季節話 運動会 後編
「詩季に向けられるカメラが多すぎるな」
「そりゃ仕方ないわよ。あまり目に余るのはこっそり排除して」
「解ってる」
母親とは対照的に不機嫌そうな春姫は監視の目を強めると、後ろから声が掛けられた。
「物騒な奴らよ、おはようちゃん」
紋女がスポーティーな格好での登場。右手にはボルピックのボトルを持ってパッと見はジョギング中の女性で会場にも溶け込んでいる。昨晩の酒が残っているのか血色はあまり良くなく眠そうにも見えた。
「紋の字さん、起きれたんですね」
「おはようございます。社長」
「うむ。さっき詩季君からメール来ての、這って起きたわ。それにミッティの晴れ舞台じゃ。見ないでか。
それであ奴らは……お、暦家で上位独占か? しかしあ奴らが一般人に混ざるなど反則じゃなぁ」
「冬は取り敢えず障害物競争で一位でした」
「ま、暦家のフィジカルモンスターの娘なら一位で当たり前じゃ。どうせ初っぱなから大差を付けたかビリからトップに躍り出たかのどっちかじゃろ」
「よくおわかりで。まさに後者でした」
自覚はかなり有るので親がフィジカルモンスター呼ばわりは自覚が有る為スルーの春姫。
「あやつは浪漫を求めるからの。ゲームでも縛りプレイ大好きな変態じゃ」
「社長。まだ小学生を変態呼ばわりしないで下さい」
「紋の字さん……そのペットボトル、お酒じゃないですか?」
「水じゃ水」
「匂いがしますけど」
「六割位は水じゃ」
残りアルコール分ならそれは酒だろうと春姫も節子も呆れる。わざわざミネラルウォーターのペットボトルに入れてくるあたり小学校に対しての配慮が有るというよりもただ単に性質が悪いだけである。
「もうすぐお昼ですから大人しく座ってて下さい」
「外で飲む酒は旨いのう。お主らもどうじゃ?」
「お酒と認めないで下さい。私は遠慮します。一応紋の字さんも保護者枠なんですから自重して下さい」
「つまらん奴じゃなぁ」
「仕事中にお酒飲むようなもんですよ」
「こんな楽しげなイベントで酒も飲めないなど親というのは過酷なものじゃ」
やれやれと肩を竦めシートに座り込む紋女に節子も紋女も肩を竦める。
「紋女さん、おはよ~」
「おはようちゃん。詩季君のジャージ姿は良いなぁ。スポーツウェアのモデルになったら記録的ヒット間違いなし」
「あはは、家でも着てるじゃん」
「なに、いつも似合ってるが今日は特にじゃ。やはりシチュエーションも大事じゃな」
見目の良い暦家の面々が集まるとさながら芸能人か何かの集まりかと思われ注目を集めるのを紋女はすぐに察知した。
これならそこそこ顔の売れている紋女に気付く人間も少ないだろうと機嫌良くチビチビと酒を舐める。
「さて、紋女さんも来たしお昼食べよっか!」
「おう!」
そして和気藹々としたお昼が始まった。
腹も膨れ気分良く寝転がる紋女はプログラム表を掲げ見る。
他の面々もリラックスした様子で冬美は詩季の膝枕で休んでおり、周囲の同級生から羨望と嫉妬のまなざしを向けられていた。
「勉強も運動も出来て男子にも密かに人気であんなお兄ちゃん居るとか、あいつどんな悪魔と契約してんだよっ」
「前世でよっぽど酷い死に方したんじゃないの。そうでもなきゃ納得出来ない」
「私、生まれ変わったら冬美になるんだ」
冬美の髪を大事なものに触れるように撫でる詩季の姿を家族に男性の居る人間の多くが驚きと憧れの目で見ていた。
「あんな息子が欲しかった……」
「さっき母親にお昼アーンしてたよ、あの子」
「良いなぁ」
「人前でなんて、うちの息子ならいくら要求するか解らないわ」
そして男子生徒の多くが詩季が幸せそうにのんびりしている姿とその家族が常に笑顔なことに気付き、「……ちょっと優しくするかなぁ」と多かれ少なかれ思っていた。
家族に対して詩季ほど優しげな男子は物語の中以外では見ることがまず無いのが現実であり良い方向での影響を振りまく結果となったのである。
「やはり最後の締めはリレーなんじゃなぁ」
玉入れ、綱引き、応援合戦などなど定番の競技を経て終盤に差し掛かっていた。その間も詩季に接触を図ろうと声を掛けてくる人間は幾人も居たが誰もKOYOMIバリヤーに近づくことすら出来なかった。当然詩季はそのバリヤーに気付かない。
「メッティ出る? 保護者枠有る」
「年寄りにMBじゃろ」
「MB?」
「無茶ぶり、じゃ」
「社長は時々若ぶろうとするのが痛々しいですねぇ」
「お母さん、紋女さんまだ若いってば」
「詩季君がそう言ってくれるならそれで十分じゃよ。ミッティはリレー出るのか?」
「出る。アンカー」
「ああ、輸送機の」
「タンカー」
「服を掛ける」
「ハンガー」
「ランキング上位の」
「ランカー」
「銀行員」
「バンカー」
「絶好調じゃな。がんばって参れ!」
「ん、だいじょぶ」
我はそれを肴に酒を飲む、と言外に匂わせながら肩肘を枕に整備中のグラウンドを眺める。
「僕も出るよ~」
「はぁ!?」
「何さっ?」
「詩季、いつの間に!」
「あらまぁ」
「え、駄目だった?」
詩季の突然の発言に家族は驚く。定員はあれど誰も進んで走りたがらないリレーの保護者枠。
午前の部の借り物競走で完走した後、秋と夏が喧嘩している間に人数が足らないから出て貰えないかと教師に頼まれたのである。
『出来ればで良いんですが』
その女教師も美男子かつ優しそうで相手をしてくれそうな詩季と話をしたかっただけで、まさか本当に引き受けてくれるとは思わなかったのだが詩季は詩季で
『え、でもそんな僕足速くないですよ?』
『保護者枠は万が一トップになりそうになってもアンカーが生徒チームが勝つように最後手を抜くから大丈夫です』
『成る程。それならオッケーです』
『え?』
『え?』
『ほ……本当に良いんですか?』
『え? 本当に良いですけど?』
と軽い気持ちで引き受けたのである。
「駄目ってことはないけどなぁ」
「怪我には注意さね」
「詩季、あまり勝手な事を」
難色を示す姉三人に困った表情となる詩季。
「春姫ちゃん、まぁ良いじゃないの。本人が出たいって言ってるんだし今更出ないなんて言えないでしょ」
「なら私が代わりに出よう」
「春の字、人間のレースにロケットが出るでない」
非人間扱い春姫は不満顔である。
「春姉出たら絶対皆白ける。保護者枠のアンカーはでんぐり返しや側転で絶対に生徒をビリにさせない縛り有り」
「ふざけた学校さ。それまさか詩季君がやるのかい?」
冬美の説明に秋子は呆れた声をあげた。
上の姉三人は去年もそうだったということを思い出し改めて呆れる。
「いや僕はアンカーじゃないし普通に走れば良いってさ。僕も他に何か出たかったから丁度良いし」
「お兄ちゃん出た方が盛り上がる」
「お前は兄をどうしたいんだ」
「鼻たっかだか」
「冬君キャラ変わってきたのさ」
「お前の影響大だろ絶対」
問答は終わりだとばかりに屈伸を始め、やる気をアピールする詩季にやれやれと上の姉達は肩を竦めた。
「詩季君、あざとく転べばきっと楽しい事が起こるぞ?」
「うわ、馬鹿らしいさ」
「え? 何が起こるの?」
「詩季を助けようと他の走者が駆け寄るんだろ。遅くても良いから絶対転ぶなよ」
「その時は私が助け起こすから安心しな」
「あー……まぁ適度に頑張ってくるよ」
姉である春姫がわざわざコース外から助けに来るなんてどんな羞恥プレイだ絶対に転ばないようにしよう、と心に誓う詩季はアナウンスの指示通りに校庭の一角に行く。
「暦、絶対ヘマすんなよ」
大蛇克美は同じクラスであり同じチームとして走るアンカーの冬美を睨む。
冬美は流石に近くに兄が居るので無視はせず、静かに頷いた。
運動会の一番の花形競技、六年生のクラス対抗リレーだが、これは各クラス内での足の速さで強制的に選ばれる。
冬美は兄が応援に来ることを見越して一番美味しいポジションを得ようと計測の際に本気を出したのである。その際にまさか己以上に足が速いクラスメートが居るとは思わなかった克美は冬美の後塵を拝し臍を噛む思いであった。
目の敵にしている冬美にバトンを渡したくなかった克美は自分から三番走者となった。他はともかくアンカーは一番速い人間が勤めるべきでそれを己の我が儘で覆すのはあまりに情けないと考える自尊心もあった。
各走者、保護者枠を含め計六人が所定の位置に付く。各チームは五名であり、計三十名がスタート地点付近に列を作った。詩季は第二走者であった。
「がんばれー!」
「頼んだぞ~!」
「ビリは勘弁な!」
応援が飛び交う。
「位置について……ヨーイ!」
一瞬の静寂が訪れ、合図である乾いた音が鳴り響いた。次の瞬間からグラウンド一面喧噪に包まれた。
「いけぇ!」
「あ、馬鹿! 内側から抜かすな!」
「そこだ!」
途切れ無く飛ばされる応援と激。
「王子頑張って!」
「王子ファイト!」
「王子転ばないよう気をつけて!」
などと結構な数の声援が向けられ改めて注目されていることに気付き、カクカクと挙動不審な動きをする詩季。そのぎこちなさが学校とは違う層のファンには堪らなく、擦れていない印象を与えさらに声援に力が篭もっていった。
「詩季、焦るなよ!」
「マイペースでオッケーさっ」
思わぬファンからの熱意に戸惑った詩季だが姉達の声が耳に届き落ち着く事ができた。
そして無難過ぎる程に無難に第二走者として恥じぬ走りを見せる。
その間も詩季に対しての嬌声が響いていた。
そんな詩季を見ながら春姫は密かにため息を吐く。
「あの人気は詩季君だから仕方あるまい。あまり厳しくするのもどうかと思うぞ」
「ですが詩季はガードが緩すぎます」
「まぁ解らんでもないがのぅ。お主が貧乏くじ引いてるようでなぁ」
「……そうでもないですよ」
「ふむ?」
そんな会話をしている間に第三走者へとバトンは移っていた。
「結構レベル高いわねぇ」
「あの走者は武術か何かやっとるじゃろ」
トップは大蛇が走りどんどんと二位を離していく。そんなトップランナーを紋女が楽しそうに眺めつつ酒を舐めた。
「社長はそういう事、見て解るんですか?」
「むしろ見たままよ。ムキムキではないが細マッチョでよく鍛えられとるのう。眼福眼福」
「社長、犯罪者になるのは勘弁してください」
「大丈夫、単なる観賞じゃ。我は詩季君一筋だからの」
「それも犯罪ですから」
「手は出しておらんて。あっ」
紋女の小さな驚きの声にグラウンドを見るとトップランナーだった走者が盛大に転んだところだった。
「あらら、可哀想に。あれは痛そうねぇ」
あまり心配そうではないが気の毒そうに呟く節子に紋女も同調する。
「だのぅ。クラスでの立場にもよるだろうが、折角一位だったのに、と後で周りから責められるパターンじゃろ、これ。
我も高校の時やらかしたことあっての、直接責められはせんかったし今では良い思い出じゃが、当時はきつかったわ」
紋女は苦虫を噛んだような表情で、やはり酒を舐める。
「大丈夫ですよ」
そんな紋女に春姫は珍しく勝ち誇った顔でそう告げた。
「クソッちゃんと、整備しやがれよッ!」
悪態を吐きつつ第四走者にバトンを渡した克美は所定の位置に足を引きずりながら戻った。
「ッ……なんだよ! 文句あんのかよ!」
他のクラスメートは機嫌の悪い克美から視線を逸らすだけだったが冬美は何か言いたげな視線を向けてきたので感情のままに怒鳴りつけた。
「怪我、早く治療した方が良い」
冬美はすぐに治療班に向かおうとしない克美を純粋に心配して勧めたが、忠告された本人からすると怪我を理由に最下位となっているチームを置いてそこから去るのは逃げたようでプライドが許さなかった。
「うるせぇっ」
流石に周囲の目もあったため声を抑える。
「悪かったなぁ? 俺のせいでビリだ。ケッ」
態度の悪い克美に冬美は一瞬呆れた表情となるも、責任を感じて不貞腐れているのだろうと察する。
「なんだよ。文句あんならハッキリ言えよっ」
いつも通りと言えばいつも通りの冬美の態度に業を煮やし掴みかかろうとした瞬間、冬美は立ち上がり、バトンを受けるべく歩き出す。
これから走る人間にこれ以上絡む訳にもいかず克己は第四走者の奮闘も空しく差は全く埋まらないどころか広がる一方である事に悲しみが積もる。
当初はトップになれる、と思っていたクラスメート達や保護者達の少し白けた空気に克美は居たたまれない気分になった。自分を責めるような空気を感じて仕方なかった。
「くそ……くそ……ちくしょうっ」
一人ならば泣いていただろう。おそらく後で一人になれば悔しくて泣くだろう。クラスカーストで上位とはいえ、陰で何と言われるか解らない。その恐怖に耐えるように克美は拳を必死に握りしめた。
しかしそんな克美に、いつもの表情と眼差しを少女は向け、告げた。
「大蛇さん。だいじょぶ」
克美は罵倒の言葉ではない、予想しなかった言葉に顔をあげると、バトンを受け走り出す小柄な少女の姿を見た。
結果は堂々の「失格」であった。
「いやぁ、笑った笑った!」
「流石我らが妹、最高だったさ」
「あれはあれで良かったが冬美、普通に走れば四位くらいは行けたんじゃないか?」
「芸人として美味しくない」
「あらら、この子自称しちゃったわ」
最後の走者、冬美はバトンを受け取るとあろうことか逆走し始めたのである。観客も走者も唖然とし、そして騒然となった。
が、冬美は構わず走り続け、あろうことか保護者枠のアンカーが気を使ってでんぐり返しで必死に時間稼ぎをしているのに近づき、
「御免なさい、協力お願いしますッ」
と保護者枠アンカーにだけ聞こえる声で告げると逆に転がし始めたのである。
「おぉっ!? おおっ! おおっ! おおっ!」
「おっすおっすおっすおっすッ」
元々がネタ枠であり察しもノリも良い保護者枠アンカーだったお陰で冬美に協力して後ろに自ら転がり始めたのも功を奏した。
「やぁっ! とぅっ! ほりゃっ! よいしょっ!」
「おっすおっすおっすおっすッ」
ついにそのまま冬美は保護者枠アンカーを転がし続けスタートまで戻ったのである。その時、冬美は両拳で天を突きこれでもかと言うほどにドヤ顔であった。
その姿は威風堂々、一点の曇りもない勇姿と言っても過言ではない。
保護者枠アンカーの熱演もあって終始学校は爆笑に包まれ、呼吸困難になりそうな程の笑いを冬美は勝ち取ったのである。
当然冬美の意図を殆どの人々が理解していた。しかしそれ以上にコミカルな寸劇に堪えようとも溢れ出る笑いに真面目に走り抜いた他のチームどころか冬美と克美のクラスメート達も笑い転げてしまったのである。
『今のお気持ちは!?』
ヒーローインタビューならぬブービーインタビューでは一位のチームそっちのけで司会進行の生徒が冬美にマイクを向けた。
「良い汗かいた」
サムズアップし額の汗を拭う冬美は最後にまた笑いを巻き起こすのであった。この時には誰もが大蛇克美の転倒を責める気持ちを失っていたのである。
「冬ちゃん、お疲れ様。楽しかったよ」
「ん」
「ミッティはやっぱり大物じゃな。流石我が友!」
「まかせて」
「ふふ、本当に冬ちゃんは優しいね」
「割と楽しかった。転がし易かったし良い人だった」
妹の頭を撫でる詩季だけは、膝に絆創膏を貼った男子が妹に熱い視線を向けている事に気付いていた。
おまけ
姉「お母さん、随分汚れちゃってまぁ。商店組合に要請あったからってどんだけ張り切ってんのよ」
母「付き合いってのも大事なの。あの学校の給食にはうちからも結構卸してるしかなりの金額なのよ?」
妹「まぁそうだろうけど……うわぁ。砂だらけじゃん。玉転がしの玉にでもされた?」
母「おや、知ってたのかい?」
妹「え、マジ? イジメじゃん!」
母「違うわよ。余興というかエンターテイメント。相手からも謝られたし私も楽しかったし笑いも取れたからこんくらい良いの良いの」
しかしあの子は大したもんだねぇ、と肉山母は楽しそうに笑っていた。




