ツンデレ デート
春姫から渡された千堂俊郎のRINEアドレスを眺めつつ思考する。
姉が言うには年上で同性の頼れる相談相手も必要だろう、とのことだが詩季は詩季で違う思考に陥る。
「嫌ではないんだけどねぇ」
この世界での経験が圧倒的に少なく男子として異端な思考という自覚はあるものの元おっさんとしては今は年上とは言え大学生に相談するのもはばかれる。勿論何か理由があれば別ではあるのだが。
「これ、絶対監視されてるよねぇ」
己のスマホを眺め、俊郎のアドレスをひとまず登録。
何はともあれ姉が監視できる範囲で不自然とならないやりとりを構築しつつ、別な方法でやりとりが出来る方法が無いか考えることとする。
短い時間での接触しかなかったのでまだ判断はつかないが相手が好意的であるならば独自のラインで連絡が取れるようにするのも一つではないかと思ったのである。
『お久しぶりです。先日バスケットの試合でお会いした暦詩季です。よろしくお願いします』
無難な挨拶文から始めると即座に返信が来た。
『お姉さんから色々聞いている。友達に相談出来ないことも沢山有るだろうから遠慮せず頼ってくれ。君の大学での講義で聞かせて貰った話も興味深いものだった。今度良ければ俺一押しのケーキ屋でお茶でもしないか?』
返信に要された時間は三十秒弱。返信があまりに早くてドン引きする詩季。だが仲良くしようとしている雰囲気は伝わってきた。だがこれは都合が良い。この流れから姉の春姫が詩季のために頼まれたから仕方なく、という雰囲気ではなく純粋に仲良くしようとしていると判断出来た。
『是非。放課後なら前日くらいに仰ってくだされば大丈夫です。楽しみにしてます』
社交辞令の可能性も加味して相手に主導権を渡す。
『なら早速だが明日などどうだろう。忙しければ後日でも勿論構わない』
詩季は早々に約束を取り付けることに成功した。確かめたいことがいくつかあったのである。
翌日。詩季は放課後、駅で私服に着替え荷物もロッカーに預けて俊郎の指定する喫茶店を訪れると俊郎は既に到着しコーヒーを飲みながら待っていた。
「こんにちは~」
「ああ。すまない、早く着きすぎて先にコーヒーだけ飲んでいた」
「すみません、着替えてきたもので」
「ああ、形骸化しているとはいえ下校途中に制服で喫茶店というのも一応校則違反だしな」
「まぁそのあたりちょっと事情が有りまして」
「ん? まぁとりあえず座ったらどうだ。コーヒーも紅茶も美味いしケーキはそうだな、チーズケーキやショコラもお勧めだ」
以前会った時よりも明らかに機嫌が良くテンションの高い俊郎に若干引きつつも苦笑いを何とか浮かべ席に座る。
「もうすぐ中間考査だったが詩季君は大丈夫なのか?」
「あーぼちぼちやってますね。姉達が勉強得意なので教えて貰ってます。夏姉さんも秋姉さんも学年トップなんですよ」
プチ自慢で鼻をふんすーと膨らませる詩季に俊郎は可愛いものを見る目で見る。
「なるほど。暦春姫もそうだった。悔しいが俺は万年二位だったよ」
勉強を見るという名目で誘うことが出来ないことに心の中で舌打ちする俊郎。
「そうだ、俊郎さんは春姉さんと同じ高校でしたね」
「ああ。大学でも同じ学部だ」
丁度、詩季の紅茶ケーキセット(ショコラ)と俊郎のチーズケーキが来て一瞬無言となりお互いにカップに口を付ける。
「仲良いんですね。もしかして付き合ってたり」
「有り得ねぇ」
「わっ」
一瞬他の客の視線を集めたが即座に咳払いをして立て直す。
「すまん。あいつはそうだな……何をやっても完璧だろう?」
「あー、まぁ姉のことでなんですけど、自慢の姉ですね」
「それでいてそれを鼻にかけるでもなく飄々としている。人望も有れば何か問題が起きてもそつ無く処理するがあいつはそれすら気にかけない」
それはきっと他人に興味が無いだけだろうと次女三女の話を思い出す。
「はぁ」
「そんなところが俺は気に食わなかった」
姉をはっきり気に食わないと言われ、詩季は首を傾げざるを得ない。
姉好きではあるが悪口という訳ではなく褒めた上で気に食わないと言っている相手に詩季も「相性が悪いのかぁ」と思う程度ではある。が、それなら何故このように気に食わない人間の弟とお茶しようとするのかと単純に疑問であった。
「ま、最近までな。俺が勝手にライバル視していただけだと気付いた訳だ。情けない話だ。あいつは俺のことなど歯牙にも掛けなかったというのにな」
「姉は家事で忙しかったですからきっとそれで友達とも中々遊べなかったんだと思います。勉強して六人家族の家事をして余裕無かったのかもって」
「それは感心だ。うちも親が忙しい身でな、家事も妹の世話も俺がやってきたからその大変さは解る」
「それで学校で上位独占してたんですから俊郎さんも姉も凄いですよ」
さりげなく二人を持ち上げる。険悪な関係ではないということが解って安心する。
「姉がこれまで通り洗濯してくれてますが今は食事は基本僕が作ってますし掃除は妹も手伝ってくれてるので前よりは楽になってると思います」
「詩季君は料理もするのか」
驚きの表情を浮かべる俊郎。
「はい。身内評価ですけど美味しいって言って貰えて嬉しいですし花婿修行にもなりますし」
「ん? 普通は花婿修行と言ったら楽器や歌、作詞などの芸術系だろう?」
なんちゃって、と続けようとした詩季に俊郎は首を傾げた。
「あ、冗談だったんですけど普通はそうなんですか?」
「ああ、なるほど。君はやっぱりちょっと変わってるな」
「自覚は有るんですけどねぇ」
「有ったか」
「でも自分じゃ解らない面が有りますねぇ」
「変だと解ってても何が変なのか解らんということか?」
「ですね。常識が足りないようで」
「まぁ多少そう言った面があったとしても男は愛嬌だ。変な女に捕まらんように気をつければこそだが大抵笑顔で何とかなってしまうのが男というものさ」
「なるほど」
「まぁ君の変なところは君の味だと思うがな」
変なのが味とはすっかり不思議ちゃん扱いである。
「褒められてる気がしませんねぇ」
「褒めてはないかな?」
「ありゃ。僕は褒められて延びる子なので是非褒めて下さい」
「面白い奴だな」
朗らかに笑う俊郎。第一印象は切れ長の目とシャープな体躯で冷たく見えたが目の前に居る男に詩季は段々打ち解けていった。
川原木や熊田も友人ではあるがやはり高校生。詩季からすると若々しい印象が先に来て俊郎との会話のようにちょっと落ち着いての雑談という感じではない。気後れする訳でもないが、こういうのも悪くない。年齢さえ問題なければ二人で飲みに行ってみたいと思うくらいに詩季は楽しかった。
「そう言えば他の家の食卓なんて知らないな。男子が居る家庭は大抵出来合いか出前だろうが」
男子税の影響で多忙な親が多い。家政婦も居るには居るが性犯罪の可能性を考えると宅配が多いのが実状と言えた。
「春姉さんはとにかく肉が多いですね。あと何でも焼いちゃうんですよ。しらことか筋子とか焼いてるの見て流石に二度見しました」
「意外だな。何でも完璧にこなす印象だが」
「割と料理好きなんだと思いますが好きなことは割と苦手な傾向有りますね。カラオケとか。この間一緒に練習したんで大分よくなりましたけどね」
「ほう」
「あと、二番目の夏姉さんはとにかく煮ます。でも変な冒険はしないので美味しいですよ。カレーとかの煮込み料理。お肉がとろっとろで」
くさやをカレーに投入した夏紀は秋子に「下手なアレンジは罪」とトラウマを植え付けた事がある。だがその事件以来、夏紀は冒険をしないことを徹底した。
その事件の記憶がない今の詩季にとって夏紀は煮込み料理に関してかなり拘って美味しい物を作るという印象が強い。
「ああ、この間試合してた方か?」
「そです。で、解説してたのが秋姉さんでホットケーキしか作りません」
「ホットケーキ作れるならお好み焼きも作れるんじゃないか?」
以前の詩季と同じ事を言う俊郎。
「マニュアル重視なので具材の温度管理が入ってくると駄目って言ってましたねぇ」
「なんとも極端な姉達だな」
「まぁお陰で台所は僕の城なんですけどね」
料理中に妹が台所をうろちょろするのを嫌う俊郎としても共感する。
その後も好きなテレビ番組や小説、家族のイベントの話などで盛り上がる。
個人の喫茶店であり二人は一番奥の席だったがファンクラブが存在するほどの男子二人である。他の客からのチラチラとした視線や凝視をどうしても集めてしまう。
比較的近くに席を取っていたサボりOL二人は顔を近づけひそひそと話す。
「あの二人兄弟かな? 超格好良いのと超可愛いのががががが」
「でも似てないよ? あの子、撫でたい……悔しい、でも……とか言わせたい」
「私は大学生っぽいほうに豚女ッとか罵られたい……あのさ……もしかしてあれかな?」
「いやぁ……腐った関係にしてはなんか爽やかじゃない? ネットリしてないというか」
「ちょ、あんたムービーで撮影ってそれ見つかったらやばいよっ」
「バレなきゃ有り」
「お客様。ちょっとこちらへ」
「うぇ!?」
「ひぃっ」
サングラスを掛けたボディビルダーのような逞しい体躯の女性店主に首根っこ捕まれ裏で特別接客を受けることになるという一幕もあったが詩季と俊郎は気付かなかった。OL二人のスマホは女店主の指導の下、彼女たち自身の手によって画像動画フォルダが消去されるのであった。俊郎が行きつけにしている理由はこの辺り、女店主に対する信頼にある。
「む。そう言えば今日の夕飯の準備はどうするんだ? 姉が作るのか?」
話が大分盛り上がり、いつの間にか日が大分落ち掛けているのに気付き慌てた。
「もうセットしてきてますから大丈夫ですよ。俊郎さんは大丈夫ですか?」
「今日は冷凍庫掃除の日だからレンジフル稼働するだけだが」
俊郎はある程度作り溜め、小分けして品目を多くする傾向があった。メインやサラダだけを作り副菜は冷凍に頼るのだが、ある程度の周期で在庫一掃するのである。まだ若い上にパッと見は家事と無縁そうな男だが、中身は非常に主夫な男、それが俊郎であった。
「僕は今日は炊飯器で豚の角煮です。あとサラダと味噌汁作るだけなんで十分くらいで出来ちゃいます」
「炊飯器で角煮を作れるのか?」
「ええ。簡単ですよ。前の晩に一回炊飯ボタン押して、朝もう一回押すとトロトロになるんですよ」
「ほう……炊飯器でそんなことが出来るのか。するとご飯はどうするんだ?」
「そっちは冷凍でレンジでチンですね。先日多めに作った炊き込みご飯冷凍してたんでそっち食べます」
「カレーとかも出来るのか?」
「出来ますよ。食べる直前にルーを入れるだけですからシチューもオッケーです。まぁカレーだと夏姉さんの領域なんで僕は作らないですけど。炊飯器料理って材料入れるだけで見てる必要ないですから楽で良いですよ」
かなり感心する俊郎。オーソドックスな料理本で料理を覚えたので詩季のような小技には疎いのである。非常に興味がそそられた。炊飯器でなくても専用の電子調理器があるのだが当然俊郎はそれを知らない。何かと多忙な身にはまさに目から鱗であった。
「あ、今日食べに来ませんか?」
「え? 流石に急で迷惑だろう。それに妹の夕飯の支度もしなくてはならんし」
「千堂さんも呼びましょう。夏姉さんの部活の後輩ですし秋姉さんとも接点あるみたいだから大丈夫ですよ。是非是非」
「だが、流石に」
「ぜんぜん迷惑じゃないですよ。むしろ角煮が大量なので手伝って貰えると助かります。お肉屋さんで大量に頂いて調子に乗って作りすぎちゃってるんです」
詩季からすると毎日のように紋女が来るので来客に抵抗は無い。
「むぅ……炊飯器で作る角煮には興味が引かれるんだが、流石に。それに今日は母が家で夕食を取れそうだから」
残念そうに断る俊郎。嫌がられた訳ではないと詩季も解り安心した。
「あ、なら家に寄って角煮持ってきません? ちょっと遠回りになっちゃうかもですが」
「良いのか?」
「勿論。本当に大量に作っちゃってるんで」
俊郎は詩季の申し出を有り難く受け、お礼にとその場の支払いとお土産のミニケーキ十二個セットを買い詩季の渡す。
「ありゃ、良いんですか?」
「勿論だ。角煮、期待してる」
「ありゃ、ちょいプレッシャーかも。貰ったの良いお肉だから大丈夫だとは思いますけど、味付けは無難にしてるんで普通は普通だと思いますよ?」
「なに、炊飯器での出来が気になるし家族ではない男性の手料理だから母も妹も泣いて喜ぶだろう」
肉と野菜と調味料適当につっこんでるだけですけどね、と詩季は苦笑しつつも己の料理が喜ばれるなら本望だと多目にタッパーに入れて渡すのであった。
二人は暦家に向かう前に寄った駅で、春姫に知られたくない相談事をする際には暗号を使い呼び出すことで話がついた。
「何でも相談してくれ。俺は兄弟というものに憧れてたから詩季君から頼られれば嬉しい。全力で力になろう」
俊郎の言葉に詩季は満面の笑みを浮かべる。これを待っていたのである。
「あの、早速で申し訳ないんですけど、柳幽斉という人ご存じですか?」
「柳? 同窓生だが……何故、君が知っている?」
「姉と買い物してた時に、ちょっと」
あの男はまだそんなことしていたか糞が……と憎々しげに吐き捨てる俊郎に詩季は少なくとも俊郎が柳サイドではないことを確認できて安堵した。これで「親友だが?」と言われたら目も当てられない。
「詩季君、数日だけ時間をくれないか」
「え?」
「俺は君とも仲良くしたいがそれ以前に君の姉に借りが有る。調べて、どうにか出来ないか考えよう」
詩季の本日の目的は想像以上の成果となった。
「有り難うございます」
「しかし、君の姉にも呆れるな。過保護過ぎやしないか?」
「あ、あはは」
俊郎は詩季がわざわざ駅のトイレで着替え、制服と鞄をコインロッカーに預けていた理由を聞き、春姫に対してかなり呆れた。
スマホの監視だけでなく鞄や制服のボタン等にレコーダーが隠されているのではないか、という詩季の疑惑を聞かされたためである。
「そこまでするか普通? 事実はどうあれ少なくとも弟からそこまですると思われている姉というのもどうかと思うが」
と春姫に対してドン引きしつつも詩季から相談相手という立場を認められたと喜びを感じた。
「ま、まぁ僕はどうにも心配ばかり掛けてますからしばらくは仕方ないかなって」
「ある意味柳よりも酷い気がするが、詩季君、本当に大丈夫か?」
勿論大好きな姉だが所々どうかと思う言動が有るだけに「大丈夫か?」と聞かれると「僕は大丈夫ですけど姉はちょっとブラコン過ぎる気が」と答えてしまいそうになる。
「う……うーん」
結果、返答に困る詩季であった。
おまけ
「あれ。お兄ちゃん随分豪勢だね。角煮って家で初めて見た。美味しそ~」
「ああ。それは詩季君からのお裾分けだ。ちょっと味見したが美味かったぞ」
「えぇ!? 詩季君の!? シャ、写メ! 写メ! むしろ動画!」
「いや撮ってどうする。しかも動画って」
「冷凍保存!」
「いやせっかく貰ったんだから食えよ」
「ああでも冷凍焼けしちゃう! フリーズドライ!?」
「普通に食え! ってまだ食うな! ママが帰るまで待て!」
「え。ママにあげたら減る」
「酷ぇな! ママ頑張ってんだろが、ちったぁ労え!」
「じゃあキヌサヤだけ譲るよ」
「肉もあげろよ!」
割と仲の良い兄妹であり、兄は割とマザコンであった。




