雪の日の邂逅 ⑬別パート 『八大神聖遺物』
パトリシアの婚約も決まったので次の展開へのフリ。
名詞多めに出てきますが予告みたいなもんで流し見て頂けましたら幸いです。
時を遡ること四ヶ月あまり、昨年末のアルバーン領での冬の大掃討があった頃──。
パトリシアが広大な大食いの森を覆う闇の繭を生み出し、多くの人を驚きと混乱に落とし入れていたときのこと。
神の落涙の滝がある山肌を山頂まで辿れば、闇に飲み込まれた森を見下ろす影が三つばかりある。
「うわぁうわぁ……! すごい! さすが! すごさすぅ! ……派手にやってる! ニャハハハ! 派手なの大好き! 大魔術ぅ!!」
くるくる癖っ毛かつ淡いマロンカラーの髪色をした小柄な少女がぴょんぴょん跳ねながら巨大な闇のドームを見ている。癖っ毛は絶妙に猫耳のようにうねっているし、腰ベルトの余りは尻尾のよう……さらにグローブはだぼっと大きめでどうしようもなく猫を思わせる。
「──このくらいでなくてはな。ついに、我らが巫女のお出ましだ」
少女の後ろで仁王立ちの巨躯の男が体格に見合う低い声で言った。
頷くのは三人目、長身の女性だが、半透明で実体が無い。時々、姿がかすれる。女性はメガネを中指で持ち上げた。
『何が嬉しいの? また試練の時よ』
流し目は妖艶、喋り方は知的、身体はメリハリのある女性だ。口元のほくろはどうしようもないエロさを湛えている。
「え? オレ? 今、嬉しそうに言ったか?」
『ルルに言ったの』
「ぇえ? ルル? ルルは正解! めちゃくちゃ嬉しいよ!! 殺れば殺るほど褒めてもらえるし!! さいっこぉお〜!」
「なるほど……」
「あとリリィもいたら大暴れね! あたしとリリィで……──血の海、骨の檻、肉片の山ぁ♪ でへへへぇあ〜……!」
踊りながらリズミカルに言ってルルは両手を頬に当てると恍惚とした表情を浮かべている。
「…………オレは遠慮する……」
巨躯の男はげっそりと顔をそむけた。
『あんなにズレていたのに。捨て置かれたようにバラバラに重なり、墓石のように動かなかった歯車が音をたてて絡み合っていく……ねぇ、グレン──始まってしまうわ』
女性の声は不鮮明な姿同様ノイズ混じりだ。
深く頷いて腕組みする巨躯の男──グレン。
「あの闇の繭は使用者限定の魔術。あれを使えるのはこの世にただひとりだし、それを認めるのもこの世にただ一つの存在だ──あの二人が出会ったなら、この先は変えられない」
深刻に語り合うグレンと女性の横でルルはご機嫌だ。
「……ニャハハハハァ〜! やっとキィに会えるぅ! みんなに会える〜! ルルうれしー!!」
デコボコ岩場でくるくるーっと踊る。咎める者はいない。誰も神の落涙の滝壺に落ちかねないと心配する必要がない。ルルは絶対に落ちないし、落ちても死んだりしないと知っている。
『キィが戻るとき、リリィも肩の荷が降りて楽になるでしょうね……私達も準備を始めましょう……』
「オレはどうするかな……ここら一帯は黒の虚飾者が仕切ってたか……? 接触してみるか。ラリサは?」
『…………私はまだしばらく潜むわ。十年近く経つのに警戒が強い。むしろ、兵站は増えているの。嫌な感じよ』
「あ、ルルはねー、ルルはー……あれ? リリィってまだ赤鬼に捕まってる?」
「キィのフリを続ける以上、象徴変転の解除が出来んのだろうな」
「えぇー?? そっかぁ、リリィ可哀想! リリィに会えないルルも可哀想〜! あ! じゃあ、ルルは巫女のとこに行く!」
『……だめ。巫女は……『あの人』にとても近い立場にいるのよ?』
「…………むぅ〜〜、じゃあ赤鬼〜、リリィ取り返してくるぅ」
『私は仲間達に届けましょう。闇の巫女の産声を…………』
「はいはーい! ルルは届いてるぅ! 宝剣ルクラゾンは把握済みぃ!」
「オレとラリサがここにいるのだから神槍グレンディアードと原典イェプラグリムも不要だな」
『そうね……ここにいる私は分散意識の一つで本体ではないけれど』
指先を揃えた手の先で己を指すラリサに、ルルがにょきりと顔を近付けた。
「ねぇえ? あとキィもいらない? きっと今、巫女と一緒にいるよね? キルティアムも済っ!?」
『ええ。でも偽キルティアムには必要。いまリリィが成りすまして赤鬼の手にある偽キルティアム。皆に届けなくては……』
組んでいた腕をほどき、グレンが拳を親指から順に伸ばして数えていく。
「リィリディオル……あとはマルムドュウク、ゼブゼラァド、ボルケウル……リリィを含めて五人、半分が行方不明とは、骨が折れるな」
『……ふふふ……私なら、見つけてみせるわよ』
自信というより、若干引きつれた笑みでラリサは言った。
世界は広い。
すべて伝説級の武器だ。誰かの手にあれば噂を辿って追いやすいが誰の手にもなくどこかに埋もれていたならば、正直、探し方がわからない。途方もない時間が、もしかしたらかかってしまうかもしれない。
──この世には、名高く八大神聖遺物と呼ばれる武器がある。数多の冒険者達が覇権を夢見て、各種唯一無二と言われる神聖遺物を我が手にとらんと大陸中を探し回る。
八大神聖遺物はまた、聖戦の勝敗を阻む神器とも呼ばれる。
宝剣ルクラゾン(長剣)。
神槍グレンディアード(大槍)。
原典イェプラグリム(書)。
聖杖リィリディオル(大杖)。
破斧マリムドュウク(戦斧)。
獄双ゼブゼラァド(短双剣)。
必中ボルケウル(弓)。
そして、偽の宝杖キルティアム(短杖)──正しくは、晦冥キルティアム(王笏)。
聖戦の火蓋は闇の巫女の『覚醒』によって切って落とされ、光の勢力は正義をすべて取り戻すべく戦いを挑む。
「異例ばかりの今回だ……しっかりひっくり返してやろう」
「──でもぉ、あたしたちの巫女が出たってぇならあちらさんも出てきてるのかにゃぁあ?」
『…………そうね……光の巫女──聖女』
聖女……パトリシアが過去世で読んだ『物語』において、ヒロインとしてハッピーエンドを導いてみせた少女──。
悪役令嬢モノで少年漫画風味な展開…。
終盤のセリフ『四人』→『五人』に修正しました。素で間違えてた。
誤「リィリディオル……あと(中略)…リリィを含めて四人、半分が行方不明(略)」
正「リィリディオル……あと(中略)…リリィを含めて五人、半分が行方不明(略)」
つまり武器は四種ですが五人です。




