季節話 運動会 前編
冬美と大蛇克美の確執は冬美にとっては一方的に始まり一方的に収束した。
「冬ちゃーん、ウインナーはタコさんにしないでも良い?」
「え」
「あ……嘘だよん! ウインナーがタコじゃないなんてウインナーじゃないもんね!」
「んっ」
冬美が一瞬固まったのを見て詩季は即座に撤回した。
「運動会頑張ろうね」
「ん」
この日は冬美の小学校の運動会であった。
日曜日に運動会だと土曜日に全てではないにしてもある程度の準備に取りかかる必要がある。学校側としては教師を日曜日に休ませるためには土曜日に開催したいところなのだが少子化という世知辛い事情によりどうしても保護者参加での開催となってしまうのであった。
「紋女さん大丈夫かな? 昨日大分グデングデンだったけど」
昨晩は紋女と節子が宴会を開いていたのを思い出す。
「飲んだ次の日のメッティは放置安定」
「でも結構楽しみにしてたしなぁ」
「なら十時位にメール。メッティが本気飲みすると八時間は睡眠が必要」
「そだね。僕が後でメールする。お母さんは流石だよねぇ」
「メッティ曰くフィジカルチートだって」
「あぁ、確かに」
冬美は温めに入れた緑茶を詩季に渡す。
「ありがと」
二人でお茶一杯分、一息入れて出発した。
「冬ちゃん」
手を繋ごうと詩季が手を伸ばすも冬美は逡巡する。兄と手を繋ぐのが嫌なのではなく小学六年生が家族と手を繋いで通学路を歩くというのに抵抗を感じる。
「あー、じゃ、これでどう?」
冬美の手を繋ぐとどうしても背の低い方である冬美の方が兄に甘えて見えるのを気にしているのだろうと察した詩季は冬美の腕に軽く自分の腕を絡める。
とかくこの世界の女性は自分の腕に男性を絡めたがる。
男性がその女性に惚れているように見えることから女性の独占欲や顕示欲が満たされるのだろうと詩季は分析していた。
何より母や姉達は外を歩くときはとにかく腕を組みたがるのだ。家の中でこそ冬美とはスキンシップは一番多いが外ではそこまででもなかった。
「……ん」
冬美はこれ以上断ると兄が傷つくかもしれないと危惧し諦め歩きだした。己の腕に詩季が腕を絡めてくるのも気分が良いことも発見する。
「冬? お、おっす?」
「暦君、おはよ」
「ん」
学校に向かう途中、おそるおそると言った様子で冬美に声を掛けてきた冬美のクラスメート女子二人に詩季は笑顔を向けた。
「お友達?」
「ん。増田と岡田。この人、僕の兄」
「こんにちは。妹がお世話になってます」
「う、こ、こんちは!」
「じゃ、じゃあ、またあとでね!」
改めて冬美の顔を見るとどこかドヤ顔であった。姉達と似た反応で詩季は思わず笑みが漏れる。己の存在が家族にとって好ましいと思われているのは単純に嬉しいことである。
「あ、春お姉ちゃん達あっちだね」
校庭に正門から入ると詩季はすぐに家族を見つけた。
「我が家は色々おかしい」
夏紀と秋子は校庭にラインを引く係りらしく競うように土煙を上げながら石灰で引いていた。そのスピードがまずおかしい。近くを通った低学年女子が風圧で尻餅をついた。あれだけの速度を出してしっかり線が引けているのにも冬美は呆れた。
春姫は障害物競走用なのか小学生サイズとはいえ両手にそれぞれ重ねたままの跳び箱を持って運んでいる。下段の縁を握ってバランスを取っているのだがどう見ても一台につき二人で運ぶか分解して運ぶものにも関わらず平然と運んでいた。重力と物理法則に逆らい過ぎている。
「あ、お母さん居た……揉め事?」
ラフな格好の母も準備に参加している筈なのだがしきりに相手から頭を下げられていた。
大人同士の話に割って入るのもどうかと思いちょっと離れて様子を伺う。
「相手は校長。毎年あんな感じ」
「そなの? お母さんPTA役員とか?」
「違う。ここ私立、我が家は寄付金べりーべりーめにぃ」
「金かっ」
「まにぃっ」
二人で変なツボにハマって笑い出す。
校門近くで仲良さそうにする兄と妹を驚いた表情で見ては通り過ぎる保護者や子供達。それも気にならないほどに二人にとっては自然なやりとりとなっていた。
「あの人って……暦君の彼氏とか?」
「あの人はお兄さんだって。超美人超やばい」
「凄い優しそうな人だよな」
「冬、羨ま死刑」
冬美のクラスメート女子達がそのうち絶対に家に押し掛けてやると息巻いているとそれを聞いていた男子グループの一人、大蛇克美は不機嫌そうに漏らした。
「家族で仲良いとか気持ち悪ぃ」
大蛇克美にも姉は居たが近づく気にもならない存在である。まるで恋人同士のように仲良さそうに、言ってしまえばイチャイチャしている二人に己と姉を重ねてしまい嫌悪感を覚えたのである。
「そう? うちは妹居るけど可愛いよ」
「まだ赤ん坊だからだろ」
「んー、まぁみんなそう言うからそうなのかも。でも懐かれると可愛いよ」
懐かれると可愛いというのなら犬猫と何が違うと克美は同じクラスの男子生徒に対して心の中で毒付いた。
「でも本当に綺麗な人だよね。流石南部王子」
「南部王子?」
「知らないの?」
聞けば北の王子と対に語られる人気者であり「北は金の亡者、南は菩薩」と噂されているとの説明に克美は鼻で笑った。
「優しそうだし羨まし。あんなお兄ちゃん欲しいなぁ」
「妹と同じで外面良いだけだろ」
そう悪態を付いて離れていった。
「冬ちゃん頑張~!」
「イケーーーー!」
「冬君ガンバさ~」
陣取っていた場所で障害物競走に参戦中の冬美を応援する暦一家。
五人ごとに出走するのだが冬美意外の女子は冬美よりも体格が良くいかにも足が速そうであったが冬美は出だしこそビリと遅れたものの地味に追い上げ四位に浮上した。
「去年までだったらここで妥協したが」
走る冬美の姿を見て春姫は意外そうな、だが嬉しそうな声を上げる。
ビリじゃなければ良い、という意志が見え隠れする程に冬美は手を抜き応援にわざわざ来ていた母や姉達を大いに白けさせていたのは一年前の事。
終わった後に夏紀が「お前なぁもうちょっと本気だせよ」と言っても「明日から」と宣い更に呆れさせるというのを数年繰り返していた冬美。
「そうね。あの子、今一闘争心とか薄いタイプだから」
そんな冬美に変化が訪れたのは誰の目からも明らかであった。
「今の冬君が手を抜く訳が無いさ」
「だな!」
飴玉探しで真っ白になるのを保護者や生徒達は微笑ましげに笑う中、冬美は己の考える最も効率的な経路で口を飴の埋もれたバットの中を這わせると即座に発見しさらに一人追い抜いた。
二位と僅差で三位を走っていた冬美はネット潜りで二位に浮上。ここでは体格が功を湊したことと二位の後ろを追随する形で最小限の動作でくぐり抜けたのは体力的にも効果が大きかった。
「冬美は小柄だからかスルスル行けるな」
そして最後の関門、平均台渡り。
「そのままそのまま!」
「行ける行けるッ!」
「やったわ! 一位よ!」
若干慎重に渡ろうとするトップの走者を横目に冬美は颯爽と抜き去ったのである。
そのまま危なげなくゴールテープを切る冬美に家族だけでなくクラスメートの女子や冬美の隠れファンである男子達が歓声を上げた。ビリからのスタートで四人抜きは見ている者を熱狂させるに十分な活躍であった。
「ま、平均台は足が短い方が有利さね」
「あ、秋お姉ちゃんのこと睨んでない? 聞こえたんじゃ」
秋子は詩季の言葉に冬美の方を見ると半目で己を睨んでいる妹と目が合った。
「あれま。冬美イヤーは地獄耳さね」
秋子は愛する妹に向かってウインクと投げキッスを飛ばすが即座に五月蠅い蠅を追い払うように冬美は二度手刀で叩き落とす動作をする。
「ぶははっ! 落とされてやんの!」
「あれま。子供にはまだ早かったさ」
「あは、冬ちゃんて結構お茶目だよねぇ」
「次はお前等だろ。さっさと行け」
借り物競走に秋子と夏紀の二人が向かった。
「普通、こういう時って家族は別にしねぇか?」
「まぁ余興みたいなもんで気にしてないのさ」
「適当は適当で良いけど、お前絶対ガチでやるだろ」
「我が辞書に『弟の前での敗北』は無いのさ」
「ふふ……俺の辞書にも無ぇよ」
「その辞書は落丁の不良品さ」
「あ?」
「抜けるのは『間』だけにして欲しいのさ」
「その喧嘩買った」
二人の発走は酷い有様であった。他の走者など存在感が失せる程に飛び出てお互いにショルダータックルを食らわせながらデッドヒートを繰り広げる。
「何やってんのあの子達……恥ずかしい」
「全く……あとで折檻だな」
「ある意味盛り上がってるし良いんじゃない?」
「詩季は優しいなぁ」
「あはは」
そんな温い会話が成される一方でレースは中盤、借り物のお題が書かれた紙をいち早くゲットした二人はピタッと静止した一瞬後、詩季に顔を向けた。
「うわ、こっち見た」
姉二人に向かって割と酷いことを弟は呟くほどに二人の目はギンギラギンに光る。
「私ならアルゼンチンバックブリーカーで排除出来るが」
「いやぁ……駄目でしょ」
「危なかったらシャイニングウィザードで助けるわ」
「武闘派過ぎでしょ」
そんな会話をしている間に土煙をあげ一直線に詩季に向かってきた二人はスライディングで目の前に止まる。
「詩季、行くぞ!」
「私と行くさ!」
「えと、ちなみにお題は?」
「好きな人!」
「宝物さっ」
二人が詩季の腕を取ろうとするのを春姫が払い退け即座にアイアンクローで二人を吊す。
「ジャンケンしろ。お前らの力で引っ張ったら詩季が千切れる」
「ぐっじゃ、じゃんけん」
「ぽん、さ……ヨッシャッ」
結果、秋子が勝利し詩季の手を取りゴールに向かって走り出す。しかし如何せん詩季の身体能力は並。必死に走るも程々の速度でしかない。
「不覚っ! こうなったら」
夏紀は弟の並の脚力に感謝しつつ諦めず違う方向に走り出す。
「冬!」
クラスの応援スペースに座っていた冬美に駆け寄る。
「春姉となら余裕勝ちなのに」
「姉を連れてくとか気色悪いわ! 女家族で一番はお前で間違いねぇからさっさと来い!」
「男なら惚れる熱さに乾杯」
なんだかんだで姉妹の中では一番一緒に遊んでくれる姉の頼みと本音は二番目であったとしても嬉しくもあった冬美は夏紀の背中に飛び乗る。
「はいよーしるばー」
「馬じゃねぇよ!」
「馬の差で勝てる」
「馬じゃねぇよ!」
結果、鼻差で夏紀が勝った。
「ごめんねぇ、秋お姉ちゃん」
「詩季君のせいじゃないさ」
「騎手の腕が良かった」
「乗ってただけだろ。それより鼻の高さが勝敗を分けた」
「なんかぶーぶー豚の鳴き声が聞こえるさ」
「負け犬の遠吠えが聞こえるなぁ」
「何はともあれ詩季君とゴールインしたのは私さ」
「ジャンケンで勝っただけだろが」
「もう、二人とも喧嘩は駄目だって」
「夫婦喧嘩は犬も食わない」
「冬、気色悪いこと言うな」
「冬君、さっきの足云々の仕返しさね?」
一位と二位の旗の下でワイワイとじゃれ合う暦家に微笑ましさと羨望の視線が集まる。
「こういう目立ち方なら鼻高々ねぇ」
ビールが有れば祝杯をあげたい気分で節子は子供達を見守っていた。




