釣り あべこべ
二人で朝から五時間歌いきり、建物を出る。
家は近くだが微妙に時間が有るので詩季ともう少し二人だけで過ごしたいと思った春姫は何か良い用事が思い浮かばないかと出入り口で考え込んだ。
この日の昼ご飯は各自食べることになっており秋子がホットケーキを家に居る人の分を焼くと言っていたので心配はない。自分たちもカラオケルームで注文して食べていたので空腹とはほど遠かった。
「春ちゃん、どしたの?」
「ああ、もうちょっと二人で遊びたいんだがどうしたものかと。妹は甘えたい盛りなんだ」
「あれま。可愛い妹さんだこと。特に希望が無ければお兄ちゃんがエスコートしますよ?」
「ほう。如何様な?」
「お楽しみってことで。まずはホームセンター行こ」
歩いて十分程度の場所のホームセンターに寄ることになった。
少し待っているように言われた春姫は出入り口で一人、並んでいる花を何となく眺めながら「何を企んでいるのかな、お兄ちゃんは」と楽しい気分で待っていると声を掛けられた。
「春姫」
振り返るまでもなく、春姫は誰か察知し身構える。
「さっきの、誰?」
背後に立っていたのは春姫の高校の時の同級生の男子であった。
全体的に針金のように細く長身である。切れ長の目、細面、と特徴だけ抜き取れば千堂俊郎に近いのだが印象は真逆であった。
俊郎の場合は清潔感と高潔さがにじみ出ており「出来る伊達男」なハンサムである。
一方で目の前の男は病的なまでの色白さと表情の暗さと怪しい眼差し、そしてボサボサに伸びた髪、と見るからに不衛生な容貌であった。
いくらこの世界の男に飢えた女子でも「いやぁ……せめてもうちょっと人の目を気にしようよ」とツッコみ入れてしまうレベルの不審者っぷりである。
「……柳には関係ない」
春姫は辟易しつつきっぱりと拒絶の意志を伝える。
彼の名は柳幽斉。彼の親は名の通った書道家であり、柳派と呼ばれる流派の一族である。
そして彼は春姫の『自称彼氏』である。高校の頃から春姫につきまとい、こうやって春姫が忘れたころにひょろっと現れては妄言を吐くのである。精神的にかなり危ない人間だと春姫だけでなく当時の同級生達も認識していた。
「僕というものがありながら、浮気?」
「君とそういう関係になった覚えはない。やめてくれ」
一歩一歩と近づいてくる亡霊のようなストーカーに嫌悪感を抱きつつ後ずさる。
高校の頃から度々繰り返されたやりとりである。春姫にとって厄介なことに、いくら女が騒いでも男からの犯罪行為や迷惑行為に対してなかなか被害が認められないのがこの世界の常識であった。
「春ちゃん?」
「あ」
そしてタイミング悪く、詩季が戻ってきた。手には棒状の何かとレジ袋を持っている。
「お友達?」
「いや。そんな上等なもんじゃない」
「お前なんなんだよ!」
「何何何何何!?」
急に大声を出す幽斉に流石に驚き思わず春姫との間に割って入る詩季。
「お前誰なんだよ!」
明らかに頭がおかしい。
「あなたこそ何なんですか!?」
「お前が誰だっつってんだよ!」
男の近づいてこようとする気配に、逃げても野良犬のように追ってきそうだと本能で察知した詩季は春姫の手を取り、自分の後ろに回して盾になるよう立ちはだかる。
身長が低めの詩季より背が高いが、ひょろっひょろの相手である。武器さえなければ何とか対処出来るかもしれないし春姫が逃げるだけの時間は稼がなければと珍しく男気溢れる詩季。
彼にとっては家族こそ至上であり、最早命を賭けて守るに何の躊躇いもないほど大事な存在となっていた。勿論春姫もいざ詩季に実害が出そうになれば即座に対処出来る様身構えていた。
「どけよ!」
「どく訳ないでしょ!」
土曜日ということもあり客が多く、出入り口で騒ぐ男女三人は注目を当然集める。
「くっ覚えてろっ!」
そしてその多くの視線に気づき急に挙動不審となった柳幽斉は外に向かって走り去った。
「えぇ? ……………………えぇ?」
誰かと聞かれ誰だと問いただせば覚えてろとくれば詩季が呆っけに取られるのも無理はない。
「詩季、すまん。女の私が無理に排除すれば即お縄だった。助かった」
高校の頃の同窓生であの通りかなり頭がおかしい、との春姫の説明に詩季は
「なんかほんと、僕が言えることじゃないけど苦労の多い妹ちゃんだねぇ」
とまた呆れるのであった。
「釣りって、お兄ちゃんはやったことあるのか?」
「無いよ~」
姉弟あべこべプレイ続行中の二人はホームセンターから歩いて十五分ほどの河川敷で糸を垂らしていた。先ほどの男のことは「言ってもしょうがないし取り合えず気を取り直そう」で流すこととなった。
この世界の釣りとはやはり男ではなく女が嗜むことの多い趣味である。春姫は物心ついた頃から妹達や弟の世話や家事で忙しかった身でこういった遊びをしたことがない。
「ネットで見てやってみたくなったんだ。ここら辺ってハゼとかフナとかウナギ、海もすぐそこだからメバルも釣れるらしいよ。さっき店員さんが言ってた」
「む、そう言えば漁業権が」
法律を学ぶものとして違法行為は拙いと一瞬焦るも即座に詩季がサムズアップ。
「買ってるよん。セット簡単そうなブラクリにしてみた。これだと錘と針セットだから簡単」
詩季は錘と針がセットになったような仕掛け、ブラクリと呼ばれる物にアオイソメを引っかけ春姫に竿ごと渡す。
「手際良いな」
「適当適当」
詩季はネットで何となく眺めて居ただけで「大昔の人だって適当にやってて釣れてたんでないの? 針と糸と餌あれば馬鹿な魚が釣れるんじゃね?」と楽観的であった。自分の分もセットし、二人で川面に投げ入れる。
「釣れるかな」
「どうだろね。こう、適当にちょこちょこ動かしてると……」
「あ、来た!? 来たんじゃないかこれ!」
垂らした数秒後にグンッと春姫の竿がしなる。釣りとは釣れる時は即座に釣れるし釣れないときは全く釣れない浪漫溢れる自然とのギャンブルである。
「おお!? 春ちゃん、一回勢いよくグンッて上げて! 引っかかってるの突き刺す感じで!」
二人とも「どうせだから釣れたら良いなぁ。まぁ二人で駄弁るだけでも楽しいから釣れなくても良いけど」程度で有っただけにテンションが上がる。
「こ、これは!」
「おおっ!」
そして春姫は竿を立てると釣った魚の全貌が現れた。
「ハゼだね! 凄い! 五センチはあるよ!」
「おお! 今のはおもしろかった!」
「あ、こっちも来た! ほりゃ!」
「あ、私のよりおっきい! 六センチは有るぞ!」
二匹とも世間一般で言えば雑魚と言って差し支えないレベルである。
「夕飯のおかずゲット!」
「あ、今日そういう感じなの? もしかして釣った魚以外なしな感じか?」
「ここまで来たら当然そうでしょ!」
ただ、二人にとっては先ほどホームセンターであった嫌なことを忘れる程には楽しい一時となった。
そして三時間ほど釣りをし、そろそろ夕飯の支度の時間だと切り上げることにした。その間、二人は他愛もない家族の話や学校の話、商店街の話などを楽しみ、詩季は改めてこの世界にこれた事を神か何かに感謝する。
「ふむ。二人でハゼが十二匹。これは多いのか少ないのか」
「まぁ、初めてにしては上出来じゃないか? 楽しかった」
「だね。僕も楽しかった。あの掛かった瞬間がたまらない。また一緒にやらない?」
「勿論。今度は車を出そう」
二人はレジ袋に入れたハゼをどう料理するか話し合い、流石にそれじゃ家族全員+紋女の夕飯としては足りないだろうと途中魚屋でワカサギやイカを買って帰るのであった。
「今日は有り難うな、お兄ちゃん」
「こちらこそ有り難う、春ちゃん。楽しかったよ」
そして度々二人きりの時に姉弟あべこべプレイを行うこととなり、たまたまそれを目撃した冬美によって今度は冬美と詩季の兄妹あべこべプレイが開催されることになるのだがそれはまた別な話。
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あべこべ物お勧めリスト2
活動報告(2016年 06月13日(月))
にてお勧めリスト2を晒してます。是非ご覧下さい。




