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美味 夜食

 深夜。節子はため息をついた。

 そのため息の理由は極々シンプルであり、そしてそれ故に未来の難航もまた想像に易い。


「なかなかの難題よねぇ」


 紋女が下した厳命。

『十鬼財閥を喰殺せ』


 節子はその最も鋭き牙として怪獣の喉元へと食いつかなければならない。これまでのように真っ向から局地的に勝てば良いのではなく、存在そのものを潰しに行かなければならない。紋女が厳命するのだ、実利もそうだがこれまで以上に勢力を拡大しなくてはならない。


 総合開発。それは多岐に渡る内容であり、一言で説明出来る業態ではない。

 紋女の会社はその分野においては腰上に何とか食らいつける規模になったとはいえ歴史は五十倍以上、財閥の名に恥じぬ事業展開は食品・雑貨・工業製品、鉛筆からスペースシャトル、駄菓子から宇宙食、犬小屋からスペースコロニー、と手掛ける怪物企業である。勿論シャトルやコロニーまでなると既存技術や部材の供給までとなるがその実行力は総統の意志を下回ることはないと言えた。


「気持ちも解るんだけどねぇ」


 第一線に居るが故に戦況を冷静に見る本能が節子には備わっているのが幸か不幸かで言えばこの場合不幸だと言えよう。


 ふぅ。ともう一つ漏らし、エレベーターを降りて玄関の扉にカードキーを通してそっと開けようとすると


「お帰りなさい」

「わっ……た、だいま。まだ起きてたの?」


 寝間着姿の詩季が節子より先にドアをゆっくり開いた。


「たまたま起きただけだよ。ご飯食べる? 今日ちょっとご飯炊くの失敗しておかゆなんだけど」

「頂くわ」


 二人で静かにリビングへと移動するとそこには毛布が一枚丸まっていたのを節子は見つけた。


「梅干し乗せる?」

「二つお願い」

「お酒は?」

「やめておくわ。おかゆに合わないしね」

「そだね。ほうじ茶入れようか?」

「ん」


 家事を問題なくこなす詩季が最新の炊飯器で失敗する訳も無く、疲労極まった状態で深夜に帰ってきた節子がお酒に走らぬよう敢えて作ったのを勿論節子は理解していた。

 それを裏付けるように、リビングからは見えないキッチンの方から炊飯器を開閉する音ではなく、鍋と蓋が小さく音を立てた。


「お風呂は?」

「朝にするわ。有り難う。詩季君ももう寝なさい」

「食べ終わったらね」


 己の向かい側に座ってテーブルに頬杖を突く愛息子。


「明日も学校でしょ? 早く寝なきゃダメよ」

「反抗期なんですよ」


 その割に苦笑いを浮かべつつも心配そうに節子がおかゆを食べるのを眺めている。


「……もう。無理しないでねぇ」


 一人の食卓は寂しい。


 節子は知っていた。忙しい時期に深夜に一人で残り物を食べたり、二四時間の外食に寄ったりを繰り返してきたのだ。それが当たり前だったために気付かなかっただけで、一人の食卓の寂しさが骨身に染みて自己と一体化していた。


「美味しいわ」

「そう。良かった」


 詩季が自分を気遣ってくれているのは解る。それが嬉しく、そして罪悪感に支配される。なんと幸せなことか、そしてなんと申し訳ないのだ、と。


「そうだ。一昨日ね、冬ちゃんのお友達二人来て四人で遊んだんだよ」

「あら。楽しそうね」


 シングルマザーが多いこの世界では珍しいことではないのだが仕事で忙しく、これまで学校行事にも禄に参加出来ていない節子は末娘どころか他の子供たちの友人関係を把握出来ていない。冬美が初めて友人を家に呼んだという事実も知る由がなかった。ただ他の娘たちも以前の詩季を刺激しまいと殆ど家に友人を呼ぶこともなかったのだが。


「楽しかったよ。ピーチ鉄やってね、冬ちゃんが一位だったんだけど凄く堅実なんだよ」

「へぇ。私も昔やったことあるわ」

「農園とか万が一でも売れない資産と貸しビルとか高利益なのを上手い具合に買っていくんだよ」


 ピーチ鉄というスゴロクゲームは行く先々で得た資金でその土地その土地の物件を購入し資産を増やしていき最終的な合計資産によって順位が付くゲームである。


「詩季君は?」

「僕は序盤が良くなかったから買い占められないようちょろちょろ買って二位だったよ」

「あら、テクニシャンねぇ」


 その土地の購入できる不動産を占有するとその土地で商流や物流が効率化・活性化され利益が倍増する、という設定があり、詩季は他プレイヤーへの牽制のため占有を防ぐ方向で動いたのである。非常に(こす)い、器の小さな男である。


「現実もヨーイドンでスタートならねぇ」


 しかし現実はそうは行かない。富める者は優位に有る。そして十鬼財閥と紋女との間には数百年の拡大と蓄積による周回遅れが存在するのである。幾度紋女が「私にあれほどの力が有れば」と臍を噛んだか、知らぬ節子ではなかった。


「あれま。愚痴くらい聞くよ?」

「え? …………まぁ、ちょっと忙しいだけだから大丈夫よ。心配かけてごめんなさいね?」


 何も解ってない子供に愚痴る親は居ないわよ、という言葉がその胸に生まれたが、そこには棘が含まれていることに気付き何とか口から出さずに飲み込む。感謝の念も有り、その想いを大人げないとすら思うくらいには節子は分別の付く大人であった。

 しかしその棘が喉を刺さり、胃を突き刺すような錯覚を覚えるほどには詩季の気遣いは節子にとって無神経に捉えられる絶妙な間の悪さである。

 深夜、自分の帰りを待って夕飯を用意してくれる、そんな優しい愛息子に悪感情を抱きたくもなければ傷つけるなどもっての他である。


「なんか手伝えることあったら言ってね? これでも一応紋女さんの部下だから、宣伝とかキャンペーンボーイみたいなのやっても別に大丈夫」

「駄目。絶対に駄目よ。ほら。子供はもう寝なさい」


 詩季は勿論善意でしかない。詩季の肖像権を守るため、自分を守るために紋女の会社に在籍させられている身として会社に貢献するのは当然のことだと感じていた。そして親の節子、そして友人と言ってよい紋女のためならば、と思っての言葉であった。


 だが、節子には許容出来る事ではない。ただでさえ目立つ詩季を更に表舞台に引っ張り出して余計な衆目を集めたくはない。平穏に、幸せに暮らして欲しい。節子が望むのはそれだけである。

 余計なリスクを子供たちに負わせる位ならば紋女を裏切る事さえ視野に入れるほどに、節子の中では当然のごとく家族の優先順位は高かった。それは義理人情を越える生物としての本能と言えた。


 故に詩季の言葉を受け入れる訳がない。そもそも友人たちとお祭りや店の売り子をしたりすることさえ上三人の娘たちの説得が無ければ許可したくはなかったのである。出来れば箱にしまっておきたい位なのだ。


「ごめんなさい」


 良くも悪くも人の顔色に対してだけは察しの良い詩季は即座に退く。


「解ってくれれば気にしなくて良いわ。大事な息子に芸能人のような事させたいと思う親じゃないのよ、私は。本当なら前の美容院や詩季君のお友達の家のお手伝いとかも反対だったのよ?」

「うん。解った。ごめんね……いつも有り難う。食器そのままでいいからね……おやすみなさい」


 大人の対応をされてしまった、と節子はため息をまた一つ。そしてなんと優しく、愛おしい息子なのだろうか、と。

 男の子、息子が欲しいからと自分の血に拘らず、春姫に言われ養子にしたのは節子の人生の中でも上位の英断だと思えた。


 今の幸せを維持するにはやはり十鬼財閥は邪魔なのだ、とブリーフケースを視界に入れつつほうじ茶を啜る。


「喰い殺せ……かぁ」


 そのブリーフケースに収められた封筒には『十鬼財閥と犯人の関連性について』という報告書が入っていた。それは、普段は温厚な節子をして許せるものではなく、そして紋女らと共に十鬼財閥という化け物を刈り取る戦争に赴くだけの赤紙と成りえる内容であった。


「どこからが」


 やはり腹が満ちると力が漲る。


「一番美味しく頂けるのかしらねぇ」


 そしてその糧が愛息子によるものであれば尚のことである。







「えーと、ホワイトラバーズ、ブッシュクローバームーン、ストーンブレイクチェリー、カットライスプディング、マザードール……紋女さん、随分色んなところ行ったさね」


 二週間ほど出張に行っていた紋女は意気揚々と暦家に突撃しお土産の数々を広げた。


「秋姉。無理に英語にする理由って」

「アイデンティティさ」

「面倒臭ぇから捨てちまえ、そんなアイアンメイデン」

「処女だけど鉄ではないさ」

「さぁ、好きなのを開けて食べようぞ」


 いつも通り年齢制限的に微妙な会話が始まる次女三女を無視して夕食後のティータイムを宣言する紋女。現在時計は一〇時を指し示し、節子はまだ仕事をしていた。


「詩季君すまぬが」

「お茶? それとも焼酎?」

(わらし)らには酒精無し、我と春姫には焼酎氷入りじゃな」

「素晴らしい采配です、社長」

「ほっほ。春姫も我のもとで働くか?」

「将来的には是非」


 法律家を目指す卵として、一大企業の顧問弁護士は非常に魅力的である。ただやはりある程度修行してからそれなりの地位を得なければ禄に働けないと若輩の春姫も解っているので将来的には、と表現した。


「はい、お茶と焼酎ロックですよ~」


 テーブルの上に配置し終わった詩季に、紋女はラッピングされた包みを差し出す。


「ほれ、詩季君にはこれじゃ」

「贔屓さ贔屓ブーブー」


 茶化す秋子に平然とした態度の紋女。


「そりゃあ、詩季君と他の者らとじゃ、おぬしだって贔屓もするじゃろ?」

「イグザクトリィッ」


 変な効果音が聞こえてきそうな怪しいポーズを取る秋子に全員が呆れた目を向ける。唯一詩季だけが「相変わらずおもろい姉ちゃんだなぁ」と苦笑いであった。


「紋女さん、ありがと。なんだろ。開けて良い?」

「勿論」


 そして開封されたのは


「うわああああああああああああ!」

「いッ!? どうした、詩季!?」

「大丈夫か!?」

「何事さ!?」

「お、お兄ちゃん!」


 突如噴出された詩季の叫び声に慌てふためく暦姉妹。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああありがと~~~~~~~~~~~~~! 紋女さん、さいこ~~~~~~! これ食べたかったんだよ!」


 そして詩季の手によって暴かれた中身は『南部煎餅』であった。


「え、いや、詩季……驚かせるんじゃない」

「危ないもんでも渡されたのかと思ったじゃねぇか」

「ハートのビートがリトルビットストップしたさ」

「おーばーりあくしょん」


 呆れる姉妹に詩季は興奮を抑えられないままにまくしたてる。


「何言ってんの!? 何言ってんの!? これはね、一日二〇個しか作られない特製なんだにょ!」

「噛んだ」

「噛んだな」

「噛み噛みプリンスさ」

「あざとし」


 四女のツッコミが冴え渡る。詩季の驚き通り、詩季がいつか手に入れ食したいと思っていた超高級南部煎餅である。


「詩季君、驚くのはまだ早いぞ」

「え?」

「掛け紙の裏を見よ」


 裏を見ると、そこにはとあるロゴマークが印刷されていた。それも金箔を使った箔押しだ。


「おお?」

「特注ですか?」


 そのマークは紋女の会社のコーポレートマーク、企業ロゴである。


「掛け紙は勿論新たに作らせた。今後このメーカーの全ての商品に我が社のロゴは印刷される予定じゃ」


 買収なり資本提携したらしい、とその場に居た全員が気付く。


「紋女さん……何やってんのさ?」

「この人、やっぱりバカだろ」

「まぁ、メリットあるから買ったんだろうからそういう事言うもんじゃないぞ」

「流石は未来の部下。解っておるの。まぁ一番の理由は良い物作るのに経営が下手くそで潰れかけておったし詩季君が喜ぶじゃろうと思って買い取っただけじゃがな」


 会社を完全に私物化してるよ、とその場に居た紋女以外の全員の感想が一致した。


「リアルピーチ鉄?」

「おお、そう言われればそうじゃな! チートな閻魔大王を退治するゲームじゃ!」


 冬美の言葉は妙に的を射ていた。後世においては大魔王と称される紋女の平和な日常の一幕であった。



下記リンクにも有りますが、

批判エッセイ作者様への御提案 のち あべこべ

href="http://book1.adouzi.eu.org/n9934dq/

をエッセイジャンルで投稿してます。

この手のエッセイは本文だけじゃなく感想欄が本編なのです。

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