、コネありきだと言われたくらいで怒らないでよ。他の方達だってそのくらいのこと、織り込み済みよ。そうでしょ?」


 ヴィルミーナに水を向けられた官僚三人は曖昧な微苦笑を湛えた。なんせ、彼ら自身も実家の絡みとコネや伝手や交流関係によって、王国府に入府し、白獅子に派遣された貴族官僚だ。マルクの処遇についてあれやこれや言える立場にない。


「エリン。マルク“殿”をドラン君に紹介してあげて。御三方はアレックスに説明を受けた後、配属先の希望を出してちょうだい。以上よ」


 話はここまで、とヴィルミーナは右手を振った。

 面談は終了。


 マルクは側近衆のエリンにドランの許へ案内されていく。

 エリン・デア・ミューレ伯爵令嬢は、ボブヘアが良く似合う中肉中背の娘で、パンツスーツのような着衣を好む。ぶっちゃけアレックスの男装姿に感化されたクチだ。もっとも、身長が足りないせいか、アレックスのような宝塚女優的華やかさはない。


「ドラン、という方は聞いたことないな」

「それはそうでしょ。ドラン殿は平民だし」

 エリンはかつかつと廊下を歩きながら、冷ややかに言った。

「同期の誼として言っておくけれど、各主要事業の代表や重役もほとんどが完全な平民出よ。だからといって無礼な態度は決して取らないように。彼らへの無礼はヴィーナ様への無礼と心掛けて」


「分かった」

 マルクは眼鏡の位置を修正し、密やかに嘆息をこぼす。えらいところへ出向させられてしまったようだ……。


 もっとも、マルクは嘆息をこぼすのが早かった。

 本当に嘆息を吐くべきだったのは、ドランに会ってからにすべきだった。特に『金貨のプール』について聞かされてからにすべきだった。

 ともかく、マルクは白獅子に出向し、いつか金貨のプールで泳ぎたい男と出会ったのだ。


         〇


 ロートヴェルヒ公爵家次女メルフィナは戦後、王都を離れてロートヴェルヒ公爵領へ戻っていた。自身の持つ美容サロン、コスメや服飾の事業を切り盛りしながら、家業の経営運営にも関わっている。


 王国南西部に領地を持つロートヴェルヒ家は先の戦争で少々の直接被害と、結構な経済損失を被っていた。ロートヴェルヒ公爵は南部閥の顔役として、細君と共に王都でロビー活動を行っている。国から南部復興資金を引っ張り、投資や出資を呼び掛けていた。


 で、実際に領地を切り盛りしているのは、ロートヴェルヒ美人三姉妹の長女にして公爵家嫡女レイアだった。


 色気たっぷりな美女に育ったメルフィナと違い、レイアは飴細工のように華奢で儚い印象を与える美女だった。

 しかし、それは見た目の話。中身の方は――――

「山賊が出没した? 一人残らず素ッ首叩き落して剥製にしてしまえっ!」

 こういう女である。


 なお、レイアに婿入りした旦那のヨゼフは胤を残す以外の何ものも期待されておらず、常識の範疇で遊び暮らしていいから、と言われていた。

 事実、代官職も領内経営も家業も全てレイアが差配しており、ヨゼフには如何なる権限もない。口さがない者は『婿殿が働くのは夜だけ』なんて言っている。それ、事実です。


 さて、初夏が間近に迫ったこの日。

 メルフィナが自室で自分の事業関連の仕事をしていると、

「メルッ! メールっ!! メールフィーナッ!!!」

 姉の大喝が届いてきた。


 あの華奢な体のどこにこんな大声を出すエネルギーが収まっているのかしら、とメルフィナは小首を傾げながら、姉レイアの執務室へ向かった。


 八畳間ほどある執務室の中はシックな色合いで統一され、重厚感を感じさせる。一流の調度品が並ぶ中、壁にレイアの収集品である異国の刀剣や銃器が飾られていた。ガワは儚げな美女で、中身は完全なオトコノコ。それがレイア・デア・ロートヴェルヒだ。


「姉様。あまり大声を出さないで下さいな。はしたないですよ」

「そんなことはどうでもいいわ。それよりこれを見なさい」

 レイアは執務机上に置かれたファイルを突く。


 せっかちなんだから、と鼻息をつきつつ、メルフィナは革張りのファイルを手にして開き、中の書類に目を通していく。

「ヴィーナ様が都市開発を始めているのですか」


「ウチに資材の購入を申し入れてきたわ。かなりの大口取引よ」

「結構なことじゃないですか。領にも戦後不況の風が吹き始めてるんです。大口取引は大歓迎でしょう」

「甘いっ!」レイアは妹を一喝し「それは激甘な考えよ、メルッ! 最後まで見てみなさいっ! 特に希望取引額の項をっ!」


「あら……随分と値切ってきますね」

「三割引きよ、三割引きっ! こっちの足元見やがってるわっ! しかも、取引した資材の移送は自前の流通業者を使うと抜かしてるっ!」

「あー……ヴィーナ様のところは流通業を主要事業の一つにしてますからねえ……」


「感心してる場合じゃないわよ、メルッ! これじゃウチに旨みがほとんどないじゃないっ!!」

 ばんばんと執務机を勢いよく叩くレイア。

 華奢な腕を傷めないか、とメルフィナが不安になる。

「なら、どうするんです? 断りますか?」


「いいえ。申し入れは受けるわ。でも、この条件では飲めない」

 レイアは妹をぎろりと見据え、告げた。

「メル。当主代行として命じるわ。友情でもコネでも良いから、この取引をもっと好条件にしてまとめてきなさいっ!」


「それは……ヴィーナ様と競り合えということですか」

 ヴィルミーナには10になる前から投資や事業や商売でいろいろ教わってきたし、何度も助けられてきた。いずれ嫁ぐだろうから、とサロン事業を譲られてすらいた。


 言ってみれば、メルフィナにとってヴィルミーナは大事な商売仲間であり、ビジネスの師匠で、恩義ある人物だった。

 なにより、ヴィルミーナは目標だった。目指すべき目標で、いつか越えたい目標だった。

 自分がヴィルミーナ相手にどれだけやれるのか。試したい。試してみたい。実業家として、商売人として、ヴィルミーナに挑戦してみたい。


 メルフィナはその優艶な容姿に似合いの妖艶な笑みを湛える。

「分かりました。姉様。やりましょう」

「友人と競り合えと言われて、その笑顔。流石は私の妹ねっ!」

 レイアは妹の承諾と笑顔を満足げに受け取り、不敵に口端を吊り上げた。


       〇


 ヴィルミーナが小街区の拡張要請を断り、代案にクレーユベーレへ本拠移転話を出すと、あっという間に世間へ広まった。

 すると、小街区の住民達がヴィルミーナの小街区オフィスに押し掛け、

「行かないでっ!」「我らを見捨てないでくださいっ!」「どうか、どうかっ!」

 どうやらヴィルミーナが小街区を捨てると誤解したらしい。


 捨てるも何も小街区はヴィルミーナの領地ではないし、ヴィルミーナは小街区に如何なる公的責任も負っていないのだが……ともあれ、騒ぎを放置しておくわけにもいかない。


 ヴィルミーナの右腕として名の知られたアレックスと、ボランティア活動で有名になり始めていたデルフィネが表に出て、住民達へ説明することとなった。


「事業本拠地を余所へ移すだけです。当社は今後も小街区に社屋を置き続けます」

「ヴィルミーナ様は小街区に展開している工場や施設の閉鎖、移転は考えておりません。貴方達の生活が破壊されるようなことは起きません」

 説明だけでなく張り紙をして告知したり、と予期せぬ手間と出費を要求された。


 こうした騒ぎはパッとしない田舎町クレーユベーレでも起きていた。降って湧いた都市開発計画の話に、誰も彼もが不安を抱えていたためだ。


「区長が町長に聞いた話じゃあ、この町はえらくデカくなるって話じゃぞ」「余所者が大量に流れ込んでくるのぉ……」「町が発展するのはええが、変わっちまうのは厭じゃなあ……」「まさか、わしらが追い出されるっちゅうことはないよな?」「追い出されるっ!? そんなん困るぞっ!」


 とまあ、早とちりというか被害妄想というか、追い出されると誤解した町の住民が代官所へ詰め寄せて騒ぎになった。

「わしらはどこにもいかんぞっ!!」「御代官様っ! 何とかして下されっ!」

 そんなこと言われても、代官だって困る。


 結局、この騒ぎを鎮めるため、ヴィルミーナ自ら飛空短艇で現地へ乗り込み、代官と町の各種代表者を集めて説明会をすることになった。


 前世でも、大きな事業では現地住民に対する説明会を催したことが何度もあった。現地住民相手ならともかく、手弁当で現地に乗り込んでくる『活動家』の連中に何度業腹な思いをさせられたことか。犯罪映画みたいに魚の餌にしてやりたい、と思ったことは数えきれない。


 とはいえ、この時代は現代日本ほど各種権利が充実していない。平民達の持つ権利や法的庇護は限定的であり、王族であるヴィルミーナの特権には及ばない。それに、白獅子は半官半民の政商であり、王国府もクレーユベーレの開発を民間主導の『戦後不況対策』と見做して支援していた。これだけ条件がそろえば、“説得”は容易い。


 ヴィルミーナは帰りの飛空短艇の中で思う。

 権力があるって楽でええわぁ……ホントに前世は一つ話を進めるだけで、大変やったもんなぁ……そういえば、ノイローゼになって逃げだした先輩は元気にやっとんのかしら。あんにゃろーのせいでどれだけ大変やったか……あかん。思い出したら腹立ってきた。


「? どうかしました?」

 突如百面相を始めたヴィルミーナに、同行していたテレサが小首を傾げる。


「ん。なんでもない」

 ヴィルミーナは小さく肩を竦めた。

「近頃は慌ただしいなあ、と思ってね」


「仕手戦の時に比べたら、大したことありませんよ」

 くすくすと楽しげに喉を鳴らすテレサ。


 テレサ・ド・フィルデ男爵令嬢は、戦場でエリンと共に敵兵へ銃をぶっ放した一人である。父親はクレテア系亡命貴族で母親はアルグシア系亡命貴族のため、血統的にはベルネシア人の血が薄い。それだけに祖国ベルネシアへの愛国心が強い。血という根拠が乏しいため、祖国へ人一倍の忠誠と献身を示さねばならないと考えている。


 ベルネシアに限った話ではないが、大陸国家は陸続きの関係上、他国人やその混血が一定数存在する。先の戦役ではクレテア系ベルネシア人達やクレテア移民が肩身の狭い思いをした。クレテアでもベルネシア系やベルネシア移民が苦境に置かれていた。


 さて、そのテレサは細面に四角いフレームの眼鏡を掛け、柔らかい髪をひとまとめにして肩口に垂らしていた。平均的な中肉中背でスタイル的には特筆すべき点はない。

 ヴィルミーナと同様、テレサもセミフォーマルな衣服を着ていて、襟元にいつも小さなブローチを付けている。亡き友サマンサに贈られた品だった。


 2人とテレサの部下達と護衛達を乗せた飛空短艇が、オーステルガムの臨む湾の上を飛んでいく。気嚢に帆を付けたその姿は熱帯魚みたいだ。

 船窓の外に目を向けると、ザトウクジラみたいな飛空艇が見えた。

 海軍の高速戦闘飛空艇グエルディⅣ型だ。訓練艦であること示すように、胸ヒレ――両舷側マストにオレンジのラインが入っている。

「あの船、速いし頑丈だし、王都とクレーユベーレの連絡船に丁度良いのよね。売ってくれないかしら」


「海軍の新鋭艇を連絡船にするんですか?」

 くすくすと喉を鳴らした後、テレサは顔を引き締めてヴィルミーナへ告げた。

「メルフィナ様の御実家が資材取引の件で商談をしたいと仰っています。どうも、こちらの提示額に不満があるようで」


「大量注文で単価を絞らせるのは当然のことだと思うけれど、まぁいいわ。その辺の調整交渉はテレサに一任する」

「よろしいのですか? こう言っては何ですけれど、メルフィナ様はヴィルミーナ様と交渉、ひいては、勝負したいと思っておられるはずです」


「メルのことは好きよ。でも、これは多くの社員とその家族の生活が懸かった組織の事業。遊びじゃない。それに、私の信頼する姉妹を軽んじられては困るわ。メルにもその辺り、きっちり”教育”してやりましょう」

 ヴィルミーナは悪戯っぽく微笑み、隣に座るテレサの肩を抱く。


「蹴散らしてしまっても?」

 テレサは不敵ににやりと笑う。ヴィルミーナも釣られて口端を上げた。

「もちろん。手加減なんて不要よ。ただし、適当なところで折り合えるなら、妥協しても構わない。ロートヴェルヒ家とは今後も取引を続けるつもりだから、禍根は残さないように」

「御意のままに」

 テレサは大きく頷く。実に頼もしい。


 こうして、メルフィナはヴィルミーナラスボスに挑むために、 側近衆(中ボス) に勝たなくてはならなくなった。

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