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59.早乙女キクの願った未来

 視聴覚ルームに戻ってすぐ、ハルキくんと入澤くん、そして若月先生は入手したデータの処理に入った。

 慌ただしくキーボードを叩いたり、どこかに電話をかけたり。

 柊別邸では日常的な光景が、そのままセントラルでも再現されている。

 私とマホ、サヤの3人が手持ち無沙汰になってしまうところまで同じだ。


「ただ待ってるっていうのも落ち着かないね」

「アセビは頑張ってきたとこじゃん。私とサヤなんて、ずっとここでぼーっとしてるんだよ? ねえ、先生。私達、何かすることない?」


 私のぼやきにマホが唇を尖らせる。

 先生は私達を振り返り、うーんと考え込んだ。


「確かに可哀想だな。何かできることか……」

「なら、報告書がフェイクじゃないか確かめてきて貰うのは?」


 入澤くんが手にしたファイルを掲げて提案してくる。

 マホは瞳を輝かせ、「それ、どうやるの?」と食いついた。


「この住所に旭シノがいるみたいなんだけど、本当にそこに彼女がいるかどうか、現地に飛んで確認してくるってやつ。俺があとで行こうと思ってたんだけど、鈴森ちゃんと一緒に探ってきてくれる?」

「うん! できる!」


 マホはすぐに頷いた。サヤも「もちろん」と答える。


「遠くから探ってくるだけだよ。本人にはもちろん、ご近所さんに気づかれるのも絶対にダメ。やばいと思ったらすぐに戻ってくること。定期連絡は欠かさないこと。守れる?」


 入澤くんはお母さんみたいな口調で2人に言い聞かせた。

 真面目な顔で頷く彼女たちを見て、「気をつけて行ってくるんだよ」と入澤くんは目元を和らげた。

 完全にお母さんだ。


 ハルキくんがセントラルに持ち込んできた大荷物の中には、全員の私服があった。確かに、外に出ようと思ったらセントラルの制服は目立ちすぎるもんね。

 パーテーションの向こうで着替え終わった2人は、私とハルキくんが使ったヘッドセットを装着し、それを隠すように帽子をかぶる。

 

「これ、スパイっぽくてテンションあがるー!」

「完全下校時間は19時よね。30分前までには戻ってくるわ。通信が途切れたら、すぐに帰還か応援をお願い」


 遠足気分丸出しのマホと違って、サヤは冷静だった。

 彼女が一緒なら大丈夫だろうと思ったのは、私だけじゃないはず。

 今度のサポートは入澤くんが行うことになった。彼もヘッドセットをつけ、再びパソコンの前に戻る。


 手持ち無沙汰になったのは私だけみたい。

 意味なく部屋をうろつき始めた私を見かねたハルキくんが、例の小部屋から取ってきたモバイルのデータを個人端末に転送してくれた。


「画像とメールはチェック中だ。アセビはメモ帳フォルダを調べてくれる? キクさんの個人的な覚え書きが記されてるみたいだし、アセビが最初に読んだ方がいいと思う。俺達と共有するのは忍びないとアセビが判断した部分は、伏せ字に変えておいて欲しい」


 巻物をくわえた忍者がほわんと浮かぶ。

 目を瞬かせた私を見て、ハルキくんは補足説明してくれた。


「若い女性の覚え書きだし、早乙女さんの尊厳……気持ち的に守られなきゃいけない部分はアセビの判断で伏せて欲しいんだ。対テロ委のメンバーも共有する情報だから」

「あ、なるほど。了解です」


 自分の日記を、いくら死後とはいえ不特定多数に公開するのは嫌だろうな。孫にならまだギリギリセーフな気がするし、祖母もそうだと思いたい。


 端末を開いて、まずはざっと目を走らせる。

 日付ごとに纏められたメモ帳フォルダは100以上あるように見えた。ううん、もっとあるかも。一件ずつ開いていくのはかなり面倒そう。


「ハルキくん。これ、ブックアプリに落として読んでもいい?」

「いいよ。モバイル自体かなり昔のものだしな。アセビがカスタムしてくれたら助かる」


 私は早速それらを端末のアプリで変換していくことにした。電子書籍形式に変えたら、一気に読めるもんね。一旦私のメモ帳アプリに全部のフォルダを移してから互換機能ボタンを押せば数分でブックアプリにインストール出来た。

 私は近くの椅子に腰掛け、祖母の残したメモを読んでいくことにした。


 

    ◇◇◇


 S140.5.9


 今日から担当さんが変わった。

 前の人はすごく意地悪だったけど、今度の人はとても優しそう。

 何度も要請書をあげていたのに貰えなかったモバイルを、会ってすぐに渡してくれた。

 早速いろんな機能を試してみる。

 記念に今日からメモ帳アプリに日記をつけようと思います。

 ノートに書くと、すぐにどこかへ持っていかれてしまうから嫌だ。

 これからはここに書こう。誰にも見られないよう、私だけの秘密にするんだ。

 プライバシーなんてあってないようなものだったから、すごく嬉しい!



    ◇◇◇


 一番最初のメモの中身は、こうだった。

 『私だけの秘密』じゃなくなってごめんね、おばあちゃん。

 祖母はよほど嬉しかったのだろう、ここから数日はモバイルを手に入れた喜びと『新しい担当さん』への感想が綴られていく。

 

 『新しい担当さん』は、周防キリヤだった。

 26歳の彼は保護省に務めていたようだ。仕事の一環として予知夢を見ることが出来る純血パワードの付き人になったことが、祖母の日記から分かる。

 祖母によると、周防キリヤは背が高く、声がよく、物腰が丁寧で所作が美しい男性だったそうだ。しかも色んなことを教えてくれて、どんな願いも叶えてくれる。

 ……これは、祖母じゃなくてもコロッといってしまう案件じゃないだろうか。

 

 祖母は国会議事堂のすぐ近くに建てられた一軒家で保護されていたようだ。

 彼女は5歳からずっと1人でそこに住んでいた。

 

    ◇◇◇



 S140.11.18


 明日は私の誕生日。

 誕生日が近づくにつれ、私の機嫌は急降下する。誰にも会いたくなくなる。

 周防さんにも「明日は来ないで欲しい」とお願いしたけど、なぜかと理由を聞かれた。

 誕生日だから、とは言えなかった。

 お腹が痛いし、頭も痛いし、とにかく苛々するから、と適当な理由をでっちあげた。

 

 両親は、私の五歳の誕生日に私を捨てた。

 何故わざわざ誕生日? と今でも腹が立って仕方ない。

 みんなでデパートに行って、豪華なご飯を食べて、最新のゲーム機を買ってもらう約束をしていた。でも実際につれてこられたのは、この家。

 「約束が違う!」と泣き喚く私には一瞥もくれず、両親は当時の担当さんとだけ話して出て行った。

 私の能力が開花した時は、あんなに喜んでくれたのに。

 未来なんて、見えなきゃよかった。

 寂しい。さみしいさみしい。


 

 S140.11.19


 両親が私を政府に売る代わりに次の子には干渉しないという約定を交わしていると教えてくれたのは、前の担当さんだ。

 それまでは両親にも何か事情があったのかも、と思い込もうとしていた分、落胆と憎しみは深くなった。いや、事情はあった。両親は私の弟か妹を守りたかったのだ。

 顔を歪めた私を見て、前の担当さんは喜んだ。

『知らなかったんですか? 未来を読めるのに、自分がどうなるかは分からなかったの? ほんとに?』

 そう言って嬉しそうに笑ってた。

 私が予知した大地震で、彼女は弟を亡くしたそうだ。

 私が地震を起こしたんじゃないのに、前の担当さんは私のことを心底嫌っていた。

 どうしてもっと早く分からなかったの、っていつもいつも心の中で私を罵っていた。

 予知夢は万能じゃない。

 読める未来の内容や時期が選べるわけじゃない。

 それは分かっているはずなのに、リーズンズは時々ものすごく理不尽だ。


 

 S140.11.20


 昨日はむしゃくしゃして、部屋中を荒らしてしまった。

 警報がなって周防さんが駆けつけてきたけど、私は扉を開けなかった。

 だから今日は片付けデー。自分がやった癖に、壊れてしまったものを見るのは辛い。

 後から嫌な気持ちになるって分かってるのに、1年に1回は必ず暴れてしまう。

 どこにも行けないから、こんな形でしかガス抜きできないのかもしれない。


 私はここを出ては生きて行けない。

 自分の未来について見えるのは、それだけだった。

 この家を出れば、私は遅かれ早かれ死ぬ。事故死だったり、野垂れ死にだったり、悪い人に掴まって能力を酷使されたあげくの衰弱死だったり、死に方は様々だったけど未来はいつも同じ方向を指した。

 どこかの誰かのちょっとした選択で、いくつもの傍流へと枝分かれしていくのが未来だ。でも、どの未来でも変わらず起きる出来事というものは存在する。

 『本流』と呼ばれるその事象は、絶対だ。

 特に楽しいことはない人生だが、死ぬのだけは怖い。まだ死にたくない。

 両親には捨てられ、私の能力を欲しがっている人達にだって特に感謝されはしないつまらない人生だけど、それでもまだ終わらせたくない。

 私は意地汚い。ほんと汚い。



 S140.11.23


 周防さんが何度も来てくれたのに、しばらく会えなかった。

 ドス黒い感情で覆われてる時の私を見せたくなかった。

 やっと今日マシな顔になったので、彼に会った。

 前の担当さんなら、合鍵を使って無理矢理入ってきただろうけど、周防さんは私の気分が戻るのを待ってくれた。

 周防さんは、遅くなったけど、とプレゼントをくれた。

 すごく可愛いワンピースとコート、マフラーにニット帽。ネットショップで見かけてお気に入りに入れてたブランドのお洋服だ。

 買っても着ていく当てがないと思って、ただ眺めていただけなのに。

 周防さんは今度それを着て、コンサートに行こうと言ってくれた。

 日用品の買い物以外でお出かけするのは、本当に初めてだ!

 舞い上がる私を見て、周防さんも笑っていた。胸がきゅんとした。

 

 周防さん、結婚してるのかな。

 指輪ははめてないけど、あんなに素敵な人だもん、恋人がいないわけないよね。

 

 

   ◇◇◇


 

 半年分の覚え書きを読んだところで、端末から目を上げる。

 私は目頭を摘まんで揉みながら、ふう、と息を吐いた。


 祖母の生い立ちがこれほど悲しく侘しいものだとは、思ってもみなかった。

 彼女は18歳で、すでに人生を諦めていた。死ぬのは怖いから。そんな消極的な理由で生きているだけだった。

 祖母の予知は、痛みがトリガーになるのではないかと思われていたらしく、定期的に拷問じみた検査を受けていたようだ。ところが周防キリヤが担当者になってからは、その検査がなくなったらしい。

 わずか半年で、祖母は周防キリヤへの信頼と恋心を深めていった。

 周囲の人物をすべて肩書きでしか書かない祖母が、唯一名前を記したのが周防キリヤだった。


 気づけば、外は真っ暗になっている。

 時計を見遣れば、18時を回っていた。日が落ちる早さを感じる度、もう秋なんだなとしみじみ思う。

 

「どう? 進んだ?」


 若月先生の問いに、私は首を振った。


「まだ半年分です。でも、3分の1くらいはきたかな」

「そうか。じゃあ、そんなに長い間はつけていなかったのかもしれないね、そのメモ」


 ブックアプリが示す総ページ数は194P。

 今は71ページ目だ。最後はどんな風に終わっているんだろう。私は気になって、194P目に飛んでみた。

 開いてすぐ、息を呑む。

 最後のページに綴られていたのは、恨みと呪いの言葉だった。


    

    ◇◇◇



 

 いやだいやだいやだ

 絶対にいや

 助けてキリヤ

 私はあなた以外の人の子どもなんて産みたくない

 

 何でも言うこと聞いてきたのに どんな苦痛にも耐えてきたのに

 許さない 馬鹿にしやがって私を家畜扱いしやがって

 こんな世界無くなってしまえばいい

 憎い憎くてたまらない 心も身体も爆発しそうだ

 

 もう死にたい 死んでしまえばあいつらの言うことを聞かずにすむ

 ざまあみろ

 お前らの欲しい子どもなんて絶対に産むもんか


 私の人生ってなんだったんだろう

 なんの意味もなかった 

 世界には貢献できるとプロジェクトのリーダーさんは言った

 私とキリヤと子どもを犠牲にして発展していく世界なんてクソだ


 私もリーズンズに生まれてきていたらよかった

 パワードなんているからだ そうだそれがいけなかった

 上位種にいいように使われて死んでいくだけのこんな生き物

 

 滅んでしまえばいいんだ

 同じ人間を食い物にして良い目をみようとするやつらも全部

 滅んでしまえばいいんだ



      ◇◇◇


 

 強烈な負の感情のこもった文字に刺激されたのか、モバイルを媒体に過去視が発動する。


 拘束着を着せられた祖母が、うつろな目でベッドにくくりつけられている。

 彼女の腹は大きく膨らんでいた。

 周防キリヤは祖母を救おうと必死だった。

 なりふり構わずあらゆる手段を駆使して、祖母を自分の元へ引き取ろうとしたがダメだった。

 そして、産まれた女の子。

 娘に祖母は『アザミ』という名を付けた。花言葉は【復讐】

 娘にその名をつけた翌日。祖母は、娘の父親を燃やし、自らも死んだ。

 周囲の監視者を全員再起不能にしたあげく決行された無理心中は、両名共に病死として処理された。


 喪服姿の周防キリヤは、泣いていなかった。

 遺品の入った箱をきつく抱き締め、まっすぐ壁を睨んでいた。


 彼の味わった絶望と悔恨、そして憎悪が痛いほど伝わってくる。

 周防キリヤも祖母を心から愛していた。

 最愛の恋人を救う為、色んな手を打ってきた8年間は、だが全て無駄に終わった。

 祖母が26歳で死んだ後、彼の志は大きく歪み、変容してしまうことになる。

 

 ようやく、周防キリヤの掲げた理想が変わってしまった理由を理解できた。


 だって、早乙女キクが願った未来は、ただ一つ。

 

 世界が滅んでしまうことだった。



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