表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
転生悪役令嬢の本懐vs二周目道化王子の本気  作者: 江村朋恵
準備編(8~12歳)【1】
57/67

王子様の日々③ 八歳の王

 エドワードはその夜、静かに王城内の自室へ戻った。


 冷静になれば頭を抱えそうだった。

 増援部隊としてアルバーン領に入っていたというのに、慌てて百騎以上も引き連れて王都に戻ってしまった。入浴後、一人になって自室のベッドに腰をおろし、実際に頭を抱えた。


 ──父上もジェラルド殿も不問にしてくれていたが、完全にやらかしたな……。8歳という年齢に足を引っ張られ、また救われたか。


 エドワードは8歳らしからぬ溜め息を吐き出す。

 パトリシアとの婚約──。

 どちらかと言うと『やらかし』よりもそちらが重い。


 エドワード・アエリオ・エストリークが巻き戻る前、二十三歳で迎えた破滅は──……エストゥルガ王国の滅亡はパトリシアの首と胴が離れることで決定的なものになったと言える。あれが分水嶺だ。


 簡単な逆算。

 前回、パトリシアが首を差し入れた絞首台の縄をエドワード自ら斬った。それが決定打で、自嘲もクソもなく己のあまりの道化ぶりにひたすら頭が痛い。

 十七歳だったパトリシアの処刑は断罪に端を発し、それは彼女の暴虐な振る舞いを裁いたものだが、そもそもエドワードの浮気による嫉妬の暴走がスタート地点。

 エドワードの浮気が問題になるのも、二人が婚約関係にあったがためだ。

 いま、破滅へのコマを一つに進めたことになる。


 だが、この逆算をひっくり返す荒業もある。浮気などせずエドワードがパトリシアと結婚してしまえばいいのだ。

 ただこれは文字通りの力技だ。何よりパトリシアがエドワードを避けている時点で破綻している。


 ──そもそも、パトリシアはなぜ前回と違う行動に出ている? 俺のように二周目だとでも? いや……そうであるならば、俺を激しく憎むか、逆にギロチンを落とした時のまま好意を持ってくれているはず……。今のパトリシアはただ避けてくる。嫌悪も好意も、むしろ興味関心も感じられない。


「…………」

 エドワードは眉間にシワを寄せて困り眉を作る。

「それもそれで……」

 つぶやく声は声変わりもまだ遠く幼い。




 翌朝、エドワードは両親とともに朝食をとった。

 そのときに国王両陛下とアルバーン公爵夫妻──……つまりのエドワードとパトリシア双方の親が婚約を認めたことを聞かされる。

 具体的には──。


「エディ、パトリシアとの婚約は決まったからね。本人に優しく接するように。ちゃんとマメな手紙。それからなぁ、うーん、『俺の一番はキミっ!』という意思表示はしつこくやる。この三つを守るように」

 

「は……、えぇ? 初めてそのような助言(アドバイス)は聞きますが? 父上」

 口に運びかけていたバター風味の茹でほうれん草を皿に戻し、エドワードはすぐ斜め前のリチャード王を見た。


 さほど大きくもない円卓には白いレースのテーブルクロス。真ん中には焼きたてのロールパンが複数入った籠が置いてある。

 丸いテーブルに三角形の頂点になるよう、父、母、エドワード本人の三人は席について朝食をとっていた。


「エディにとって婚約が成立したのは初めてなんだから当然だよ、何を言ってるんだ?」

「……それに三つ目です。一つ目の接し方、二つ目の手紙、三つ目の『一番は君』って何です?」


 リチャードは「これはな、エディ」とフォークを置くと身を乗り出した。

「父上が痛いほど身に沁みた実体験から来ているありがたい、とてもありがたーい助言だ。これに関しては飛球振り子の鳥のおもちゃのようにカクンカクンと頷いておきなさい」

「…………はぁ」

 周回前には聞いたことがない。

 ただ前回は言われるまでもなくパトリシアの虜になっていたエドワードだから、助言の必要がないと判断されていたのかもしれない。

 リチャードは言いたいことを言ってしまうとスッと身をひいて食事を再開した。


 昨夜とは色合いの異なる貴族服(ジュストコール)姿の父王は、目が合うと軽く手を伸ばしてエドワードの頭を撫でた。


 エドワードの銀髪は父譲り。

 顔のパーツや瞳の色は母譲りだ。

 反対隣の母はシンプルな塩味のついた揚げ芋を口に入れては頬に手を添えて「んー」と言葉にならない声で堪能している。母の皿にのみ毎朝揚げ芋(フライドポテト)が乗る。好物だが三食は避けていると力説されたことならばある。飽きたくないので昼と夜の二食では我慢しているのだとか。


 目が合えば、母はにっこりと微笑みかけてくる。母の新緑の瞳は柔らかく、一周目のパトリシアがよく褒めてくれていたエドワードと同じだ。


 アルバーン領に行っていた四ヶ月間、離れていたことを忘れてしまうほどいつも通りの朝食の時間。

 パトリシアは六歳からずっと両親から離れている。

 バンフィールド家の朝食スタイルはわからないが、幼い子どもが毎日家族と顔を会わせられないのは寂しいことではないだろうか。親にとっても。

 ジェラルドもパトリシアも、彼女本人の意思で両親から離れて暮らしていると言っていた。

 わずか六歳(当時)の子供が、一体どんな決意で親元を離れるのだろうか……エドワードはパトリシアの行動が全く理解出来ない。だから今、ひたすらわかりたいと思う。


 王城奥の北側、中庭に面したガラス張りの明るい一室でエドワードは毎朝、両親と朝食をとっていた。

 室内には家族三人以外たくさんいるが慣れたもので気にすることはない。


「父上、彼女にも幻蝶(フーディエ)をつけてください」


 意を決して告げるエドワードを見たあと、リチャードは軽く手を降って使用人全てをさがらせた。

 室内で三人だけになり、リチャードは小さく息を吐いた。


「………たまに思う。貴重な貴重な、とても貴重な魔晶石二つをねだってきたかと思えばパトリシアにプレゼントしたという話を聞いた時とか──」

「何をです?」

「エディ……あの魔晶石も幻蝶(フーディエ)も、王太子になってから聞かされる話なんだ。どこで知った??」

 真剣な顔は子に対するものというより臣下に問い詰めるものに近い。

 王の威圧的な力が見えているが、エドワードとて王になったことがある身、たじろぐものではない。


「知りたいですか? お疑いですか、父上。ならば幻蝶(フーディエ)をパトリシアにつけてやってください」

 エドワードはエドワードで『話はそれからだ』と言わんばかりに引かない。


「それは駄目だ。そもそも先の大戦以来、補充の人員が充分に育ちきっていない。精細を欠く」

「……その言いようは王太子妃よりも幻蝶(フーディエ)の蝶の方が貴重で大切だと、そのように聞こえますが?」

「まだ王太子妃ではないし、替えがきくしな」

「父上がそうおっしゃいますか」

 リチャードの灰色の瞳とエドワードの緑の瞳は真っ向からぶつかる。

 たった今、愛しい婚約者への接し方を説いておいて婚約者の代わりはいくらでもいるものだと言う。その口ぶりは実に大人の──親の身勝手が溢れている。


「…………」

 王室諜報部幻蝶(フーディエ)は護衛としてよりも国内外を網羅する独自の諜報組織だ。

 基本的には王と王太子の護衛にはついても妃や姫にはつかない。それはエストゥルガ王国始まってから変わらないことだ。

 エドワードは残念ながら父王の言う大人の理屈もよくわかってしまう。


「では俺に幻蝶(フーディエ)への命令権を」

「だから、それも無理なの」

 ふっと父の気配は緩んでいる。子供相手であることを思い出したようだ。


「知っています、王太子になるまでは……そうですね? でも俺は──俺はトリシアを護りたい!」

 思わずテーブルをバンと叩いてしまう。

 ほとんど力の足りない己への苛立ち紛れだ。


「……──まっ」

 声に振り返れば、母が頬を染めて両手で顔半分を隠していた。

「……母上」

 あまりに静かだった為、母がいたことを失念していた。

 ──こ、れ、は……ややこしいことに……。


「そんな情熱的な子だったとは……母は嬉しく思いますよ、ふふ……くふふ……ふふふふふふふふふ」

「含みがありすぎて怖いです、母上。何を企んでいます?」

「パトリシアの母である公爵夫人エノーラは元々わたしの大親友、忘れていて?」

 相変わらずニコニコと微笑みを崩さぬ母。エドワードにとって母の心情や行動は父よりも読めない。


「ねぇ、エディ。もう少し話してご覧なさい。陛下もわたしもあなたの味方よ。けれど、最近少し、あなたの願いが見えないわ」

「ですから、トリシア……」

 そっと母は席を立ち、椅子に腰掛けたままのエドワードの両頬を挟む。細く暖かな指先。


「エディ。何を焦ってるの? 何があなたを追い立てているの?」

「…………母上」


 母はそっと膝をついてエドワードと視線の高さをあわせた。

「パトリシアの話はいいの。エディ、あなたの話をして欲しい」

「………………」

 以降、エドワードは黙りこくる。

 席に戻った王妃はリチャードと困ったように顔を見合わせ、食事に戻った。





 エドワードが退席した後のこと──。

 王と王妃は席を立って窓際で中庭を見ていた。

 春を間近に蕾は次々と花開いている。


「……だが、一つ解決しておかなければならない問題もある」

 唐突に切り出すリチャード。


「…………あの子達はまだ8歳よ? それは大人の仕事でしょう」

「そうだ…………一刻も早く」

 リチャード王は王妃を引き寄せ抱きしめる。


 ……権力者や大人は隠し事が大好きだ。

 親は特に子供のあずかり知らぬところであれやこれやと世話を焼きたがる。

 しかしながら、『物語』においてパトリシアを両親が甘やかしすぎて我儘放題に育ててしまったように、上手くいかないこともある。

 ジェラルドがパトリシアに殺されてしまったように、大人がどれほど立ち回ろうと、必ずしも『大人の願う未来』を子供達に与えられるとは限らない。また『子供の願う未来』は多くの場合、不一致だ。


 ただし、二周目として中身が大人である『道化』のエドワードは、あれこれ世話を焼かれるだけの子供ではない。

 人が二人以上いれば思惑というものはすれ違って当然で、そこに大人や子供の垣根は本来ないのだ。



王子視点が長引いていてすいません。

書いておかないといけないものリストを消化していたらつい…。


準備編登場人物ページに表紙絵をUPしました。15歳あたりのパトリシアとエドワードです。良かったら。

https://book1.adouzi.eu.org/n4949ge/41/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
「つづきもっと!」と思われましたらぜひ「ポイントを入れて作者を応援」の★★★★★PUSHやお気に入り登録よろしくです!モチベになります〜! 『いいね』も大募集!誰が押したのか作者はわかんないのでバンバン押してくれると嬉しいです!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ