幕間 謹賀新年
前世が企業向けルート営業だった詩季にとって、正月とは単なる休みではなかった。万が一の場合の待機期間でもあり、基本的に孤独だった彼はテレビに映る光景や華やかに着飾って往来する人々を見て、より一層暗澹たる想いに暮れるだけの日々であった。
「今は……嬉しい」
変な日本語だ、と己に苦笑いを漏らす。孤独とは無縁だ。これは当たり前のようで詩季にとっては至宝と言えた。
詩季は全員が揃ったらすぐに焼き始められるように餅をオーブンに並べる。一人あたりとりあえず二個。
お節は節子が会社の付き合いで購入していたのでテーブルの上に設置済み。
「何が嬉しいんじゃ?」
「あ。あけおめことよろ」
「うむ。おめでとう。今年も宜しく」
母や姉妹より早く目覚めたのは十鬼紋女。
大晦日は夜遅くまで紋女と節子、そして春姫の三人は遅くまで一升瓶を空け続けた。何とかそれぞれの部屋に戻ったようだが、起床時間が酒豪としてのトップを証明した。
紋女も最近では付き合いを除けば外で泥酔する程飲むことがなくなったが、伊達に飲み歩いていた訳ではない。
酔わない訳ではないが飲める量も異次元である。その小さな体に「酒専用四次元ポケット」が有るのではないかと詩季が思うくらいに紋女は酒豪であった。
「して、何か嬉しいことでも?」
「天気も良くて平和だなって」
「天晴れ天晴れ。快晴じゃな」
「気持ち良いよねぇ」
「うむ。手伝おう」
「あざっす!」
「ハハッ なんじゃそれ?」
「なんざんしょ」
元旦特有の浮かれた気分で笑いあって食卓に皿を並べる。
「コーヒーでも飲む? それとももう二人で食べちゃう?」
時刻は午前十時。夏紀も秋子も、そして冬美も宵っ張りだったのでまだ起きてこないだろうと提案する詩季。
「折角じゃから皆で食べよう。コーヒーじゃなく緑茶を頼めるか?」
「らじゃ。ぐりーんてぃ一丁」
いつの間にか急須やらを載せた盆を片手に持ってサムズアップして立っている冬美。
朝から妙にテンションが高いのは、ある意味で冬美にとって初めての気楽かつ心躍る大晦日から元旦へのコンボが決まったからである。
「お、ミッティ。あけおめことよろじゃ」
「メッティ。あよ」
シュタっと警察官のような敬礼をする冬美。絶好調な様子が見て取れて詩季も紋女も自然と笑顔がこぼれる。
「冬ちゃん略し過ぎ。あけましておめでとう」
詩季は冬美の頭を一撫でしつつお盆を受け取る。
「らじゃ。あこよ」
「一文字増えたが日本語の乱れも深刻だのぅ」
「あと四回でどのくらい直るのか不安になるねぇ」
「だいじょぶ。ぎが進化する」
そんな益体もない会話をしつつ三人でお茶を飲み始めると次々と残りの暦家構成員が起きてきた。
「おふぁよぅ」
「あこよす」
「は?」
夏紀に挨拶らしくない言葉でシュタッと敬礼する冬美に紋女と詩季は思わず吹き出す。
「グッモニン、ハッピーニューイヤーさ」
「あけこよす」
「ん? あけこ何さ?」
続いて顔を出してきた秋子にも継続する冬美。ここまで来ると最後までみたいので敢えてツッコミを入れず詩季は姉二人分のお茶を追加で入れた。
「あぁあぁ……頭痛いわぁ」
「あけこしよす」
「え……まだ寝てるのかしら、私。娘の言ってることが全く解らないわ」
「あはは、あけましておめでとう。今お茶入れるから座ってて」
「おめでとう。ちょっと濃いめにお願い」
途中からの夏紀と秋子、そして節子は何で紋女と詩季が笑っているのか、そして冬美の言葉の意味が解らず首を傾げ眠気覚ましにお茶を啜る。グダグダな朝である。
「いやはや、ミッティはなんというか味があるのぅ」
「噛めば噛むほど深みにハマる」
「ハマっちまうのか」
「我が妹ながら謎さね」
詩季が「今、あけましておめでとう、今年も宜しくにギガ進化中なんだよ」と説明し合点がいったものの変な末っ子だと半ば呆れ顔である。
「ああ……飲み過ぎたな……皆、あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」
冬美の立派な新年の挨拶に春姫以外の一同はガタッと体勢を崩してしまう。
「ああ。今年も宜しく」
「なんでやねん!」
思わずツッコミを入れる詩季。
「っておい」
「なんでさ?」
「ギガというよりテラじゃないかしら」
「カッカッカッ! ミッティは本当に面白いな!」
一人、当たり前に挨拶を交わした春姫だけが当然ついてこれない。
「ん? どうしたんだ?」
「春姉に、あけこしよしす、と言ったら怒られる」
「なんだそれは?」
「流行の正月の挨拶」
流行捏造は自信満々なドヤ顔が必須スキルなのだろうか、と詩季は苦笑いを深める。
「ふむ、そういうことか。冬美はTPOを弁えるだろうから問題ないな」
見ようによっては育ての親のような存在である春姫。実の親より一段上に置いているかのような冬美の対応であるが節子の顔色は憤慨などの変化は一切ない。
それどころか節子は節子で「なんか楽しいわぁ」とご機嫌なので誰もそれ以上のツッコミは入れない。
家庭内ヒエラルキーで言えば、詩季が殿堂入りとしても春姫がトップなのは節子すら認めるところである。
そのあたりに母親としてのプライドが無いのは良いのか悪いのかは別として節子は気にしていない。良い意味で緩い保護者である。
「さて、全員揃ったしご飯にしようか。お餅、リクエスト受け付けまーす」
気を取り直して朝食に取りかかる詩季。各種餅用味付け素材は揃っているのであとは焼くだけだ。
「あー、俺は雑煮に二つ、あんこ二つで」
「雑煮二個、納豆で二個でお願いさ」
「僕は雑煮一個、あんこ一個、磯部巻き一個」
揃って中々の健啖家である。
「我は雑煮の汁だけで。流石に胃が重いわ」
「私も紋女さんと同じで頼む。流石にきつい」
「あぁ……お母さんもそれでお願いぃ」
年長組はやはりアルコールという状態異常に掛かっているため軽く済ますことになった。
「りょーかーい。おせちは適当にどぞ~」
詩季の雑煮は鶏ガラ醤油味、お餅・カマボコ・伊達巻き・鶏団子・三つ葉、そして最後にいくらを載せるタイプである。
本人としてはいつか餅の中に餡が入った味噌仕立て雑煮を食べてみたいと思っている。自作して冒険するつもりはないあたり、つまらないと言えばつまらない男である。
「生き返るわぁ……」
「五臓六腑に染み渡るのぅ」
年長組二人の体の底からでているような声に詩季は苦笑する。あれだけ飲めば余程重い汁物でもなければ癒されるというものである。
「大した腕前だな……詩季、一生私のために味噌汁を作ってくれないか」
春姫としては冗談扱いされるのを解った上でだが本気の言葉でもある。
ただ詩季は詩季で鈍感というよりも正月の空気から笑いに繋げなきゃいけないという妙な義務感が働き、
「あはは。これ味噌汁じゃなくて雑煮だから」
受け流しではなく完全スルーした。しかも面白くも無いのでやはりつまらない男である。
「振られてやんのグハッ」
「夏紀、早速初夢を見たいようだな。誘ってあげよう」
「うわぁ、新年早々春姉さん挑発とかバカの所行さ」
「る、るせぇッ痛ぇ痛ぇ痛ぇ!」
早速始まる初喧嘩。詩季はため息をついて注意しようとしたところ
「春姉、新年早々殺人イクナイ」
「ちゃんと証拠隠滅するから大丈夫だよ」
「痛ぇ痛ぇ痛ぇ法律家目指す奴の言葉じゃねぇ!」
「法律であろうとも人間の発明は使いこなせる人間にとっての道具に過ぎない、ってことさね」
コントに発展してしまったため苦笑しながら真っ向からではなく別な手段で止めることにする。
「お餅だけど、ココア味・ハニーマスタード味・明太ガーリック味・チーズガーリック味・明太チーズ味・アボガドチーズ味・磯辺ゴマ味・ピザ味も出来るから言ってね」
衝撃を受ける一同。お餅と言えば雑煮とあんこ、磯辺巻き、納豆くらいしいか存在しなかった暦家に激震が走った。
「は、はにーますたーど?」
「普通に蜂蜜かメープル味も出来るよ?」
「増えたッ情報は増えず種類だけ増えたッ」
かつてない冬美のテンションに釣られる他面子。
「アボガドチーズが面白そうさ。詩季君一個お願いさ」
「なんじゃ明太チーズとか絶対に美味いに決まっておろう! なんじゃここは天国か!?」
「磯辺ゴマが気になるが、ピザ味も捨てがたい……むむ、両方頼む」
「あらあら……お母さんはココア味でお願い」
好奇心優先の三女と胃重を忘れたかのように詩季に注文する年長組。
磯辺巻きくらいは全うに作っていたが、雑煮といえばレトルト、あんこと言えば載せるだけ、納豆に至ってはネギなどをトッピングするという思考すらなかった暦家。美味しいは美味しいが、伝統的な消化試合の義務感もあったのは確かである。
紋女にすると十鬼本家を追い出されて以降、まともに正月を祝ったり餅を食べたりということがなかった。それ故に異常な盛り上がりであった。
「どれも気になって選べねぇ! くっ殺せ!」
「なんでやねん!」
アイアンクロー開放後も今度は餅で苦悩する姉にツッコミを入れる詩季。騒々しくも、平和で暖かな元旦を迎えられたことを嬉しく思うのであった。
あけましておめでとうございます。本年も宜しくお願い致します。
活動報告でも書いてましたが、お知らせが二つほど。
1 あべこべファンタジー『あべこべ異世界救世譚 =勇者と魔王と青魔術士=』を投稿開始。
あらすじにある注意書きを必ずお読み下さい。
登場人物は本作品、あべこべ世界で人生をやりなおします!と同じでキャラの使いまわしではなくスターシステムって奴だと思って下さい。思おうぜ!
2 貴族令嬢 『 恐縮ですが、足をお舐め 』 投稿開始しました。
以前の改稿版で前より読みやすいと思います。
以上、宜しくお願い致します。下記リンクから飛べます。




