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 〃 8歳 雪の日の邂逅⑤ 手ごたえ

※地名は覚えて頂かなくて大丈夫です、雰囲気です、雰囲気。次に出るとしても毎回説明入れます。

 領城に一番近かった春の(ラビア)村のあと、予定としては、南下して夏の(サイタース)村、さらに南西に向かって海沿いの秋の(カリフ)村をパトリシアは回る。そのどの村にも冒険者達は詰めているとのこと。

 騎士団に追われた雑魚や群れない類の魔獣がどうしても流れてしまう為、村の護衛役だ。


 パトリシアはチャドや騎士達をひきつれて村を軽く視察してまわる。カーティスとの一悶着は、村人にも冒険者らにも生温かい気持ちを与えたらしい。魔力のない貴族への侮りもなく、誰もがにこやかに迎えてくれた。

 二つ目の夏の(サイタース)村へ向かうにあたり、広場に戻った。ひとしきり暴れて落ち着いたらしいカーティスが待っているのに出くわす。

 彼は目をそらして近付いてくると、ぶっきらぼうに「オレもつれてけ」と言った。


 対してチャドはきっぱりと断る。

「見ての通り、トリシア様の護衛には私と三十名の騎士がついている。カーティス、お前は不要だ」

 すぐにチャドを見上げるカーティス。


「そうだけど! そうじゃねぇ! つれてけよ、チャド。オレ、便利だぞ」

 そう言って両手を腰に当ててにやりととする11歳のカーティスはしっかりと冒険者スタイルだ。


 動物の皮をなめした鎧に二の腕までの手袋(グローブ)、腰回りはふわふわした布を巻いている。装備品はパトリシアの知識でははかりかねるものばかり。お手製のものも多いのだろう。


 無言のチャドが判断に困っていると悟り、パトリシアは二人のそばへ近付く。

「チャド、来てもらえばいいんじゃないかしら?」

 本音はもう少し観察したいのだ。

 パトリシアはいま、誰にも告げてはいないが、いつかパトリシアの名も公爵令嬢の地位も捨てて冒険者になることを目指している。これ以上ない、生きた参考資料だ。


 ちらりとパトリシアがカーティスを見れば、彼は目尻を真っ赤にしつつも踏みとどまっている。

「そうだぞ、チャド! 大食い(グルトン)の森もこの周辺も、オレには庭みたいなもんだ! 任せろ!」


 パトリシアのフォローで検討に入っていたチャドだが、カーティスの態度で再び難色を示す。生意気さが気に入らないらしいことは、騎士らに接するチャドが厳しい面を見せつけている通りだ。優しい顔を見せるのは騎士ではない女性にのみとはもっぱらの評判でもある。


 そこへゆらりゆらり、細身に黒ローブの男が近付いてくる。つば広の帽子には黒い大きめの羽がついていた。


「チャド殿、敵はなんも魔獣だけではないでしょう? カーティスは本人の言うように役に立つ。連れて行かれよ。はぐれても放置で良い。護るべき対象ではないので悩まんでいい。並みの魔獣では殺せんし、これは勝手に根城へ帰る」

「副長ぉおお! その通ぉりっ! そう! オレは護られない! オレは並みの魔獣には殺されない! オレは勝手に根城にかえ……いや! オレはまだ帰らねぇよ! 大掃討の最後まで戦うっての!」


「──好きにしろ。護らんぞ?」

「おうよ! へへ! オレが姫さんもチャドもまとめて護ってやるっての!! ──おい、馬! オレの馬!」

 チャドに啖呵を切り、パトリシアには真っ白な歯の笑顔を寄越し、仲間の集団に馬を持ってこさせるカーティス。一言で忙しない。


 すぐにパトリシアらも馬に乗ると、村に入ってきた北側ではなく、南側の跳ね橋から街道へと出た。


 二つ目の村へ馬を走らせていると、大食い(グルトン)の森の周囲にたびたび土煙があがるようになってきた。さらに、森の☆型の△森各所で黒煙が上がり始めている。

「本格的に討伐が始まりましたな」

 ほぼ真横を走るチャドが状況を解説してくれる。


「くっそー! オレらも森に入りたい! きっともっと効率よく狩るぞ!」

 チャドとは反対側の隣からカーティスが声をかけてきた。

「愚か者め! 騎士の集団戦闘を舐めるでない!」

「オレ聞いたんだけど、領城からノエル様やクリフ様も来てんだろ!? 今回! 羨ましいったらねぇな! オレも森ん中で狩りてぇえ!!」


 話を聞かないカーティスに呆れるチャドが、ふと近付いてくる一団に気付く。

 二十騎ほどの騎馬隊だ。

「こちらでしたか、チャド総団長殿!」

 騎馬隊は併走してくると先頭の騎士が声を飛ばしてきた。


「──どうした?」

「はい、二角区と三角区で巨大魔獣が複数体暴れています。魔獣の漏れが例年より増えますのでご注意を! 我々はこのまま遊撃に回ります!」

挿絵(By みてみん)

「わかった! そちらは──」

精霊の囁き(スピリットテルズ)です。精霊が異様に騒がしくなりまして、我らが総大将が想定より早く到着されそうなので、問題はありません」

「ははっ、なるほど。こちらも問題ない。武運を」

「──はっ」


 併走していた騎馬隊が離れていく頃、遠目にも△森の木々の上へ、黒い影が飛び出した。それは口らしきものをガバッと開くと黒炎を吹き散らす。


「なっ、なにあれ……!? チャド、あれはなに??」

 パトリシアが問うと、さらに轟音が届き、向かって右手、北側の△森(ニ角区)から追加で二匹がドォと姿を見せる。合計三匹が木々の上に腕まで出していた。巨大も巨大、人の十倍はありそうな魔獣が出てきた。

 さらに進行方向、左手寄りの南側の△森(三角区)からも同じくらいの巨大魔獣が二匹、木々の上に見えた。


 遠くからだからこそその姿をとらえられたが、間近では把握が難しいかもしれないと感じる。


「オレらは獄炎大狼って呼んでるぞ! 魔獣化した人狼(ワーウルフ)の亜種だ! でも、狭い森にはあんまり出てこない、岩場を好む奴だぞ! なんで!? いやいや、あれはずる賢いし魔術もあれこれ使ってくる! オレらも罠で仕留めるんだ。二級魔獣ってとこか」

「──なるほど、役に立つ、な。トリシア様、カーティスの言ってる事は本当ですよ。上から三番目の二級の強さ。それが複数体とは……」

「だ、大丈夫なの?」

「難敵ではありすが、精霊に大人気のジェラルド様もすぐ到着されるようですし、問題ないでしょう」


 安全だと言われたも同然だが、そのすぐ、すべての馬が前足をあげて嘶き停止した。馬は足踏みをするもすぐに落ち着く。

「──おおっ、なんかきたか!?」

 カーティスがすらりと長剣を抜き放ち、他の騎士らも倣うように剣を抜く。

 パトリシアも腰の双剣を抜こうとしたがチャドに止められた。


 周囲の地面があちこちでボコボコと波打つ。

「くるぞくるぞ!」

 全員、馬上まま迎え撃つ体勢で、土の中を這う何かが飛び出してくるのを待つ。


 次の瞬間、地面の浅いところを何かが駆け抜ける。ボコボコと線で盛り上がる地面。ぐるぐると円をせばめながら接近してきた。

 三歩の距離になったとき、ざばっと土をまき散らし、人の四倍の体格の蛇型の魔獣が飛び出してきた。

 パトリシアの両側から二匹、巨大な口を開き、剥き出しの牙がせまる。


 ゾンっとチャドが一刀で真正面から真っ二つに切り裂く。

 もう片方、馬からトンっと飛び上がったカーティスが蛇行する剣筋で蛇魔獣を4つに分断した。

「これは潜大蛇! 五級くらいか? 毒に気をつけりゃ雑魚だぞ」


「……トリシア様、今のは半分ウソですから覚えないでくださいね」

「ウソじゃねぇよ!」

「目安として、トリシア様が剣を抜くのは八級の魔獣までになさってください」


 チャドの言葉に、パトリシアは過去世の物語にも魔獣が出ていたことを思い出した。

 主人公らにレベルがあるように、魔獣にも等級があり、討伐の目安になっていた。

 九級は非戦闘員が逃げ出すレベル。冒険者資格試験は八級を倒して見習い。六級を倒してやっと一人前の冒険者……。


「──トリシア様!」

「え」

 考えごとをしていた。目の前に三倍サイズの蜂、赤黒い目の蟲が迫ってきていた。息を飲むのも後にして──。

(きよ)らにして(さと)(まなこ)の恵みを我に──!」

 慌てて唱えた瞬間、顔面にぶつかる寸前で蟲が凍りついて地面に落ちた。

 それをチャドが馬蹄で踏みつけ潰す。


 後ろでヒュゥと口笛が聞こえた。

「やるじゃん、姫さん!」

 カーティスがニッカと笑って親指を立てて誉めてくれている。

 瞬きをして、ほっと息を吐く。

 胸元では服の下でシャノンがくれた魔力晶石が光っていた……。


「トリシア様、申し訳ありません。今のは──」

 チャドや騎士達、カーティス達が何か話している。

 カーティスがこの辺に逃げ込みやすい魔獣について情報を回し、防衛陣形の話や対策を練っているようだ。


 パトリシアは小さく息を吐いた。

 ──『血』じゃなくても、魔術を使えた。身を守れた……。


 胸がドキドキして止まらない。それはパトリシアにとって未来の変革に他ならないのだ。

 過去世の悪役令嬢パトリシアのように、『血』を求めて人を殺めるような穢れきった儀式をする必要はない。


 ──シャノン、ありがとう。


 最初の一歩は領にきたこと。

 そこから少しずつ、自分を改め、変え、様々に学び、肉体も鍛えてきた。

 双子と出会えて、シャノンとも関係性を歪めず、助けてもらうことが出来た。

 

 ──私は進んでいける。闇の巫女にならないように……私のままで、きっと生きていける。

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