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8.砂漠の地獄


 砂漠を渡るのは今までの山や草原の旅よりずっと危険です。そのため、姫と剣士は砂漠の前にあるこの市場で、水や食べ物の十分な準備をしました。砂漠にところどころある、オアシスや、水の沸き出る井戸の地図も手に入れ、方角を決めるための磁石も用意して、いよいよラクダに乗って出発しました。


 剣士は砂漠を渡ったのは初めてではなかったので、このつぎのオアシスまで四日もあれば渡りきれるだろうと思っていたのですが、二日目あたりで姫の様子がどうもおかしいことに気づきました。

 もともとあまりおしゃべりをしないおとなしい姫でしたが、砂漠に入ってからはほとんど口をきかなくなっていたのです。よく見るとちょっとふらふらしていて、いままでになくつらそうです。

 剣士は知らなかったのですが、姫は肌が白いため、砂漠のように日差しが強いところにいるとたちまちどっと疲れがでて体がよわってしまうのでした。姫の黒い服も、厚いフードも、人目から白い肌を隠すためというよりも、日差しを避けるためのものだったのです。


 姫はいまにもラクダから落ちてしまいそうで、ラクダをゆっくり歩かせなければならなくなり、旅ははかどりません。剣士はこのままオアシスまで渡ってしまったほうがいいか、それとも砂漠の前の街まで戻ったほうがいいか迷いました。


 剣士がラクダをおりて、姫に「だいじょうぶか」と声をかけると、姫はたくさん汗をかいて、顔はまっさおで、やっとラクダにしがみついている様子でした。

 剣士は姫の様子がただごとではないことがわかり、ここからならもうオアシスの方が近いはずでしたが、街にもどる決心をしました。街なら医者がいるはずだからです。

 そう思ってラクダの向きを変えたとたん、いままで強かった日差しが急に暗くなり、びゅうびゅう風がふいてきて、たくさんの砂を巻き上げはじめました。


「まずい、砂嵐だ」


 剣士は風をさけて、砂丘の風下にラクダを逃がし、自分も姫を抱きかかえて布をかぶりました。ひっきりなしに砂がばらばらと落ちてきて、布にかぶさり、そのままでは埋まってしまうので、剣士は何度も砂をかき出しては、じっと嵐がすぎるのを待ちました。しかし、風はいっこうにおさまらず、日差しはとうとう消えてしまい、夜になってしまいました。

 どれぐらい時間がたったかわからくなったころ、突然風の音が遠くなり、そのとたん、ラクダたちの悲鳴が聞こえました。

 なにがあったのかとかぶっていた布をはらいのけると、突然足もとの砂がくずれ、剣士は穴に落ちるように砂丘をころがり落ちてしまいました。

 ずるずると体をすべらせながら、暗い穴の下を見下ろすと、ぎらぎら光る二つの目と、大きな二つの牙が見えました。


「サンドレイダース! そうか、こいつだったのか!」


 サンドレイダースは別の名をさばくおおありじごくという化け物で、大きなすりばちのような穴を掘って砂漠に身を隠し、まわりに砂嵐をまきおこして転がり落ちてくる獲物を食べる砂漠の魔物です。

 サンドレイダースは大きな口を開いて、すべり落ちてゆくラクダをまるのみにしようとしているところです。剣士もずるずる斜面をすべりながら、とっさに姫に布をかぶせて体をおおい、自分はナイフを抜いて、投げつけました。

 砂に足をとられながらも、ナイフはぎらぎら光っているサンドレイダースの片目に命中し、ざくっと鋭く突き刺さりました。

 サンドレイダースは血を飛ばしながら悲鳴を上げて剣士の方に向き直り、ラクダを踏みつぶして登ってきます。剣士は素早く姫から離れて砂の斜面をかけのぼり、穴から顔を出した化け物の顔に、こんどは剣を抜いて突き刺しました。

 サンドレイダースは大声を上げ斜面を転がり落ち、そのまま砂にもぐって姿を消しました。 剣士が身を伏せて、砂の音を聞き、気配をさぐっていると、別の方向からものすごい砂けむりがあがり、剣士に向かって二本のきばがおそいかかりました。剣士はよこっとびにそれをかわして剣を突きさし、また、素早く離れてすきをうかがいます。


 ドラゴンと戦うときもそうですが、こんな大きな魔物を剣士のような人間が一撃で倒す方法はありません。相手がおそってくるのをかわし、剣で斬りつけては素早く離れ、すきをうかがうことをくりかえし、すこしずつ、すこしずつ、魔物を弱らせてゆく以外に方法はないのです。剣で魔物につけられる傷はわずかですが、それをしつこく繰り返してゆけば、やがて魔物の体から血がなくなって、魔物は動けなくなるのです。


 剣士とサンドレイダースの戦いは何時間も続き、魔物が砂と血にまみれてとうとう動けなくなったころには、もう朝になっていました。

 剣士はサンドレイダースの背中にはいあがり、剣を振り上げて魔物の首の根元に突き刺してとどめをさし、姫をさがしました。

  

 姫はサンドレイダースが最初に現れたすりばちの穴の底に、砂だらけになってころがっていました。そばにいたラクダは魔物に踏みつぶされてすでに死んでおり、大事な水を入れた袋も、破れて一滴も残っていませんでした。

 姫は気を失っていてどうしても目を開けません。

 剣士は砂をはらって姫を背負うと、疲れた体をひきずるように、砂に足を取られながら穴からはいあがりました。

 見わたすと、砂漠の地平線に、オアシスの蜃気楼が映っています。

 ラクダも地図も磁石も失って、剣士にはもう、どれだけ遠くにあるかわからないその蜃気楼のオアシスに向かって歩くしか、なにも方法がありません。


 日が昇って、砂漠の強い日差しが、姫を背負った剣士に容赦なく降り注いでいました。




次回「9.オアシス」

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