〃 7歳 双子会議①
「…………」
「…………」
木剣を放り出して、開け放ったアーチドアの下から建物の中を覗き込む双子。
廊下を10歩ほど中に入ったところで、ジェラルドに抱っこされたパトリシアが号泣している。
「……──やっぱり伯父上にはがっつり泣くんだな」
「どういうこと?」
「……いや、別に」
「思わせぶりなこと言って黙るなら、僕もそれやるけど?」
扉の外側、両サイドに張り付いている双子はじっとにらみ合った後、クリフが折れた。
「別にたいしたことじゃねぇし。ただ、トリシアの剣の相手してたときも泣いてたなって……泣き方が、シャノンはほら、ギャーギャーうるさく泣くだろ? 一つしか歳の違わないトリシアは、絶対に声出さ無いぞって感じで泣いてたから、な?」
シャノンは双子の妹でトリシアより1歳年下の6歳だ。
「でもやっぱり父親のジェラルド伯父上にはああやって泣くんだなぁって思っただけだよ……」
「…………そうだな……」
相槌を打ったあと、ノエルはクリフを見た。
「なにか聞いてないか? お前の方がトリシアと一緒にいるだろ?」
「なにかって?」
「…………トリシアは、真面目でいい子だ、真剣だし」
「そうだな。真剣すぎるけど」
「それだよ。全部『すぎる』んだ、7歳で。あそこまでやれるか? クリフも7歳ん時に毎日あんなにやれたか? 去年、14歳まで領城に住むってやってきたときから思ってた。──あれ、パトリシアか?」
「何言ってんの? ノエル」
「トリシアが5歳の時に領に遊びにきたときは、城には何もないから退屈しのぎだって毎日毎日護衛ひきつれて街に出てただろ? それに色へのこだわりが凄かった。あの頃のトリシアは赤が大好きだった。カーテンも赤、目に入る侍女のお仕着せも赤に着替えさせろってキーキー言ってたの、覚えてないか?」
「……ああ……なんとなく覚えてる。でもシャノンもうるさいから女ってあんなのなんかなって思ってた」
「……それでも別に間違ってないと思うし、なんなら僕も同じ事考えてたけどな。でも、6歳でこっちに移り住んだトリシア、赤い服着てるの見たことあるか?」
「……あ。無い。無いぞ。今日も緑だ」
「ついでに侍女を困らせる我が儘が無くなってた。代わりに、切羽詰まったみたいにお前に剣の相手してくれって、僕にも魔術教えてってきた。前まで僕らがいるのに気付きもしてないって感じだったのに」
「ああ~……わかる。王都の都会の女は領の街なんか田舎に見えんのかなって俺は思ってた」
「──だから言ってんだよ、あれ、パトリシアか? って」
「そりゃあ……トリシアだろ?」
「…………そうだとしても、変わりすぎで、あれだけ変わってしまう何かがあったってことじゃないのか?」
「……確かに」
再びパトリシアを見つめる双子。
パトリシアはジェラルドの首にすがりつき、口を縦に大きく開いてわんわん泣いている。呼吸もままならないほどのようで、幼子の癇癪にも見える泣き方だ。
クリフがぼそっとこぼす。
「…………あんなでも可愛いってすごいな」
「……同意するけど、それ言っちゃうお前もすごいな」
パトリシアはお世辞抜き、掛け値無しに可愛い。
大人のお茶会に呼び出されて子供は子供どうしで交流がある。双子もあちこちで貴族や大商家の娘に会ってきたが、パトリシアほど整ったパーツを最高のバランスで配置させた容貌の少女には会ったことがなかった。
綺麗な額を見せる編み込んだ前髪とふわふわと広がる薄い金色の長い髪。小顔に大きな目の女の子。肌の色素も瞳の色も透けてしまいそうで、王都で妖精姫と呼ばれるのも納得しかない。
いまも目元や頬を充血させてポロポロと止めどなく涙を流して、いつ消えてしまうかひどく心許なく、儚さに庇護欲がくすぐられてしまう。父親が抱っこして慰めているのだから、双子に出番はないのだが。
「……そういえば、クリフ、お前、剣初心者のトリシアに体術混ぜてなかったか……?」
「え? ああ、蹴りとか投げも混ぜて実戦ぽくやりたいって言われて──」
クリフの言い訳にノエルが深く溜め息を吐いた。
「トリシアは初心者の上に女の子ってわかってるか? まずはしっかり型を叩き込んでから総合剣術に入れよ」
「いや、トリシアがどうしてもって」
「その我が儘は我慢させる我が儘だろ? 治癒術が得意な団員がいるからいいって思ってないか」
「……………………」
「なんだよ?」
ぶすっと沈黙を返すクリフにノエルは考えを吐かせようとする。
「……一年もコツコツ猛勉強してたくせに」
「………………」
「何が『なんでも聞いて』だ。一年も早朝修練サボってずっと蔵書庫通いしてただろ。自分だってトリシアのおねだりに負けてたくせに」
「ふーん、へぇ~、そう思ってたんだな。なんで早朝修練一年サボった僕とまだ互角なんだよ?」
「……ぐ……」
クリフはすいと目を逸らして『だから言いたくなかったのに……』とつぶやく。
「トリシアのお願いは、チャドもだろ。聞くだろ……でも、選べよ」
「俺だってちゃんと抵抗して、それでだからな? だいたい、トリシアは筆頭公爵の総領姫なのに、なんで騎士になろうってヤツと同じメニューこなしてんだ?」
「…………騎士になりたいのかなぁ」
それはクリフでもノエルの声でもない。
「伯父上!」
双子は言い合いに夢中でパトリシアの泣き声が止んでいたことに気付いていなかった。その上、眠るパトリシアを抱っこしたままのジェラルドが間近に来ているのも察知していなかった。
双子の声にジェラルドは『しー』と人差し指をたてる。パトリシアは静かに眠っている。クリフもノエルも瞬きしつつ大きく頷いた。
「二人ともありがとう。トリシアのことを心配してくれてるんだろう?」




