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転生悪役令嬢の本懐vs二周目道化王子の本気  作者: 江村朋恵
準備編(8~12歳)【1】
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めくるめく季節③ 十歳からの仮装大会

 温かい時期ならばパトリシアと双子も中庭の東屋(ガゼボ)で勉強会をする。が、今は真冬。

 季節柄、パトリシアの私室での勉強会になっている。

 先程まで双子の妹でパトリシアより一つ下のシャノンも居たが到着の遅れていた家庭教師が着いたそうで半泣きで、パトリシアや双子には半笑いで見送られて自室へ戻った。


 窓の外にはちらちらと雪が舞い降りているのが見えているが、室内は暖炉の火がポカポカと温く、心地よい。

 パトリシアはクリフの声に「──かめんぶとうかい?」と問いつつ紅茶に口をつけた。


 パトリシアの疑問の声にはノエルが応えてくれた。

「ああ、もうそんな時期か。早いね。貴族も庶民も混ざって交流しましょうっていう舞踏会。ま、ここ何百年も貴族は貴族でやるから庶民と交流って感じではなくなってるけど。貴族は貴族同士、仮面で擬似的に正体を隠して交流しますって感じだよ。庶民の仮面舞踏会は、そうだね、仮装かな。仮装コンテストもやってるぐらいだし。やっぱりお祭り気分って感じだよね。庶民を嫌う貴族は行かないけど、庶民とか、気にしなかったり分け隔てない貴族はお忍びで遊ぶんだ」


「へぇ~! 素敵! 私も──」

「──ああ、トリシアは無理」

 また楽しそうなお祭りがあると思い、パトリシアはニコニコしたがクリフに遮られてしまった。


「え!? なんで!?」

「十歳以上が参加規定」

「そんな……!」

 ショックを受けるパトリシアそっちのけでクリフは姿勢を崩して説明する。

「アルバーン領じゃ、貴族も普通に庶民に交じっちゃうんだぜ。ジェラルド様とかびっくりするくらい気さくに割り込んでいってたらしい、街中に。まぁ、ジェラルド様が昔に無双しすぎたせいで俺らは審査外(エキシビション)でしか参戦できないんだけどな。でも、めちゃくちゃ気合い入れてるぞ」

 クリフの言葉にノエルもニヤリとしている。


「ムゥ……ずるい……私、知らなかったわ、全然。二人がそんな準備してることも全然……!」

 テーブルの上で両手を拳にするパトリシア。


「去年とかも俺ら行ったんだぜ? トリシアはなんか、自分のことでいっぱいいっぱいだったろ。歳も参加出来ないし、誘える話じゃなかったんだよ」

 羽ペンを揺らしつつ出てきたクリフの発言にパトリシアはさらにショックを受ける。


 行事を気にしている余裕なんて今まで一切なかった──。

 クリフやノエルが、他の人達や庶民が何をしているのか一切興味を持っていなかった。

 スルと力が抜けて、ゆるく握った右こぶしの親指と人差し指で下唇を撫でるように擦るパトリシア。


「──…………」

「……ん? どうしたの? トリシア」

 隣のノエルが顔を覗き込んできた。


「え、ううん、なんでもない……!」

「そ? 今回は無理だけど来年かな? トリシアも参加できるよ。そのとき僕は手伝いにまわろうかな。トリシアは何の仮装がしたい?」

 パトリシアはサラッと慰めてくれるノエルに微笑むと「これから考えるわ、楽しみ」と応えた。




 日常は駆け足で過ぎ去っていく。

 あっという間に訪れた仮面舞踏会の日程──仮装大会はまだまだ星降り祭の尾をひいている。


『ウフフ、私を見つけて……!』

 なんていう遊びがあちこちで行われ、星祭り以降のいくつかのカップルは淘汰された。

 やはり、昼間が全年齢で子供向けにコンテストが開かれ、酒が入る夜間には大人たちのお楽しみのダンスパーティーが始まる。


 パトリシアは今回こそしっかりと仮装して──エドワード王子からの訪問がある前に城下町へ抜け出した。


 城の門番には手を降って出てきたりしているし、パトリシアの視界内に数人の騎士が見えているので黙認されたお忍びなのだが──。


 パトリシアの仮装、実はサニーの入れ知恵もある。

 前回のお忍びはパトリシア一人の考えだった。

 今回は「どうなさいます?」とワクワクした様子で聞かれてしまったのだ。

 パトリシアがお忍びに出ることは完全にバレている。ただ、親族も使用人達も誰も彼も「血は争えない」としか思っていないようだった。


 アルバーン騎士団の威信をかけてパトリシアはお守りされるわけで、本人なりに無駄な負担はかけないように大人しくしようと決意する。

 連日のように忍びもせずに城を抜け出していた父ジェラルドの実績による理解なのだが、パトリシアなりに遠慮をして城を出た。




 広場へ着くとすぐ──。

「…………それは……」

 鉢合わせた瞬間、カーティスに顔を逸らされた。どうやら笑いをこらえているらしい。

 パトリシアはきゅっと眉をひそめる。


 煙突掃除の少年をモチーフに、ふくらみの大きな帽子、吊り長ズボンにくるぶし丈ブーツ、極めつけはデッキブラシ。髪は量も多いので隠しきれずに大胆なツインテールでまとめた。

 ポイントは顔を隠せる三角マスク。髪色も瞳の色もそのまま。

 あとは防寒に大きなダウンジャケットを着ている。


 格好自体は普通すぎる。地味すぎる。日頃ろこのような少年はあちこちウロウロしている。


 パトリシアは三角マスクをグイッと下げて睨む。

「カーティス、笑わないで」

「いや、わりぃ、わりぃって! でもその格好なぁ……ぶふっ──くくくっ」

 よく見かける、ありがちすぎる。

 なのに、豊かな美しい髪もとろけるような目元、蒼色(アイスブルー)の瞳も、白い肌に柔らかなピンク色の頬も──王都であだ名されるままの妖精っぷり。羽がないことに違和感を覚えるほどだ。


「でも今回もすぐ会いましたわね」

「ああ、今回は見つけにきた」

「見つけに?」

「姫さん……んや、シアがお忍びするってわかったから、まぁ、イロイロな!」

「なぁに、それ」

「それよりほれ、領主子息のお二人が参加するってーんで人がめちゃくちゃ多いぞ!」

 広場の人は星降り祭より多い。屋台は少し少ないが大人も子供もたくさん集まっていた。


「星降り祭は基本的に大人の祭りだったけど、昼間の仮面舞踏会っつーか、仮装大会は子供のコンテストって感じだからな。賞金もそこそこデカくてな。特に最近じゃノエル様もクリフ様も騎士団に参加して魔獣討伐ガンガンやって領地守ってるだろ? ありがたいやら貴族なのに親しみがあるやら、みんなお姿を見たことがあるし、どんな仮装されるのかっつって、初参加の去年より見に来てんだな」

「そうなのね。今朝、ノエルもクリフも大きなマントで覆って隠して見せてくれなかったの。どこで見られるのかしら」

「仮装大会はあと三十分もしたら始まるぜ。連れてってやる」

「ありがとう! でもカーティスは仮装しないの?」

 カーティスは前回会った時と同じ簡易冒険者セットだ。

「俺? 俺はいらねぇかな」

「いらない?」

「特に交流も仮装大会も」

「そうなの? カーティスはこういう派手な雰囲気が好きなんだと思っていたわ」

 村でもあちこちたくさんの人と話をしてコミュニケーションを大事にしていて、そしてそれを楽しんでいるように見たからだ。

「は? いや〜それはねぇよ」

「ふーん……そうなのね?」


 星祭り同様、パトリシアはカーティスに手を引かれながらコンテスト会場へ向かう。相変わらずカーティスはスルスルと人混みを避けていく。


 中央広場に設えられたステージと広めにとられた観客席。大樹の近くまで人でいっぱいだ。

「ちょっと見えねぇか……」

 カーティスはクルッと向きを変え、ステージに近い前の方、その観客席の端にあたる木の下に移動する。


「ちょっとだけ我慢な」

「カーティス?」

 次の瞬間、カーティスはパトリシアを肩に担ぐと腰に下げていた鞭を器用に操って木の枝にひっかける。

「──ぅっわっ!」


 カーティスはあっという間に木を駆け上って、パトリシアを太い枝に座らせた。

「おし、こっからならよく見える」

「…………そ、そうね」

 目を白黒させてパトリシアは同じ枝に立って幹にもたれるカーティスを見上げた。



 街の音楽隊と慣れた様子の司会者が進行して、まず審査外(エキシビション)でノエルが登場する。


 割れんばかりの歓声の中、堂々と出てくるノエルに、パトリシアは「ここよ、ここから見ているわ」という風に小さく手を振る。

 すると、すぐにノエルと目があった。彼は目を細めてニッコリ。


 ノエルは、約五百年前に活躍したという伝説の吟遊詩人を模した格好をしていた。

 小ぶりの携帯竪琴に羽帽子、不釣り合いな大剣(偽物)を背負っている。


 吟遊詩人と言いながら武に優れた冒険者で、自身の冒険譚を自身で歌って聞かせる謎多き英雄の一人として名高い。


 意外だったのは、ノエル自身、竪琴を奏でて歌ってみせたこと。上手い上に父母の美貌を引き継ぎ優雅に振る舞って見せ、小さな女の子から大きなお姉様方まで虜にしてしまい、黄色い声援が飛んだ。


 次に現れたのはクリフ。

 なんと、着色済みのなめし革をふんだんに使って立体裁断までして作り上げられたドラゴンの仮装(コスプレ)をしてきた。こちらには男の子から大いに声援が上がる。


 さらにノエルが再び登場して簡単なタテを見せて英雄対ドラゴンの寸劇をしてみせるせいで会場は大盛り上がりだ。双子がコンテスト審査対象外の特別参加でなければ優勝はあっさりかっさらったことだろう。


「すごい……いつ準備していたのかしら……?」

 新年祭も冬の大掃討もとんでもなく忙しかった。その前には双子の誕生日だってあったのだ。

「いつの間に……負けてられないわ……!」

「ああ、シアも出るのか?」

「そうね…………そうね……どうしましょう、何がいいかしら!?」

 目をキラキラさせて振り返って見上げてくるパトリシアに、やはり耳まで真っ赤にして顔を逸らすしかないカーティスだった。


「いや、それは……俺は楽しみにしとくとしか──なぁ、それはそうと、来月の春祭りはまたお忍びで出てくるのか?」

「え? ええ、もちろん! 去年までは来なかったけど……」

 今年はエドワードから逃れるためにお忍びで城下町へ来るようになったが、問題ないように思え、気分転換にどんどん出てこようと思ったのだ。

 いつか未来、冒険者になるための助走だと思って──。


「そうか。俺らは常駐以外、一旦本拠点(アジト)に引っ込むんだ。でもまた春祭りの頃には来るから、またお忍びでのシアになるんなら一緒に回るか?」

「いいの!? 嬉しい。一人で回るより話し相手がいるほうが楽しいもの!」

「んじゃ、約束な!」

 パトリシアとカーティスは木の上でこっそりと指切りをした。

学年の区切りは九月〜八月ですが、お祭りの年齢区切りは新年なので双子は十歳になる年の九歳時点で初参加、十一歳になる今年、いま十歳で二回目参加です。

パトリシアは今年九歳なので不参加、来年初参加ですかね。

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