5.西の都
船が出港した港町の、何倍も大きな港が、西の都の入り口です。船が大きな湾に入ると、たくさんの船員がマストにのぼっててぎわよく、どんどん帆をたたんでゆきます。そのたびに船はすこしずつスピードをおとして、ゆっくりゆっくり、たくさんの大きな船をよけながら、港に近づいていきました。
船からロープが投げられ、ふとうのたくさんの作業員がそれをひっぱって岸につけるとがらがらといかりがおろされ、やっと船は西の都につきました。
姫がはしけから港におりて、船員のみんなに頭を下げると、みんな荷物をはこびだす手を止めて、姫に手をふってくれました。船長にお礼をいうと、船長は「幸運の白い龍の姫さまのおかげで無事に航海を終えることができました。このつぎ帰るときも、ぜひ、おれたちの船に乗ってください」と申し出てくれました。
姫は自分は普通の娘で、なんの力もないことを正直に言いましたが、なんといってもホワイトドラゴンに乗ってやってきたのは本当ですし、髪の色もひとみの色もドラゴンとおなじ姫ですから、ぜんぜん信じてくれません。
剣士は姫に、「きっとドラゴンに幸運をわけてもらったんだ。だからそういうことにしておいてあげよう」といって笑いました。
港の反対側は、大きな市場になっていました。船からおろされた商品が、この市場で売り買いされ、西の大陸に運ばれたり、また船に乗って別の国に運ばれたりするのです。市場にはたくさんの店がならび、いろんな国のいろんな人があちこちで、値段の交渉をしていました。
どの店にも、一度も聞いたことのないめずらしいものや、不思議なもの、いいにおいの果物やかわった食べ物、絹や羊毛や木綿のきれいな織物やじゅうたんでいっぱいです。
「これだけの店があれば、どこかでカラアの石が売っているかもしれないな」
姫と剣士は、市場の店をたずねあるいて、石をさがしてみることにしました。
でも、どこの宝石店をまわっても、カラアの石のことはどの商人も知りませんでした。
「うちがあつかうのは宝石だけ。魔法の石なら、うちじゃなくて、道具屋か、魔法屋じゃないの」と店員が言いました。
でも、市場はあまりにも広すぎて、一日ではとてもまわりきれません。
姫たちは宿屋をとって、つぎの日は道具屋、そのつぎの日は魔法屋をまわりましたが、カラアの石の手がかりはなにもありませんでした。
「こりゃあ、あきらめて次の街にいったほうがよさそうだ」
西の都のむこうには、広い草原と、砂漠がひろがっています。
草原なら馬でもいいのですが、砂漠となるとラクダが必要です。
商人たちはラクダで旅をし、西の大陸に貿易品を運びます。そのため、この町の家畜はラクダだけで、もちろんラクダ市場もありました。
姫と剣士はラクダ市場にやってきましたが、「ラクダを売るのは商人だけさ。あんたたちには売れないねぇ」と相手にしてくれません。
ここでは商人どうしの約束ごとがいろいろあって、ラクダは自由に売り買いできないようになっていました。とはいっても、ラクダなしで砂漠を歩いて渡ることは姫が一緒では剣士にもとても無理です。
姫はとほうにくれてしまい、その日はそのまま宿屋にもどりました。
日が暮れて、夜になると、急に剣士がしたくをして、「ちょっといってくる」と宿屋を出ようとしました。こんな大きな街を夜中に出歩くなんて危ないと、姫は止めようとしましたが、剣士は「心配いらない、ちょっと酒場で、話を聞いてくるだけさ」といって出ていってしまいました。
国を旅立ってから、姫は初めて一人ぼっちになってしまいました。いままでは、夜もかならず剣士がそばにいて、姫は安心して眠ることができました。でも、いまは誰もたよる人がそばにいません。もし、剣士になにかあったらどうしよう、旅にいやけがさして、このまま剣士がもどってこなかったらどうしよう。
そう思うと不安で眠れず、姫は夜おそくまでずっと寝ないで剣士の帰りをまっていましたが、その夜はとうとう剣士はもどりませんでした。
窓から外をみても、街の灯はすでに消され、月のでない、真っ暗な夜でした。
姫が旅の疲れもあって、いつのまにかうとうとしていると、急にドアが開いて剣士がもどってきました。「腹がへったよ。朝飯の時間はまだかな」
気がつくと、もう朝になっていました。
「どこにいってきたんですか?」と姫が聞くと、剣士は姫の顔を見て、「顔を洗ったほうがいいんじゃない」と言いました。
お風呂場にいって鏡を見ると、寝不足で目が真っ赤です。よく見るとほほに涙のあともありました。姫はきゅうに恥ずかしくなって、ごしごし顔をふきました。
宿屋の下の食堂で一緒に朝食をとりながら、剣士はきのうの夜のことを話してくれ、姫はそれを聞いてびっくりしてしまいました。
「夜中に街を歩きまわって、仕事中の泥棒を見つけて三人ほどとっつかまえた」
剣士は徹夜の疲れも見せず、淡々と食事を取りながら続けました。
「こんな街で、きのうみたいに月の出ない夜にはたいてい泥棒が出るもんさ。そのまま役所に突き出せば、みんなしばり首になってしまうところだが、命を助けてやるかわりに、カラアの石のことを聞いてみた。そのうちの一人が知っていたよ」
姫は食事の手を止めて、思わず身を乗りだしてしまいました。
「市場の先の、大きな館に住んでいる商人の親方が、持ってるらしい」
剣士は笑いながら言いました。「こういうことはどんなやつよりも、泥棒の連中が、一番くわしいんだ」
次回「6.商人の娘」




