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転生悪役令嬢の本懐vs二周目道化王子の本気  作者: 江村朋恵
準備編(8~12歳)【1】
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めくるめく季節⑬ 『英雄』とか『魔王』とか

「魔王?」

「魔王?」

「ええ、魔王」

「…………」

「…………」

 双子は顔を見合わせ、ゆっくりとパトリシアを見る。動作が同じでパトリシアは思わずクスリと微笑ってしまう。


「あのさ、トリシア」

「いいの。わかっているの。おとぎ話や物語にだけ魔王はいる、それであっているでしょう?」

「あーー、良かった。何を言い出すのかと」

 ノエルが心底安心したという風に息を吐き出している。


「私、ずっと不思議で、ずっと違和感があったの」

「不思議……?」

「違和感?」

「──……魔王は、存在じゃなくて、その……考え方なのかなって」

「──ふむ。聞かせて?」


「ええっと……どう説明したらいいのか……そう、ノエルもクリフも私のお父様をすごい人みたいに言うでしょう? いろんな人が『英雄』とも言うし」

「そりゃそうだろ。伯父上は桁違いの強さだ。俺らが生まれた頃にあった戦争での首功は伯父上、むしろ上位三位くらいまでの功績は伯父上独占でもいいって聞いたことがあるぞ」

「隣接する三国連合に攻め込まれた時だよね。このエストゥルガ王国始まって以来の危機って言われていたのに、実際ふたを開けてみれば伯父上の独壇場。あっという間に連合を混乱瓦解させつつ突破、防衛戦に手一杯の王国騎士団を置いて、当時のアルバーン騎士団が盟主シャンザィヤ帝国に乗り込み皇族主要貴族を殲滅したって習ったね。チャドなんかも参戦してたっていうから、伯父上の勇士はいくらでも話して聞かせてくれるよ」

「な! 伯父上がいなかったらこの国は無くなって三つに分割して各国に吸収されていたんじゃないかって。シャンザイヤとか奴隷もいっぱいいたし、取り込んだした国の国民への扱いはひどかったから、みんな伯父上に感謝してるんだぜ。英雄? 大英雄って言っても大げさじゃない」

 憧れに瞳をキラキラと、あっという間に頬を紅潮させてノエルとクリフが父ジェラルドの伝説を熱く語る。


「……そうなの。違和感しかないわ……」

 かたや、パトリシアはしょんぼりとしている。空気が読めずついていけない状態に近い。


「ん?」

「……私には、だって……お父様なんだもの」

「トリシア?」


「お父様がすごいのはよくわかるのよ。大掃討の時も遠目に大魔術を見たりして、みんなそれを見て大興奮で褒めていて……でも、私はなんだか、その……うーん……」

「……?」

「……?」

 顔を見合わせる双子。


「私はお父様が軽い感じで抱き上げてくれて、私が手を伸ばせばそっと触れられるお父様の頬を知っているのよ。肌の柔らかさとか、お髭が生えるところはちょっと固いし、少しお髭が生えてザラザラしている時とか」

「……」

「……」

 双子はパトリシアが何を言うのか黙って聞いてくれる。


「いろんな微笑み方をたくさん見ていて、くしゃって表情が崩れちゃう笑顔もたくさん知っていて、心配で眉がこう、両方ぐっと下がっていたり、とても困って慌てふためいてしまうお父様だって、お母様とけんかをしてしゅんとしているお父様も見たことがあって、それから、ぎゅって抱きしめてくれる温かさをよく知っていて……だから、だからね、英雄と言われても全然、ピンとこないのよ。おとぎ話や物語の英雄が、とてもステキな装丁の本の中で語られていて、そんな英雄とお父様は繋がらなくて。小さい子向けの絵本で父と子がキッチンでサンドイッチを歌いながら作りました、具はあれですこれですって一ページずつ綺麗な絵と笑顔が描かれていて、父と子で楽しく幸せにピクニックに言ってサンドイッチを分けたのよっていう絵本、そういう優しい物語の方が、その……私にはお父様と繋がるの……私のお父様は、そういうお父様なの……」

 言いたいことがあふれて、時折早口になりながら言い切っていくが、だんだん自信もなくなる。

 何せ、つかれた嘘に信じる心が揺れてしまったばかりだから。隠していることがあって後ろ暗いのに、でもやっぱりこの『お父様大好き!』がこの期に及んでちっとも霞んでいないのも自分で自分がよくわからなくなる。


「…………」

「…………」

「…………」

「えーっと。なんだろうな。わかるような、わからないような感じかな。僕たちにはどうしたって憧れの騎士だからね。でも、僕らの頭をぽんぽん撫でてくれる伯父上と、確かに英雄物語の中のようなジェラルド・テラ・バンフィールド様っていうと、一致しないかな」

「ああ~、そういう? 確かに俺らも多分、伯父上って感じで見てるかもなぁ。庶民や騎士団連中の『英雄様!』っていう目線とはまた違う感じはするかもな。身内だし」


 パトリシアはごくりと唾を飲んで頷いてから続ける。

「それでね、私は『英雄』というのは考え方なのかなって思ったの。お父様に対してみんな『英雄』っていう考え方で見ていて、多分お父様のことはよく知らないから、英雄っていうか」

「あ! わかった! 価値観だ! ……ん? あ、違うかな、ああ、概念?」

「がいねん?」

「トリシアにとって伯父上はお父様っていう『存在』で、でもみんなにとっては『英雄』っていう概念」

「……ん……難しいわ……」

「ちょっと。トリシアが言い出したんでしょ」

「でも、でも。そのね、だから、みんながお父様を『英雄』っていう時の『英雄』はこう、強くてすごい事をした人で、『魔王』の話なんだけど、『魔王』っていうのも強くてひどいことをする人っていう事なのかしら? っていう事を、最近ぼんやりと感じるの。お父様と一緒にいて、お父様が英雄って言われていると特に」

「あ~……そういう?」

 腕を組んで理解を示すノエル。

 クリフはここで息を吐くとパトリシアを見た。

「……はー、びっくりしたぜ。『私トリシアは騎士になって魔王倒します!』とか言い出すのかと……俺はもうどこをどうつっこんでやればいいのかめちゃくちゃ考えたぞ」


「そんなこと言わないわよ! 言わないけど……でもね」

 パトリシアは真面目な顔をした。

「お父様っていう『英雄』がいるのなら、誰かっていう『魔王』は実在したんじゃないかしら。そうじゃないと『魔王』っていう概念? とか、言葉って生まれてないんじゃないのかなと思って」

「なるほど。それで『魔王』について知りたい?」

「知りたいわ。実はたくさん調べたのだけど、歴史上『魔王』としての『魔王』はいないの。歴史家は書いていないの」

「そうだろうね」

「俺もきいたことがないな」

「お伽噺や物語、架空の存在だ」

「そう、絵本作家や小説家は書いていたわ……──それで考えてみたの」


 そう、パトリシアはこの世界での『魔王』について、よくよく考えたのだ。

 この世界のベースはやはりパトリシアの知る過去世の読んだ『物語』であり、原作ゲームであり、製作者達の『創作世界』にある。

 闇の繭ニルヴァーナ・コクーン闇の巫女(ダークメイデン)など英語由来の言葉が多く有るのはそのせいだ。

 これだけ調べて『ズバリ! 魔王!』という存在がいないのは、この世界でまだ命名された魔王がいないからなのかもしれない──と、そう考えた。


 そもそも魔王は、過去世の世界でも『架空の存在』だった。だとして、魔王はなぜいるのか? いないのか? と考えなければいけないのかという話。


「歴史になくても物語とか文化に残るならきっと『魔王的な何か、誰か』は絶対にいたはずなの。お伽噺になるようなとても残虐で全方位敵にして迷惑行為犯罪行為を繰り広げるとても強い『悪役』──『魔王』。でもそれを現実に取り出す場合、別に『魔王』とは呼ばれはしていないんじゃないかしら」

「んんんん?……んん??」

「…………」

 クリフが少し混乱し、ノエルは顎に手を当てて考えてくれている。


「ええっと『魔王』というのは考え方で、職業で属性なんじゃないかってことになると思うの。それでだから、具体的に『魔王はいない』けれど『魔王』は語り継がれた……、歴史上に『魔王』はいなくても『魔王みたいな王』はいたかもしれないの。でもきっと死んでる……歴史上の人間だから」

「うん。そうなるだろうね」

「だから、そういう『魔王』と呼ばれた人たちのことを調べたいなって」


 父ジェラルドに魔王はいないと言われつつもずっと『魔王』を探し回って調べた。

 だが、やはり魔王はいない。その点では父は嘘をついていない。


 嘘はつかなくとも、事実真実を語らないことはあるかもしれないとパトリシアは今回の暗殺未遂事件の事から学んだ。

 パトリシアだって嘘にしなくても『ティア』を知らないと言ってしまったように無意識で嘘をついていたり、こっそりと隠し事はあるように、すべてを話せていない。心の奥底を見ないようにしていた。


 冬の大掃討が終わり、闇の繭ニルヴァーナ・コクーンも消えてクリフやミックなど次々と治癒後の元気な姿を見せる中、無傷だった父は──なぜ、パトリシアを抱きしめるのにあんなに時間を要したのだろうか。

 数分、見つめ合ったことは忘れられない。

 パトリシアは秘密にしておこうと思った事が多く、ただ黙ってやりすごした。

 父は、黙ることを選んだパトリシアに何を思っただろうか。


 ほんとうのことは、常々、綺麗に明かされ続けているわけではない。


 過去世の読んだ『物語』の中の『魔王』も、もしかしたら『魔王的な誰か』なのではないかとパトリシアはやっとたどり着いた。

 その『物語』上の未来、パトリシアが処刑された後に誰かが『魔王』になるのだろう。


 ならば、未来の『魔王』はいまどこに? 一体、誰──?



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