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 〃 8歳 王子、来たる

 パトリシアはすでに王都でバンフィールド家の『氷の妖精姫』などと呼ばれているが、最近、双子も有名になりつつある。

 社交界では氷の貴公子と呼ばれ、魔獣狩りでは万夫不当の豪傑として知れ渡っていたパトリシアの父ジェラルド。その英傑の甥っ子、バンフィールド家にはいつか双竜となる幼体が育っている……と。少しずつ強敵難敵や討伐数を増やしている双子に、中央──王国騎士団が注目し始めたのだ。


 双子10歳の誕生日前日に、パトリシアとクリフ、ノエルは遠乗りに出掛けた。

 子供だけということで、遠巻きに護衛の騎士達の追走はあったが三人は気にとめず、各々体にあった体長の馬に乗って西を目指した。


 忙しさに先延ばしになっていたクリフとの『約束』の遠乗り。クリフが『じゃあ10歳の誕生日プレゼントとして!』などと言い出し、パトリシアとしては『それはちゃんと用意してあるの!』ということで急遽、誕生日前日に予定を組んだ。ついでに、今度はノエルが勝手についてきた。


 城を出て、城下町を抜け、街全体を囲む城郭の巨大な扉をくぐる。王都側ではない街道はやや狭く、道自体が少しだけでこぼこだ。

 秋の種まきの終わった畑は視覚から肌寒さを感じさせる。


 魔獣狩りに出る時の、相変わらずまだ鎖帷子(チェインメイル)を省いたサーコート風のパンツスタイルでのお出かけだ。


 肌寒さもあり、薄手ながら膝丈のマントを肩に羽織っている。

 右利きの双子はマントを右肩に留めて背中から左半身を覆っているが、パトリシアは正面留めだ。

 三人とも護身の為に帯剣しているが、双子が長剣一本なのに対してパトリシアは薄い刃で短めの剣を二本、腰に()いている。

 城の外に出るときはいつもこのスタイルだが、常に護衛がいる為、パトリシアは双剣を抜いたことはない。


 領地の地理は少しずつ頭に入れているパトリシアだが、魔獣狩りであちこち駆け回るようになってきている双子にはかなわない。

 城下町を出て30分もした頃、街道の左手側、一キロはない距離から濃い緑の残る森林が広がっているのをパトリシアは見つける。


 馬の歩みをゆるめ、パトリシアは森を指差した。

「あれ、グルトンの森?」

 双子も同じように速度を落として戻ってきてくれた。


大食い(グルトン)の森だね。近付いたらダメだよ。領内で一番大きな森で、一番たくさん魔獣がいるって話だからね」

「街道沿いはほぼ毎日騎士団が掃除……魔獣は狩ってるし、森の中は領内のほとんどの冒険者の狩猟場だな。中にさえ入らなきゃ危険はほとんどないだろ」

 ノエル、クリフが答えてくれた。

「そっか。ありがとう。滝はまだ遠いの?」

 ついでに問えばクリフが「もうすぐ着くぜ。とばすか?」と笑った。

 目を丸くするパトリシア。

「いいんじゃない? 往復に時間をかけてもね」

 ノエルが同意して決まった。


 手綱をひいて馬を(いなな)かせ、クリフはやはり笑顔で言う。

「せっかくなんだ、トリシア、思いっきり早駆けしよう!」

 そうして三人は一斉に馬を走らせ、街道を駆け抜ける。


 たっぷり5分経った頃、街道を逸れて進行方向右手側にあまり草木の無い山が見えた。遠目に、山頂付近から崖を滑り落ちてくる大滝が見えていた。


「わぁー! すごい!」

 風を切りながら、近付いて視界に収まり切らなくなる大滝を見上げる。

 横幅も広く、すでに水の流れる轟音が聞こえている。水しぶきが真っ白に広がって涼しげだ。


 広い川幅の大河へ合流する一本の川へ流れ込む大滝。

 滝壺も広い。囲うのは平らに削り出された岩場。川側は草原でまばらに木が残っている。

 三人は馬を降りると木に繋いだ。荷物をおろすのもそこそこに滝を見上げる。


「すごいすごい! きれいっ!」


 しばらくぶりの地面を感じながら、パトリシアは滝の真下、滝壺側の岩場へ走った。何度か来たことのあるノエルとクリフもパトリシアの後を追いかける。


 水しぶきに太陽の光が降り注ぎ、七色の虹があちらこちらに広がるのが見えた。

 霧状のしぶきが降り注いでいるのもお構いなしで、パトリシアは走っては眺める角度を変えた。

 この時ばかりは、パトリシアも胸の奥に深く沈んでいるあれやこれやを忘れ、純粋に、ただの無邪気な七歳の女の子のように滝を見上げていた。

 あまり見られない、素直にはしゃいで喜ぶパトリシアの──妖精姫の姿をクリフもノエルも眩しそうに眺めたのだった。


 敷物を広げ、滝を眺めながら持ってきていたサンドイッチを三人で食べた。さながら、いや、ほとんどピクニックだ。


 日頃のハードスケジュールから解放される、貴重な時間。


 二時間ほど滞在し、身支度も終えて何も言わず三人は滝を見上げる。


「クリフへのお礼のつもりだったのに、私がご褒美をもらった気分」

「俺は十分だし、トリシアが楽しかったんなら言うことなしだ」

「冬の前に来れて良かったな。冬場、ここらは雪と氷に埋もれるから」


「……冬が終わったら、また来たいわ」

「来たらいいだろ。俺も一緒についてってやるし」

「僕も。来年だけと言わず、毎年来ればいいんだよ。このアリオシスの滝は何千年も前からここにあって、これから先もずっとあり続けるんだから」


 こうして、クリフへの約束にすぎなかった滝は、三人の約束の場所になった。




 爽やかな気持ちになって帰城した三人は、城の前庭に仰々しい騎士達が整列しているのを見つけた。少なくとも五十人はいる。

 見慣れた青が基調のアルバーン騎士団サーコートではない。深い緑と赤の差し色があり、胸にデカデカとドラゴンの紋章入りのサーコート。


「……あれ、王国騎士団の、近衛だけが着るサーコートだ」

 ノエルが小さな声で教えてくれた。


 馬を城の厩舎に預け、居館(パラス)へ戻ると、エントランスで鉢合わせた。


 4人の王国近衛騎士団の騎士に囲まれた少年──珍しい銀髪に宝石のようなグリーンの瞳が特徴的な高貴な子供。

 パトリシアも知る顔だ。


「エ、エドワード殿下?」

 過去世の物語でパトリシアが想いを寄せるも振り払い、男爵令嬢と恋に落ちる王子で間違いなかった。



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