ストーカー 人型防犯ベル
須藤香奈 = 天国オークションで詩季の「使用済みティッシュ」を落札し告白と共にスーハースーハーした天才的変態。「女王 犯人(65話目)」 「ストーカー ジャンピング土下座(66話目)」
詩季には暦家公認の御庭番が居る。御庭番というよりもストーカーだが、一応は節子と秋子が認めた公認ストーカーである。他の面子は詩季含め認めてはいない。
「アレ、大丈夫なのか? 本当に……前科有りだろ?」
「前科? ……あぁ。前科っていう訳でもないさ。購入経路はふつうのネットオークション、買った商品は偽物。そういう意味では被害者みたいなもんさ」
珍しく昼休みに生徒会室で昼食を取る夏紀に秋子は「そのことか」と納得する。
秋子は大抵はクラスで詩季お手製の弁当を食べるのだが、たまに静かに食べたいと思うと生徒会特権でこうやって一人になる。
正直なところ、仲が悪くないとはいえ、朝晩と共に食事をしている相手と昼までも一緒に取りたいとは思えないのだが、相手が先に陣取っていたのだから仕方ない。鍵はどうしたのか、などわざわざ聞く気にもならない。合い鍵もないのでまず間違いなく鍵を閉め忘れられた窓から入ったのだろう。
侵入経路としてはいくつか考えられる。四階から三階に降りたか、それとも二階から三階にあがったか、はたまた五cmほどの突起しかない壁伝いか。どれにしても頭がおかしい、と己の姉ながら馬鹿を見る目を向けてしまう。
勿論突発的な何かトラブルがなければ秋子でも同じようなことが可能だが、秋子ならそもそもそんな疲れることはせず、ヘアピン二本で開錠を試み、しかも成功したであろう。
「そういう意味じゃねぇだろって。詩季の目の前で鼻息荒くいかがわしいことしてんだろが」
「被害者に被害者たる自覚が無いってのが立件に至らない理由さ。真っ裸になった、とかなら即逮捕なんだけど偽物の詩季君の使用済みうんたらでスーハーしてただけだとちょっと弱いさね」
「厳密な意味での前科じゃねぇっつの。あいつは安全なのか?」
「安全なストーカー? 何訳解らないこと言ってんのさ?」
「お前が訳解んねぇよ。辛くない食べるラー油じゃねぇんだぞ」
「美味いこと言うさ。ダブルの意味で。詩季君に頼めばお手製作ってくれるんじゃない?」
「言ってみろ。絶対美味いから……じゃなくてよ」
あからさまなはぐらかしに付き合ってくれる姉に苦笑しながら秋子は真意を漏らす。
「友田智恵子らは単なるアホ集団、伊達絵馬らはまあ常識の範囲からそれほど外れない。流石にあの時犯人にまでたどり着いたのは驚いたけど、元々交流が有った相手と考えれば不可能ではないさ」
「最悪力づくで張り飛ばせば良いけどよ、なんだかんだ言ってあいつらは詩季のダチだろ。友田は冬の師匠の妹だし、伊達だって姉貴の友人の妹だ。だが須藤香奈は違う」
「まぁそうさね。でもそれを言ったら須藤香奈だって母の同僚の娘さ」
「詩季のダチじゃねぇだろ」
「そうなのさねぇ」
秋子はため息をつく。
須藤香奈は紋女の会社で専務を務める須藤稟の娘ではる。だが、彼女は詩季の友人とは言えない。あの事件以来、接触は禁止はしていないものの何故か須藤香奈が自主的に詩季の視界に入らないようにしているのだ。
理由の一つとしては詩季がパシりのようにつきまとわれるのを嫌っているのが伝わったということもあるが、ただストーカーポジションが性にあう、というだけの話でもあった。
かと言って智恵子や伊達絵馬とも交流はあるもののどちらかというと香奈が智恵子や絵馬らを敵視する傾向が強く友人関係とは思えない。
「相互監視ってのも解るけどよ。あんま変なのを詩季に近づけるなよ」
「私だって不本意なんだけどさぁ」
「ならやんなよ」
「あの子、囲っておかなきゃ制御不能なのさ。何か間違いがあったら今度は詩季君はおろか母も紋女さんも困ったことになるさ」
「制御、出来てんのかよ?」
視線を逸らす秋子に呆れる夏紀。
暇さえ有れば詩季に気付かれないように距離を取り物陰に隠れながら双眼鏡で覗き見る変態、それが須藤香奈である。それは詩季本人には気付かれていないが周囲の人間に隠す気はないらしく非常に目立っていた。
「働きに応じて詩季君の使用済みグッズをプレゼント、と言ってあるさ。伊達絵馬らにも言ってあるけど」
「お前!」
「じゃなきゃあの子、無断で使用済みの割り箸やらティッシュやらところ構わず集めるさ。あの子じゃなくても伊達絵馬らが居なきゃ他の生徒にやられ放題だってのに」
秋子の発言に夏紀は呆然とする。ちなみに伊達絵馬らが回収した詩季製ゴミは漏れなく秋子に提出され秋子がその手で処分している。秋子はいかに愛する弟の産出したゴミだからと言ってそこまで飢えてはいないので安全である。家にはそんなものごろごろしているのだから当然だ。
「……お前が押されてどうするよ?」
「学校も世の中も広すぎるってことさ。詩季君を閉じこめておく訳にもいかないし、私たちだって四六時中ついて回る訳にもいかない。毒を喰らわば皿まで頂きます、しかない状況。母さんも納得済みさ」
夏紀は須藤香奈を「頭の配線が狂ったストーカー」という認識でしかなかった。が、目の前の妹にとっては違うらしいとやっと気付く。
「須藤香奈を排除すれば紋女さんや母に悪影響、下手すれば須藤香奈の母親を紋女さんのとこの敵対企業に取られちゃうらしいのさ。そうなると腕をもがれるようなもんだと紋女さんも言ってた」
「俺、そんなの聞いてないぞ」
「姉さんは三年生で受験が控えてるから」
大人達から専門じゃないと思われてんだろうさ、と言いたいところだが、姉の名誉のためにそれは口にしなかった。
「推薦狙ってるから受験は解らなが…………だからって詩季の安全と引き替えにして良いはなしじゃないだろ」
「そうさね」
「それが解ってて」
「餌を適度に与えれば外歩いてる詩季君の自動追尾人型防犯ベルくらいにはなるって判断さね」
「役に立つのかよ?」
「……ねぇ?」
「ねぇ? じゃねぇよ」
「さぁ?」
「さぁ、じゃねぇよ卓球かよ」
「何つまらないこと言ってんのさ」
「うるせえよ!」
自分とて大人の事情の欠片をその口に突っ込まれただけなのだ。腹立たしいが愛する弟のため、母らの言うとおりに行動しているのが秋子なのであった。
「ことここに到ってはある程度は仕方ないさ。誘拐犯や通り魔、他の変態どもに対する肉の盾となるよう祈るのみ」
むしろ呪いか、と秋子は自嘲する。
「なんだよそのゴシラVSヒオランテみたいな組み合わせは。差し詰めストーカーVSレイパーか?」
「言い得て妙さね」
「チッ……我ながら最悪なタイトルセンスだよ」
胸灼けしたかのような表情の夏紀に秋子は暗い気持ちになる。
どちらが勝っても人類に救いがないあたり、怪獣映画よりむしろホラー側のタイトルじゃなかろうか、と。
その時はまだ、須藤香奈という望まれない布石が本当に機能する日が来るとは本人含め誰も思い至らなかったのである。




