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 〃 7歳 魔獣討伐・初陣と甘い香り

 ※名詞たくさん出ますがスルーでおねがいします。ただの雰囲気名詞です。重要な名詞は登場のたびに説明いれます。

 アルバーン公爵領は広い。

 公爵家は5つあるが、アルバーン公爵バンフィールド家からは代々宰相を輩出して、最大勢力を保持している。いわゆる筆頭公爵家という存在だ。


 アルバーン騎士団は広い領地を五つに分けて守っている。その中でも最大三千騎を擁し、領城アル・アイ・ラソン城を拠点に活動するのが団長チャド率いるリオルボ隊である。

 騎士一人に、徒歩だが従騎士一人~三人がつくことを考えれば大部隊とわかる。


 今回、パトリシアがくっついていくのは、チャド直々に精鋭を集めて30騎。シンプルに人間の数だけを言えば百人規模の出撃になる。

 パトリシアには告げられていないが、チャド一人出れば事足りる撃破対象にこの人数──結局のところ、全員バンフィールド家のご令嬢ご令息の護衛である。


 パトリシアもクリフもノエルもまだ一人では馬に乗れない。

 パトリシアは団長チャドの馬に、クリフ、ノエルもそれぞれ精鋭騎士の馬に乗せられている。7歳と9歳ということもあり、後ろではなく、それぞれ騎士の前、腕の中にすっぽりと収まっている。


「ねぇ、チャド団長? 今回の撃破対象は何なの?」


 城を出て城下町を抜け、左右を黄色に染まる小麦畑に囲まれた街道を進みながらパトリシアは尋ねた。


「エルニルですよ。体長が成人男性の倍程度……あー、大きさは大人が二人分くらいの、毛むくじゃらの四足獣……四本足の魔獣ですね。毛色はくすんだ灰色。額が堅く、さらに太く鋭利な二本角があり、直進特攻が主──ですね。頭が良くないので狩りやすいんですが、今回は12頭で群れている──どうです? パトリシア様、戦えそうです?」

「トリシアでいいわ。敵の数が多いパターンの騎士団出撃なのね?」

「冒険者連中は3~5人程度でパーティー組むんで、対象12頭ならそんなでもないんですけどね、普段なら」

「んー……? どういうこと?」


「いいですか、トリシアお嬢様。今の時期は最南端のソーンダルド領……ソーンダルド、わかります?」

「ソーンダルド? この間、習った気がするわ。アルバーン(うち)の隣の隣の侯爵領ね? 確か……ええと、サンドフォース家の」

「ええ、それです。そこに夏がくる直前のいま、グレードニーが大量に川を降りてくるんです。深く潜れる湖めざして。ヤツら皮革が高級鞄の材料で、冒険者連中みんなあっち行っちゃうんですよね」

「あ! ソーンニーバッグ!? ブランドね?? セーラ様から、二個も三個もかぶってもらって困るからトリシアにあげるって届いたことがあるわ」

「ははっ、さすがセーラ様! 我らがバンフィールド家の皆様は一人残らずお美しいから……! まぁ、それでですね、今、アルバーン領(ここら)にはグレードニーはまだ狩れないって程度の冒険者しか残ってないんです。それで難度低めでも騎士団にお鉢が回ってきちゃうんですよ。新兵の訓練には持って来いですがね」

「へぇ~……いろいろあるのねぇ」


「それでまぁ、報告に誤差が生じることはままあるのですが、これはまた……」


 街道を逸れ、小さな森を抜けた先、小高い丘から見下ろした草原には……百を超える──過去世の記憶に照らせば闘牛に似た──魔獣が、放牧されていたと思しき羊を貪っていたのだった……。


「に、肉食なの?」

「魔獣は大概そうですな、肉を剥ぎ食い、魂を酒のように呑むんだとか。トリシアお嬢様、大丈夫です?」


 問われて答えようとしたものの、こちらも百名はいるせいか魔獣達には気付かれていた。一斉に、濁った宝石のような闘牛(エルニル)の赤い瞳がギンッとこちらを向いた。


 むせかえる血の……初めて嗅ぐ甘ったるい香りを感じながら──パトリシアは吐きそうになりつつ、すぅっと意識を落としたのだった。

 それが、パトリシアの初陣といえば初陣となったのである。






 どこか、狭い四角い部屋の薄いベッドでうつ伏せている。

 手のひらサイズの小さな光る板を手に持っているようだった。そこには、小さな文字がびっしりと映し出され、読み込む度、指先で下から上へすいっとスライドしている。すると、下から新しい文字が板に浮かび上がる。


 ──ああ、これはまた、あの夢の中なのね。

 パトリシアは自分が気絶したことを実感した。


 ──知っているわ。この光る板は『スマホ』というのでしょう? それでこの前世は休日も朝から深夜まで読んでいるのよ。もう少し大きな板でゲームをしていることもあったわね……。


 過去世の読んだ物語は王道と裏王道の二種が多かった。

 この、前世の誰かがよく読んでいたのは裏王道の方だ。

 しかし、まれに読んでハマっていた王道もある。それがパトリシアが悪役で登場する物語になる。


 王道、つまり、主人公がいて悪役がおり、これを克服して主人公や人々が幸福になる物語。

 裏王道がいわゆる悪役令嬢モノで、悪役が王道を裏からなぞりつつ主人公をどうにかして物語をひっくり返し、幸せを得る構造になる。


 パトリシアは王道をひっくり返さなければならない立場だ。王道をひっくり返して裏王道にするのだが、その実、歩む道筋は王道だということを忘れてはいけない。


 タイトル部分は霞んでよく見えない。一度読み始めた物語、タイトルは意識的しないのかもしれない。




 ──かくて、人を傷つけ、果ては何人も殺めた悪女パトリシアも、実弟ジェイミーの罠にはまり、エドワード王子と○○○の為にと皆で用意した、封印陣付のギロチンに首をかけることが出来た。


 武術大会を開いた場所はパーティー会場から近かったこともあり、いつの間にか観客席は大観衆で埋まり、パトリシアを罵倒する声で溢れている。


 エドワード王子がギロチンの横まで来ると、押さえつけられていたパトリシアがぴくりと動いて顔をあげた。

 このような状況に至っても、パトリシアの白い肌はより白く、化粧で淡く縁取られた目の奥には何の感情も浮かんではいない。ただ、赤く塗られた唇の片側が持ち上がる。


 エドワード王子は僅かに眉をひそめるとしゃがみ、パトリシアの顎をぐいと持ち上げ、彼女の薄い氷のような瞳を睨みつける。


「──こんな状態でも満足するのか……ここでもまだ、笑うのか」


 パトリシアはぐいと横を向いてエドワード王子の手から逃れると、自ら王子の深い緑の目を見上げ、一層微笑んだ。


「エドワード王子殿下こそ、ここに至ってもお美しゅうごさいますのね。その目は憎悪でしょう? 嫌悪でしょう? わたくしのように愛の欠片もないのに、なぜそんなにお美しいのでしょうね……」


 エドワード王子は奥歯を食いしばり、言葉が通じないことを痛感するだけとなった。

「もうよい。そなたの暴虐な振る舞いは見過ごせるところではなくなった……」


 そう言ってギロチンの刃を上に留めているロープにむけて短剣を抜くエドワード王子。ついと、パトリシアの顔を見て、後悔をした。


 パトリシアは熟れたように赤い舌をチロリと覗かせ、舌なめずりをするとこう言った。


「──あぁ、こんなに興奮するのは初めて……楽しみね……」


 嫌悪の勢いに任せ、エドワード王子は短剣を振り下ろしてロープを切った。


 直後、ギロチンの刃は勢いよく落下し、ゾンッという鈍く重い音が響く。

 血煙が舞って、薄い金色の髪をまとわりつかせた頭部がボトリと地面に落ちた。




 ──……本当に前世はこのシーンが好きね。何度読むのかしら。


 だが、7歳のパトリシアは夢の中で考える。

 物語の17歳のパトリシアはなぜ処刑されることを良しとしていたのか。

 この王道物語は良くも悪くも主人公至上主義で、悪役側の都合の描写はおざなりだった。

 ──でも、なら……物語の私は、闇の巫女として復活することを悟っていた……?




 夢の中での思考の明晰化は眠りの終焉でもあった。

 パトリシアの意識は急速に浮上して、目覚める。


「あ、トリシア、起きた?」

「ん? おいトリシア、魔獣討伐終わったぞ! 何気絶してんだよ、もったいない! 俺は20匹仕留めたぞ!」

「僕は22匹ね」

「べ、別に競争はしてなかっただろ」

「うん、してないね。ただトリシアに報告してるだけでしょ」


 草原に誰かのマントを敷いて、パトリシアはその上に寝かされていたようだ。

 両サイドから双子が何かやいやい言っている。

 ゆっくりと上半身を起こし、戦闘があったらしい方を見る。


「トリシア? 大丈夫か?」

「………………」

 クリフの声は聞こえているが、返事は出来なかった。


 放牧していたであろう五十頭を超える羊の群れは全滅している。

 また、闘牛(エルニル)も一匹残らず狩られているようだ。息絶えた魔獣の血は大気に消えていくらしい。


 先ほどよりもずっと濃くなった甘い匂いにパトリシアは目を細めた。



○○○はわざとです。

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