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誘拐 玉砕



 16:55


『そのあたりだと思う。細かい場所は解らないから、虱潰しに探すしかない』

「解った。お前もさっさと来い」

『当然。恐らく一番先に馬鹿四人が着くから好きに使うと良いさ』


 夏紀がたどり着いたのは北高校。このあたりでは悪名高い底辺高校である。名前さえ書けば入学も卒業も可能とされる高校で、授業などまともに執り行われていない。朝礼に出席だけすれば単位が取れるという治外法権でもある。


 この時間の学校敷地内に生徒など皆無で職員室に教師が数人いる程度である。一部の建物以外は。


「臭ぇな」


 夏紀は迷わず敷地の外れ、木々に隠されているかのような建物に向かった。小さめの倉庫である。


 なんでそんなものが落ちているのか、と夏紀は思わないでもなかったが、花壇だったであろう砂地に放置され錆びたバールを片手に馴染ませる。


 建物外壁下部に空けられた空気取りようの小窓から中を覗く。



 ビンゴ



 肉のタタキの調理中と言わんばかりに全身を何度も角材やバットで殴打されている須藤香奈らしき物体を見て、驚愕する夏紀。


 その奥に縛られた詩季を見て荒ぶる心を深呼吸で抑えた。外傷はひとまず見えないし、涙を流しているが意識は有るようだ。



 肉の盾、仕事してやがったか

 詩季も、ひとまず無事か……良かった……


 夏紀はすぐに飛び込む愚を犯さない。体躯は火のように熱く、心は氷のように冷たく、イメージして何とか堪える。何よりも詩季が大事である。


 最愛の弟のためならば他人がどうなろうと目を瞑るだけの、非難されても耐えられるだけの精神を夏紀は有している。


『北高校端っこの倉庫。詩季は無事。四人、見るからにヤクザ』


 スマホはマナーモードになっているのを確認し、秋子にメールを送る。


『警察来るまで待てる? 十分十五分かと』

『須藤香奈が死んでも良いならまだ余裕あるかも』

『見捨てて。もうすぐ絵馬らが到着する。連れさられないようにだけ注意』


 夏紀は拳を握る。強く強く。バールを握る。堅く堅く。夏紀の感情が体温に変換されていればそのバールは真っ赤に熱蓄えたであろうほどに、強く強く。


 大事なのは、守らなければならないのは須藤香奈の命ではない。


 暦詩季。


 最愛の弟の身の安全こそが最優先。


 ヤクザ四人相手という恐怖よりも、詩季を救えないという未来にこそ恐怖を感じる。




 ぅ…………ぁ……ぅ……




 声にならない声、もはや単なる呼吸音を漏らす、血塗れの須藤香奈。


「全身バッキバキじゃね? あはは」

「そろそろトドメ刺すか」

「良い運動になったな」



 なんて奴だ



 夏紀は息を飲む。


「ぅ……ひゅ……ぁ」


 須藤香奈は、腫れ上がりどす黒く変色し血塗れの顔面になっても。

 仮に治療しても元の身体に戻れないであろうほどの暴行を加えられても。


 それでもその双眸は詩季に向けられていた。


 悲しそうに

 悔しそうに

 申し訳なさそうに


「スイカ割り、やっか?」


 四人のヤクザの悪童どころではない残虐な会話。


「目隠しすんの?」


 泣きながらも、視線を逸らせない弟の姿に。


「血の花火ってか? イケてんじゃね?」


 詩季を案ずるかのような視線をひたすら向ける須藤香奈。

 身体は死にかけてなお、心は死んでいない須藤香奈。


「イイネ! 片づけは大変になっけど、景気よくいこうや!」




 夏紀という人間は耐えられなかった。妹のように割り切れなかった。


 『烈火』と呼ばれる母親の感情面を最も色濃く引き継いだ次女である。

 そして、瞬時の判断力と瞬発力では家族の誰にも負けない。


「え」


 そんな彼女に、死にかけながらも最愛の弟を心配する気高き同志をなぜ見捨てられよう。


「ちょ」


 そして、目の前で死なれたらきっと弟の心も救われない。


 想いが暴発する。

 二人を助けねば。


「ぐっ!? ぅあッ」


 夏紀という名の獣は単身現場に飛び込み、バールで一人の顔面を捉える。


「わっぐぅ!」


 返すバールを二人目の右肩に振り下ろし肩骨を砕く。


 さらに三人目を狙う。


「びびらせんなや!」


 遅かった。


 腐ってもヤクザ。いや、ヤクザだからこそ。鉄火場慣れしているヤクザ四人を相手に一人では分が悪かった。





 乾いた音が倉庫に響いた。





 全てが突然で、非日常で、現実味がなかった。


「正義は勝つってな。どっから嗅ぎ付けたんだ、こいつ」

「いてぇ! いてぇよ!」

「うっせぇな。そん位大丈夫だろ」

「逃げねぇと。こいつらどうする?」

「全員積むしかねぇな。急げ!」

「痛ぇよぉ……くそぅ……このクソアマァ」

「もう死んでんだろ」


 価値の解る者にしか価値はない。ヤクザらにとっての見知らぬ同性の命は集ってくる蚊と変わらなかった。








 16:24


「おかしい」


『五時までに帰る(*^_^*)』


 と詩季に送信した冬美。いつもなら


『了解! 気を付けてね! (^^)/~~~』


 と兄の返信が数秒から数分で返ってくるのにこの日はその返信が無いまま一時間が経とうととしている。


「夏姉や秋姉とも繋がらない」


 嫌な予感、己の直感を本能的に信じる冬美は、即座に夏紀や秋子に連絡したが繋がらない。

 共に遊ぶ予定だった友人たちに断りを入れ、当てが無いためひとまずはランドセルを背負ったまま兄がよく赴く商店街に向かった。


「電源が入っていない? 電波が繋がらない? どっち」


 これまで一度たりとも無かった事態に焦りを覚えつつ、商店街入り口のゲートを潜ると見知った顔を見つけた。


「智恵子さん、どしたの」

「え、あ」


 智恵子、針生、肉山、そして絵馬が自転車に乗りどこかへ向かおうとしていた。その前に立ちはだかり無理矢理止まらせる。


「ご、ごめん、今急いでるからちょっとどいて」

「王子様探し?」

「え、知ってるの!?」

「馬鹿!」


 冬美のかま掛けに見事に引っかかった智恵子に絵馬が即座に叫ぶが既に遅し。冬美はその言葉に一瞬血の気が引くも、すぐに荷台の有る針生の後ろに無理矢理乗る。


「連れてって。じゃなきゃぶっ殺す」


 有無を言わさぬ口調で針生の首を後ろから抱くように締めた。


「お、おいおい、ちょっと妹ちゃん待ちなって!」

「肉っち、ダメ!」

「え!?」


 王子の妹の強引な行動に肉山が針生から引きはがそうとするも即座に智恵子に制止される。冬美から漏れている本気の殺気に智恵子は思わず自転車を投げ捨て臨戦態勢を取る。それほどに冬美は危険な雰囲気を醸していた。


「冬美、お前、何やってんのか解ってんのか!? そんなことして良いと思ってんのか! 王子の妹だからって調子に乗ってんじゃねぇぞ!」

「連れてって」


 智恵子の怒声が飛ぶも冬美は変わらず針生の首を、いつでも力を加えられるようにその腕に納める。その只ならぬ空気に武道など経験の無い針生は凍り付くしかない。


 兄を守るため、守れるくらいに強くなるために習い始めた柔道。むしろ目的に沿った使い方だと冬美は全く罪悪感を覚えない。


「冬美ちゃん、今はそれどころじゃないんだってば、邪魔しないで!」

「邪魔しない、連れてって」


 お願いではなく脅迫の体と、事態の不透明さに焦りを覚えている絵馬と智恵子は一瞬堪忍袋の緒が切れそうになるも針生の言葉に冷静さを若干取り戻す。


「つ、連れていこうよ? ここでうだうだやってても仕方ないしさ? 頼むから乱暴やめて。ね?」

「今は王子が最優先!」


 針生と肉山の言葉に智恵子と絵馬の意志がやっと収束する。


「解った、王子のためなんだから、邪魔だけはすんなよ! あとな、後でどうなるか覚えとけ!」

「解った」


 選択に対する結果の責任を取らなければならないこと位、理解出来るほどには冬美は大人と言えた。


 はじめからそうしろ、と冬美はキレそうになりながらも荷台に身を預けた。


 そして彼女たちが現場に到着した時、非日常な音が微かに、だが確かに彼女達の耳に届いた。


 銃声である。


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