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 〃 7歳 双子の物語

 城下町の中心、丘の上に建つアル・アイ・ラソン城は上城の居館(パラス)と騎士団詰め所のある下城や修練場を繋ぐ城壁がある。下城の周囲にも城壁はぐるりと巡っている。

 双子が覗き込んでいたアーチドアは修練場から上城へあがる為のルートだ。


 三段ほどの階段を上がってからアーチドアの入り口(エントランス)はある。その階段に足をかけ、双子は廊下を覗いていたのだ。

 パトリシアの父ジェラルドは階段の前までと戻ってきた形になる。


「君達がトリシアのことをわかってくれていて、私はとても嬉しいよ」

 にっこりとした微笑みは双子にパトリシアのおねだり小悪魔微笑を思い出させた。


 双子の方は目線(アイコンタクト)で『何を聞かれた!?』『お前何言った!?』と気まずい顔をしている。


「トリシアは……少し変わった子だと私も思うよ? 前も、今も。意地らしくて可愛いのは前も今も変わらないけどね。あとトリシアがこんな風に泣くのは夜中とか、意識の無い時だけ……だったんだけど──」

 親バカぶりをちら見せしつつジェラルドは言った。


 ──ぜんぶ聞かれてた……!? 最初っから!?

 ──伯父上、地獄耳!? あの泣き声耳元で聞きながら!?

 なんてことを思いながら二人は目線で疑問を潰してくれたことに『やっぱり伯父上、全部答えてくれる……!!』と会話する。


「──昨日の魔獣狩りのときの様子を聞いてもいいかい?」


 パトリシアが泣き止んで、覗き見していた二人にコンタクトを取ってきた理由だ。

 双子は一度顔を見合わせ、ノエルが答える。


「狩り場に着くまではいつも通りでした。チャド団長は慣れない血に酔ったんじゃないかと言って……僕らは魔獣ではない、普通の小動物狩りで日頃から見慣れてましたけど、トリシアはそんな経験無かっただろうし」

「正直、あの数は俺もビビったけどな。地面は見えなかったけど、一面の草が真っ赤で。トリシアは……初めての狩りって感じで乗り気だったと思うんだよな。昨日は俺だけがついてくはずだったのに急に参加ってなってたし」


「なるほど。女の子だし、7歳だものね……」

 ジェラルドは眠るパトリシアの横顔を覗き見ている。


 しばらく沈黙した後、ジェラルドは「ありがとう、ノエル、クリフ。女性騎士にも話を聞いてもみるよ」と言ってパトリシアを抱えなおした。


「いえ。僕らもトリシアのことは……その──」

 言いよどむノエルを見ていたジェラルドだが、視線をパトリシアに移した。

「この子は、私とよく似ているんだよ。多分」

 そう言ってふっと微笑んだ。


 双子は素直に頷く。特に笑みを浮かべた時の(まなじり)や、きゅっと上がる口角は瓜二つ、そのままだ。


「いやいや、違うよ? 見た目の話じゃないんだ。私と同じでね、何も言わずにあれこれやっちゃうんだよ。だから、周りは理解できなくてしんどくなるんだよね」

 そう言って少し遠い目をするジェラルド。


「トリシアも、もう少し自分のことを説明出来たら楽になるんだろうけれどね。私も子供の頃は『なんでそんなことをするんだ?』と叱られたりしたものさ。私は私なりにたくさん考えてやったんだけどね……あ! 今はちゃんと説明する癖をつけたからね?」


 双子はこれにもこくこくと頷いた。


「私にあった救いはチャドとか、なんていうのかな、無条件で私という人間はそうなんだと受け入れてくれる人が身近かにいたことなんだ。チャドは私の子供の頃からの友人だよ? トリシアの剣修練の相手はクリフがしてくれてるんだろう? 私の修練仲間がチャドや王都別邸の騎士達なんだ」


「──伯父上は僕らにそれをさせたいんですね?」

 ノエルが先回りをして言えば、クリフが目を大きくして驚いている。


「ははは、わかるかい? 君達が嫌でなければ頼みたいなぁとは思っているよ? ただ、無理強いをするつもりはないからね?」

「無理強いとか思ってないです! 俺は。俺は、なるべく手伝ってやりたいけど、でも、トリシア……」

 ジェラルドに抱っこされて下へ力無く垂れたままのパトリシアの手に、その指先にクリフは触れた。そのままするりと手をつなぐように持ち上げた。


「こんなちっさな手で、頑張りすぎに見える」

「……」

「……」

 9歳のクリフにすらそう思わせる、白い華奢なパトリシアの手。一年鍛えてもそう思わせる儚い指先。


「──ありがとう、クリフ、ノエル。君達がその歳で人を慮れる、とても優しい子達で良かった」

 空いた方の手でジェラルドはクリフとノエルの頬に触れた。


「本当にありがとう。君達は、私が何も言わなくてもトリシアを受けいれてくれてるだろう? 理解できなくても『ああいう子』って、ありのまま。トリシアは、(こちら)に来てよかった……──あー……お父様泣いちゃうよ? トリシア」


 ぎょっとして双子はジェラルドを見た。確かにアイスブルーの瞳が潤んでいる。

 ジェラルドはパトリシアをまっすぐ見下ろして、赤く腫れた目尻から頬に触れた。

「──トリシア、君は幸せだよ。もう、幸せなんだからね?」

 そう言ってパトリシアをぎゅっと抱きしめるジェラルドを双子はじっと見つめる。





 ジェラルドがパトリシアをベッドへ寝かせると居館(パラス)へ去っていった後の廊下を、ノエルとクリフは黙って眺めていた。


「──なんか、不思議な感じがする」

「不思議?」

「うまく言葉が見つからないんだよ。察しろよ、ノエル」

「ムチャを言うな。僕だって不思議としか言えない」


「……──トリシアはやっぱりなんで……」

「それはもう、一緒に居ていつか聞き出すしかないんじゃないか? 伯父上も昔は言えなかったとおっしゃってただろ」


 ジェラルドはもう奥の階段を上がったが、二人はまだ渋緑の絨毯が敷かれた廊下を見つめている。


「トリシアは、一人にしちゃダメなんだな」

「絡む時間増やすか……よし、クリフ、作戦会議だ」


 そうして、パトリシアの知らないところで──前世の記憶には含まれていなかった──双子の物語も始まった。




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