〃 8歳 雪の日の邂逅① 魔力晶石
※20/5/17『冬の前に』冒頭にパトリシアの誕生日について追記しました。
今にも雪が落ちてきそうな灰色の雲だった。
パトリシアは早朝から例のサーコート風の格好で、腰に双剣を佩いて前庭に立っていた。厚手の膝下丈のマントを着ていても、しっかりめの革の手袋をしていても寒い。
両手をこすりあわせている間に、白い息を吐く騎士達も集まって、パトリシアに一言挨拶しては列に並んでいく。
今日、パトリシアはやはり村の視察を装った野外学習日で、騎士達は双子と一緒に出るリオルボ隊だ。この隊の隊長はチャド団長だが、彼はパトリシアに付き添ってくれる。
リオルボ隊を実は双子が率いる体で、副長2人が補佐するのだという。
ノエルとクリフは10歳だ。
早過ぎるのではないかと感じるパトリシアだが、いずれ大軍を率いることが定まっている双子には当たり前の事なのかもしれないと思い直す。
実際それを当のノエルやクリフにこぼしたことがある。
二人は何ということもないという顔つきで『父上もジェラルド伯父上も十歳の頃にはそうだった』とバンフィールド家のスパルタぶりを披露された。その時チャドが『他家では12~3歳、学園入学前か、学園で学んでおりますので、当家男子の皆さんを一般とお考えにならないようになさってくださいね』とこっそり注釈された。
「ノエルもクリフもずっと先ねぇ……」
なんてことを呟きつつ、前庭から城下町を見下ろす。
盛夏には街並みの街路樹が濃い緑で高く伸びていたが、もうすっかり枯れ葉も落ちてしまっている。
パトリシアは秋の頭、まだ暑い頃に8歳を迎えている。
──二年後に騎士団一隊を率いる……?
とても考えられない。
「…………」
間に合うのかわからない上に、いったい何に……と自問自答が尽きない。突き動かすのは焦りと不安。このままでいいのだろかと……魔力がないまま、魔術が無くて、それらが有効技能である騎士や冒険者なんてやっていけるのかと思考は二歩進んでは一歩……いや、三歩下がっている気分だ。
魔術をノエルに習い始めたばかりの頃、ほとんどすぐに『晶石』について習った。魔力の『借り方』について……とも言える。
正式には『魔力晶石』といって、魔力を蓄積しておける石の事だ。魔術は閉じこめられないので、魔術を扱えない者には意味がない。魔力の少ない者や、戦闘中に足りない魔力を補うのに用いられている。また、魔道具の動力源にもなっている。
魔力濃度や精度の劣化もなく超長期間の保存が効き、むしろ使用者の能力が低くても安定した出力を望めるのでメリットしかない。高価なのがデメリットにはなるが、貴族にとっては一夜限りのドレスの方がお高い。
双子は魔力のないパトリシアに、魔力晶石に込めた魔力での魔術練習をすすめてくれていた。だが、悪夢の中で闇の魔術を用い、剣で父を刺し貫いた記憶の生々しかったパトリシアは『座学を一通りやってから……』とやんわりと先延ばしにして今日に至る。
──『血』なんてなくても魔術は使える……はず……。
そう考えながら、なぜ物語の方のパトリシアは魔力晶石を使わなかったのだろうと気にかかる。
「──ト、トリシアお姉様…………」
声に振り返れば、城郭出入り口からこちらへおずおずやってくるシャノンがいた。
双子の妹というのがよくわかる金髪とバンフィールド家特有の薄い青い瞳、髪は癖が強いのかぴっちりの括り上げふわふわの冬帽子を被っている。パトリシアよりも厚手のマントを羽織って出てきた。
シャノンとは中庭で双子と揉めていたところを見たきりだ。
あの時からシャノンからの『遊んで遊んで遊んでー!』という手紙は来なくなっていたことや、パトリシアも日々のルーティーンが膨大で、なおかつ双子への誕生日プレゼントの刺繍を刺すのに忙しく、何のフォローも出来ていなかった。
シャノンは手袋をしていないのか、真っ赤になった指先の両手を胸の前で抱きしめ、パトリシアのすぐ近くまでやってきた。
「おはようございます。トリシアお姉様。その……いっぱい考えたのだけど、今日はこれをお渡ししたくて……」
そう言って両手を広げて差し出してきた。
見れば、シルバーチェーンに三つの石のついたネックレスだった。
「う、受けとって、くれますか?」
寒さから白さの浮き立つ顔に、上気した頬、睫たっぷりクリクリおめめの上目遣いは可愛らしいにつきる。
パトリシアは両手の手袋をささっと外すと右手を出した。すぐに、震えるシャノンの手がネックレスを置いた。
──温かい…………。
シャノンがずっとその手に握りこんでいたのがわかる。
「お姉様とお話がしたいのだけど、何がいいかなって思って、これ、魔力晶石です……ネックレスにすると可愛いと思って……御守りだと思って頂けたら、嬉しいな……」
もじもじと言うシャノン。我が儘の使い方を間違えていたと双子にお説教をされ、改めたということなのだろう。
「トリシアお姉様なら、もっと立派なのをお持ちとは思ったんですけど……」
我が儘を爆発させていたシャノンは叱られて自信も小さく縮ませてしまったらしい。
パトリシアはにっこりと微笑んだ。
「いいえ。実は私、まだ魔力晶石を持っていなかったの。ありがとうシャノン。大事に使わせてもらうわね」
そう言ってすぐに金具を外して首にかけた。
ネックレスチャームは魔除けだろう銀の台座に三連石、色は青、白、青だ。
手に乗せ、ちゃらりと見せるパトリシア。シャノンは大きく口を開いて『はぁー』と声を漏らした。
「よ、喜んで頂けて嬉しい!!」
「ふふふ、これ、とっても綺麗ね」
「はい! 私が街一番の晶石店で選びましたの! 見てくださいませ! 両側の青い石は蒼珠です! 一番、お姉様の瞳に近い色を選んだんです! この真ん中は氷晶石です! バンフィールド家は氷魔術の一門ですから、やはり氷系と相性の良い石を選びました!」
急に饒舌になってムンッと胸を張るシャノンに、パトリシアの頬はますます緩んだ。
「ありがとう。宝石としては知っていたけれど、魔術との相性もあるのね」
「はい! 勉強しました! お姉様にぴったりの晶石はどれかしらと思ったので!」
押さえきれずに前のめり、そんな雰囲気でシャノンから答えが返ってくる。
台座には花の意匠が緻密に彫られている。パトリシアは指先でチャームを撫でた。
「とても繊細なデザインなのね」
「もちろん、加工も一番の工房に出しましたの! 私は『いっさいのだきょうをゆるさない』のですわ!」
ついにシャノンは右手を振り上げ、胸をどーんと叩いてみせてきた。
「ふふっふふふ! あ、ありがとう! シャノン、本当にありがとう!」
必死で笑いをこらえてお礼を言えば、シャノンはさらにパパーっと頬を染めた。
「どうしたの?」
聞けばまたもじもじとし始める。
「あの──……その……実は、その、お、お役にたてたらと思って──」
シャノンは顔を上げてパトリシアを見た。
「私の魔力を満タンに詰めましたの。朝、一緒に走ったり、狩りとか私は行けないのですが、でも、でも……!」
思わずパトリシアは両手を広げてシャノンを抱きしめた。
グリグリと頬を寄せ「嬉しすぎるわ、ありがとう、シャノン」と耳元でお礼を言った。きっと少しだけ涙声になっていたのは伝わってしまっただろう。
正直なところを言えば、魔術はもう使ってはいけないと思っていた。
魔力晶石の魔力であっても、魔術を打つことが怖かった。とても怖かった。
──けれど、こんなにも温かいシャノンの魔力ならば、全然、怖くない。
二人は顔を見合わせ、にっこりと微笑みあった。
※シャノンの懐きっぷりの理由とか、またまとめて7歳編ラスト付近で。




