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 〃 8歳 雪の日の邂逅⑥ 冒険者の世界

 パトリシアの両サイドにチャドとカーティス、その周囲を三十名の騎士を配置したままの陣形で夏の(サイタース)村への残り僅かの距離を進んだ。そこまで行くと村の周辺に出ていた冒険者らが魔獣を狩っており、安全圏内に入っていた。


 春の(ラビア)村かと困惑したほど夏の(サイタース)村は外観が似ていた。建築様式として領内で一般化しているのだろうとパトリシアは理解したが、もし迷子になってどうにか村に辿り着いたと思っても、これではどちらの村に着いたかわからないだろう。


 最初に訪れた春の(ラビア)村にいた少年冒険者カーティスは、このアルバーン領を主戦場とする国内でも有名な大規模ギルド『黒の虚蝕者(ホロウイーター)』のギルドマスターの息子だと、馬を並べて走る間に本人が教えてくれた。


 村の広場につくなり、カーティスは冒険者三十人ほど──村に滞在する冒険者の三分の一にのぼる集団──に近付いた。

「おらおらぁ! ちゃんと仕事してるかぁ!?」

「なんだ、カーティスか、お前の担当はラビアだろ、なに勝手に動いてんだ」

「オレはいいんだ!」

 仲間にそれだけ言ってさっさと立ち去り、笑いながら他の集団にも気安く「魔獣きたか?」やら「調子どうよ!?」やら声をかけてまわっている。

 ギルド員ではない冒険者らにも顔を見せ、受け入れられているようだ。また、相手方もカーティスが子供といえど黒の虚蝕者(ホロウイーター)のメンバーと顔見知りになっておくことは命を延ばす一手に繋がる為、やぶさかではないようだ……。


 パトリシアも村の村長らしき男性から挨拶を受けていた。村人らの反応も、冒険者達の反応も春の村(ラビア)と変わりばえしないものだったが──。


 カーティスの様子を見ていたチャドか「なるほど……」と唸っている。

「どうしたの?」

「──いえ、冒険者達は騎士と違い、個々人の戦いです。十分な後方支援もありません。魔獣の群の前で孤立したとき、命を救うのは己の力量や心許ない手持ちの物資……。また運だけではなく、きっとああした立ち回りなのでしょうな。狩り場で出くわした時に助けあえる関係を築いておくのでしょう」


 パトリシアにとって、先の村でも先行したのは父ジェラルドの力量に見合わない、魔力ゼロ、見た目だけの総領姫というマイナスのものだった。

 そんなパトリシアのところへ戻ってくるカーティスが背負っているのは、冒険者達の気安い視線だ。

 カーティスが春の(ラビア)村でついてくると言ったことを後押しした副長は確かに『敵は魔獣だけではない』と言っていた。敵以外が皆、味方ではないと知っていたのだ。味方でなくとも敵にしないことの重要性も──。


「姫さん、この村も回るんか?」

 両腕を頭の後ろで組んで、やはり人懐こい笑みで話しかけてくる。

 生まれた時から冒険者ギルドの根城で、数多の冒険者達(ギルメン)に育てられたカーティス。

 村中の冒険者達の、襲撃に備えてギスギスした空気も、突然視察にきた総領姫へのネガティブな目線もすべて、カーティスはまるっと和らげてしまった。


「……そういう便利、なの?」

 パトリシアが問えば、カーティスはニヤリと笑って、わかっているだろうに「何の話だ?」とドヤ顔を寄越した。


 パトリシアとしては村よりも冒険者達をもっと、しっかりじろじろと観察したいところだが、視察に戻る。形だけ村の露天を回って名産品やお土産を見せてもらい、あまり荷物にならない珍しいものを数点買った。


 昼食の時間になると、カーティスは「またあとでな!」と言ってギルドメンバーの元へ戻っていった。

 チャドは村で一番グレードの高い宿屋の一番高価な部屋を借りた。

 広くて清潔なくらいで調度品は至って簡素な部屋で、パトリシアはいつも通りランチに持ってきていたサンドイッチを準備する。同じ部屋でチャドや騎士らとともに食事をするつもりだ。


 いつもは随伴しないリハビリ騎士らはその様子を見て、努めて驚きを隠しているのがパトリシアにもわかった。

 パトリシアは8歳児とはいえ高貴なご令嬢。騎士達の中で令嬢は一流シェフの作る高級料理を侍女に用意されて一品ずつ頂くイメージがあった。

 食事以前に、室内に入ると自ら身支度の帽子や外套、腰の双剣を外していたことを思い出し、このリハビリ騎士達は妙な納得をする。

 ──破天荒ジェラルド様のご息女だった……と。


 テーブルはパトリシアとチャドが使い、三十人の騎士達は床に座って食べている。魔獣狩りで夜営も手慣れた騎士にとっては、外で食べるよりは落ち着いて食べれている。


 ──その時だ。窓の外から十秒以上の轟音と超高音がないまぜになった爆音が聞こえた。


 パトリシアは慌てて窓に駆け寄り、開け放つと外を見る。四階からなので見通しやすく、音の出所もすぐにわかった。


 二角区の森と三角区の森で巨大な氷の柱が合計五本、天に向けて突き立っていたのだ。

 目をこらせば柱の中にうっすらと黒い影が見える。

「──なに……」

「あ~……。あれほどの氷系大魔術を、多重五連で打てるのはジェラルド様しかいませんよ」

 パトリシアの頭上からチャドの声。後ろにも騎士らが集まって窓の外を見ている。

 巨大魔獣五体だが、あっという間にさらに大きな氷の柱に飲み込まれたらしい。


 下の広場からは歓声がワァッと上がっていた。

 村人らも冒険者達も大掃討が成功するか失敗するかは命に関わる一大関心事。

 毎年のことと平静を装っていても不安だったのだ。それが、見えていた危機たる巨大魔獣が派手に捕らえられた。

 広場は安堵に踊り出す人まで現れている。


「あれ、ジェラルド様だろ!? スゲェ! オレらでも集団(レイド)狩りすんだぜ? それを一人でかよ! 規格外だな!」

 窓の横から声がして、見れば、いつ四階の壁を登ってきたのかカーティスがいた。窓枠を器用につかんでぶら下がっている。


 小さく頷き、パトリシアは再び五つの巨大な氷の柱を見た。

「……来てくれたのね、お父様……」

 よぎるのは、悪夢の中で17歳頃のパトリシアが父の胸に長剣を突き立てるところ……。

 腰上にある窓枠に置いていた手は、知らぬ間に拳を作る。夢とは思えないほどの生々しい感触が蘇って耐え難いのだ。


 人々の希望のように、期待に応えて絶大な力をふるって大掃討を成功へとグィッと手繰り寄せる父ジェラルド。誰もが憧憬の思いでその名を呼ぶ。

 父の輝きが強いほど、魔力の無いパトリシアの影はより黒く、僅かな光も返さない闇に飲まれる。


「姫さん?」

 はっとして、手の力を緩めた。

「──大丈夫か?」

 左手側の窓の外にいるカーティスを見る。過去世の見慣れた人種であることが、パトリシアの考えているよりも心を落ち着かせた。

「ええ。大丈夫。外は寒いわね」

 そう言って両手を胸元にあげ、こすりあわせて寒さを誇張した。


 昼食を終え、海沿いにある秋の(カリフ)村へと馬を走らせた。そこにもカーティスは付いて来た。

 魔獣が森から漏れてくることはほとんどなく、パトリシアら一行も襲撃されることなく村に辿り着いた。


 海に面している以外は他二つの村とよく似ている。これはもうアルバーン領の特徴だろう。

 カーティスは相変わらずで、魔力の無いパトリシアへの差別的な視線を、やたら話し掛けて回って煙に巻くように気を逸らしてしまう。

 まだ、パトリシアにとって居心地の悪い偏見をについて、カーティスに何か愚痴などこぼしたり、顔をしかめたりもしていないのに。


 大食い(グルトン)の森は掃討準備も進み、各砦に斥候と魔導隊が続々と到着しているらしいことが村からもわかる。砦の一番高い塔から結界の魔術が展開しはじめているのだ。視覚的にも、結界の要として設置された巨大な魔力晶石がパリパリと爆ぜているのが村から見えていた。

 基本的に、初日のうちに森よりも上空の退路を断つ結界が張られる。


 夕日が横から差し込む頃、砦を眺めながらパトリシアは帰路についた。

 カーティスは最初の春の(ラビア)村で別れた。

「なんか仕事あるならうちのギルド黒の虚蝕者(ホロウイーター)にふってくれよな、オレもいくぞ!」

 営業も忘れず、手を振った。


 残りの行程ではチャドが大掃討の残りの進行を少し教えてくれた。


 三角森の掃討が終わり次第、結界は中心の五角形を包む形状へと変化させる。この段階で各五砦が最前線になり、拠点として設営が進む。後方支援部隊の物資も大量に運び込まれるのだという。


 大穴を中心とする五角形に結界が完成すると周辺の村々は一気に安全になる。その反面、森の中では逃げられずに凶暴化する魔獣と騎士団の戦いが激化するのだという。


 気になりはしていたが、帰路もここまでくるとパトリシアも慣れない日程に疲れ果て、欠伸をかみ殺すのに大変だった。

 これほどの長時間、馬に乗ったのも初めてで、足も腰も、腕もへとへとで気を抜くとくったりと倒れ込んでしまいそうだ。


 日暮れ前、どうにか自力で城の前庭に着くと約束通りシャノンと侍女サニーが出迎えてくれた。

 チャドらとはそこで別れ、パトリシアはシャノンに魔力晶石に助けられたと礼を言いながら居館(パラス)へと城を進んだ。侍女サニーに何度かもたれかかってしまいながら──。


 私室へと入るパトリシアだが、後ろからシャノンと彼女の侍女も加わってついてきた。

「シャノン?」

「トリシアお姉様! 私、考えたの。たくさん考えて、お姉様とお話が出来るのって、お風呂じゃないかしら??」

 ニッコニコのシャノンは、どうやらパトリシアと一緒に風呂に入るつもりらしい。


 断る気力もないパトリシアは「あー、そうね……」と、私室と繋がったパトリシア専用の風呂をサニーに準備させるのだった。

 パトリシアが魔獣──ならぬ魔蟲と顔面でぶつからずに済んだのはシャノンがくれた魔力晶石のおかげでもある。無碍には断れない。


 普段は浴室で侍女に体を洗わせていたパトリシアだが、意気揚々としたシャノンの「お姉様! 練習しましたの! 今日は私に洗わせてくださいませ!」と言われてはやはり逆らえない。なすがまま、されるがまま、ぼんやりしてる間、いつの間にか浴槽に二人で入ってほかほかと温もっていた。

 が……。


「──お姉様? 聞いてます? 新しくできた菓子店のお話ですけど……トリシアお姉様? お姉様!?」

 シャノンが一方的に話す女子トークにうつらうつらとしていたパトリシアは、ついにはぶくぶくと浴槽へ沈没……。


「ぎゃぁああああ!!! トリシアお姉様ぁぁああ!! サニィィイイ!!! サニーー!!!」

 風呂なので当然素っ裸のシャノンは必死でパトリシアに抱き付いて、入浴剤で滑りながらジタバタと侍女を大声で呼び続けたのだった。



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