めくるめく季節① 1月のお祭り
一月は創世、はじまりの月とされている。
この世界が誕生した最初の30日間を一月にしたという伝説があり、また一月の中旬には流星群が見られる。澄み渡るキンと冷えた夜空に落ちる流星群は、願いを託すにはあまりに多い。一つで良い。たった一つの願い星。
一人で良いから、巡り会いたい──という祭りだ。
ロマンチックな夜空を背景に、古来から未婚成人男女の出会いのための星降り祭が催されている。
あるいは、庶民の集団結婚式もこの時期に行われる。
端的に言うなれば、カップル成立及び結婚ラッシュ。無垢な子どもたちが「わぁ、君も十月生まれ? 僕も」「私も」「惜しい! 俺は九月!」なんて言うのを微笑ましく眺めるような季節感。
一月の最初の日は全員で祝った新年祭だったが、つまるところ、そのおめでたいムードから一転、街中はイチャイチャいやらしい肉食ワールドに様変りする。
アルバーン公爵領は過酷な大掃討を乗り越え、後処理や治安維持に忙しい騎士従騎士保安員を除けば、今まさにピンク色な様相。
とはいえ、子どもたちの大半は気づかないし、もちろんパトリシアもそれどころではない。
中旬の1週間ほど浮かれきった星降り週間を経て、最終日に集団結婚式が催され、祝福ムードは弾けきる。
かたや、4月に貴族の社交シーズンが5月の最盛期へ向け動き始める時期になると、庶民の間では別れの季節が本格化している。それにはまた、悲喜交交様々に理由がある。
──それはそれとして。
パトリシアは全力でエドワード王子を避けている。
時期は星降り週間のど真ん中。
アルバーン公爵領ラソン城城下町も新年祭の飾り付けを引き継ぎつつ、毎夜、中央広場で歌にダンスにお祭りが続いている。
華やかなバグパイプや笛の音に、リズミカルな連太鼓、娘達の手の中の鈴が鳴り響き、笑い声があちこち混じる。
夜空に向けては高々と組まれた薪から真っ赤な炎が空へ空へと昇りゆく。輪のように人は連なり、男達は軽やかなステップを、女達は揺らめく色鮮やかなスカートで祭りを盛り上げる。
しかし、季節柄雪山から吹き付ける冷えきった風は絶え間ない。
──寒空に? などと、愚問である。
寒いからこそ人は寄り添う。酒を片手に頬を染めて笑いあう。
日中も十代の若い未婚男女がデートに勤しむわけだが、パトリシアはエドワードに顔をあわせる度、誘われていた。
「来週はいよいよ星降り祭だね、山間の遊牧の民も降りてきて美しい笛を奏でるというよ。聴きにいかないかい?」
「やぁ、パトリシア、ラソン城の星降り祭も賑やからしいね。今日の昼過ぎ一緒に行かないか?」
「聞いた話だとわざわざ隣国コルトラからアトリエ『そよかぜ』がきているというよ。コルトラは芸術の国、魔晶石にも良いフレームがあるみたいだから見に行こうよ」
八歳だとは思えないアプローチの数々にパトリシアは少々辟易としている。
そもそも、社交界デビューの十四歳や、成人にあたる十六歳を節目にこの行事に繰り出す者がほとんどで、八歳のパトリシアやエドワードには気が早すぎるというのに。
パトリシアは双子と大掃討前からのルーティンをこなすが、その合間合間にエドワードはやって来る。
一月中旬の今はもうスケジュールを完全に把握され逃げ回るのも限界。パトリシアはグルグル目になった挙句、城を抜け出したのだった。
季節柄、庶民は一張羅で街を歩いている。
パトリシアも手持ちの中でも一番地味な装いをすれば紛れることが出来た。
髪型はいつものふんわり三つ編みではなく、いくつかの小さな三つ編みを混ぜこんだ変型ハーフアップ。
髪色は従姉妹のシャロンから借りた3連魔晶石の魔力を使い、ヤミの住処のキィ・ティアがしたような見るものの視覚を惑わせるという闇属性側の変装魔術で無難な茶髪にしている。
瞳の色はパトリシア自身が蒼色が好きなのもあって変えず、顔の印象は頭から巻いて口元を覆う温かいスカーフで誤魔化している。
お忍びとはいえ、8歳の公爵令嬢、当然ながら護衛の騎士が複数ついてきており、パトリシアもそれは折込済みで城を抜け出した。
──いつか冒険者になるときは、完全にまけるようにならないといけない。今は……護衛に気付かないフリで大人しく護らてなきゃいけないわね。
昼の2時過ぎ、街中は賑やかだ。
パトリシアが聞いていた通り、十代の初々しいカップルが中央広場に連なる市場を楽しそうに回っている。
路地の影からメインストリートを覗き見るパトリシア。
「…………子どもはどこに集まってるのかしら……」
「──よ!」
「ひゃ!?」
突然背後からかかった声に振り向けば、見知った顔があった。
大掃討の時に出会った大規模冒険者ギルド「黒の虚蝕者」ギルド長の息子というカーティス少年だ。彼が三歳年上だという話はアルバーン騎士団の団長チャドから聞いた。
健康的に灼けた肌色と凹凸の少ない顔面、大きめの一重の目が特徴的な体幹オバケである。硬質鎧は省かれ、なめし革の簡易装備と見覚えのある長剣を腰にさげているようだが──。
思わずパトリシアも小さな悲鳴を上げたのも、カーティスが路地の2階バルコニーから逆さまにぶら下がって顔を出したせいだ。
「な、なんで……」
「ここ宿、俺この部屋、路地で変わった気配。だからだな。──よっと」
くるんっと回転して降りてくるカーティス。ガシャシャッと装備物が音をたてていた。
「な、なるほど。そうだったのね」
「つうか姫さんよ、この季節は路地裏歩くなよ」
「でも──」
お忍びで様子を見に来たパトリシアにカーティスは険しい顔をしてみせた。
「でももねぇって。姫さんの護衛もぜってぇ冷や冷やしてんぞ。3、5……いや、6人着いてきてるな」
護衛がついてきていることは想定内だったが6人は多いし、パトリシアからすれば姿も気配もないのに気付くカーティスにも感心する。思わず片手で口元を押さえていた。
「──まぁ……」
「まぁじゃねぇし……」
呆れて首の後ろをガシガシかいた後、カーティスは明るいメインストリートの方へ歩き始める。
「いいや、俺が案内してやるよ。とにかく路地裏はダメだかんな?」
「え……っと……。ええ、よくわからないけどわかったわ」
パトリシアはスカーフをきゅっと締め直しつつ、カーティスを追った。




