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転生悪役令嬢の本懐vs二周目道化王子の本気  作者: 江村朋恵
準備編(8~12歳)【1】
52/67

常闇の傀儡師➀ 混沌を闊歩する

 頑張りはしたが結局『対象(ターゲット)』を発見できないまま翌々日を迎えた。


 今日は全身ぴっちりとしたパンツスタイルの黒装束に身を包んだ少女。

 黒髪はポニーテールに結い上げており、複数のピアスがむきだしになる。ピアスについた石はしっかりと魔晶石だ。腰ベルト、腿のベルトにも音がしないようにあれやこれや埋め込まれている。

 黒手袋には左右それぞれの親指、中指、小指の手の平側に小さな魔晶石が縫い付けてあるのが見てとれる。

 頑強ながら消音特化した靴にも複数、黒く塗りつぶした魔晶石がついていた。

 怪しさで言えば現状、国で一位二位を争えるレベルの完全隠密武装だ。


 町娘スタイルではベージュの眼帯だったが、完全隠密スタイルの今日は眼帯ではなく顔全体を覆う黒い仮面だ。目だし穴すらない。

 仮面の上から左目をぐっと抑えて十数メートル先の馬車内を"覗き見て"いた。


 相変わらず、何故か公爵令嬢本人には一族秘伝の『傀儡術』は通らず、隣の侍女の視界を拝借していた。

 公爵令嬢、侍女、正面に公爵夫人と女騎士が乗っているらしいことがわかる。令嬢の父親である英雄は王城で待っているのだろう。


「んにぃ……ただでさえ霞むのに、本人を追跡(トレース)したい……」

 ボヤキつつ、馬車が走り出すと近隣の建物の屋上へと軽い身のこなしでよじ登る。


 侍女の視界を通して、愛らしい令嬢の姿が見える。普段は緩やかな三つ編みにしている豊かな金髪をハーフアップでまとめ、普段より華美なドレスワンピースを身につけている。色味は水色をベースに、濃いイエローが差し色に入っている。

 ──妖精具合がすごい……人種の差? いやいや、んもう……アレ人間……?

 街中を走る馬車はそれほど速度を出さない為、少女は屋根から屋根を伝い追った。




 馬車は王都内の四台ずつすれ違える八車線ある大通りを抜けていく。

 王城は王都北寄り中央のこんもりとした山に建っていた。馬車は王城敷地を囲う堀を回り込み、大跳ね橋の前へ。


 少女はすいと影に紛れると馬車の客室(キャリッジ)の下に潜り込み、しがみついた。

 物陰の無い跳ね橋をつける事は流石に難しい。さらに跳ね橋先の門には魔力探知機能があるという情報は得ている。ここだけは馬車に自力で張り付くしかない。


 さすが公爵家の馬車──待ち時間がゆうに一時間を超えていそうな検問の列の横を停車もせず通り抜けていく。

 回転式(ロータリー)通路を巡って広い馬車置き場入り口へ。

 王城内への入り口のある乗降路へ入り込む前に少女は王城建物寄りの植木へ潜り込んだ。

 ──すれ違った警備兵がここまでで八十、騎士巡回が十二人……入り口はさすが多いな。跳ね橋門周辺なんて一カ所に三十人も置いてるのはヒヤヒヤした……。


 少女は顎の下に手を置いてかいてもいない汗を拭う。

 公爵令嬢が馬車を降りる時には護衛の騎士が五人ついた。

 ──しばらくは、城内侵入に全力振りするか。




 王城内廊下は静かなもので、影から影へ、天井すれすれの壁をわずかな『術』でへばりつきつつ、天井裏へ入れる隙間を探す。

 ──大体あるんだよね、自軍用に……。貴人の護衛とか。確か王国軍の第何騎士団とかの諜報部と、要注意なのは王室諜報部幻蝶(フーディエ)か。鉢合わせないようにしなきゃ。


 すぐに石作りの天井に髪の毛ほどの隙間を見つける。ゆっくり持ち上げつつずらせば天井の石を一ブロック分動かせた。

 腕の力だけで静かに身体を滑り込ませ、天井裏へはスルリと侵入出来た。高さは少女が歩くにも中腰にならなければならないほど。

 少し進めば成人男性で頭がスレスレだろう空間に出る。もちろん真っ暗だ。

 闇を闊歩する者──何らかの暗視機器または術など、闇を見渡せる状態を手に入れられる隠密者──でもなければすぐに物音を立ててしまいそうな場所だ。


 ──ふふふふふふん、王城だろうがオヤジ仕込みの闇と咎の使い手たるこのあたしには! かの『黒死天使』の再来とも囁かれるこのサマンサ様には無意味ぃぃぃいい!


 退屈が過ぎて脳内が暴走しはじめる少女だったが、瞬時に音もなく三連バク転で退く。


『……ほう、避けるか』

 性別不明のやや掠れた声がした。こんな場所でしゃべるのはただの阿呆かよっぽどの自信家か、家主くらいだ。


 ──騎士団か幻蝶(フーディエ)? 対象(ターゲット)はまだ見つけていないのに……!


 その横から、黒塗りのナイフが複数本飛んでくる。声の男とはまた別だ。

 避けたがナイフは背後で音を立てて落下。


 ──くっそ。

 忍んで来ているのは少女の方。

 さらに退くが、闇の向こうでは声の男とナイフを投げた誰かが低い呼気を抑えながらぶつかっている。はじめは殴り合っていたが、すぐに両者刃物を出して殺し合いに入っている。


 ──なんだ? 今日は暗殺キャンペーンでもあるのか?


 狭いと遠隔攻撃は避けにくい。少女は思考は思考と切り分け、入ってきた場所からそろりと抜け出しにかかる。


 真っ昼間の王城の影で、暗躍者達がうごめく。


 謁見の為に城に来た英雄の娘、公爵令嬢ならば王城の奥の奥へと誘われているはず。早く追いたいが道程の半分も侵入出来なかった。

 天井石から下へ飛び降り、渋々、別ルートを模索する少女。


 ──きた……!


 回廊と回廊の隙間、わずかに陰った通路を抜けようとした時だ。

 半歩体をひねりながら避け、襲いかかって来た相手を見上げる。

 静かな襲撃者は全身黒、黒装束に目元だけ出して口元には緩い黒布を垂らしている。同業者はみんな似たような格好をしているものだ。


 ──きたきたきた! そっちから来るのか! 対象(ターゲット)


 両手をバッとクロスさせ、仮面の下で小さくつぶやけば、真っ黒い刃が両手に浮かび上がる。一族秘伝の『術』が生み出す暗器だ。


 対象(ターゲット)の体格は男、鍛え抜かれているせいで年齢層は不明。だが、静かに消しきった奥にある、こちらの体の芯が冷えそうな強者の圧がビンビンに感じ取れる。

 頭上にひらめくのは似たような『術』によるものだろう、黒い長剣が少女に振り下ろされてくる。


 少女は両手短剣の使い手だ。眼前でクロスさせて黒長剣を受け止める。

 もちろん『術』による刃はどちらも音を発生させない。

 受け止めたものの、両手がビリビリに痺れる。


 ──んんんんんっ! オヤジ並っ!!!


 少女は体を沈めつつ長剣を浮かし、すり抜けるように横へずれた。

 バッと飛び出しつつ、左手の短剣で下から切り上げようとする。が、読まれていたのか反応されたのか、黒長剣にあっさりはじかれた。


 勢いでニ歩下がる少女。


 黒長剣の対象(ターゲット)の両サイドに似たような装束の男が二人、滑り込むようにして現れた。


『──我らに』

『まかせた』

 短く言葉をかわし、対象(ターゲット)はバックステップで影へと消えていく。


「──くっ!」

 思わず声が漏れそうになる少女。追いかけようとするが黒装束二人がやはり黒長剣と鎖付きの黒鉄球を持ち出して行く手を阻む。


 ──よってたかって大人が……!

 仮面の下で口を歪ませ、さらに下がる少女。だが、黒鉄球の男が懐から出した濡れた手投げナイフ四本が迫る。


 ──嫌なところに……!

 大股のステップ着地点を狙われ、三本は黒短剣で跳ね飛ばしたが、ナイフ一本が左腕をかすめた。


 やむなく、通路へ飛び出る少女。すぐに汎用長槍を持った王城警備兵二人に見つかる。

「おい! おまえ……!」

 誰何の声が大きくなる前に少女は踏み切ると警備兵二人の懐に一気に飛び込む。

 視界から外れる為しゅるんっと回転しながら警備兵二人の頭上へ伸び上がるように翔んだ。二本の刃で彼らの首筋を撫でながら駆け抜ける。

 後には、警備兵二人の首から真っ赤な血が吹き出ている。


 ──ああああっもっ! しくじったぁあ! オヤジィイ! 許してっっ!


 心の内側で叫びつつなるべく警備兵のいない通路を駆け抜けるが、黒装束二人はしつこく追ってきている。


 ──どこまで……! くそっ! 英雄の娘っ! あたし行けない! 生き延びて!!


 少女はずざっと足を止め、両手の剣をしゅっと振って消し去る。すぐに左手の傷から滲む血液を右手の指先に取ると床に八つの記号を書き込む。


「闇よ、咎よ、我、深淵を歩む者──」

 血で描かれた八つの記号から黒い煙がもわりと立ち上ると、少女の姿を一気に飲み込み、消えた。


 煙が消え去った頃に黒装束二人は追いつき、少女がいたあたりに刃と鉄球を叩きつけるが見事に空を切るのみ。

 眼前で消えていく黒い煙に黒装束二人は目線を交わし、追跡を諦めると再び影へと潜んだ。







 ガササッと堀近くの植木の中で倒れ込む少女。

 ──くそぅ……オヤジに折檻(ボコ)られるぅう……。

 腰ベルトから小さな瓶を取り出すと黒い丸薬をひと粒取り出す。

 負傷した左腕の破けた服をぐいっと開けば皮膚が紫色に変色している。中央には人差し指ほどの長さの傷口がぱっくりと開いていた。

 柔らかい丸薬を傷口に練り込みすり込みつつ、仮面の下でぎゅーっと目を瞑る少女。


『未熟者! 未熟者めが!』

 痛みよりもオヤジの声が脳裏によみがえる事の方が苦痛だった。


「──最初の二者、片方が王城警備の隠密……侵入者はあたしあわせて三勢力……あたしが把握してたのは対象(ターゲット)の組織だけ。もう一勢力、あれ、なんなんだよぉ……聞いてねぇぇぇ……」


 小さくつぶやいた後、今度は右手で印を組んで傷にかざす。

 手袋に縫いつけられた魔晶石から光る糸がにょきにょき出てきて傷口を縫い合わせていく。

 プチプチ小さな音を立てて縫い合わさっていくが、傷口が動くたびに血がドロリと流れる。


 やはり腰ベルトから小さな革のボックスを取り出す。蓋を開けて糸付きの針を取り出し、破けた袖をざっくりと縫い合わせて留めると、歯で糸を切る。針もボックスもさっさと片付ける。

 黒い服に滲む己の血を指先で拭い取りつつ、余りは手の平に溜め、地面にまた記号をいくつも書き込む。

「闇よ、咎よ、悔い改まらぬ者のやましさを糧に"傀儡"と成れ──」


 血塗れの手で印を組めば、少女は再び黒い煙に飲み込まれて消えた。

サマンサのキャラ絵はおいおい登場人物にアップします。同時公開間に合わず…!

キャラサブタイトルはこれでパトリシア、双子、王子、傀儡師の四つになりました。あとは多分『物語のヒロイン』のみかと。多分。

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