7.月の砂漠
西の都の城門をくぐると、はるかかなたまで草原が広がる地平線の大地がえんえんとつづきます。まわりを山でかこまれた姫の国とは、まるでちがうまっすぐな風景に姫はびっくりです。
「まるで、海みたいですね」
「これが大陸だよ。さあ、いこう」
二頭のラクダに乗って、姫と剣士は歩きはじめました。
こんな広い大地にも、人が行き来したかすかな道の跡があります。むかしむかし、最初にこの大陸をわたった冒険者は、迷わないように長い長い絹の織物を、すこしずつほどいて糸にしながら道しるべにしたといいます。そのため、旅の商人はいまでもこの道のことを「絹の道」と呼んでいます。
まだ都に近い場所では、多くの荷物を運んだラクダと商人たちとすれ違うこともありましたが、何日も何日も進むうち、人を見かけることもだんだんなくなってきました。それでも、はるか遠くの丘に、羊の群れをかう遊牧民をみかけたりすることもあり、こんななにもないところにも人が生活していることを、姫は知って驚きました。
すすむうちに、草原はところどころ枯れ草になり、草はどんどん少なくなって、やがて土だけの大地になりました。土はやがて砂になり、砂漠が近くなってきたことを知らせるころ、土と砂の境目に大きな街がありました。ここは水がわくオアシスでたくさんの緑と果物の畑があり、ここでも東の国と西の国の商品が交換され、にぎやかな市場ができていました。
姫が驚いたのは、ここをゆきかう商人たちの肌の色です。
みなれた肌の色にまじって、赤や、茶色や、黒っぽい肌の人が大勢いました。それに、ときどき姫とそっくりの、白い肌の人を見かけることもありました。
姫は自分のような人がほかにもいるのかと驚いて、おもわずその白い肌の人の一人に声をかけてしまいました。
「あのっ失礼ですが」
「なに?」
振り向いた商人は背が高く、肌が白く、髪の毛が金色で、青い目をしていました。呼び止めたのはいいんですが、姫もなんの話をしたらいいのかわかりません。とっさに、「どちらの国から、いらっしゃったのですか」と聞いたのですが、「ユーロからだよ。君はちがうの?」と、けげんな顔をされてしまいました。
「わたしは、東の国からまいりました」
姫はどうこたえていいかわからずに、しどろもどろになっていると、そのうち、商人の仲間もあつまってきて、いつのまにか姫のまわりは白い肌の人間だらけになってしまいました。
「こんな若い娘の商人なんて、めずらしいなぁ」
「いや、ただの旅人みたいだぞ」
「そのほうがめずらしいよ」
「目が赤いぞ。かわってるなぁ」
「でも肌は白だよ。おれたちの国の仲間かい?」
「東からきたんだってさ」
剣士は笑いながらだまって見ていましたが、姫が本当に困っているので、「ごめんよっ」と商人たちに声をかけて輪の中に入りました。
「この人は東の国の姫さまだ。カラアの石をさがして西にむかって旅している。だれか、カラアの石のことを知らないかい」
商人たちは、ほおーと大げさに驚いて見せた後、みんな一同に首をふって考えこんでしまいました。
「聞いたことないなぁ」
「おれも知らない」
「こんなところにまで旅をするなんて、女の子なのに勇気があるなぁ」
「それって、いくらなんだ」
「親方なら知ってるんじゃないのか」
「じいさんにもきいてみようぜ」
そして、全員が声をそろえて言いました。
「今夜、おれたちのテントにきてくださぁい!!」
聞くと、この商人たちの一団は、宿に泊まるお金がもったいないので、夜は街の外の砂漠でテントを張って生活しているそうです。
姫がわけもわからないうちに承知してしまうと、一同は笑顔で姫に手を振って、人ごみの中に消えてゆきました。
「石のことが、なにかわかるかもしれないな。あとでいってみよう」と剣士は言いました。「わたし、白い肌の人の国があるなんて、知りませんでした」と姫はまだ驚いています。剣士は、ずっとまえから知っていたようで、べつだん驚いた様子はありませんでした。
そのうち、だんだん日がかたむいて、砂漠に日が沈みはじめました。
剣士は、「こういうことには、みやげが必要」と笑って、市場でお酒を五本買い込み、ラクダに乗せて街の外に出ました。
見ると、月に照らされて、暗い砂漠のなかにいくつか明かりがともっていました。
近づいてみると、火を囲んでなん張りものテントと、休んでいるラクダの群れと、商人たちの姿が見えました。
姫はここでもみんなに、大歓迎されました。むさくるしい男ばかりの商人のキャンプに、商人の国のような白い肌のかわいらしい娘がおとずれたのだから無理もありません。剣士の方はおまけみたいなものでしたが、それでもお酒のびんを出して見せると急にみんなの態度がかわり、のもう、のもうと大騒ぎになりました。
みんな、東の国の話を聞きたがりましたし、商人のみんなも世界中のめずらしい話や、おもしろい話を姫に聞かせてくれました。もっとも、そのほとんどがほんとうだか嘘だかわからない、じまん話ばかりでしたが。
そのうち、「そうそう、姫さんはカラアの石ってのをさがしてるんだってね」と、商人の親方が言いました。「それって、どんな石なんだい」
姫が、肌の色を変えることができる魔法の石だというと、みんなどうしてそんなものが必要なのか不思議がりました。
姫の国では、色が白いのは姫だけだと説明すると、みんながいっせいに言いました。
「この世界には、いろんな色の人間がいる」
「そうだ、白いのも、きいろいのも」
「ちゃいろいのも、赤いのも」
「黒いのもいるらしいぞ」
「おれたちの国は、みんな白いが」
「旅をしてるときは、かんけいない」
「そっ。かんけいない」
「白いのも、きいろいのも」
「みーんななかよく、しょうばいがたき」
「そっ。しょうばいがたき」
「しょうばいがたきは、なかよくないぞ」
「うわっはっはっは」
姫も剣士も、つられて一緒になって笑ってしまいました。なんともたのしい人たちでした。
商人たちの中で一番年寄りのじいさまが、「カラアの石かどうかはしらんが、肌の色をかえられる石なら聞いたことがある」と言いました。
「そんなもん売り物にならんからわしは行かなかったがな、砂漠をこえたあと南にむかうと、黒い肌の村人が住んでいるらしい。そいつらに聞けば、きっとわかると思うよ」
姫も剣士も、じいさまのことばをしっかり心にきざみました。
その夜は、そのまま宴会になりました。
みんな楽器を鳴らしたり、歌を歌って踊ったり、なかにはよその国でおぼえた、おかしな踊りをひろうしたり、大変な騒ぎです。
姫もみんなに、東の国の歌をきかせてくれとせがまれました。
恥ずかしそうに姫が立ち上がって、きれいな声で歌いはじめると、みんな静かに聞き入ってしまいました。
誰もが初めて聞く歌でしたが、遠く離れた美しいふるさとに思いをはせる歌だということがみんなにわかりました。どこかなつかしい響きで、そこにいたみんながそれぞれのふるさとを思い出し、しんとなってしまいました。
姫は歌いおわって、みんなが静かになってしまったのを見て、「ごめんなさい、こんな歌、ふさわしくありませんでしたね」とあやまりました。
「いや、いい歌だった」
「うん、いい歌だった」
「すっごくよかった」
「おれ、泣いちゃったよぉ」
「ありがとう、姫さん」
「どうもありがとう、姫さん」
そういって、みんなわあっと大きく拍手してくれました。
次は剣士の番です。「おれは、なんにも芸がないから」といって、剣士は断ったのですが、それではみんなが納得しません。
「それじゃあ、ナイフ投げをやる。だれかこのりんごを頭の上に乗せて、むこうに離れて立ってくれ」
そんなこといきなり言われても、もしナイフがはずれたら大怪我してしまいます。みんなおじけづいてしまいましたが、姫はにっこり笑ってりんごをひろって、みんなからずっと離れて立ち、りんごを頭の上にのせ、ぎゅっと目をつぶりました。
みんな姫にあたったらどうしようとどきどきして見ていましたが、剣士が目にもとまらぬ早わざでぴゅっとナイフを投げると、姫の頭の上のりんごはみごとにふたつにわれてふっとびました。
みんな、大喜びで手をたたき、剣士の腕と、姫の勇気をほめました。
姫たちはその夜はみんなと一緒に七色に織られた虹色の毛布に身をくるんで、砂漠の上に横になって眠りました。
満月が砂漠を遠くまで照らし、大きな砂丘を青白く光らせる夜でした。
それは、まるで波の高い荒れ狂った海が、一瞬、止まったようにも見えました。
次回「8.砂漠の地獄」




