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 〃 7歳 神の罪

 パトリシアには魔力がない。

 前世がゴロゴロしながらスマホとやらで読んでいた数々の作品は『魔力がない』はたいてい『魔法無効化』やさらに強力な力、新しい力への布石にすぎなかった。


 思わず頭を抱えたくなる。

 ──私のは闇の力なのよね……しかも、死なないと発現しないとか……。悪役なのに魔力が無いって悲しみしかないと思うのよ……。


 パトリシアはそれでも何か抜け道を探して、定番の無効化やら新しい力やら出来ないものかと思案している。


 眠れないまま朝を迎えて、のったりとカーテンまで進む。少し動いたらお腹が鳴った。昨夜、すべて吐いてしまって胃が空なのだ。


 カーテンをすいと横へずらし、朝焼けに染まる中庭を見下ろす。

 王都にある王城には及ばないが、庭師10人以上で世話をしているという庭園が見下ろせた。


 昨日、パトリシアは『血を甘い』と感じた。しかも、あれは恐怖や気味の悪さで気が飛んだんじゃない。

 血を見てザワザワぞくぞくしたことに、自分にショックを受けて意識を強制終了(シャットダウン)した。


 自分が『悪役』なのだということを痛烈に実感してしまった。

 朝は確かにやってきて、晴れた空に登りゆく太陽は美しい。明けない夜などない。

 だが、おそらく、パトリシアは死ぬまで闇をさまよい、死してなお蘇って闇の巫女として魔王とやらを復活させてしまうのだ。


 前世が読みあさっていた悪役令嬢モノはだいたい幸せになっていたのに。行動で未来を変えられたのに──。


「これを、詰んでるって言うのね、きっと……」

 睡眠の足りない声は少しかすれている。


 そもそも、物語の方のパトリシアが血を甘いと感じていたなんて一切書かれていなかった。

「血の……匂い……闇の因子……闇の巫女……」

 パトリシアはガジガジと、まだ梳いていないロングの薄い金髪をかきむしった。


 寝る前まで見ていた紙束と絵本三冊を、ベッド横のナイトテーブルから取り、またカーテンを開けて窓際に座り込む。

 部屋の灯りは魔術制御、パトリシアにはつけられないから、字を読もうと思うと朝日が必要なのだ。


 どうせ眠れないのだからと、パトリシアは昨日ノエルに聞いた魔術について復習を始める。


 ノエルはくっついてきたクリフに文句を言いつつもパトリシアには優しく教えてくれた。


 白と薄いグリーンを基調に整えられたノエルの主室のテーブルセットで、白い紙とペンを構えるパトリシアに、正面に座ったノエルは微笑んだ。

『今まで誰も教えてくれてないんだよね? 僕も一年しっかり学びなおしたから、なんでも聞いて?』

 少し垂目のノエルが三冊の絵本を持ち出して言った。


『ありがとう! ノエルありがとう!』

 パトリシアは待たされた一年が、ノエルが教師役をするための再勉強の時間だったのだと知って感動しつつ、欲求を告げた。

『私、1から! 1から知りたいの!』


『その絵本なんだよ、三歳児とか寝かしつける時のじゃないのか? そこから?』


『──クリフは黙ってて。黙っててくれないなら帰って』

 割り込んできたクリフをチロリと睨み付けたパトリシア。

『……だ、黙るから……』

 真剣な様子にクリフは一秒で降参した。


 パトリシアの前世の記憶によるとノエルやクリフのように『瓜二つ!』と言い切れない双子は二卵性双生児というらしい。

 双子の両親は父がくっきり二重の凛々しい吊り目、母親がおっとりした垂目で、ノエルは母親の、クリフは父親の目元を引き継いでいる。目元以外の顔パーツは2人とも父親そっくりだ。寝顔では区別がつきにくいとパトリシアは双子の母親に聞いたことがあった。


『じゃあ、基本ね』

 ノエルはそう言って一冊目の絵本を開く。


『まず魔力。魔力はそもそも世界に満ちる神の力と交換するための魂のパワーだ』

『……神』


『いろんな国で、魔術は宗教と結びつけて説明してるんだ。僕らの国は国教の唯一神ね。神に名前はないからね?』

『それはトリシアだってわかってるだろ、7歳だって知ってるって言っていいぞ? トリシア』

『もー! クリフは黙ってて! 説明って順番があるでしょ? 私はちゃんと待つの!』

『ご、ごめん』

 パトリシアに謝ったクリフがちらりとノエルを見れば無言。無言だが『邪魔するなら帰れ』と目だけで言ってくる。


『お、俺も聞く!』


 ノエルの冷たい『なんで帰んないの?』という目から顔をそらしてクリフは黙った。

 それで許すノエルでもなく、しっかりと追い討ちの警告を通達。

『……次、口を挟んだら容赦なく追い出すからな?』

 コクコクと頷くクリフだった。


 カーテンの前で寝間着のままアグラをかいてメモを真剣に読み返しているパトリシアだったが、クリフの横やりを思い出し、ふふっと笑う。


『じゃあ、続けるけど、神の力で魔術を起こすのに、交換で魔力を差し出すんだ。魔力は人によって多い少ないあるけど、だいたい休めば回復するし、みんな持ってる……けど、トリシアには無いんだよね?』

『……そうなの……』

『魔力が無くても借りるって方法もあるから、そんなしょげないでよ、トリシア』

『借りる?』

『うん。だけど、魔術ってね、思ってるより複雑だから、先に説明させて?』

『ええ、大丈夫。私はちゃんと聞くわ! 教えてくれる?』

『トリシアはいい子だね。僕も説明しやすい』

 にこっと微笑み交わしていればクリフが『……さっさと、さっさと次!』とやはり口を挟んでくる。


『はぁ~……あのさ、クリフ、お前もちゃんと聞いてけ? 魔術、感覚だけで使ってるだろ? だから精度低いんだよ。座学も大事だからな?』

 パトリシアは結局は追い出さないノエルに心の中で苦笑する。


『兄貴面はわかったから次! はよ!』

『お前……明日の稽古覚えてろよ? 手加減無しでボコるから』

『はぁ? のぞむところだ!』


 余計なケンカが始まりそうでパトリシアは慌てる。

『……ちょっとクリフ!? 黙っててくれない??』

 強めに言えば、クリフはしゅんと小さくなった。


『魔術はすべて召喚魔術。発現する魔術そのものは世界に満ちる神の力。交換に魔力を差し出す。魔力で神の力を召喚する魔術、それを一言で魔術と呼ぶ。ここまでいい?』

『ちょっと待って、メモする…………はい! どうぞ!』

『魔術の種類は5つ。さらに属性は9つあるよ。まず魔術は変異魔術、支配魔術、予知魔術、攻撃魔術、防御魔術──これは魔術で引き起こす現象で分類してるんだよ』

『ふむふむ………………』

 メモを取るパトリシアにノエルは『この絵本はパトリシアにあげるから、この辺のメモはいらないんじゃない? 見て、このページ。全部書いてあるよ』と絵本をパラパラと捲った。


 絵本の紙面はシンプルな木版印刷で、色がついていた。パトリシアがメモしようとしたことがしっかり書かれている。

『ありがとう、ノエル!』

 身を乗り出して絵本を覗き込むパトリシア。


 回想する寝間着のパトリシアも絵本を開いてノエルの話してくれたことをさらに思い出していく。


『魔術はだいたい誰でも使えるけど、扱える魔術には差が出るんだ。差を作るものが属性だよ』

『属性ね……』

 またメモをとろうとするパトリシアにクリフが『次のページに書いてるぞ』と教えてくれる。


 素直にページをめくれば人体っぽい図案とともに九種類の説明がある。

『魔術はみんな使えるものをピンポイントで使い方を学んで使用するから、ここまでちゃんと勉強してる人は少ないからね? 無理に覚えなくていいから、とりあえず聞いてね?』


『ええ、わかったわ。一度理解しておけって話、そういうことでしょう?』

『そう、そういう感じ。まず、そうだね、腕──この絵だと燃えてるでしょ? 神の腕が火属性を示してるんだ。魔術は詠唱で神の力と魔力を交換するんだけど、この神の部位が呪文に入ってくるからセットでみんな覚えるんだ。火は腕って』

『へぇ~! 火の魔術であるな! 確かに! ”大いなる御腕の一振り──』

『ばか! 呪文唱え始めるな!』

 

 ゆるく掲げたクリフの手のひらに火花が集まりつつある。

『うわっ! ぜ、”絶”!』

 慌ててクリフが詠唱にキャンセルをかけ、火花はしゅんと消えていった。


『パトリシア、見てた? 呪文はね、唱えはじめから作動し始めるからね? 魔力制御が甘い上に安易な言葉選びしてると事故の元だから、覚えてね』

『人を失敗例に──』

『失敗してたよね? 屋内で? 火の魔術? どうする? 出てく?』

 

 カーテン横で、パトリシアは普段ひたすら優しいノエルの怖い顔を思い出してまた苦笑する。


 悪夢か正夢か、絶望的な夢で萎んでいた心が少しふっくらしてくる。

 きっと今ごろはまだ眠る双子──きっと目をつむっていて見分けのつきにくい2人──を思い浮かべ、そっと『……ありがとう』と呟いた。


 ちなみに、その後もクリフの茶々が入りながら説明は続いた。

 残り水は涙、土は足、風は吐息、雷が指先、木がへそ、そしてバンフィールド家のほぼ全員が相性の良い氷は神の目だという。

 最後に付け足すように、ノエルは光が心で、闇は神の罪なのだと教えてくれた。

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