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6.商人の娘


 商人の館は泥棒のいうとおり、市場のはずれにありました。大きな館でしたが、ここ数年手入れをしていないのか、なんだかさびれてみえました。

 姫がとびらの前のひもを引いてベルをならすと、入り口を開いてみなりの正しい紳士が顔を出しました。

 姫はていねいにおじぎをし、「ごめんくださいませ。わたしたちはカラアの石をさがして旅をしているものです。このお館のご主人におねがいがあり、まいりました。さしつかえなければ、ご主人にお目通りねがいたいのですが」と言いました。


 紳士は館の召し使いで、いままでにたくさんの商人をあいてに仕事をしてきました。なかにはずるがしこい商人をあしらうことも多く、人を見る目はたしかでしたので、礼儀正しく品のある姫が、悪い人ではないことがすぐにわかりました。

「どうぞ、中にはいっておまちください」

 召し使いは姫と剣士を中にまねきいれました。剣士はとびらをくぐるとき、剣をさやのまま抜いて召し使いにあずけて礼をしました。

 これは、騎士がえらい人に会うときの正式な作法で、若い剣士も見かけによらず、りっぱな人物であることがわかって召し使いは安心しました。


 館の中も、通された部屋も、かざりつけがはずされ、手入れじゅうぶんでなく、この館が昔ははなやかだったのに、今はそんなにお金持ちではないことがわかりました。

 姫は椅子に静かに腰掛けて主人を待ちました。剣士は姫の後ろにぴったり身を正して立っています。姫は横にすわるように言いましたが、剣士は「いや、このほうがいいんだ」といってにやりと笑いました。たしかにそうしていると、なんだか姫がとっても身分の高い人のように見えるから不思議です。しばらくすると、部屋のドアが小さく開いて、小さな子猫が顔を出しました。


「まあ、かわいい」


 姫がにっこり笑うと、子猫は姫のそばによってきました。姫が子猫を抱き上げようとすると、急に「その子にさわらんでくれ」と声がしました。

 見ると、ドアの入り口にふとった紳士が立っていました。この館の主人の、商人の親方です。

 主人は子猫を抱き上げて姫の前の椅子に座って言いました。

「いや、すまない。このごろはお客人もすっかりこなくなったので、娘がめずらしがってね」  

 猫が自分の娘というのもへんなはなしです。

 主人は姫の銀色の髪、白い肌、赤いひとみをめずらしそうにながめて、「カラアの石をさがしているんだってね、あなたは魔女か、魔法使いか」と聞きました。姫は、ていねいに答えました。

「わたしは魔女でも、魔法使いでもないただの普通の娘です。わけがあって、カラアの石をさがしているのですが、ご主人がお持ちだと聞きましたのでうかがいました。できるだけのお礼はさせていただきますからできればおゆずりしていただきたいのです。かってなお願いなのでもちろんおことわりいただいてもけっこうなのですが、これからの旅のためにも、一目だけでも見せていただきたいのです」


 主人は正直で、真剣な姫の申し出がたいへん気に入った様子でした。

「カラアの石は、たしかにある。しかし、それはわたしがまだ金持ちのときに娘の誕生日にあげたのでね、わたしのものじゃないんだ。館を見ればわかっただろうが、今わたしにはそんなにお金はない。しかし、カラアの石はこの娘が気に入って宝物にしているので、売らないでずっと持っていたいんだ」と言ってひざの上の猫をなでました。


「なぜ、その子猫がご主人のおじょうさまなのですか」と姫がたずねると、主人は話しにくそうに答えました。

「恥ずかしい話だが、わたしは昔、ずいぶんあくどい商売をつづけてきた。そのため、たくさんの人からうらみをかい、しかえしにたった一人の娘に呪いをかけられて猫にかえられてしまったのだ。呪いをとこうと思って、たくさんのお金を使っていろんな魔法使いにためしてもらったが、わたしがあくどい商売をやめないかぎり呪いはとけないといわれたよ」といって主人は顔をふせました。

「わたしは心をいれかえて、商売もすべてやめ、財産もほとんどなくしてしまった。しかし、街の誰も、わたしがあくどい商売をやめたことを信じてはくれなかった。もうこの国に、娘の呪いをとける魔法使いはいないのだ」 そういって主人は子猫を抱きしめて、涙を流しました。


「どうぞ、おじょうさまをわたしにおかしください」と姫は申し出ました。

「わたしは、ほんのすこしだけ、呪いをとく魔法がつかえます。わたしは、もうご主人がけっしてあくどい商売をしないと信じます。お力になれるかどうかわかりませんが、よろしければためさせていただけませんか」


「ほんとうかね」

 主人はびっくりして、子猫をそっとテーブルの上に置きました。

 子猫は大きな目をぱちぱちさせて、姫の顔を見上げました。

 姫はテーブルの前にひざまずいて、にこっと笑って子猫の頭をそっとなで、「じっとしててね」と声をかけると、目をつぶり、祈るようにあの呪いをとく呪文をとなえました。

 すると、子猫がぱあっと明るく光り、部屋が真っ白な光につつまれ、その光の中で子猫はみるみるうちに人間の形に姿を変えてゆきました。光が消えると、テーブルの上に、一人のかわいらしい小さな女の子が立っていました。


「やった、やった。呪いがとけたぞ!」


 主人は大喜びして涙を流しながら女の子を抱き上げました。 

 剣士も手をたたいて喜びました。姫も魔法がうまくいってほっとしています。

「カラアの石はさしあげます。おまえ、かまわないよね」

「はい、よろこんで」女の子がにっこり笑って答えました。


 女の子がもってきてくれたカラアの石は、見回すときらきら光って七色に色がかわる美しい宝石でした。「すごい、これがカラアの石か」と言って剣士がおどろきました。

 姫はそれを手にとってしばらく眺めていましたが、にっこり笑うとそれをテーブルに置き、女の子におしやってお礼を言いました。

「ありがとうございます。でも、残念ですがこれはわたしがさがしているものとはちがいます。お手間をとらせて申しわけありませんでした」

 そういって姫は立ち上がり、主人にむかっておじぎをしました。

 主人も女の子も、そして剣士も、びっくりして、そしてがっくりと肩を落としてしまいました。

「それでも、その宝石にはかなりの値打ちがあるはずです。お礼にぜひ、もっていってくれませんか」と主人が申し出てくれましたが、「おじょうさまの大切な宝物なのでしょう、これからも大事にしてね」といって姫は宝石を女の子の手ににぎらせて、席を立ちました。

 剣士は部屋を出るとき、「そうそう、それを泥棒がねらっていますよ。気をつけて」ということを忘れませんでした。


 二人は宿にもどるため、にぎやかな市場の通りを並んで歩いていました。

 苦労してさがしてきた石が別物とわかって剣士はがっくりです。

「姫さんは、どうしてあれがカラアの石じゃないってわかったんだい」

「ごめんなさい。あれはカラフルのダイヤという宝石なんです。名前が似ているので、みなさんが勘違いなさったのですね、きっと」

「なんで知ってたの?」

 姫はくすくす笑ってこたえました。

「わたしのお城にもありますから」

 剣士は、姫がどういう娘なのかよく知らなかったので、本当に東の国の姫だったことがわかって、あらためて驚いてしまいました。

「それにしても、とんだ骨折り損だったなぁ」

「いいえ、あの女の子の呪いがとけたんですもの。それでよかったとおもいます」 姫はにこにこと上機嫌です。

「しかし、喜んでばかりもいられないぞ。せっかくつかんだ手がかりもこれでなくなっちゃったわけだし…………」


 そのとき、姫たちの後ろで大声がしました。

「おーい、魔女さん、白の魔女さーん」

 振り向くと、ラクダに乗った男が市場の人をかき分けていちもくさんに走ってきます。どうやら白の魔女とは、姫のことのようです。

 男はきのうのラクダ商人でした。二頭のラクダをつがいにして引っ張っています。「はあはあはあ、さがしたよお」といってラクダからおりました。

「親方にいわれてラクダをつれてきた。さっきの魔法のお礼だそうだ。いつでも旅に出られるようにこぶがぱんぱんにふくれたとびっきりのいいやつだから、二頭とももっていってくれ」


 それは、姫たちがラクダをさがしてなんぎしているのをラクダ商人から聞いた、さっきの商人の親方の、おくりものでした。

 姫と剣士は喜んで、ラクダ商人によくお礼をいい、二頭のラクダをうけとりました。




次回「7.月の砂漠」

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