季節話 夏祭り 南部煎争再び
「夏だ!」
「何いきなりこの人」
「え、詩季が言うのかそれ」
「いや、なんか義務感で」
熊田のテンションに引きつつ詩季にツッコミ入れる川原木。
「夏!」
「あ、続けるのね」
「はいはい今度はなんだ?」
「夏と言えば夏祭りしかないでしょ!」
「はぁ」
「はぁ?」
反応の薄い二人を置いて熊田は構わず続ける。
「夏祭りと言えば出店! 出店と言えばスポット収入! かき入れ時!」
「祭りに店出すのか」
「無理に現金回さなきゃいけないくらい経営危ないの? 夜逃げするの?」
「川原木はともかく詩季君はなんでうちの店がヤバいって方向に持って行こうとするの!? 今うちの店大繁盛中だよ!」
「いやなんか義務感で」
「そんなもんいらないよ!」
「どうせまたバイトしろってことだろ? 俺は助かるから構わねぇけど」
前回のバイトが相当美味しかったらしい川原木は口元が緩む。
「まぁ僕も大丈夫だとは思うけど、いつのお祭り? どこで?」
「市民広場でミュージックサマーフェスってのが有るんだけど応募したら三つも受かっちゃったテヘペロ」
「ぃッ!?」
「うぉッ!?」
テヘペロをリアルでやってのける電波なキャラでもないのにやってのけた熊田に二人は戦慄を覚え思わず仰け反った。
基本的に優等生真面目キャラな熊田が無理してそのような態度を取る時は大抵ろくなことにならないと知っているからである。
「三つって、もしかして」
「いやぁ助かるなぁ! うちも流石に一カ所で人手一杯だし二人で一カ所ずつやって貰えたら助かるよぉ!」
「え、一カ所ずつって、どんなことやるの?」
「好きに決めて良いよ!」
「は?」
熊田が言うには、出店料も必要な機材レンタル代も材料費も払うので何を売るのか等含め企画・運営して欲しいとのこと。儲かったら儲かった分の利益の半分は渡すし赤字でも責任は問わない上にお駄賃くらいなら出せるという。
「手伝うんじゃなく何から何まで仕切れって、ちょっとねぇ」
「詩季、俺らは普通に客として祭り楽しもうぜ」
「客として楽しもうぜ!」
「いやいやいや! いやいやいやいや! いやいやいやいやいや!」
あんまりな要求をしておきながら必死な形相の熊田にどん引きである。
「あのさぁ」
「言いたいことは解るよ! でもね、もう通過しちゃったから今から断ってもキャンセル費用掛かるし次回から問題あるところってことで祭りの企画会社の選考から除外される可能性有るんだよ! ウチだって今回初参加だから一店舗だけならまだしも三つなんて無理だよ! 店だって通常営業しなきゃいけないし!」
「なら初めから無茶な申請すんなよ」
もっともである。
「だって三つも通ると思わなかったんだよぉ……前に詩季君と川原木の大活躍で注目されてたみたいで昨年まで売り上げ悪かったお店落選させてウチを通したらしい……うぅ」
「いやこれってお前じゃなくて親が解決する問題じゃねぇの?」
「手伝いだけならまだしもねぇ。実質経営じゃないの」
高校生に任せる親も親だと川原木が言うと目を逸らして「いや、まぁ、えっと、僕が独断でちょちょっとね」と白状しこれ以上ないほどに聞き耳を立てていた周囲のクラスメート達をも呆れさせた。
涙目の熊田に呆れを通り越して哀れみさえ感じ始める二人。
なんだかんだで川原木は勉強面で、詩季は日常生活での非常識さを熊田に補って貰っているので助けを求められると断りきれない面がある。何より親友と言ってよい間柄なので妥協点を見つける以外に道は無いと二人は目配せしながら渋々頷いた。しかも責任の一端とまでは言えないものの三店舗分も通過してしまったのには自分たちにも原因の一端があったと思うと無関係と切り捨てられない面もあった。
「でも熊田君って家のこと考えてるんだねぇ」
「まぁ……今うちってお陰様で売り上げ順調でデパートの物産展とか催事でも出したら出した分だけ完売するようになったんだよ。だから近い内、まぁ今年とかじゃないけどニ店舗目の予定があってね。その資金の足しになればって。これまでも商品持ち込みの催事はやってたからこれはチャンスかと思ってさ」
「だからって無茶すんなよ」
「頼むよ!」
「取り敢えず家に帰って相談してみるよ」
流石に家族に勝手にそんなことまで出来ない。
「秋子先輩の許可なら貰ってるし夏紀先輩の説得もしてくれるって言ってたから大丈夫!」
「は?」
「その通りさマイブラザーッ」
バーンッと教室の扉を開け眼鏡をクイクイあげながら登場した秋子に全員が注目した。その後ろには夏紀も立っている。説得完了済みのようだ。
「……意外とこういうの好きだよね、お姉ちゃん」
「エンタメは学生の本分さっ」
「僕が言うのもなんですが学生の本分は勉強では」
「熊田少年シャラップッ勉強なんていつでも出来るさッ寝てたって死んでたって日々勉強さッあっ社会勉強って奴さッ」
「今、あ、って言ったよこの人」
秋子のやることには最近驚かなくなってきた詩季も大概である。熊田は本心ではないもののツッコミ不在を嫌がる秋子のためにツッコミを買ってでただけの接待的ツッコミである。
「夏紀お姉ちゃんまで」
「お祭り騒ぎと聞いちゃあ黙ってられねぇ、血湧き肉踊る俺踊る!」
「……お祭り騒ぎっていうかお祭りっすけどね」
「川原木るっせぇ、細けぇこたぁ良いんだよ! 作って売って作って売って儲けて儲けて札束の風呂でウッハウハ! 楽しそうじゃん!」
「札束って、無理っすよ」
川原木はうっすらと汗を浮かべた。基本的に頼りがいがあって面倒見も良い夏紀に川原木は憧れているものの、「面倒臭いこの人本当に面倒臭い」と思わずに居られない。
「収集つくのかな……友田さん達、ごめん、助けてもらえない?」
速攻で友田達を確保に走る詩季。意外と己が楽することには頭が回る男である。
「待ってました! おまかせあ~れ!」
「まぁ、ウチは雑貨だから専門知識なんて無いけど私に出来ることならお手伝いするよ」
「お菓子系なら熊田君の家の方がいいだろうけどそれ以外ならウチで仕入れた方が良いかも。ウチの親に言えば卸価格で出してくれると思うよ」
「食べ物売るなら多分事前に検便とか有るだろうから何を売るか決めてそこから交代要員含めて確定しないとね」
肉山と絵馬が特に頼もしい。そのバックアップを感じ詩季は当然調子に乗る。
「じゃ、折角だから楽しく美味しくガッポガッポ儲けようか! 目標、全国制覇!」
「意味解んねぇよ!」
川原木の堪え切れなかったツッコミと詩季のやる気に勝利を確信する熊田であった。
「あのさぁ」
詩季は目頭を押さえながら声を漏らす。
「悪気は無かったんだよねぇ!」
「いや絶対確信犯だろ」
屋台を前にツッコミ役を買う川原木。
「だって万が一赤字だった時のために保険かけなきゃじゃん! しょうがないじゃん! 解れよコンチクショウ!」
「わざとらしい逆ギレすんなよ」
出店に大きなポップを抱えるように熊田は叫んだ。その前で三人と他協力者全員が立っている。
そのポップにはこう書いてあった。
『ご購入者様全員に洋菓子店ベアーフィールド割引券プレゼント!』
「ここまでは良いけどさぁ」
続く文に問題があった。
『さらにベアーフィールドのサマーミュージックフェス三店舗にてスタンプラリー開催! 全て埋まった方には「美男子三人手作りクッキー(手形色紙付)」をプレゼント! ※受け渡しは9月1日から10日までベアーフィールド店舗にて』
「お前、俺ら働かせ過ぎじゃね?」
「お菓子はともかく手形色紙って、お相撲さんじゃないんだからさぁ」
「いや、写真付けようと思ったんだけど秋子先輩からNG食らっちゃって」
呆れる二人に熊田はひくついた笑いを浮かべつつ説得を試みる。試みるも何も納得して貰えないとわざわざ作ったポップも無駄になるので必死である。
「えっと、あの、そうだ! 前と事情も違う純粋にバイト状態でタダ働きって訳にいかないじゃん!」
詩季の姉二人、智恵子や絵馬ら協力者達にも『友人の親からのお小遣い』という名目のバイト代を捻出するために熊田はまた策を弄したのである。余計に儲けようとしたのも事実であるが。
「まぁ、ねぇ」
そのあたりの心遣いと言われればそんな気もしたがそもそも熊田の凡ミスが発端である。
「俺、手作りクッキーなんてできねぇし」
「大丈夫、一回でも生地混ぜれば手作りだから!」
それって詐欺じゃね? と詩季は思ったが思わぬところから援護射撃が飛んだ。
「生地は絶対素手でかき混ぜて!」
援護射撃というよりも歩く馬鹿弾頭の暴投であった。
「あは、キモいね」
「お前もう喋るな。キモい」
「ぐはっ」
即座にピッチャーライナーで返す詩季と川原木、その場でうずくまる智恵子。
「まぁ乗りかかった船ってことでやりますか」
「そうだな。バイト代も売り上げ次第ってことだしなぁ」
「二人とも愛してるよ!」
「キモいね」
「キモい」
「そう言いつつ協力してくれる二人が大好きだよ!」
抱きついてこようとする熊田と苦笑いで押し返そうとする二人をニヤニヤしながら見る協力者達の士気は高まるばかりであった。
三店舗はそれぞれ違うメニューを販売することになった。
まずは熊田率いる「ベアーフィールド本店」による「季節のフルーツ盛り沢山クレープ」で販売価格は一個500円。名前の通り、夏のフルーツをふんだんに使ったクレープである。
そして川原木と夏紀、絵馬以外のエマッチーズ有志数名の「ベアーフィールド 川原木店」による「チャーシューシュー」で販売価格は一個300円。これは夏紀が前の日にトロトロに煮込んだ豚の軟骨を甘くないシュークリーム生地を半分に割った中に入れたワンハンドフードである。耐油紙で手渡す予定だ。手のひらサイズで中々ボリュームが有る。
「私たちが勝つよ!」
「いや勝負じゃないから」
「意気込みは大事だがな」
最後に詩季と智恵子、絵馬、肉山に針生、春姫の「ベアーフィールド 下克上店」は詩季プロデュース、その名も『ウェスタンクッキー』である。
「なんというか、売れるのか?」
「大丈夫! この世にこれが嫌いな人は居ないって!」
「いや詩季、いくらなんでもそういう人だって居るかもしれないだろ」
「そんなの人間じゃないよ」
「な、なるほど?」
前提条件で省けば確かに嫌いな人間など存在しないことにはなるな、と納得しかけてしまう春姫。一瞬弟の目に狂気を感じ無理矢理納得する事に決める。
「暦君って、本当に好きだよねこれ」
川原木をして『酷ぇ手抜き』と言わせ『まぁウチの製品の宣伝になるかもしれないし良いかもね』と熊田に苦笑混じりに納得させた一品。
実際にベアーフィールドで小瓶に入れて製造販売しているジャムやピーナッツクリームなどを南部煎餅にただ塗って希望のトッピングを振りかける。そして紙ナプキンで手渡すだけという究極の手抜き商品である。
一枚200円と祭りの屋台メニューとしては一見手頃だが実際には他のどの出店よりも元手が掛かっていない。
「煎餅はプレーン、ゴマ、ピーナッツから選べてトッピングもナッツ、ドライフルーツの中から選べるってのは面白いよね」
「意外と薄い塩味の生地に甘いのが合うよね」
「これはレバーペーストでもいけるよ」
「それじゃクラッカーと同じじゃないの、って、そっか」
「似たようなもんだよなぁ」
勿論そのまま食べるのが常道であるが意外と南部煎餅は何にでも合うのである。
南部王子の名に恥じないメニューと言えた。
そして戦争が始まる。
「ぉぅ……」
「冬、どした?」
冬美は川原木の妹、利香達と共に祭りに来ていた。単純に遊ぶためである。兄達の手伝いをしようかとも思ったがまだ小学生だし友達と遊びなさいと言われその通りにしたのである。
「でんじゃらす」
「は? ……うわっ」
冬美の視線の先を見るとそこは戦場が広がっていた。
「押すんじゃねぇよ!」
「あ、てめぇ割り込むな!」
「割り込んでねぇよ!」
ベアーフィールドの屋台三店舗は横並びで広場でもど真ん中の良い位置にあったが逆にそれが災いし長蛇の列となり通路を塞ぐ形になっていたのである。そして客同士で言い争いも始まり喧噪に包まれていた。冬美は見ずとも兄達が原因だと直感で理解した。
「お兄ちゃん、大丈夫かな」
「お前の姉ちゃんついてんだろ?」
「まぁ、春姉は居るけど」
「師範代が見ただけで震え上がる化け物に誰がかなうっつーんだよ」
「そだね。適当に他の店冷やかそ」
「空いたら兄貴達の店行こうぜ」
姉を化け物呼ばわりされたのに素直に納得する冬美。己もその化け物の世界に足を突っ込み掛けているのには当然気付いていない。
『あーあーあー、テステスマイクテスさ、ヒッヒッフーヒッヒッフー』
「え」
突然アナウンスされるすぐ上の姉のラマーズ法マイクテストに硬直する。
『ヒッヒッフーヒッヒッフー』
しつこい。
「お前の姉ちゃんだよな? 相変わらず面白ぇな」
「いや知らない人」
『ヒッヒッフーヒッヒッフーヒッヒッフーヒッヒッフーヒッヒッフーヒッヒッフーヒッヒッフーヒッヒッフー』
しつこい。本当にしつこい。冬美がウザさと恥ずかしさで半ばキレそうになるのを必死に押さえる。「静まれ僕の右腕ッ」の気分であった。目の前に元凶が居たら鳩尾に一発入れていたことだろう。
祭り会場となっている広場は何事かと静まりかえった。それを見計らったようにアナウンスが続く。
『皆さん、長蛇の列での待ち時間に苛々するのも解りますが今日は楽しいお祭りの日です。待ってる時間もお近くから聞こえてくる音楽に耳を傾け今日という日をじっくり楽しみましょう』
初めに間抜けな内容で毒気を抜いてからの提案に会場は静かな笑いと納得の空気が流れ出す。
『また、あんまり騒ぐ人が居れば強制排除致しますのであらかじめご了承下さい。会場には握力100キロ越えのゴリラにも勝てる化け物女が居ますので命の保証は致しかねます』
一瞬一つの屋台から凄まじい殺気が吹き出した。一般人はただでさえ暑い中なのにさらに汗が出てきたのを感じた。
『では引き続きミュージックサマーフェスをお楽しみ下さい。運営からマイクを奪った一学生からのお知らせでした』
やがて会場は程良い冷静さと活気を取り戻すのであった。
「お前の姉ちゃんって何者なんだ?」
姉の事なのに答えられない冬美はポリポリと頬を掻いて誤魔化すしかなかった。
一方その頃、客の列こそ平静を取り戻したが三店舗は変わらず戦場であった。
「詩季君、もうジャムないよ!」
「さりげなく名前呼びするな」
「痛い痛い痛い痛いごめんなさいごめんなさい!」
「お姉ちゃん、吊してないで補充!」
「私はお前の護衛だから無理だ。誰か行って来て」
智恵子を吊したまま春姫はゴツゴツゴツゴツと頭突きを食らわせ睨みつける。
「誰か居ないかなぁ」
「痛い痛い痛いっ喜んでぇええっ!」
「遊んでないで早くして!」
「トッピングも切れたよ。在庫もないみたい。煎餅しか残ってないよ、っていうかなんで煎餅こんなに有るの? 予定より多くない?」
「いや、余ったら頂こうかと」
いち早く確認してきた絵馬に詩季は口ごもった。せこい事しようとした報いである。
目の前にはまだ数十人並んでおり売り切れだと言い出せない。詩季目当てな女性客ばかりでこのまま解散させられてたまるものかという空気さえ流れ始めた。春姫はいつでも詩季を抱えて逃げられるように身構える。
集まり視線に耐えきれず詩季は動いた。
「新メニュー……て、手焼き煎餅~、な、なんちゃって」
拝むように煎餅を挟んで合掌し誤魔化そうとする。
「詩季君……」
「詩季……お前……」
不穏な雰囲気を察して様子を見に来た熊田と川原木は冷たい目で詩季を見た。
「い、いや、人間の手からは遠赤外線が出てて……そんな目で見ないで? 癖になったらどうすんの」
「落ち着きなよ、変態」
「意味解んねぇよ、変態」
「買った!」
「買った!」
「買った!」
「買った!」
「買った!」
「買った!」
「買った!」
「買った!」
「買った!」
「買った!」
「買った!」
「買った!」
「買った!」
「買った!」
「買った!」
…………………………………………
『詩季お手製ウェスタンクッキー』という名の単なる南部煎餅は完売するのであった。




