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 昼休み。


「木村卓美格好良かったよねぇ」

「ドラマだっけ?」

「『君が望む永劫』、略して『君永』。今シーズン一番面白いよ」


 詩季はいつも通りクラスで熊田と川原木の三人で机を囲み弁当をつついていた。


 ちなみに『君が望む永劫』とはジョニーズ事務所の人気アイドルグループ、SMOPの一番人気、木村卓美が主演のドラマである。木村卓美が男性役を演じている。

 番組宣伝だけを見ていた詩季は宝塚のような印象を受けていた。他のドラマでは普通に男性役は男性の役者なだけに違和感を覚えていたのである。


「あー、俺はGACKO派だからバラエティ見てる」

「そっちかぁ」

「それにドラマ見ようとすると妹たちが学校で話題についてけねぇとかブーブー言うんだよ」

「小学生女子はそっちだろうなぁ。詩季君は?」

「姉達がドラマ派だけど最近は川原木君と同じくGACKO見てるよ。冬ちゃんは何でも見るかな。僕は何かしながら眺めてる感じ」


 今は食後の団らんの際に家族の耳掻きをすることが詩季のマイブームである。冬美、秋子を攻略済み。今夜は夏紀で明日が春姫の予定であった。

 始めは春姫が一番に耳かきをしてもらえる流れだったのだが「詩季に見られても良いように掃除しておくべきか……だがそれだとすぐに終わってしまう……どうすべきか」と長考に入ってしまったため流れで最後となったのである。


「あ。なるほど」

「おい」


 納得顔の熊田を咎めるよう声を漏らす川原木。二人の様子に首を傾げつつ自信作の卵焼きに箸を伸ばす。詩季の卵焼きは鰹節をたっぷり混ぜ醤油を一垂らしするシンプルなもの。夏紀の好物でもありクラスメートの肉山姉に一度奪われた際にはベアナックルが炸裂し悶絶させたことは同じクラスの人間しか知らない。


「詩季んとこは仲良いよな。まぁお陰さんでうちも前よりマシになったけど」


 川原木が少し不自然に話題を逸らした。


「良かったねぇ」

「ああ。前は宿題なんて放置だったくせに今じゃ解らないとこ聞きに来るようになった。妹たちの面倒も見てくれるし大した進歩だよ」

「冬ちゃんも友達増えて良かったよ」

「あの子もともと友達多いだろ? 面白いし」

「そうみたいだけど多いに越したことないし、結構気が合うみたいだよ」

「君らは姉妹が居るから良いよなぁ」


 熊田は頬杖をついて行儀悪く二人に箸の先を向ける。


「僕も兄弟欲しかったなぁ」

「今から頼んでみたら?」


 熊田の父親は見ていないが母親には会ったことがある。まだ若々しい、三十代半ばと言ったところであった。


「無理無理。仕事で忙しいし妹ならまだしも弟が生まれたら目も当てられない」

「一発で男当てると大体一人っ子だよな」


 熊田と川原木の会話に違和感を禁じ得ない。


「そなの? 弟だとダメ?」

「男児税が半端じゃねぇからなぁ。一人頭月二十万だっけか。うちの母親それで無理してっからさ」

「男児税?」


 初めて聞く単語に首を傾げる。


「ああ、詩季君のお母さん会社の役員だもんね。うちはまぁ何とかやってるみたいだけど」


 詳しく聞くと男児の保護者に課せられる税金だという。大卒の初任給平均が二十万円のこの社会で男児に毎月二十万の納税は厳しい。


「それはまたキッツイね……あ、でも川原木君は妹三人居るんだよね」


 男児一人でも厳しいだろうに妹三人はどうなのだろう、と。


「まぁ……普通にキッツイわなぁ。計画性っつーもんが俺の親には無かったからな」


 少し不機嫌そうになる川原木。もう三人は殆ど食べ終えていた。


「熊田君には悪いけどやっぱり姉妹居ると楽しいよね」

「あー。まぁ、たまに家に一人だと落ち着かないわ」

「解る解る」


 何か拙いことでも言ってしまったのだろうかと詩季は慌ててフォローになりそうな事を口に出し、その言葉に川原木も乗る。迂闊な詮索で気分を害することは避けたかった。


「はいはい羨ましいねぇ。デザートに新作クッキー持ってきてるけど幸せな二人にはあげなーい」

「お兄ちゃんクッキー食べたーい」

「兄貴クッキーくれ」

「気色悪ッ」


 丁度、違うクラスではあるが友田達グループと雑談をしていた千堂が詩季の様子を不思議そうに横目で見ていたのを絵馬は油断無く観察していた。




 千堂宮子には義務が有る。今は夕飯の準備をする兄の後ろに立ってその義務を履行していた。


「えーと、なんかこう尋問されてるみたいで嫌なんだけどなぁ」


 暦詩季に関して学校で知り得た情報を兄に伝えるのである。


「あぁ? テメェだけカツ抜きカツ丼にすっぞ? ついでにご飯も卵もタマネギも抜いてやる」

「お兄ちゃん、それ何も残らないんじゃ」

「調味料だけは許してやんよ」


 そう言いつつも大きい方のとんかつを宮子用に盛って渡してくる。口は悪いし基本は俺様系の唯我独尊な兄だが妹である宮子をそれなりに大事にしているのを宮子はしっかりと解っていた。身内には厳しい事を言いつつも甘い兄である。

 少なくとも俊郎や詩季、そして川原木のように家族に料理を作るというのが稀少なのである。


「で、何が不思議だって?」

「ああ。あのね、不思議っていうかよくよく考えてみたら合点が行った感じなんだけどさ。暦君って怪我で入院する前の記憶が無いって言ってたのは話したよね」

「……ああ」


 俊郎は詩季と本格的に仲良くなるべく独自に調べた事でもある。忌々しい事件であり、掘り返すべきではない内容だとファイルにだけ纏めて蓋をした。


「多分なんだけど、暦君って常識的なことを知らないっていうか」

「それは俺も知ってる」


 だから大学の講義であのような話になったのだ、と俊郎は憮然とする。あれ以来俊郎の中でも社会や歴史、そして俊郎の考える女男平等の再構築を計っていたのである。


「うん。だからさ、君永のドラマをあえて見ない家庭って不自然じゃない?」

「そうでもないだろ。視聴率高いって言っても好みもあるだろうが」

「ああ、ごめん。普段はドラマを見ている姉妹がそのドラマのタイミングだけ一話も見ずにバラエティ見てるって不自然じゃない? ってこと。これまで詩季君もドラマの話題ついてこれてたっぽいのに今回のだけ見てないんだよ」

「つまり、詩季君が特男保の対象だ、と?」


 どうりで暦家の姉達と似ていないのかと俊郎は納得する。

 特男保とは特別男児保護法の通称である。この世界の日本では、男児を育てるのには税金を納める必要がある。それは毎月二十万円。男児が成人するまでその義務が発生する。


 それが滞るとその保護者には貴重な男児の育成能力が無いとして男児は国に取り上げられ、男児専用の施設か希望する調査により厳選された裕福な家庭へと養子に召される制度であった。戦後すぐに施行された法律であり、今現在も続けられている。


 そしてこれに対を成す法案が特別養女支援法。

 男児を欲する親の多いことから女児の捨て子が多いため、その救済処置でもあった。

 施設はあるにはあるのだが、常に女児で超過状態だったのに対応するため政府は養子縁組みを推進しているのである。


 養子縁組された女児一人あたり毎月八万円の給付がなされるのである。学用品などについても支給や免除がなされるため希望者は少なくない。

 特に男児が生まれた家庭においては尚更であった。ただ、それには元々の収入や経済状況、家庭環境、そして保護者となることを希望する者の身辺調査・人格面での検査を経て厳正な審査が行われるため誰も彼もが養子を迎える事が出来るわけではない。そのため女児を多く養子として迎えてその給付金で左団扇など出来ないシステムになっているのである。


 勿論その二つの法によって数々の歪みが生まれているのだが、男児を保護する、増え続ける親の居ない女児を何とかする、という苦肉の策でもあった。勿論富裕層が男児を強く欲したことによる圧力が大きかったという背景が有りこの法律は制定されたのである。


 そして孤児院や施設、女児の養子に付随する費用が男子税によって補われている。

 それだけでは勿論足らず、養子となれずに孤児院や施設を出た成人女性は国に対して収入の一部を納めなければならないという本人の責任によらない義務が生じているのも社会問題としての歪みと言えた。


 ちなみに男児を生み、即座に政府に差し出すと多額の報奨金が得られるのも特別男児保護法の条文に含まれている。


 一人生めば大金が得られ、女児が生まれればこっそり捨てる。女児が生まれれば捨て生まれては捨て、男児が生まれれば国に売る、ということを体が保つ限り繰り返す、繰り返させる人間も少なくない。


 この二つの法律を最悪な悪循環の源であり歴史上稀に見る悪法だと詩季と出会ってからは俊郎は特に強く思うようになっていた。


「と、思ったり。だから家であのドラマ見てないんじゃないかなぁって。男児税のことも知らなかったっぽいし。あと川原木君って、詩季君の友達に三人妹さん居るんだけどどうも全員本当の妹っぽい。経済的にキツイって言ってた」

「珍しいな。まぁウチはお前一人だし兄一人妹一人くらいなら世間でも居ない訳じゃない。ただ妹が三人ってのは多いし余程金持ちでもなきゃ男児税払って娘三人育てるのは相当稼がないと厳しいだろう」

「うん。まぁそれについても暦君は何も感じなかったっぽい」

「そうか。記憶喪失だと聞いてなければどこの箱入り息子だと呆れるレベルだな」

「良い意味でのほほんとしてるのは確かだねぇ。常に日向ぼっこしてる猫みたいだよ」


 何それ可愛い、俊郎は必死に緩みそうになる口元を押さえる。

 俊郎は妹に絶対その見解を口外しないように注意し己のカツ丼に手を着け始めた。





 暦春姫は勤勉な学生である。最近では詩季がかなりの割合で家事をしてくれるお陰で勉学にも自己鍛錬にも時間が割け捗っていた。


「せっかいでいっちばん可愛いのは~しーきしーきしーきしーきせっかいでいっちばん愛くるし~のは~しーきしーきしーきしーきっ」


 調子が良ければ気分も良くなる。大学の構内、欅並木の歩道を機嫌良く歩く。今日は詩季とカラオケに二人で行く約束をしていたので気分も良ければ喉の調子も良い、と本人は思っていた。


「暦。通報される前にその怪しい歌を止めろ」

「ぬぉ!?」


 前方の木の陰から千堂俊郎が現れた。驚く春姫を馬鹿を見る目で蔑む俊郎。


「お前が逮捕でもされれば詩季君に余計な負担が掛かるだろうが」

「……千堂君。久々だな」

「週に三度は同じ講義を受けてるがな」

「見かけてはいたが。同窓生だと言ってもあまり接点が無かったな」

「ああ。お互いの家族経由で縁が全くないわけでもないが」

「らしいな。妹たちから聞いている」


 一方的にライバル視している自覚は有るので俊郎は肩を竦め忌々しげにそう告げる。二人が最後に会話をしたのは高校三年の時。俊郎にとっては不本意ながら春姫に借りが出来たと認識する事件が有り、その際におざなりながらも礼を言って以来であった。


「しかしさっきの珍妙な歌はなんだ」

「弟賛歌だがどこが珍妙だというのだ」


 お前の頭とセンスだな、という言葉を飲み込む。


「いや、ただ女一人が聞き慣れない歌を歌って歩いれば十分珍妙だ。止めておけ」


 一理あるので渋々ながら頷く。弟賛歌と言っても弟が傍に居なければ如何に素晴らしい弟なのか伝えきれる訳がない、と思ってしまう程に春姫はブラコンである。


「で、今日はどうしたんだ。私は君にあまり好かれていないと認識していたんだが」

「その認識で間違いはないが、一つ聞きたい事があってこうやって待っていた」


 夏紀のバスケ部の試合で詩季が千堂兄と出会っている事を詩季本人から聞いていた春姫。千堂の妹関連だろうか、と首を傾げる。


「率直に聞くが、詩季君は養子か?」

「詩季はまぎれもなく家族だ。他人に関係ない」


 春姫は一瞬で殺気立ったことに俊郎は身構えるがこれは俊郎にとって予想できた展開である。


「勘違いするな」

「何を」


 何が目的か解らないものの春姫にとっては詩季に悪影響を与えかねない情報を持つ人間、悪意を持つ人間は男性だろうが女性だろうがどうやってでも排除するつもりの春姫は俊郎を睨みつけた。


「妹から詩季君が転校以前、入院前の記憶を失っているという事は聞いている。本人が言ったそうだが学校では公然の秘密だ、と」


 春姫は思わず脱力した。詩季にあえて口止めしていなかったが何故こうも色々振りまくのだ、と愛する弟ながらも一瞬だけだが苦々しい思いが胸を突いた。


「暦。大丈夫か」

「あ……ああ。すまない」


 気遣わしげな俊郎に驚く。その様子から目の前の男が詩季に対して悪意があるとは思えなかった。

 気持ちを落ち着かせるため深く息を吐いた。


「何故、詩季のことを」


 暦春姫からすると千堂俊郎は苦手な部類に入る。論理的かつ高圧的な俊郎に苦手意識を持っていた。

 昔の詩季は高圧的と言えば高圧的だったが子供の癇癪持ちと表現すべきで小さな頃から見ていれば流石に慣れる。

 目の前の男性、俊郎が優秀なのは知っている。物怖じせず論理的であろうとする姿勢は好感が持てる。ただ、男性によくある直情傾向が春姫はとことん苦手で下手に議論が出来る男性となると手加減が上手く出来ず打ち負かしてしまい泣かせた事が子供の頃から度々あったのである。


「何かと繊細な問題だから、気になった」


 しかし目の前の男にそんな雰囲気が今日は見られなかった。


「そう、か」

「妹の学友だし、何かと縁がある男子だ。何かあればいつでも連絡をくれ」


 そう言うと俊郎は春姫に己の携帯番号を書いたメモを渡す。


「解った。番号、詩季に教えても良いか? 頼れる同性が弟に居れば有り難い」


 千堂が多少己をちやほやする女を利用する面は知っていたが、高校時代から正義感の強い男だという事も知っていた。そう言う意味では春姫が知る数少ない「真面目に分類出来る男性」と言えた。


「勿論だ。だが詩季君の事に関してだけだからな。勘違いするなよ」

「勿論だ。千堂は私のタイプではないから安心しろ」

「ふんっブラコンが」


 



 一方その頃。


「あーなるほどねー」


 MiKIPEDIAでドラマの内容を読み納得顔の詩季。

 『君が望む永劫』は特別男子保護法で引き取られ育てられた青年が葛藤し周囲と衝突し乗り越えていく、という話であり賛否両論の話題作と説明が載っていた。


「僕だけなんか似てないかもとは思ってたけどね」


 詩季は敢えて家族にその事を確認するつもりも当然ない。


「前の僕がひねくれてたのはこの辺りが理由なんかねぇ」


 人格が違うにしても誰かに聞く訳にもいかず、詩季はポリポリと頭を掻き気分転換に風呂に入るべく脱衣所に行くと


「あ」

「あ」


 冬美が上半身裸、下半身は丁度片足上げで下着を脱ごうとしているところに出くわした。


 まだ小学生と言えど最近の食生活および稽古のおかげで健康的に育ち始めほんのり膨らんだ胸部と臀部が詩季の視界に入った。


 冬美の裸なら温泉旅行の際に見ているのだがその時はあまりに子供の体型で流石に「あぁ可愛い~きれ~ちょいエロ~」とエロほんわかしていたのである。しかし今は違う。


 禁忌だ芸術だエロ~ではなくエロスッだ、と詩季の脳内はスタンディングオーベーション状態であった。


 幅広い性癖の持ち主、詩季は血が繋がらないであろうとも大事な妹に対して胸の動悸が押さえられない。


「ご、ごめん」

「何故冬ちゃんが謝る!? 僕がごめん!」


 妹に先に謝られて正気に戻る。顔が紅潮するのを感じつつも慌てて詩季は脱衣所を後にする。


「ふわぁ……やっばぁ……うぅ」


 詩季は罪悪感を抱きつつ前屈みで自室に向かった。その後ろ姿に養子がどうの血の繋がりがどうのという悩みは欠片も無い。




おまけ


「僕の兄は……とても……しゃい……なにこれ……萌ゆるっ」


 真っ裸でどこか恍惚とした表情を浮かべ両頬を手で押さえてはクネクネ踊る冬美が取り残されるのであった。


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