〃 7歳 だって
難易度すごくなるのでセンチ単位使いますね。ご容赦くださいませ。
翌朝、父は、躊躇い躊躇い王都へ帰っていった。
濃紺のシンプルワンピースを揺らし、パトリシアは来たときと同じように攻撃魔術を応用して一気に飛び上がっていくジェラルドを見送った。
──魔王はいない。
昨夜、そう教えられてすぐ、夕食の時間と言われた。パトリシアはジェラルドと一緒に主室に用意されたほかほかの夕飯を気安い距離でとった。
弟の話、王都で交友のあった同じ年頃の侯爵令嬢、令息、さらには数回面会したことのあるエドワード王子の話を聞かせてくれる。
キラキラしたお茶会の様子、最新のお菓子や流行りのドレスの色……結婚前は現国王すら押しのけ、当代一のモテ男だったという父は女性の細かいところも見ていたらしい。女性の好みそうな話題を振りまいてくれる。以前のパトリシアがドレスやアクセサリーなどキラキラしたものが大好きだったこともあり、教えてくれた。
だが、今のパトリシアは、他のことが気になる。
自分のスタイルには長剣か、短剣か、長短剣二刀流なのか……魔術が使えないなら、どう戦えばいいのか。
乗馬もそうだ、まず体長百二十センチほどのポニーで練習を始めることになっている。だが、いずれ自分だけの馬が欲しい。
いつか着用する鎖帷子も細めのリングを編みたいとか、キルティングの鎧下も綿の産地にこだわりたい。兜は重そうなので顔を出していても良い魔術を使って欲しいとか……冒険者達の知恵も知りたい。
いつか、巨大魔獣とも渡り合える冒険者になってみたい。
甘い血の誘惑に負けたくない。いつか、たくさんの人を殺めるのは嫌だ。父の胸に剣を突き立てたくない。
雲間に消えゆく父を居館前から見送っていたが、下城から汗を拭うクリフが階段を上がってきたのにパトリシアは気付いた。
「うわ、間に合わなかった! 伯父上は行動が早いな!」
汗だくなのは朝修練の後なのだろう。
「おはよう、クリフ」
「おう! 元気か、トリシア」
「──あれ? 私、心配されることし──た……わね」
「まぁな。でもずっと伯父上が居てくれたし、顔色も良くなってるな」
パトリシアは顎をひいてふんわりと微笑む。自然と漏れる笑み──。
「クリフは思ったより優しいのね」
「……──お、思ったよりってなんだよ、俺は普通に優しいぞ?」
見とれて返事が遅れるクリフに、パトリシアはにやりと、今度は怪しげな笑み。
「なぁに~? 下心あるって言ってるみたいー!」
「うるさい! 別にあってもなくてもいいだろ! ──で? 今日はどうすんだ?」
「どうする……って?」
「魔術の勉強は続けるんだろ? ノエルがトリシアに合わせて時間を空けるって言ってたぞ」
「え!? 本当に?? ノエル、続けてくれるって言ってるの!?」
前のめりになるパトリシアに半歩さがるクリフ。
「お、おう。なんだ、そんな嬉しいのか?」
「もちろんですわ! 魔術は難しくて一人では無理だと思ってましたもの。ノエルには感謝しなければ……!」
両手をあわせて祈るポーズのパトリシアをクリフは目を細めて見ている。
「……俺も毎日、剣の相手してるのに」
クリフのぼそりとした声が聞こえて、パトリシアは『はっ』として慌ててそちらを向いた。
「もちろん! もちろんクリフにも感謝していますわよ!? 毎日!」
疑わしげな目のクリフにパトリシアは冷や汗だ。お礼をしたいと思っていたことを今頃思い出す始末。
「え、ええと、クリフはその、ええと、お礼! 何かお礼をしたいのだけど、何か欲しいものはありますか?」
何を渡したものかと考えているうちに時間が過ぎたのだ。直接、聞いてしまえばいい。
「お礼? 俺に?」
「ええ、そうですわ」
こくこくと頷くパトリシア。
クリフは目を瞬き、しばらく考えてから言った。
「遠乗り! 遠乗りしようぜ!」
「と、遠乗り?」
馬で遠くに出掛けることだが、何かものをあげてお礼にしようとしていたパトリシアは困惑した。
「おう。西の滝、あそこは虹が出てきてめちゃくちゃ綺麗なんだ」
「でも、まだ馬には……」
「だから、練習してからだろ? 俺の乗馬訓練にトリシアも来るんだろ?」
「ええ、ええ! もちろんですわ!」
そもそもパトリシア専用で剣修練も乗馬訓練もなかった。剣も馬も、クリフの先生についでに習う形式だ。魔術に至っては先生もなく、ノエルに習う。
クリフの提案はお礼と言いながら目標だ。
負担にならないようにしてくれているとパトリシアは感じた。
「一緒に上手くなろうぜ!」
にかっと笑ってくれるクリフの心遣いがまるごと嬉しい。
きっと昨日、大声で泣いたのはバレている。パトリシアにだって後から冷静になればそのくらいわかる。
なのに、クリフは何も聞かないで、パトリシアの願いを、望みを叶えようとしてくれる。
心の中には気がかりがあれもこれもある。
闇の因子、血の誘惑、魔王の存在──ならば、闇の巫女とは?
過去世の記憶の中の物語と現世は全く同じか、少し似ているだけなのか。
この世界が物語と同じだと思ったのは、エドワード王子や実弟ジェイミー、その他の有名貴族の息子達が特徴そのままで登場するからだ。国の名前も学園の名前も同じでは、素直に信じてしまった。魔王がいるかいないかまでは確かめなかった。
根底から、記憶の中の物語から疑わなければならなくなった。
ただでさえ残酷な未来の可能性を提示されつつ、それそのものさえ不安定という現実。パトリシアが不安でいっぱいになるのは当然。
5歳で閃いてしまった過去世の記憶。十分に咀嚼しきれないまま7歳になった。
寄る辺のない日々に、記憶への理解は少しずつ深まる。日増しに恐ろしくなる、自分の未来。
けれど──もうだめだと思ったのに、すぐ父がきた。
「あ、伯父上、もう? ご挨拶しておきたかったのにな」
今度は居館のエントランスからノエルが姿を見せた。
「おはよう、トリシア」
目を細めて微笑むノエル。双子なのに笑顔の印象は少し違う。
「ノエル! おはよう」
父の消えた青空を三人で眺めた。パトリシアを真ん中にクリフとノエルが立っている。
くるりと振り返り、パトリシアは二人ににっこりと微笑んだ。
「面倒をかけちゃうけど、これからもよろしくね」
二人が『当たり前』という風に笑顔を返してくれる。
──大丈夫、大丈夫、だって、私は大丈夫。
自分にそう言い聞かせながら、パトリシアは自分の人生をまっすぐ生きようと心に誓う。
パトリシアの物語もリスタート。




