10.黒い肌の村人
途中のオアシスにはいくつか街ができていることもありましたが、そんな人間の街にユニコーンが入っていくと、大騒ぎになってしまいます。そこで、頭に荷物を乗せて角を隠して街に入ることにしたのですが、ラクダばかりの街に見上げるような大きな馬が黒いフードをすっぽりかぶった姫を乗せてのしのし歩くのですから目立ってしょうがありません。それに、市場にうまそうな食べ物が売っていると、「それが食いたい」と、突然ユニコーンがしゃべり出したりするからたいへんです。
まわりの人たちが馬がしゃべったのかとびっくりしてしまうので、姫はあわてて「それ、それ、それが食べたいの」と大声でごまかさなければならず、剣士がしぶしぶ買うといったぐあいです。それが果物や野菜のうちはまだよかったのですが、干し草のかたまりを食べたいと言ったときは、さすがにへんな顔をされてしまい、姫も剣士もたいへん恥ずかしい思いをしてしまいました。
そんなにまでして街をまわるのは、もちろん黒い肌の人たちの村の場所を聞くためです。ここまでくるとさすがに知っている人がいて、地図屋で地図を買うとき、主人にくわしく話を聞くことができました。
そうしてあちこちの街で騒ぎををおこしながらも、姫たちはユニコーンの助けもあって、とうとう砂漠を渡りきることができました。
砂の大地が終わると、今度は乾燥した草の大地が広がっています。
川が流れているところには、体が白と黒の縞模様になっている馬の群れが水を飲んでおり、「おかしな馬がいるものだな」と、ユニコーンを驚かせました。
そうして地図の通りに歩いているうちに、草むらに人影が動くのを見つけました。 姫たちが背中から声をかけると、その人は飛び上がってびっくりしました。
どうやら狩りのため獲物を待ちぶせしていたところらしく、頭にいっぱい草を縛って草むらに隠れていたのです。
姫たちは、その人の顔が真っ黒だったのでびっくりしてしまいましたが、その人も角の生えた大きな馬と、真っ白な姫の顔を見てひとこと、「ぎゃー!」と叫んだあと、ものすごい勢いであっというまに逃げていってしまいました。
姫は驚かれたことはあっても、悲鳴をあげて逃げられたのはさすがにこれが初めてで、がっくりしてしまいました。
ユニコーンはそんなことはしょっちゅうらしく、べつだん驚いた様子も見せず、「あいつの逃げた方向に村があるんだろう。行ってみよう」といい、そのままのしのし足を進めました。
そうすると、開けた草原に煙が立ち上る小さな村が見えてきましたが、様子が変です。そこには、たくさんの村人が手に手に槍をもって、並んでいました。そして、姫たちが村に近づくと、みんなが槍をかまえてぎらっとにらみつけてきました。
「どうも、あんまり仲良くしてくれそうにないな」と剣士が言って前に出ると、ユニコーンは姫を乗せたまま、「めんどうくさい。まかせたぞ」と言いました。さすがに姫はこれでは怪我や死ぬ人がでてしまうかもしれないと思い、「逃げましょう、人間相手に戦ってはいけません」と頼みました。
そのとたん、ひゅんひゅんといっせいに槍が飛んできて、逃げるわけにはいかなくなってしまいました。
剣士は剣を抜いて振り回して飛んできた槍をかたっぱしから叩き落とし、ユニコーンも姫にむかって飛んできた槍を角でぽんぽん払いのけます。
そのうち、村人たちは投げる槍がなくなってしまいました。
剣士は剣をさやにしまい、腕を組んで村人を見回しました。ユニコーンも、なにごともなかったかのように立っています。
村人たちは、姫たちがとんでもなく強くて、自分たちがたばになってかかっていってもとても勝てそうにないことがわかりました。
村人たちは、黒い顔を見合わせていましたが、いっせいに怒鳴りはじめました。
「白い魔女、かえれ!」
「白い魔女、でてゆけ!」
「村に入るな!」
「呪いの魔女め!」
「これ以上、村に呪いをかけるな!」
「二度とくるな! 白い魔女!」
その声を聞いた姫が、ユニコーンを降りて剣士の前に進み出ましたので、村人は「うおー!」と声を上げていっせいに逃げ出しそうになりました。
ユニコーンは、「おいおい、危ないぜ」とびっくりしましたが、剣士は、「まあ、ここは姫さんにまかせようぜ」といってユニコーンに片目をつぶってみせました。
姫は、「村のみなさま。お騒がせして、申しわけありません」と話しかけ、草むらにひざまずいて村人に深々とおじぎをしました。
「わたしは東の国からきた旅のものです。さきほど失礼をいたしましたこのものたちはわたしのともをお願いしているもので、あなたたちと戦うつもりはありません」
村人たちは、びっくりして、また顔を見合わせました。
「わたしたちは、わけあってみなさまの村を通りがかっただけでございます。無礼は深くおわび申し上げます。どうか、この村を通ることをおゆるしください。おねがいします」
そういって、また頭を下げ、それから振り向いて「剣士さまも、ユニコーンさんも、一緒にあやまってください。おねがいします」と言いました。
ユニコーンは「なんでおれが人間なんかに」とぶつぶつ言いましたが、剣士は「いいから姫さんの言うとおりにしようぜ」と笑って自分もかたひざついて頭を下げました。
ユニコーンもしぶしぶ頭を下げると、村人の中からひときわ立派な羽飾りをつけた男がおそるおそる前にすすみでて、姫の顔をのぞきこんで言いました。
「ほんとうに、魔女じゃないのか?」
「はい」
姫は、にっこり笑って答えました。
男は、この南の村の酋長でした。
酋長は姫たちを村の中に案内し、そのあとを、村人たちがぞろぞろとおそるおそるついてゆきました。
酋長は、「実は、わしの息子が数日前から白い呪いにかかって、死にそうになっているのだ。わしらは北の村と仲が悪く、これは北の村の酋長が、悪魔か魔女かをやとって呪いをかけたにちがいないと思うのだ」
酋長はそういって、姫たちを小屋に入れました。中では、体じゅう白いぶつぶつができて虫の息の少年が寝かされていました。
「聞けば、北の村の酋長の娘も、おなじ呪いにかかって死にそうになっているらしい。もちろんわしらは呪いなんかかけたりしないが、やつら、わしらのしわざだと思いこんでこの村を攻めるつもりだ。だから、わしらは気をつけて村のまわりを見張っていたのだ」
姫は苦しそうな少年を見て、呪いをとく魔法をためしてみようかと思いましたが、そのときユニコーンがそばによって、「無駄だ、こいつは病気だぜ」と言いました。
「馬が、馬がしゃべったぁ――!!」
みんな目をひっくりかえして驚いて、その場にいた全員が、あっというまに小屋を飛び出して逃げていってしまいました。あの酋長もです。
剣士は、「ああ、せっかくここまでうまくいっていたのに」と頭をかかえましたが、姫はそのことにはかまわず、ユニコーンに話しかけました。
「お願いします、この子を、なおしてあげられますか」
「ふん、なんでおれが人間のがきなんか」と、ユニコーンはいいかけましたが、姫が目に涙をいっぱいためて、すごい恐い顔でにらんでいるので、「と、いいたいところだが、なんとかしてやらんこともないぜ」と言い直しました。
剣士は、「なおすのはいいが、北の村の娘さんもなおしてあげないと、ほんとにいくさになっちまうぜ」と言いました。
「そうだ、こっちだけ先になおしてやるわけにはいかん」とユニコーンが答えました。
「どうしたらよいのでしょう」と姫が困った顔をすると、ユニコーンは「おれに考えがある。おれの言う通りにしてもらうぜ」といってにやりと笑い、「そのがきをつれてこっちにこい」と、小屋の外に出ました。
小屋のまわりには村人が遠巻きに取り囲んでで、おそるおそる様子をうかがっていましたが、ユニコーンが出てくるとみんなわあっと声を上げて逃げ出しそうになりました。姫があとにつづき、剣士が少年を抱き上げて出てきました。
ユニコーンはみんなにむかって大声を上げて言いました。
「おれたちはこれからこの子どもをなおすために北の村に行く。おまえたちついてこい」
そうして北にむかって歩きはじめました。
村人は、酋長の息子が心配でしたが、剣士やユニコーンが強いことをよく知っていましたので、手も足も出せずにおそるおそるそのあとをついてきました。
途中、酋長がいきなり子どもを抱いた剣士につかみかかろうとしましたが、気配を感じとった剣士と、人の心を読むユニコーンがいきなりふりかえってにらんだので、酋長は縮み上がってしまいました。
ほどなく北の村につくと、北の村では南の村人と、白い魔女のような女と、角の生えた大きな馬が突然現れたので、みんな村に攻めてきたのかと思い、姫たちにひゅんひゅん槍を投げだしました。
しかし、さっきのように剣士とユニコーンが全部それを叩き落としてしまいました。北の村人も槍を全部投げ終わってしまうと、もうなんにもできません。くやしそうに北の酋長が、南の酋長にむかってどなりました。
「きさま、魔女をつれてきてどうするつもりだ。おれの娘に呪いをかけたな」
「なにを、きさまこそ、おれの息子に呪いをかけただろう」南の酋長がどなりかえすと、ユニコーンは「やめろっ、おまえたち」といっていななき、姫をむいて言いました。
「呪いをかけたのは神様だ。神様はおまえたちが仲良くしないから、罰をあたえておまえたちの子どもに呪いをかけたのだ。このかたは神様に言われてやってきた白の巫女様だ。おまえたちがこれから仲良くしていくさをやめるなら、子どもの命は助けてやろう。さあ、南の酋長の娘をつれてこい」
これには南の酋長も、北の酋長も、なにより姫が一番驚いてしまいました。剣士は顔をふせ、肩をふるわせて笑いだしそうになるのをがまんしています。
南の酋長が、北の酋長の息子と同じに体中に白いぶつぶつができている娘を抱きかかえてきて、北の少年の隣に寝かせました。
ユニコーンは、姫にそっとささやきました。
「さあ、おれに命令してくれ。できるだけ、えらそうにな」
姫はとまどって、剣士の顔を見ました。剣士は片目ををつぶって、(やっちまえ)と合図しました。気がつくと、北の村人も、南の村人も、みんなくいいるように姫の方を見ています。
姫はユニコーンに言う前に、村人に問いかけました。
「みなさん、もうあらそいごとはしませんか」
南の酋長も、北の酋長も、おたがい相手の顔をにらみあっていましたが、息もだえだえの子供たちを見ればなんにもいえません。
「はい、ちかいます」
「これからはおたがい仲良くしますか」
「おっしゃる通りにいたします」
姫はそれを聞いて、恥ずかしいのをがまんして思いきって言いました。
「さあ、この子どもの呪いを、といておあげなさい」
ユニコーンは姫にむかってふかぶかと頭を下げると、まず南の酋長の息子、つぎに北の酋長の娘を角でかわるがわるつつきました。
そうすると、二人の子どもがむっくりとおきあがって、きょとんとまわりを見回しました。
「なおったぞ!」
「呪いがとけた!」
「酋長の子どもが、たすかったぞ!」
村人たちはいっせいに叫んで大喜びし、姫たちをとりかこんで踊りだしました。剣士はとうとうがまんできなくなって、腹をかかえて大笑いしていましたが、騒ぎにまぎれて誰もそのことには気づきません。
ただ、姫だけが顔を真っ赤にして、剣士のことをにらんでいました。
騒ぎがおさまると、北の村の酋長が白の巫女様をまねいて歓迎のお祝いをしたいと言い出しました。すかさず南の酋長も、こちらのほうがすごいご馳走を用意して歓迎しますと言ったので、二人の酋長はまたつかみあいのけんかになりそうになりましたが、剣士が「お、巫女様の前でまたけんかか」というと二人はばっと離れて頭をかきました。
「わたしたちはこのあたりにあるという、カラアの石の沈んでいる湖をさがしています。どなたかご承知ありませんか」と姫が聞くと、南の酋長が喜んで、「それならわしだ」と手を上げました。
「南の村の、さらに南に、カラアの石が沈んでいる湖がある。ぜひわしらの村にきていただきます。おまえ、案内してあげなさい」
南の酋長が、元気になった息子に声をかけました。
それを見て北の酋長は、じだんだふんでくやしがりました。
次回「11.カラアの石」




