女王 犯人
詩季の「使用済みティッシュ」をオークションに出品していた犯人は半月掛からずに特定された。
「で、自主退学、とな」
「違うよ。転校だよ」
「ヌルくない?」
ただ、商品画像とともにアップされていた複数枚あった詩季の画像を始め、判断材料がなかった訳でもないが多くはなかった。発送元なども素人ながらに偽装はされていた。
学校側としては問題にしたくないという事で捜査は及び腰、警察に暦家として被害届を出したものの、成されていた事が犯罪と言えないこともないという微妙なラインであった。
詩季を始めターゲットとなった男性の画像に目線が入っていたためグレーゾーンと判断されたのである。
が、事態は一変する。
伊達をリーダーとするグループの力によって半月掛からずに特定されたのである。その捜査力は秋子でさえ驚愕させた。
「でもエマっち、よく解ったよねぇ」
「まぁ、そこは運が良かったとしか。いやどうなんだろ」
「流石女王」
「流石クイーン」
「流石劉備」
「え、ちょっと待って最後の何」
女王とて受け入れ難いのに劉備とはなんだと。
「どんどんピーキーな能力持った配下を増やすことから付けられた異名だよ」
肉山の解説に絵馬は眉間に皺を余計に寄せる。
「確かに私以外、皆一芸に秀でてる感は有るけど友達だよ」
己が無芸なだけに友人達のそういった面を尊敬はしている。コミュニケーション能力に難有りな集まりであって決して配下ではないと絵馬は思っている。
「まぁエマッチーズはさりげなく目立つからねぇ」
「つるんでる感じはないんだけどね。何かあると急に集まるイメージ。エマッチの統率高過ぎ、みたいな」
肉山と針生の評価に思わず頷く絵馬。
メンバー、特に絵馬が何かをお願いすると恩返しのターンだとばかりに全力で応えようとしてくれる仲間達の姿が配下に見えてしまうのだろうと分析はしている。
「今回もエマッチーズのお手柄だもんなぁ。ゴイスだわぁ」
「秋子先輩も引いてたもんね」
絵馬はアップロードされていた詩季の画像から同じ学校の人間が絡んでいる可能性は高いと当然考えた。それは秋子も考慮していた点ではあるがそれだけでは絞りこめない。
いっそ指紋を取るか、と秋子は考えたが流石に生徒全ての指紋を取るなど犯人扱い甚だしい事まで出来ないと諦めたのだ。
『いっそ怪しい奴全員縛り上げてしまえば良いとさえ思ってしまうのさ』
数日前、生徒会室に呼び出された絵馬は、須藤香奈が買った使用済みティッシュの入っていた紙袋を秋子は薄いゴム手袋ごしに摘んでプランプランさせているのを見た。椅子にだらしなく仰け反って座って諦めモードだと絵馬も見て取った。
『伊達後輩。君の義勇軍で何とか出来るかい?』
後日、己の渾名が絡みそうな事を言われたと絵馬は思い出すがそのときは特に気にしなかった。
『それ、貸して頂けますか?』
『大事な証拠品だから無理さ』
『コピーでも良いんで』
『……筆跡は厳しくないかい?』
絵馬の意図をすぐに理解した秋子だが否定的であった。秋子とて頭をよぎった案だが、それこそ指紋同様に専門家でもないのに判断が難しい上に外部委託するにしてもその費用も莫大で全く現実味が無かった。
『まぁ、やってみます』
須藤香奈が買った商品が入っていた箱に残っていた送り状が手書きであった事、そしてその調査を行ったのが伊達絵馬だったことが決め手となった。
結論として、犯人は伊達絵馬が以前属していたグループのリーダーであった。
悪戯書きをされた時のノートを残していた伊達絵馬。本当はすぐに捨てようと思ったのだが、まだおろしたてのノートであり全ページに悪戯書きをされた訳ではなかったため捨てられなかった。
親の金で買ったノートだけにまだ使えるものを捨てるのも出来ず、かと言って半分近くは汚された物を切ったり修復したりする気にはなれず、ひとまず自宅の机の奥底に仕舞ったままだったのである。
送り状に書かれた字と悪戯書きされたノートの筆跡は一部の止め、撥ねが特徴的だった事もありすぐに判別が付いた。元グループの他の誰かの可能性もあったのだが、幾ページにも渡って生き生きと書かれた罵詈雑言に絵馬は元グループのリーダーだと確信した。
半ば『あいつが犯人であって欲しい』という暗い復讐心があったことも絵馬は己で否定出来ないが、今回に限って言えばそれは正解であった。
絵馬は犯人と目星をつけた元リーダーの提出物を他のメンバーに頼んでこっそりスマホや隠しカメラで撮影するなど更なる証拠固めに動いた。
最後は犯人に相対することなく秋子にボールを渡す伊達絵馬。
秋子の最愛の弟を金儲けに勝手に使っておきながら同じ学び舎で同じ空気を吸うことを許す訳がない。それが解っていた事と、己がトドメを刺すことに価値を見いだせなかったのである。
『伊達後輩。君は凡人のフリしておいてなかなかどうして油断ならない人間さね』
『偶々です。ただ、暦君のお役に立てるなら全力を尽くします』
『ふむ。解ったさ。私は君を信用しないでおくさ』
『……えーと、私はどう反応すれば』
『興味ないさ。ま、大丈夫。嫌がらせはしないさ』
『はぁ』
『ああ、でも一つ嫌がらせになってしまうかもしれんさ。まぁ良いさね』
秋子は非才な伊達絵馬に警戒心を抱き、須藤香奈に詩季の護衛という名のストーカー行為を認めた。
手駒の首に、それこそ数珠繋ぎの如く首輪を付けるのは良い趣味ではない、と絵馬は呆れた。
が、逆に自分が秋子の立場だったらどうするか考えると、出来るかどうかは別としてやはり似たような事を考えるだろうと思い至る。それぞれに監視させるだろう、と。
『で、どうするんですか?』
『伊達後輩。一仕事やってくれた訳だけど……それでも君にはここから先は関わらせるつもりはないから結果だけ見て妄想してると良い』
その翌日から犯人は学校を休み、そのまま転校する、となった。
その犯人の事は協力してくれたエマッチーズの面子と智恵子達一部の人間にだけ教えた。教えずとも関わった人間は解りきった状況なので口外不要ということで話したのである。
「オークションの履歴見ると結構前からやってたみたいだよねぇ」
智恵子は声を呟く。
「うん、それこそ……転校してきてすぐ位からだね」
絵馬は周囲に他の人間は居ないが念のため詩季の名を出さないようそう応えた。
「あいつもエマッチを苛めてなきゃこうならなかった可能性高いよね」
肉山は丸い顔で複雑な表情を作る。
「ま、蓋を開ければ因果応報っちゅーかなんちゅーかだけどなぁ。エマッチにしてみれば復讐果たせりってとこじゃない」
「そういう気持ちも全然無かったわけじゃないけど、やっぱり不毛なんだよね」
針生の言葉に絵馬はため息を漏らした。さもありなん、と針生も頷く。
「そそ。復讐とかそういう暗いことは考えないで明るく元気に青春を謳歌すべきなんだよ!」
絵馬含め、針生と肉山も智恵子の根明さに苦笑せざるを得ない。本当に智恵子のこの明るさには助けられる、と絵馬は感謝する。
「知恵子は悩みがなさそうで良いね」
針生のイジリに智恵子は胸を張って反論。
「失礼な! 悩みくらい有るよ!」
「ほう。どんな悩み?」
「どうやったら王子とカラオケ一緒に行けるかとか!」
「あー、良いねぇ行きたいねぇ良い悩みだよそれ。で、
針さん。なんか策はない?」
「肉山は少しは自分で考えろよ」
「いや私は食べる役。頭脳労働は専門外」
「おいおい。頭脳労働はエマッチに移管済みだって」
「えぇ? いやそれもどうなの」
「エマッチを頼りにしてるってことさ。で、何か妙案はないの?」
陰鬱な雰囲気を吹き飛ばすように軽い調子で始まった仲良し同士の漫才と雑談。
絵馬は軽やかな気分で当たり前な提案をした。
「普通に誘ったら良いんじゃない?」
きっと暦君なら嫌とは言わないだろう、と思えるほどにはこの面子での好感度は高い筈と思う絵馬。
「それは看過できない。秋子先輩に報告する」
「うわっ!」
誰も気付かない内に絵馬の背後に立つ須藤香奈に驚く智恵子、針生、肉山の三人。
「いきなりなんだこいつ!?」
「いつの間に!」
唯一驚かなかった絵馬。
「須藤さん」
くるっと片足を軸にターンを決めると須藤の顔の前で人差し指を立てこう問いかけた。
「取引しよっか?」
最早、絵馬をよく知る誰しもが彼女を平々凡々な人間だと思わないのであった。




