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転生悪役令嬢の本懐vs二周目道化王子の本気  作者: 江村朋恵
準備編(8~12歳)【2】
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つまり『XX不在』

 エドワード王子とともに領内城下町のお忍びの公園で危険な目にあった。

 危なかったことは承知しているが、警護は手厚かった。そのこともあって、パトリシアは恐怖よりも思うところがある。

 グッと下唇を噛んでは、俯くことばかりと思考の海に沈んでいく。

 

 ──問題の真ん中に、近付けていない……。


 切実で苦しい。

 父ジェラルドにもエドワード王子にも、誰も彼もパトリシアの知りたいことをすべて明かしてはくれない。

 知らないことばかり、わけのわからないことばかり。

 ジワジワと追い詰められているようでパトリシアはウンザリとしてきている。腹立たしい気持ちもある。


 帰城後、自室で一人になると一層、歯がゆさに悶えた。

 パトリシアは夕日の差し込む室内、机に向かって頭を抱えるしかない。


 時は無情にも過ぎ去っていくとはよく言ったものだが、パトリシアにとってはとてもゆっくりに感じられた。

 大人になれば責任とともに開放される自由があることを過去世の記憶からパトリシアは知っている。大人になるのにあと何時間、何日、何年待てばいいのだろうか。

 子供である今がもどかしい。過去世の記憶があるせいで歯がゆさがひときわ胸に差し込んでくる。

 か弱い子供は守られるものだが、同時に様々な事柄から遠ざけられているという意味でもある。


 過去世にはあちこちに『転生』や『逆行系』の物語があった。

 ゆっくりと子供時代を描いているものがある一方、婚約破棄からの断罪シーン、没落後から始まる物語とバリエーションにはいとまがない。


 子供時代であっても結末に関わる核心部分を主人公だけが知っていて無双したりする。

 彼ら彼女達は、様々な秘密や未来を誰よりも先に握っていて、そのイニシアチブから常に物語の展開の中心にいる。本来ならば脇役だというのに、転生なりを果たすと途端、何をすることもなく主人公のポジションに、悪役令嬢はいるのだ。そうしてその様々なアクションでストーリーを突き進め、本来の主人公すら凌駕して物語を動かす。


 なのに、パトリシアはどうだ。常々、己の『蚊帳の外』を感じてやまない。

 そもそもの『物語』で主要脇枠の『悪役令嬢』だ、どうしたって主役にはなれない。その意味では始まってもいない『物語』の『蚊帳の外』は間違っていない。皆、一体どうやって主人公になっているのだ。


 パトリシアがいま積極的に動いてるのはいつか始まる『物語』から脱出するために本物の力を蓄えること。あくまで布石であり、まだ実効性のある行動は一つとしてとっていない。

 エドワード王子との婚約が決まってしまったのもその為なのかと自分自身に対して猜疑心が湧いてしまうほどだ。


 また、『物語』の展開になる伏線や関わりには一切合切、消極的に動いている。

 やれることをやっているはずなのに、自分のしていることと現実が噛み合っていない感じがする。


 もう、はっきりとしていい。

「──私の知る物語とは違う展開が動いているんだわ……」

 そのうち始まる『ヒロインの物語』への対策をたてている間、パトリシアは未来の悪役令嬢という脇役のまま。


 ──そもそも今……。


 思考を巡らせるように視点を左下へ寄せる。

 今までのそう多くはない人生の経験と記憶、数々の人々の言葉を思い浮かべていく。


 ──でも殿下は……いろいろご存知のよう……。お父様もたくさん秘密がありそう。


「…………主人公……主役──」

 英雄と呼ばれる父も、華々しい王子も主役に相応しい。

 パトリシアの知らぬことではあるが、その王子も己が脇役な上に道化だと思い知らされ打ちのめされた。


 思い知る。骨の髄まで。

 この物語には主人公がいて、パトリシアは悪役令嬢という脇役にすぎない。

 そう、ベガのように明るく輝く一等星を思わせる主人公を頂点に導く為、パトリシアは数多瞬く屑星たる脇役のひとつ。

 あくせく走り回り使い捨てられる歯車(ギミック)なのだ。

 他人の物語にいる限りは……。


 パトリシアは噛んだ唇を緩めて舐めた。少しだけ、血の味がする。

 そのときの己の血は微塵も甘く感じなかった。むしろ苦い。本来の血の味を感じた気がしたが、量が僅かだったせいなのか、闇の魔獣達と違って魔力を含んでいなかっただけなのか、はたまた過去世の記憶が血とはこうだと告げているのか。


 すいと持ち上げる蒼色(アイスブルー)の瞳に力が宿る。


 過去世ははっきりと告げているではないか。

 かの世界では、物語さえ、星屑の数ほど存在した。

 ならば、主役もまた星屑の数ほど居ていいのだ。似通った世界観も、触発されたか派生されていく世界観も山ほどあった。物語と物語で区別がつかないほどに。

 ならば、そう、同一世界の別の土地で違う人物が主役となっていても何ら不思議ではない。

 かの世界のエンターテインメントととして語られる物語にはスターシステムやらクロスオーバー、平行世界に現パロ、if(イフ)に擬人化、何でもありだったじゃないか。


 この世界の主人公がヒロインだけだと誰が決められようか。


 世界観ブチ壊し(チート)級の父ジェラルドが主役の物語だってあるはずだ。

 もしかすると冒険者達の、黒の虚蝕者(ホロウイーター)のギルド長の物語だってあるかもしれない。それが今、続編として息子のカーティスが主役になって物語を展開しているかもしれない。主人公の代替わりだって過去世の物語には有名無名あった。


 人は誰もが誰かの脇役だとして、ならば、自分の物語の主役になっていてもいい。そう信じでもしなければ、パトリシアは立ち上がれる気がしなかった。


 ──ヒロインの物語ではなく、私の物語を……!

 気付いてしまった事実。


 パトリシアには妙な自信があった。そこはそれ、生来の我儘気質による。

 私が一番で、私が主役でなくてはならない。

 そんな傲慢を振りかざすことならば、実のところさして難しくはない。抑えていた本能と呼んでも差し障りはない。


 五歳の頃に過去世の記憶に目覚め、対処法がわからず、我儘に振る舞うことが『悪事』のように思えて色々なことから目をそらし、黙り、欲求を抑えつけて八歳半の今まで生きてきた──。低年齢のせいで、人生の三分の一が当てはまってしまう。


 ──違うんじゃないの……? 本当はもっと……。

 悪役令嬢の自分を否定するというよりも、もっと違う何かがあるはずだ。


 ヒロインの物語における悪役令嬢を生きるのではなく、己の物語の主人公になる。道はそこにしか拓かれない。

 新たに踏み出す『世界観』に、四方八方に織り込んでいく『私の物語』があってもいい。

 縦糸の『世界観』があって、『他人の物語』の悪役令嬢という糸を編み変えてみてもきっと行き着くのは『他人の物語』の結末で、ほんの少しズラして一体、何になる。

 それは他人の褌で、もし小説なりとして書きあげて過去世の小説界隈ででも発表したらパトリシアはたちまちまんまとパクリ作者になってしまう。盗作作者、言い訳なら箇条書きマジック、なんとでも罵りの言葉は出てくることだろう。


 一からの創作である必要などなくても、パトリシアが今、悪役令嬢の脇役のままどうにか生き延びようと足掻くままの物語では、創造性もオリジナリティもない。元の物語が、『ヒロインの物語』がある以上、その檻から逃れることは出来ない。

 既に描かれた『ヒロインの物語』であったり、テンプレをなぞって生きる『私』には、一等星の輝きなんてきっとない。数多散らばる屑星のひとつのままにしかなれない。誰にも見つけてはもらえない。


 すべての傲慢さ、我侭だったパトリシアの本性をさらけ出す必要はない。目的を持って、意味のある傲慢を──私自身の物語を……。




 席を立ち、部屋の真ん中でパトリシアはゴソゴソとポケットからクマのぬいぐるみを出した。

 エドワード王子は手のひらにおさまるクマのぬいぐるみをパトリシアに渡しながら言った。

『この“くま”は真心のこもった“くま”だから、大切にするといい…………私には一度も得られたことがないものだ』


 前後の話を考えれば、エドワードが伝えたかったのは“くま”ではなく本来の持ち主──傀儡師の存在だろう。


 パトリシアは『誰の傀儡人形(クマ)か?』と聞いた。

 エドワードは『私からは言わないでおく』と答えた。彼も会ったことがあるのだろう。ちゃんと実在していることがわかる。

 その上で言った。

『持ち主は自分で名乗り出て交流したがると思うからだ。君の事が大好きなようだし、きっとすぐに仲良くなれる』と──。

 付け足すように『いつか会える』と。


 ──いつか? いつかだなんて……。


 一度手に握り込んで胸に当てた後、パトリシアはスゥーっと大きく息を吸い込んだ。

「傀儡師! 出て来なさい! でないとこのクマ、頭と胴をひきちぎっちゃうわよ!?」


 次の瞬間、部屋のどこかからガッタン! と大きな音がした。かと思うとパトリシアの前に一人の少女が現れ、両手をバタつかせる。


「わぁあああぁあああっ! あぶ! あぶないですから!! あぶないですからぁ!!! なん考えようですか!? 妖精とは思えんこといきなり言い出して! 首と胴!? チョンパです!? 最大爆発しょ!! やめてくださいぃぃいいいい!!!」

 不安定なイントネーションに謎の(なま)り混じりなのは外国人特有だ。これだけでエストゥルガ王国の人間ではないとわかる。


 根付けの紐に指を突っ込んでぬいぐるみをくるんくるん回すパトリシア。


「…………」

 全身黒服の少女は正座でパトリシアの眼前に滑り込んできてそのまま土下座をしている。

「顔をあげて」

 偉そうな態度ならお手の物だ。

「はい!」

 両手をついたままで背の低いパトリシアを見上げてくる少女──三?四歳ほど年上に見える。距離はほどほどに近い。

仮面(マスク)取って」

「え……っと、これは……」

「取って」


 どうやってものを見ていたのか不明な顔全体を覆う黒い仮面。

 のぺっとした黒仮面には左目にあたる場所に星の輝きのような十字模様が描かれている。何か意味があるのか、ないのか、パトリシアにはわからない。

 少女は気まずそうに両手で外して視線を落とした。


 特徴的なのは二点。

 十字模様の下にあった左目がさらに眼帯で隠されていることと、過去世の知るアジア人のように薄い顔つきであること。

 奥二重に切れ長の目。目尻には細かい入れ墨が入れてある。十二?十三歳に見えるが、もしかするともっと年上かもしれない。黒髪をポニーテールでまとめている。

 過去世の記憶に照らすならば、どうにも『くノ一』を思わせる。しかしながら、彼女は傀儡師であるらしい。


「このぬいぐるみはあなたのね?」

「は、はい……あの、そんな振り回されては……あの……ちょっとその……拝借」

 そう言った瞬間、ぬいぐるみはパトリシアの手から少女の手の中に移動していた。いつ取られたのか、むしろぬいぐるみが勝手に自ら移動したのか……。


「……これ、名前とかあるの?」

 少女は背中の縫い目を裂くと床に敷いたハンカチ大の布切れに何かを掻き出している。黒い粉のように見えた。


「──は、あ……名前……この一番小さいのはですね、†死天使オズワィズ†と言います。作ったのは私ではなくて、人形師の母で、母はモルモと呼んでますが……」

「ふーん」


 少女はいつの間にかどこからか取り出した裁縫セットでぬいぐるみの背中を縫い合わせる。あっという間に完成させてパトリシアにクマのオズを差し出した。


「あなたは?」

 受け取りながら問うパトリシア。

「は──い、やぁ…………そんな、その、こ、心の準備が」

「わかったわ。なら、寝室の方で待ってて。私は夕食を済ませてくる。私が戻るまでに心の準備を終わらせておいて」

 気持ち軽くなったクマをポケットに戻し、パトリシアはソファセットのテーブルに近づく。


 侍女を呼ぶベルを持つ寸前、少女を振り返った。

「あなた、夕飯は?」

「え? ああ、お構い無く。携帯食があるんで」


「そう……。いいこと? 逃げたら許さないから」

 目に力を込め、過去世の記憶が蘇る前の自分に寄せ、パトリシアは少女を睨みあげる。


「は──い……」

 小さくなる声だが、パトリシアは頷く。背を向けベルを鳴らして再び少女の居た辺りを見ればそこにはもう誰もいなかった。

冒頭十七歳(お話として折り返し点、長さとしては終盤入り口)のパトリシアへ一歩進みましたかね…。

我儘や悪を引っ込める為に下を向くばかりで従順、口を閉ざすのではなく、強く賢い女性になってほしい…!

サブタイトルはエンディング付近へ持ち越しまーす。

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