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誘拐 抵抗



16:52


 連れ去られて一時間弱。


 詩季は旅行用に使うトランクケースから出された。急に目に刺さる光に目を細める。携帯など所持品は全て奪われ、口は塞がれ、手足も縛られている。


 大人しくしていれば暴力は振るわれない、その内帰れる、そう信じて内心の震えを抑え大人しくしていた。刺激して取り返しのつかない事態だけは避けなければならない、と。


「ようこそ、天国へ」

「まぁお坊ちゃんにとっては地獄だけど」

「それな。ふふ」


 床に転がされたまま、周囲を見渡す。幸か不幸か、トランクに入れられていた時にぶつけた箇所以外に痛みはない。



 こ……こ……は



 当然のごとく見覚えは無いが近しい場所は知っていた。



 ……学校……倉庫?



 埃臭い置かれていたのは体操用マットや空気がすっかり抜けているバスケットボールやバレーボール、壊れた跳び箱など。明らかに学用品が埃を被っていた。


 そして一際目を引くのは大型犬用の檻。


「ゴミ置き場だよ」


 詩季の疑問を正確に読み取り教える女。

 情報が増えない正解の告知では現在地など当然解らない。


「泣いても叫んでも外からは聞こえないから好きにしていいぞ」

「あー、だけどあんま五月蠅いと殴りたくなっからこのままで良いだろ」

「あえぎ声だったら構わないけどな」


 詩季の目の前には女が四人居た。どれもこれもニタニタと性質の悪い笑みを、そのとても美形とは程遠い顔に乗せて詩季を舐めるように見つめている。


 女らは全員、この国でも二番手の広域暴力団の構成員であった。

 だが組長の杯を受けるほど偉くもない、出入りし小間使いをさせられつつどこにでも居るような柄の悪いチンピラである。表向きは。


 裏ではヤクザでも一歩引くような、男子暴行・強制売春斡旋・恐喝・強姦・致傷・殺人・遺体損壊・遺棄まで行っている凶悪犯罪者の四人組であった。

 四人の付き合いは十年弱と長く、連帯感も強い。

 さらには徐々に被害者を除けば仲間内だけでエスカレートしていき罪悪感も全く無い凶人達であった。


 普段からその本性の一端も見えそうなものであるが、女らは自分達の巣以外では以外と大人しくしていたため、周囲のほかの人間からは目立たない存在でもあった。一部の組織の人間からは違和感を覚えられては居たが特に言及されずに今日まできたのはある意味悪運の強さとも言える。


 柳幽斉以外にも利用された男は居たが、異常な精神と、薬物がたまたま他の男よりも効き難い体質だったためまだ生きていた。


 が、他の男達は強精剤や麻薬の過剰投与による心臓発作などで早々に散っていった。


 その亡骸は近くの貯水用沼地のほとりに埋められ、警察では生死不明のまま行方不明者に数えられている。



 ぅ



 女に性的な視線を向けられることにはいい加減なれていた詩季。だが、その詩季をもってしても、その視線は気持ちが悪く、恐ろしいものであった。


 詩季は多少、容姿に優れない相手であっても、年下だろうと年上だろうとも、自分に向けられた性的な視線に対して嫌悪感を抱くことはなかった。


 男女の感覚がほぼ逆転していると考えればむしろ微笑ましいと思ってしまう場面と、「まぁ気持ち解らないでもないんだけどね」とせいぜい苦笑する程度であった。


 ただ、目の前の女たちは男として、というよりも、もっと原始的で不潔な性欲をその視線に乗せてぶつけてくるのに対し、詩季は生まれて初めて女に対して嫌悪感と吐き気がこみ上げてきた。


 自分を人間だと見ていない。むさぼるだけの食料。性欲を満たすだけの道具。


 そう表層意識ではなく本能で意識すれば、ことが起こる前に逃げ出したくなる。


 ましてや柳幽斉が跳び箱の一つに座り、天井の隅を見つめながら呆けているその姿。明らかに常軌を逸していた。その原因は彼本来の精神状態からなのか、それとも……


「まぁでも秘密兵器も有るじゃん。な? ゴミ部屋でも一瞬で天国にビフォーアフターだ」

「なんということでしょう」

「ぶひゃっひゃ!」


 女の一人が詩季に針のついた注射器をちらつかせた。


「高ぇ奴だから、すぐに気持ちよくなる」

「そういや、お前、こんなん毎回持ち出して大丈夫なんか?」

「微調整してっから大丈夫。(あねご)にゃバレねぇよ。お前らも黙ってろよ?」

「言う訳ねぇだろ。一緒に殺されちまうわ」

「あれ? 勃起剤はどこだっけ?」


 詩季の硬直を無視したまま、準備が始められる。


「ひやあああ! ちょうだぁ! そぉおおおれぇええええれぇえええ!」

「うわっ! 危ねぇな! ちょっと待ってろボケ!」

「ひぐっうぅっちょぅらぁ」


 注射器が目に入った柳幽斉は女に飛びかかるも足蹴にされ、手足をほかの女らに雑に縛られていく。


「もうこいつダメだろ」

「意外と早かったなぁ」

「いや結構もった方じゃね? 最近は客も引いてたから潮時だろ。切っちまおうぜ」

「後で埋めなきゃなぁ」

「ペットはちゃんと埋めるとこまでが飼い主の責任だろ。あたしは前回やったから今回はパス」

「チッ何年も使っておいて酷ぇ奴だ。愛がねぇよ愛が」

「オマエモナー」


 自然な様子で繰り広げられる会話に詩季は鼓動が速まる。自分の末路が目の前に転がっているとは信じたくないがそうとしか思えない。


「よし。じゃ、動くなよ? 針折れたら大変だからよ」

「ッ」


 女は転がされたままの詩季の目の前で、注射器を掲げながら先端の空気を抜くために数ミリ空打ちする。


 詩季は乾いた喉仏が引っかかり、せり上がったまま恐怖で固まる。


「心配すんなって。猿みたいにところ構わず自分でシコり出しちまうくらい気持ちいいから」


 その一言は禄でもない薬物が投与されようとしているという宣言でしかなかった。



 や、や、やや



 当然のごとく、目の前の廃人のようになりたい訳がない。

 殺されるのもごめんだが、脳を、身体を、人格を破壊されるなど彼にとっては二度目の死を迎えるのと同義であり、恐怖でしかない。



 ゃ、やめて、そ、それ、かんべんして、ください、なんでもします、おねがい、おねがいしますごめんなさい、たすけてやめてっ



 詩季は必死にあらがうも拘束から逃れることが出来ない。


「ダメダメ。嫌がってもダメだってば。もうこんなんなっちゃってるけど幽君の遺言だからな。滅茶苦茶にしてやんよ」

「お願いって、楽しいからなだけじゃん」

「あはは、それな!」

「つうかまだ死んでないだろ、それ」

「どうせバラすじゃん。細けぇこと気にすんなよ」


 その間も必死に針を避けようと暴れる詩季を押さえつける。




 ひぃっあああああああ! やめて! やめてぇええええええええ! やめろおおおおおおおおお! あああああああッ!



 既に正気を失ったかのように、狂ったように、力を振り絞って暴れる詩季。それを予想していた女達は詩季に全体重を掛けて押さえつける。全身に掛かる重みに呼吸さえままならず、だが必死に全身に力を入れるも拘束が弛まない。絶望と恐怖だけが詩季の思考を支配し狂気に触れていく。



 ガタ



 そして、針が詩季の腕の皮膚に触れようとした瞬間、女たちが運び込んだもう一つのトランクが音を立てた。



 ガンッ


 ゴッ


 ガタッ


 ゴンッ



 何度も何度も衝撃音を立てる。



「うっせぇなぁ。一回あれ始末しちまうか。手元が狂っちまう」

「あー、前ん時、中でウンコ漏らされたんだよなぁ。洗うのやだぞ、俺っち」

「後で忘れても面倒だし、仕方ねぇ。さっさと駆除しちまおうぜ。埋めるのはお楽しみの後にすれば良いだろ」

「ちゃんとゴミ捨てするなんて、ヤクザなのに真面目だねぇ、ウチらって」

「それな」


 須藤香奈の最後の足掻きによって詩季は首の皮一枚繋がった状態でひとまずは放置されるのであった。






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