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 〃 8歳 魔力皆無の意味

 ──血を魔力、魔術へ……。

 やってしまったことの大きさ──生きた『誰か』をただの『力』に変えてしまえる恐ろしい『能力』とでも言おうか──、それを現実に持ち込んでしまった。


 わかっていた。『それ』が出来ると本当はわかっていた。

 悪夢の中で少女を撲殺、その魔力を使った魔術で父を動けなくして刺し殺した。

 あの夢は妙にリアルで、まるで本当にあった過去(こと)を見せつけられているようだった。過去は変えられないからなのか、イメージが強すぎたのか、夢に介入することも出来なかった。

 父に聞いた話や何ヶ月もかけてノエルやクリフに習った魔術の基礎を鑑みて、血は『魔力』ではないとはっきりしている。


 日々、へとへとになるから毎日夢も見ない。だから、寝支度をするともう気を失うようにベッドに倒れ込み──カーテンが白み、朝日とともに起きる。

 今日ももう朝が迫っている。

 パトリシアは天蓋付きの自分の寝室のベッドでもそもそと寝返りをうつ。


 悪夢(あれ)からほとんど夢をみていない。

 一方、現実が悪夢へ向けて一歩前進してしまったかのようで後悔が胸に広がる。


 ──なんで詠唱しちゃったの、私……。

 枕の下に頭を突っ込んでぎゅっと目を閉じてもやらかした現実は何も変わらない。


 ノエルに言われていたはずだ。いや、言われていたのはクリフだったか……。

 魔力制御が甘いのに無闇に詠唱すると魔術が誤発動する。


 本来、詠唱だけでは魔術は発動しない。

 魔力があって、魔力に意識が向かった状態で詠唱をすると魔術は発動する。

 制御が甘いとは、魔力がある状態が自然すぎて意識が散らばっているということ。

 ぽろっと呟く『呪文(いのり)』の言葉が制御漏れした魔力の一部を捕らえたら、魔術として発動してしまう。魔力総量が多いと簡単にまともな一発分として発動してしまうのだ。


 パトリシアは体の内側に魔力を持たない。

 それは、生まれた時からだ。

 魔力は人それぞれオーラとして持っている。色も様々だ。生まれたての赤子はオーラがだだ漏れするとのことで、その子の魔力や特性は見れば誰にでもわかる。むしろ、妊娠中の母体からも見えるほどだという。

 パトリシアはそれが一切無かったと聞かされている。

 透明の魔力(オーラ)でも、昨日パトリシアが感じたように、そこに『ある』と感じる。

 だから、赤子だったパトリシアを見た誰もが、その『透明』の魔力(オーラ)すらないと気付いた。


 国は力ある者が支配する。

 必然的に魔力の多い者が支配者層、王族や貴族に集約された歴史がある。相対的に庶民は魔力が低めだ。庶民でも魔力皆無は珍しい部類だが、いないわけではない。

 人間として無いわけではない『魔力皆無』で生まれた上級貴族のパトリシア。両親は魔力など関係なく慈愛を与えてくれていた。


 だから、過去世がみた物語のパトリシアは自分の貴族として欠陥に気付かず成長したのだろう。

 たびたびお茶会を訪れるようになり、周囲がみえるようになった9歳……こそこそとした蔑みの視線や噂にパトリシアの心が傷ついていった事は想像に難くない。誰かに弱音を吐き出せる性格でもなかっただろう。また、両親の愛は逆に歪な自己愛を引き寄せたことだろう。

 心の底では『魔力皆無』に絶望していたところ、エドワード王子に見初められての婚約。彼に依存して成長していく物語のパトリシア……。

 わからなくはないが、今のパトリシアはそうなり得ないとの自覚がある。

 

 ごそりと上半身を起こして、パトリシアはようやく朝焼けに染まり始めるカーテンを見た。

「クリフもノエルも、変……」

 変と言いながら感謝しかない。

 今のパトリシアは過去世の記憶でエドワード王子に依存し、また闇の因子か、血の誘惑に飲まれ見事悪役令嬢(レディヴィラン)として堕ちていく未来をみている。

 そんな『素質』のあるパトリシアに付き合ってたくさんの時間を共有してくれる従兄弟達。


 ノエルクリフを長男次男に、長女シャノン、さらに下に男の子が二人いる。

 取捨選択で双子以外との交流は皆無に近いが、シャノンはパトリシアに対して好意的だ。下の弟達はまだよくわかっていないだろう。

 

 領城では陰口をひとつも聞かない。親族然り、使用人の間に悪評が上がっている様子もない。

 王都での各所でのお茶会と違って確かにバンフィールド家の本拠地であるこの城は完全にホームだ。だが、きっとそれだけが理由ではないのだろう。


 いくらパトリシアが本家の姫でも、いやなおさら『魔力皆無』であることはマイナスでしかない。

 実のところ、いまの本人の振る舞いが──過去世の記憶をみるまでとは──すっかり異なっている事が影響している。使用人へ当たり散らすこともなく、日々努力を重ねている姿を口さがなく言う者はいない。


 基本的に、父ジェラルドの庇護の傘がパトリシアを守ってくれてもいる。

 ジェラルドは広く国内で、また一族内でも人気が高い。

 今でこそ内政に職務の舵をきっているが、そもそも魔獣討伐に出張っていた有名な騎士のひとりだ。

 特に巨大魔獣や大群を相手にその奇抜な戦い方、魔術の使い方で大きく戦果をあげ続け、英雄視されているほどの強者だ。

 だからこそ『あのジェラルド様』の娘が魔力皆無であることは、お茶会に滲み出る陰口に繋がるのだが……。


「私が魔術を使えて歓迎してくれる人は、きっとたくさんいる。だからきっと、負けたのね……」

 魔術を使えたら、父も母も、クリフやノエルもきっと喜ぶ。だけど彼らは、魔術を使えないパトリシアにも同じ笑顔を向けてくれることだろう。

 パトリシアが魔力を持って魔術を使えたら、バンフィールド家に近付きたい権力欲に駆られた者、その儚げな容姿に引き寄せられる者が何の躊躇いもなく近寄って来るだろう。魔力皆無でなかったら、何の弊害もないとパトリシアを得ようと群がる。


「ふふふ……」

 力なく笑う。

 過去世の物語の中のパトリシアも気付けば良かったのにと思う。ならば、力の、血の誘惑に打ち克てただろうに。

 数多の賞賛や好意よりも、この人こそと思う相手に好かれたい。今のパトリシアはそう考える。


「大丈夫、私はこのままで大丈夫」

 ──もう二度と魔術は……『血』は使わない。

 やはり言い聞かせるようにパトリシアは一日を始めるのだった。


 しかし、この数日後、パトリシアは大魔術を暴走させて森の一部を焦土に変える。



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