2.西の森
日が落ちた森は夕日さえさえぎり、たちまち真っ暗になってしまいました。
剣士は姫をのせた馬をひいて、暗い森の中をまるで昼間のようにずんずん歩いていきます。姫は疲れはててうとうとしているうち、ふと、馬がとまったので顔を上げると、剣士が暗がりの中、ぴかりと光る剣をぬいて馬の前に立っています。
がさがさと草が動いて、突然なにかが剣士に向かってとびかかりました。
剣士はすこしだけ身をかわすときらりと剣を光らせました。
にぶい音がしてどさりと馬のすぐかたわらになにかが落ちます。
もう一つ、もう一つ。そしてもう一つ。
なにかいる! 姫は馬の上にしがみついて、恐怖にがたがたふるえました。
やみ夜にぴかりと光の玉がふたつ浮かび上がります。
そのふたつがひときわ高くとびあがって、こんどは馬のほうにとびかかった瞬間、また剣がきらりと光ってその黒いかたまりはふっとび、ごろごろと谷をころがり落ちていきました。
剣士はしばらくだまってまわりの暗闇を見まわしていましたが、剣をふいてさやにしまい、また馬のくつわを引いて歩きはじめました。
姫はおびえた声で剣士にたずねました。
「いまのはなんですか」
「ねずみ」
剣士はそれだけこたえると、振り向きもせずどんどんあるいてゆきます。
この森には人食いオオカミが出るから、けっして入ってはならないと姫は聞いたことがありました。ほんとうは、いまのはオオカミだったんじゃないか。
姫はそう思い、体のふるえがとまりませんでしたが、いつしか深いねむりに落ちてしまいました。
姫が目をさますと、もう朝になっていました。
姫はいつのまにか大きな木の根元に毛布にくるまれて寝ていたことに気づきました。目の前のすこし離れたところに川が流れていて、剣士は馬に水を飲ませているところです。 姫が目を覚ましたかすかな気配に気づいて、剣士がちらっと姫を見ました。
「ここはどこですか」と聞いてみると、「西の森の真ん中ぐらいかな」といいます。
もうそんなに、と姫はびっくりしてしまいました。きっと一晩中、剣士は馬を引いて歩いていたに違いありません。
「剣士さまもお休みになってください。みはりはわたしがやりますから」
「いや、もう十分休んだよ。おれのことは心配いらない」
姫は国の地図を思い出しました。「この川をさかのぼれば村があります」
「城から追手がかかっている。そこにももう手がまわっていると見たほうがいいな」と剣士がこたえました。姫は自分が逃げてきたことで、剣士にも、城の兵士のみんなにも、たくさん迷惑がかかっていることを知り、いまさらのように胸がいたくなりました。
「もうしわけありません。わたしのせいで」
「おれは姫さまにやとわれた。仕事だから気にしなくてもいい」
「きのうの夜は守っていただいて、ありがとうございました」
剣士はなにも返事をしませんでした。姫も、だまったまま食事を取りました。
その日はまた、馬にのせられ、いつはてることのないような森をえんえんと歩き続けることになりました。城の人たちに先回りされるおそれがあるので、国を出るまでは、ゆっくり休むことはできません。
馬を引いて歩きながら、剣士が姫に話しかけました。
「カラアの石ってなんだ」
姫は答えようかどうしようか、迷いました。
命がけで自分の身を守ってくれている剣士に、ただ、肌の色を変えるだけの石を取りに行くなんていうと、怒ってしまうかもしれません。
でも、どんなときも嘘をつかず、本当のことを隠さないことのほうが、ずっと大事な事だと姫は思ったのです。
「名のある占い師に、カラアの魔法石をつかえば肌の色を自由に変えられると聞きました。わたしはこの白い体を、普通の色にしたいのです」
「どうしてだ」
剣士は、怒りもせず、驚きもせず、馬をすすめながら続きを聞きました。
「わたしはこの肌の色のせいで、お城のみんなからも気味悪がられ、魔女のうまれかわりだとうわさされ、友達もできず、いつも一人ぼっちでした。父上や母上にも手をつくしていただいて、いろんなお医者さまや魔法使いにもみていただきましたが、どうにもならず、たくさん心配をかけてきました」
「そうか」
剣士はそれだけ言って、ふりかえりもせず、そのまま馬をすすめてゆきました。
剣士がむこうをむいたままなので、姫には剣士がどう思ったのかはわかりませんでした。でも馬を引く剣士の足取りはなにも変わらず力強く、姫はきっとこの人はわたしの味方をしてくれていると信じることができました。
「さあ、森をぬけたぞ。馬はここまでだ」
姫の目の前に、木も生えない岩だらけの、けわしい山がそびえたっていました。
次回「3.黒ドラゴン」




