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転生悪役令嬢の本懐vs二周目道化王子の本気  作者: 江村朋恵
準備編(8~12歳)【1】
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ふたりのスタート地点

間が開いてしまいました、すみません。ついでに長くなってしまいました…キリがないので一旦この辺で。ごめんなさい。

 アルバーン公爵領の冬の大掃討は例年にない異変の終焉とともに幕を下ろした。

 騎士団の受けた損害は大きく、穴埋めに半年間、王国騎士団が派遣されることが決定したのだが……。


「なんでエドワード殿下が率いてくるという(てい)なの……だいたい私と同じ8歳にさせること…………?」

 パトリシアはエドワードの『中身』が成人だとは知らない。困惑は深まるばかりだ。


 祝勝会も終わり、慌ただしいばかりの年末年始を駆け抜けてそろそろ日常に戻ろうという頃──。

 早朝の走り込み前の僅かな時間に、自分で支度と着替えを済ませたパトリシアは寝室に置いた姿見の前でひとり途方にくれる。


 つまるところ、半年間、エドワード王子がアルバーン領のラソン城に留まり、パトリシアと一つ屋根(巨大)の下で暮らすはめになったのだ。


 ──どうしてこうなったの…………っ!?

 どこを後悔反省すればいいのかわからない展開に顔をしかめるパトリシア。


 手紙という僅かな交流で済んでいたのに、おざなりな返事をしていたせいなのか事態は嫌な方に進み続けている。


 深くため息をついて、姿見に手を置いた。

 鏡に映る八歳のパトリシアは、曇らせた表情なのに憂いとともに美麗さに磨きがかかる。ふっくりしていた幼児っぽい頬は次第になりを潜めて、毎日欠かさないハードとも呼べるトレーニングの結果、凛々しさが加わっている。

 筋力もしっかりとあるので姿勢がよく、実はダンスも得意分野だ。

 魔力は引き継げなかったが、将来、均整がとれた抜群のスタイルになる体は歪みもなく健康そのもの。少しずつ引き上げられる負荷の高い訓練にも余裕を持ってついていけている。


 そっと鏡の中の自分の目に触れる。

 大きな瞳の色は、透けて奥に銀色の層でもあるかのような、色味は薄いのに深みのある蒼色(アイスブルー)だ。

 先日一時的に左目だけ変色し、まるでそこだけ皮を剥いて血肉を晒したかのような赤いグロテスクな色になったが、今は父親から受け継いだ冬の氷のような透け感のある瞳。

 ほっと一息つきたいところだが、闇の中で出会った謎の人物キィはパトリシアの瞳は『元々こそ赤』と断言していた。聞き流したが……。


 ──どう判断したらいいのか、わからない……。

 本音は結局、途方に暮れたし、むしろ逃げ出してしまいたい。


 パトリシアにはいわゆる前世の記憶がある。

 まるで誰かの人生のドキュメンタリー映画のような、細切れに流れては消えていく思い出。ふいに湧き上がる自分のものとは言えない記憶──。

 まだ半分以上の内容が理解出来ていない。思い出しても、それが何のシーンなのかわからないことが多いのだ。

 大人たちがただ会話しているだけ、食事しているだけといったものから、過去世の主がパラリパラリと教科書を読んで内容を咀嚼しているシーンもある。前世が学んでいる内容も、わかるものわからないものバラバラだ。

 その中でわかりやすかったのが、娯楽小説であったり、ゲームなのだが……。


 前世の記憶に気付いて三年になる。

 はじめこそ不安ばかりが先行した。

 なにせ、経験したこともない、誰のものともしれない思い出が頭の中に浮かんでは消えていくのだ。それが何なのかわからず、過去世の記憶をツギハギしてようやく『前世の記憶』であると認識するまでも時間を要した。

 5歳から見始めた他人の人生(きおく)──気持ち悪くて不愉快だという感情を、ただ泣いて知らせるだけの赤子の時期はとうに過ぎていて、逆に不安を胸の底に貯め込むことしかできなかった。

 パトリシアの知らない事になるが、その不安は夜泣きという形で露出していた。最近では悪夢として蓄積している。


 理解が進んだのは、だがやはり、記憶の中のヒントがあったからだ。

 過去世の読む物語の数々に、むしろ今の自分と似通った状況がジャンルとして──『異世界転生』であったり『悪役令嬢』なりで──存在した。


 他人の知らない感情や記憶、混じり合う過去世と現世の意識──二人分、または人生二回分以上の知識と経験であらゆる困難を面白おかしく乗り越えていく数々の物語。


 パトリシア自身は過去世の意識というものを感じることはなく、ただ記憶が流れ込んできているにすぎない。だが、その記憶に『パトリシア』が登場する物語があるのだから不安に驚きが加わる。


 パトリシアはもう一度ため息を吐き出した。

 物語もインパクトの強いところ、過去世が何度も読み返したところはわかるが、全体をきれいに把握出来ているとは言い難い。

 記憶全体がぼんやりとしているというより、人がいちいち生まれてからその時点までをすべて覚えていない、思い出せないように、パトリシアもまたツギハギのような前世の記憶を上手に繋げられないのだ。

 そもそも前日の昼食夕食ならまだしも三十八日前の間食はなんだったかと記憶を辿っても出てこないように、関連情報が無ければ思い出せない。その日が誰かの誕生日で間食がケーキになった──とかでもなければ。


 過去世の読んだ数々の物語だって、その『思い出せない記憶』は大いに仕掛け(ギミック)として読者を引き込みハラハラさせている。


 ──我が事になるといらないわね……ハラハラなんて。


 逃げたい──早く逃げ出してしまいたい……今はまだ、その準備段階にいるのだ。千切れそうな心を繋ぎ止め、不安を日々可能な限り実行出来ることを強行して押さえつけている。踏みとどまっているにすぎない。自分の人生だけにとどまらず、闇の巫女にならないこと、魔王など召喚しないことで多くの人を護ることが出来るはずと、英雄めいた目的目標を掲げるふりをして『悪役』の業から目をそらしているにすぎない。


 物語の悪役だからこそ、真実、悪行を止めることが出来るのだ……と。

 正義のヒーローの役割かもしれなくとも、そもそも悪行さえなければいい話。

 悪が自ら悪から手を放す、これほど手っ取り早く、物語を収束──いや、始まりすら許さずに『物語』を無かったことに出来る手段は他に無いだろう。



 5歳で未来(さき)を知って、幼い頭脳で導いた答え──『パトリシア』ではなくなるという方法……。


 具体性に欠いてはいたが、細かいことは今後の成長に期待したところは大きい。

 悪役なのだからと肯定しつつも、真に悪役──悪虐の徒にはなりたくない。自分の中に矛盾を抱えている。自覚はあれど、打開策などない。

 ──それでも……ただ、それでもと願う。


 将来、公爵令嬢としての地位を捨てれば、きっと主人公(ヒロイン)のライバルキャラとしての立場からも降りることが出来るはずだ。

 だが、それはバンフィールド家の名を傷付けてしまう。ただ出奔したのでは、正解ではない。

 いつ、どのタイミングで、どのように姿をくらませるべきか──。

 はっきりしているのは、今すぐではないということ。一人で生き抜く力を身に着けてからだ。

 幸い、実力さえあれば身分や出自が怪しくとも小銭から大金まで気軽に手に出来る職業がこの世界にはある。

 パトリシアは最終的に身分も名前も捨ててその冒険者になるつもりだ。周囲は訓練内容からパトリシアが騎士を目指していると思い込んでいるが……。


 ──やっと8歳……もう、8歳……。

 運命の時は何も九年後と固定されているわけではない。先延ばしにできるかもしれないし、早まるかもしれない。


 物語の中のパトリシアについての記述は、実はあまり多くない。

 ノベライズ版ではゲームの複数エンディングの内のエドワード王子エンドバージョンでまとめてある。

 パトリシアに関する記述はこのエドワード王子と、主人公(ヒロイン)が絡むシーンで語られ、最終的に説明不要の『悪』に仕立て上げられる。細やかなバックボーンなどない。


 つまり、『エドワード王子は九歳でパトリシアと婚約した』、『同じ年齢なので十四歳の時に学園に入学した』等々……パトリシア主体での描写はまずない。

 また、宰相の息子として登場する攻略対象ジェイミーはパトリシアの年子の弟で実は同学年──パトリシアの家庭内の情報はジェイミー絡みでのみ描写があった。

 自宅にいて我が儘勝手なパトリシアを冷ややかに眺める弟ジェイミー視点が語るかたちで読者はパトリシアについて知ることが出来るようになっている。


 魔力は遺伝する。例外を除いて。

 極端に容姿が優れていても魔力がなくては貴族令嬢の本分が果たせない──ここでは魔力の高い優秀な子を産むという基本でありながら絶対的条件を満たさない姫……それが正当なパトリシアの評価だ。


 戦闘にあたって、剣技体力が同等の者がぶつかる時に、魔力があるかないかは勝敗を大きく左右する。

 言い方を変えれば、剣技体力が大幅に劣っていても魔力さえ相手より多ければ楽に勝ててしまう。魔力が無ければ、無能にも負けてしまう……。

 本人の意思や努力は、生まれ持った『魔力量』の前ではほとんど無益かつ徒労なのだ。


 貴族の義務には国民領民を危険な魔獣から護るという項目がある。

 あちこちから税金として取り上げた金は明確に国民に返されなければならない。安全であったり、利便性であったり、困窮時の救済として。


 街の高い城郭から出れば、人を狙った魔獣と遭遇する。魔獣は赤黒い瞳をギラギラとさせながら、人の柔らかい皮膚に牙を爪をやすやすと付き立てる。

 また、国同士の諍いも火種はいつでもくすぶっている。幸いなことに約十年前にジェラルドを英雄として世界に名を知らしめた大戦、隣接する三国連合に勝利してからは平穏そのものだ。それでも、野心家はいつ現れるかわからない。疲弊した三国の向こうではたびたび戦火が開かれているし、常にどこかしらで戦争は──人間同士の大規模な殺し合いは起き続けている。


 ジェラルドが証明したように、超一級(ハイクラス)高魔力重騎士(MPタンカーナイト)なのにトリッキーな上級魔術師(ハイスペルマスター)は、文字通り一騎当千、あるいは一騎当万。ゴリ押しがまかり通る。

 パトリシアが父親を世界観ぶち壊し能力者(チーター)呼びするのも当然で、ジェラルドは最前線の盾役だというのに超高火力の大魔術を連発出来るのだから、敵に回したら厄介なこと極まりない。しかも被ダメージによる詠唱中断(キャストキャンセル)も無効化しているので最早、倒し方がわからない。近距離無双騎士でありながら遠中近距離も万能を通り越しているのだから、隙がないにもほどがある。


 騎士の話は横に置いて、魔術のプロは魔術師(スペルマスター)と呼ばれる。


 魔術に必要な素養は先の魔力ともう一つ、実は正気度(SAN値)の高さも要求される。


 魔術を使う時、制御のために深い集中状態に入るが、これはつまり精神に多大な負荷をかけている。強力な魔術ほど魔力(mp)だけではなく、さらに正気度(SAN値)も削ることになる。


 キィが何度か言っていたジェラルドの『耐精神負荷が高い』とは、ちょっとやそっとの恐怖や精神ダメージ、または物理的撃をくらっても崩れない、または即時に立ち直るだけの能力値(パラメーター)を有しているということだ。

 この能力値(パラメーター)──並の衝撃では削りきれないほどのその正気度(san値)がチート級に高い……または自然回復速度が早いということになる。


 強力な魔術は魔力と正気度、両方が高くなければ打てない。魔力があっても正気度が低ければ小粒の魔術を連発するのがせいぜい。


 魔力があっても正気度が低いために最大でマッチ棒並の火しか出せない…………量なら一億本のマッチをつけられはするが一度に一本しか付けられない──これが魔力は多いが正気度の低い魔術師。


 一方、瞬時に百本の松明に大きな火を一回だけ付けられる、魔力はさほど多くないが正気度高めの魔術師。


 この二人が対峙した時、単純にどちらが強いかという話だ。


 戦闘時の魔術的瞬発力や火力を左右するのが正気度(SAN値)と言える。


 ジェラルドは高い魔力を余すことなく一発一発の魔術に閉じ込めて超高火力の技にする。しかも、騎士として最前線に立ちながら……。


 生活魔術の類や日常的な低レベル魔術は毎秒の回復値で補えても、人の生死に関わるほど強い魔術は心を濁す──つまり、魔力とあわせてSAN値を削る。元のSAN値が低ければ魔力が多くても一度に強い魔術を打ち出せない残念仕様になる。


 ベースにあるのは魔力の多さや、追加なり魔力晶石で増幅した魔術による精神負荷に耐えられるなどうか──なのだ。


 SAN値の高い魔術師の魔力量の多さは、戦場をひっくり返すポテンシャルを十二分に持っているのだ。逆に、SAN値が低ければ魔力量がいくら多くてもせいぜい街の便利屋さんにしかなれない。


 SAN値がジェラルド並みとキィにお墨付きをもらったパトリシアだが、魔力ゼロではお話にならないところ。

 これを覆すのが魔力晶石による外部魔力。

 また、誰も知り得ない話だが、パトリシアには血を魔力に変える『赤黒い血の瞳』がある。これによって誰もが驚愕した闇の繭(ニルヴァーナコクーン)という魔術を展開した。


 物語で王子の婚約者となるも破棄され、処刑される運命となるパトリシアを取り巻く環境、事情を考える上で、外せないのがこの世界での『女としての価値』という視点がある。


 多くにパトリシアが目指していると勘違いされている女騎士だが、その数は多くない。


 騎士になる必須条件の一つに『一定以上の魔術が使いこなせること』とある。

 これは規定以上の魔力とSAN値を満たすか、遜色ない魔力晶石を持ち出しつつ規定SAN値を保持している者という意味になる。


 そもそも、魔力が高い女性は結婚相手として人気が高い為、行き遅れたり生殖能力を失いかねない騎士には親がさせない。

 現状、女騎士のなり手は平民でありながら魔力を持って生まれたか、物好きな下級貴族令嬢、あるいは赤貧家門から男だけでなく女も高給目指してやってくるパターンかのどれか。


 パトリシアのような身分で上から数えたほうが早いような上級の貴族令嬢はまず騎士にならない。


 人よりはるかに頑強な魔獣が徘徊するこの世界ではより魔力の多い子供を産める、魔力量の多い女性が求められている。


 子供は両親の魔力平均を受け継ぐことが多く、女性にも魔力量が求められる。一族の魔力平均を上げたいなら、より魔力量の多い妻を娶ることが絶対になる。


 たまに、ジェラルドのように親の遺伝を無視したような桁違いの魔力を持って生まれてくる者がいる一方で、パトリシアのように魔力をかけらも持たずに誕生してしまう子も……この二人が親子であったということは、紛れもなく不幸だった。

 パトリシアの母の魔力量は平均よりもぐっと多く、第二子である弟のジェイミーは成長前の七歳にして魔力量だけならば騎士団魔導隊に所属する魔導騎士に──大人に、プロに劣らない。

 パトリシアだけが、魔力を持たない。


 貴族令嬢として重要な魔力が欠けたパトリシアは、公爵家の総領姫であろうと、英雄ジェラルドの娘であろうと、将来、傾国の美姫となろう容姿であっても、結婚相手としては庶民と同じ扱いだった。

 身分だけで言って、男爵や子爵ですら庶民との婚姻は躊躇うというのに、公爵家と釣り合う家格の誰が、庶民の価値しかないパトリシアを望もうか。


 公爵家の財力ならばパトリシア一人が独身のまま生涯を終えるまで養うことは何も問題がない。

 それはつまり、生ける屍と大きく違わない。

 家を継がず、子も成さず、影響力も政治力も社交の場で意味を持たない。女の主戦場たる社交の世界で、背負うべき家がないのだから。

 物語で、魔力のないパトリシアが辿る未来を見据えたならば、誰も関わろうとしないのとは明白だった。


 この世界で、魔力の有無、大小はとても大きな意味を持っている。


 物語のパトリシアは子供も呼ばれるお茶会に顔を出す度、気付く。

 少しずつ、少しずつ、孤立していくことに。ひとりぼっちになっていくことに。

 交流しても意味のない、ただ可愛いだけの、利用価値のない子供なのだと。可愛らしい容姿も、公爵令嬢としての地位も何の役にもたたない。


 むしろ、弟ジェイミーは公爵家にふさわしい大きな魔力を備えているのに、あのジェラルドの娘なのにパトリシアは魔力がないなんて──ストレスのはけ口として、笑いものになるまでそう時間はかからなかった。


 今のパトリシアは王都から離れていることもあり、口さがない悪意に晒されることはほとんどない。だが、王都に残り続ける物語のパトリシアは8歳の頃には明確に孤立を深めていた。幼いうちは笑い合って遊んでいた子らがグループを作り、輪になってヒソヒソとパトリシアを嘲って笑うようになった。

 そんな物語の中で、可愛い子にめっぽう弱いエドワード王子だけがパトリシアに話しかけ続けていた。


 ──なんて『設定』……依存するに決まってる……家族以外で、王子だけが優しいなんて……。


 パトリシアは鏡に乗せた手を拳の形に握り込む。


 物語と違い、今のパトリシアは孤立するほど外部の人間と接触していない。また、身内や親族は誰もが優しく、ありのままのパトリシアを受け入れてくれている。

 まして、物語のおおよその展開を把握している今、パトリシアがエドワード王子に依存することはない。むしろ『パトリシア』を捨てるまでは関わりを最小限にとどめておきたいと思っているのだが──。


 ため息を吐き出し、侍女もまだ起き出してこないいつもより早い時間(・・・・・・・・・)に部屋を出た。


 夜間も魔術の灯りが灯ったままの、日の出間もない早朝(いま)ももちろん明るい廊下で、パトリシアはぎゅううっと眉を潜めた。


「おはよう、パトリシア嬢。今朝もお早いのですね。城内をまだ覚えていないので、ご一緒してもいいですよね?」

 キラキラした正真正銘王子スマイルのエドワード王子の出待ちをくらったのだった。


 珍しい、王家特有の銀髪をサイドに流し、優しげな瞳は包み込むような翡翠。

 男児ながら、いやだからこそ、美少年だけが持つ『今だけ』の儚げな微笑はいっそ危うげだ。避けたい運命の象徴なのだから、なおさらパトリシアには不吉に映って仕方がない。


「──お、おはようございます……毎日同じコースですし、そろそろお一人で……?」

 パトリシアが早朝に一人で走り込みをしていると知るや、エドワードは毎朝ついてくるようになった。始める時間を数分ズラしてみても、早めても遅れても合流してくるし、今日のように一層早く動いてもすでに待っている始末……。


 ──『可愛いものに弱い』っていう設定はどうにかならないのかしら……物語の為とはいえ……。私も……私の『悪役令嬢パトリシア』もたいがいだけど、『エドワード殿下』も物語の為に散々よね。


 表情には表さないパトリシアの哀れみも知らず、エドワードはふんわりと笑みを浮かべる。

「平らなコースなら私も覚えられるんだけれど、パトリシアは城のへりや塔を登ったり屋根を駆けたり木々の枝々もくぐり抜けるだろう? これは覚えきるのに時間がかかっても仕方ないと思うんだ。だから──」

 そう言って手を差し出してエスコートしようとしてくる。

 

 同情などしなければよかったと後悔しつつ、パトリシアはこの朝もエドワードと朝練に励むだった。


 確かに真冬で日の出は遅め、空は群青色でうっすらと雲がかかっている。地平線をオレンジの朝日が染めて、ラソン城からは城下町に差し込む光りに眩く輝きを持ち始める。


 外に出れば冷たい空気が肌にヒリヒリするが、暖房で緩んだ頬が一気に引き締まるからパトリシアはこの季節、この時間を嫌いだと思ったことはない。


 とととっと駆けて端で日の出を眺める。

 エドワード王子とは、物語の方のパトリシアはこういう時間の過ごし方をしたことがない……はず。

 物語の中ではいつでも依存しきったパトリシアがエドワードを追いかけ回し、気を引きたくてぶりっこ全開で話しかけ続けていた。


 いま、両者言葉を発することはない。

「………………」

「………………」


 物語の二人──王子にとっては一周目──では黙って静かな時を共有したり、ただ傍らにいるだけの在り方はしたことがなかった。にもかかわらず、空白の間を気にすることもなく、問うこともない。


 どちらともなく目線を絡め、走り出す。

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