告白 下僕
本来であれば喧噪に包まれている筈の昼休み。
「伊達さん……勇者が現れました」
そこに静寂が訪れた。
「……勇猛と無謀は違う」
伊達絵馬は友田達との談笑をしていた笑みを一瞬で手放し、能面のような顔で己が従えるボッチの一人を見た。
「本人は本気のようです」
「ふぅ……通して頂戴」
友田、針生、肉山が足を組んでため息をつく絵馬に苦笑した。
「女王だ」
「女王様だな」
「クイーンだね」
「やめてよそれ」
本気で嫌そうな絵馬の前にすぐに件の勇者が連れられてきた。同じ一年の女子である。小柄で前髪で目を隠し陰が薄い。
絵馬は机の上で手を組み肘をついた。
「話を聞こう」
静寂に包まれた教室に厳かな調子の声が響いた。
「司令部とかにいそう」
「うん、白い手袋とかしてそうだね」
「いや、今言ったの私じゃなくて知恵子じゃないの。アテレコしないで頂戴」
智恵子がふざけただけであったが妙に貫禄が有った。絵馬はそんな親友を放置し目の前の同級生に一言謝罪して目の前の席に座らせる。
「あなた……本当に良いの?」
「う、うん」
「覚悟、あるの?」
「覚悟、した」
「レベル1のままひのきのぼうで魔王バモラスに挑む方がまだ可能性有るよ?」
それではバグだ、と珍しく智恵子がツッコミ入れようとしたら針生に足を踏まれ痛みで止められた。
「可能性どうこうじゃなく、私の気持ちの問題だから」
「……解った。今日の放課後で良い? 勿論先輩たちの許可降りないと二人で会うことすら無理だけど」
「うん。お願い」
「骨は拾うよ」
絵馬は一人の勇者の肩をポンポンと二度叩いた。
詩季は学園内で一人っきりになることは有り得なかった。それは暦姉妹の作ったルールであり学園内での不文律である。
必ず決められた人間の誰かは側に居ることが義務づけられ、その管理を友田、ではなく伊達絵馬が任されていた。
学年で最も影響力の大きい女子は友田なのだが、その友田が暴走する可能性を鑑みて、詩季に思慕はあれど忠誠心が勝つ絵馬が秋子の眼鏡に適ったのである。
熊田か川原木のどちらも側に居ないときは必ず親衛隊から最少二名はつく。状況によって共に雑談することもあればつかず離れず見守ることとなっている。
これはレイプ・セクハラ対策であった。詩季の行動を制限されていないが、ふとした瞬間に人気の無い場所に引き込まれそのまま暴行される事を危惧してのことであり、これは教師も半ば黙認している体制であった。
そして暦姉妹は絵馬を中心としたグループラインによって逐次状況を把握されているのである。
一見絵馬がこれによって好き勝手調整出来るようにも見えるが当の本人は不可能だと感じていた。
『絶対に内通者が居る』
と絵馬は判断しているのである。美味しい立場といえばそうなのだ。暦姉妹が働きかけなくても取り入ろうとする、絵馬の立場を狙うメンバーが親衛隊やほかの生徒達の中にいないとも限らないどころか可能性大だと思っているのだ。そして絵馬の落ち度を探り絵馬の座をあわよくば手に入れようとしている人間も少なくないと。
故に絵馬は公正明大であろうとする。それが己を守る一番の盾だから。
「しかし勇気あるよねぇ」
会話を終え、去る少女を見送りながら智恵子がつぶやく。
「智恵子ちゃん、それはそうかもだけど、ちょっと違うよ」
絵馬は智恵子の言葉を一部肯定しつつ、否定した。
「彼女は暦君と接点が殆どない。告白しても壊れるような関係じゃないんだよ」
冷静な判断に聞いていた針生も頷く。
「関係が薄いからダメージも小さい。それは裏を返せば成功率が低いという証左でもあるよね」
「思い出作りとしてなら解るけど、友達認定されてると後が怖くて言えないよねぇ」
肉山は苦笑いを浮かべた。
「私はもうそういうレベルの対象じゃないから告白しようだなんて選択肢ないけどね。あ、先輩たちにラインしなきゃ」
絵馬はそう言ってスマホをいじりだし、即座に返信がきた。
「陰から監視最低四名が条件だって」
「じゃ私らで良いっしょ。絵馬隊長?」
「まぁ、この場合私たちが一番あとあと尾を引かないでしょうしね」
「隊長だったり女王だったり司令官だったり絵馬も忙しいね」
「いや、別に頼んでないから」
「あはは。しかし、本人監視付きでも行くかな?」
「元から二人っきりなんて無理だから行くんじゃない?」
かくして、詩季は放課後校舎裏に呼び出され告白されるのであった。
「えっと、確か二組の」
「う、うん! 須藤香菜です!」
「はい、暦詩季です。よろしくね」
なんともゆるい状況である。詩季とて何度か告白されるのを経験しているので今どういう状況なのかは理解していた。そして、絵馬から過去に「断るにしても、せめて最後まで自分の口から言わせてあげると諦めつきやすいと思うよ」とアドバイスを受けていたのでそのように対応していた。
「あ、あの!」
「うん」
「す………すみません、呼び出してしまって」
「問題ナッシングだよ」
そして、大きく深呼吸する須藤。
「好きです!」
詩季はこれまで何回も告白され、その度に「まだ慣れていないこの世界で軽い気持ちで迂闊に誰かとつきあえば家族に迷惑が掛かるかもしれない」と自重している身である。笑顔を崩さないよう気をつける。
それは以前、断るのは決まっていたのだが断り方と申し訳なさからしかめっ面になってしまいそれが相手を傷つけていたことに気付いたからである。幸いなことにその場で相手の心境に気付いた詩季は必死になって正直に相手に伝え事なきを得たが、それ以来告白の場では表情に気をつけていた。
最後は毎回「僕には勿体ない話なんだけど、僕は今、誰かと付き合える状況じゃないんだ。本当にごめんね」と苦笑いで相手の手を取って謝るという「鬼だ」と友田達には言わしめるコンボを放ちトドメを刺すのが南部王子こと暦詩季であった。
「ありが」
礼を言おうとすると須藤は余程緊張してか詩季の言葉を遮る。
「暦君を一目見たときから好きでした! 廊下でぶつかった時に怒らず心配してくれて嬉しかったです! 頭も良くて、冗談が好きで、誰にでも優しくて! 暦君を見ているだけで私幸せで!」
一気にまくし立てゼィハァゼィハァと息を切らす須藤。
詩季は己に向けられた過大な評価に及び腰になる。そんな面と向かって褒められるような人間ではないと。
「あ、あはは、そ……そんな、大げさだよ」
「そんなことないです!」
「僕はそんな大層な人間じゃないって」
「大層なお方です!」
「いやいやいや」
「暦君は何をやっても美しくて! 香りもすばらしくて!」
陰で見守っていた絵馬達は焦り出す。
「ああ、確かに良い匂いするよね」
「智恵子、今はそういう問題じゃないよ」
「どこで香りをかいだんだかねぇ」
「ぶつかったって言ってるからその時じゃない? でも、危ないかも」
香りという単語が出た段階で危険な空気が出てきたのを針生が指摘する。
「例えるならムスク! いや、もっと爽やかかつフルーティーで」
「い、いや、えと……えぇえ?」
詩季は香水のたぐいはおろか整髪料や制汗スプレー・タオルの類も使わない。己の香りを何かに例えられるという人生初の体験になんと反応すれば良いのか全く解らない。
「この暦君の使用済みティッシュは私の宝物です!」
「ひぇ!?」
ポケットから取り出した透明な袋に入ったティッシュの臭いをシンナーのように嗅ぎ出す須藤に詩季は恐れおののき後ずさる。「あぁ……ぎもぢぃいにおぃい…」と悶える女子高生は流石に詩季の日常に出てくる人種ではなかった。
「ダウト!」
「あかん奴や!」
「なんかトんでるよ!」
「智恵子、肉っち、取り押さえて! 針さんは私と暦君護衛!」
絵馬の指揮の下、三人が一気に動き出す。
「な、何をするだ~~~ッ!」
須藤は肉山に退路を塞がれ友田に腕の間接をキメられ地に伏した。絵馬は詩季の前に立ち万が一にも向かってこれないよう壁となる。
「と、友田さん、あまり手荒に」
「え、でも」
「暦君、こいつやばいって」
「ぐぇっ」
逡巡する智恵子に肉山が養護する。肉山が須藤の背中にドスンと座り、いよいよ逃げ出すことは不可能となった。
「須藤さん……あなた、そのティッシュ、どこで手に入れたの」
安全が確保されたと確信した絵馬は、倒された須藤の前にしゃがんで冷たい目で見下ろす。
どこも何も、使用済みと言っても鼻をかんだとか口を拭いたとかそんんな物しか学校で捨てるわけがないしゴミ箱を漁ったのだろう、と詩季は驚愕したまま考えたが、絵馬が驚きの事実を告げた。
「暦君の捨てたものは全て管理されている。トイレや更衣室なんかの女子禁制の場所にはゴミ箱はないし、教室や共用スペースのゴミ箱に捨てたものだろうと即座に回収されて暦先輩に提出される」
詩季はドン引きである。
「嘘でしょ? えぇ? ……ぇええ?」
嘘であって欲しい、むしろ嘘だろ?としか思えない。
「王子、本当のことだよ」
押しつぶしたままの肉山が非情にもそう告げた。
「お姉ちゃん……どっちの姉が、そんな変態行為を?」
「暦君!」
詩季はめまいを抑えられずその場にしゃがみこむ。
「違うよ! そういう意味じゃないって!」
「その通りさっ 不名誉にも程があるさっ マイブラザー!」
詩季におっては、実の姉の声ではあったが誰の声か一瞬解らなかったくらいの大声が響いた。絵馬の緊急ラインにより参上したのである。
「秋子お姉ちゃん……あのさぁ」
ブラコンで自分を時折性的な目で見るのは気付いていた詩季は流石に姉に引いた。まだ直接的なものであれば何とも思わないどころか少し嬉しいくらいだが、己の鼻をかんだティッシュをどうこうするなど姉に限らず流石の詩季も引く。
「まったくの誤解さっ えと、その、と、とにかく違うのさっ」
あまりの詩季のドン引きっぷりに危機を感じた秋子は弁解するも突発的なことに弱い性質が徒をなしまともな弁解が出来ず、それを見る詩季はどんどん秋子から物理的に離れようとする。
「そ、そうだよ誤解だよ暦君! 暦君の捨てたもの回収しないと良くて強奪戦、悪いと学内闇オークションが開催されちゃうんだよ!」
「どこのアイドルだ!」
詩季が思わずツッコミを入れるも
「いやアイドルだから」
と比較的冷静な肉山がやはり須藤を潰したままツッコミを入れる。
「北高の王子が実際にそれでかなり問題になってるんだよ!」
「そ、そうなの?」
「そだよ~、暦先輩たちはそれで大儲け出来るのに王子が嫌がるだろうからって厳重に管理してるんだよ」
智恵子の説明でやっと信じる詩季。そして遅れて登場した夏紀にデコピンされた。
「弟が嫌がることする訳ねぇだろ」
「あたっ」
「何するさっ 最愛のマイブラザーにっ」
「いや、大丈夫。ごめんね、秋子お姉ちゃん」
夏紀に秋子が食って掛かる。
「お前がテンパっから詩季が余計な心配すんだろ」
「アウチっ」
秋子の頭にチョップを容赦なく入れる。
「さて、どこで手に入れたのか尋問しなきゃな」
結果、暦姉妹と親衛隊四人に囲まれ「言わなきゃ盗んだ可能性もあるとして警察に突き出すぞ」と告げられた須藤は入手経路を吐いた。
「ネットオークション? はぁ?」
「……これさね」
秋子はスマホですぐに見つけた。某有名天国オークションであった。
「なになに……『南部王子の使用済みティッシュ』?」
「あ、北高の王子のも有る」
「目線入ってるけど王子の画像載ってるね」
「これやばくない?」
自分を商売に無断で使われていることに恐怖を感じ始める詩季。
「最後の方に『ジョークグッズです。ノークレームノーリターンでお願いします』と書いてあるのがなんとも」
詩季はおそるおそる秋子のスマホをのぞき込むと思わず叫んでしまう。
「高っ!」
使用済みティッシュ、現在価格六万円也。
「まだ買いだね」
「金さえ有れば十まで出せるなぁ」
「でも何の使用済みかで大分相場変わらない? 何グラムかも書いてないしこれじゃ適正価格かも判断できないよ」
「いや、暦君引くからそういう会話は後にしなよ」
親衛隊上位達を窘める絵馬。文字通りドン引きする詩季に気付いて慌てて取り繕う。
「な、なーんちゃって!」
「冗談冗談ミシェル・ジョーダンっ」
「全く何言ってんのよ二人とも」
「肉っち、あんたも言ってたでしょうが!」
「グラム単価考える時点でお前のがおかしいだろ!」
手のひら返した肉山に智恵子と針生はにじり寄るのに詩季は思わず笑い出した。
「あ、あははっ 肉山さん、本当におもしろいねっ」
詩季の笑顔に見とれ動きが止まる四人と苦笑いを浮かべる姉二人。
「そろそろ死んじゃいそうだから肉山さんどいてあげてよ……須藤さん」
そしてお願いする。絵馬が止めようとしたが手でそれを断り須藤に近づく。疲弊した須藤は立ち上がらずその場で座り込んだまま詩季を青い顔で見上げた。
「これは多分、僕のじゃないよ」
「え」
「あとね……想ってくれるのは嬉しいけど、僕、今のところ誰かと付き合うつもりないんだ。ごめんね」
優しく諭すようにそう告げ、詩季は須藤の頭を優しく撫でた。
「あと、こういうのは、多分誰であっても引くと思うからやめたほうが良いと思うよ」
そして苦笑いを添えた。
おまけ
「王子っ何なりとお申し付け下さい!」
「まず立ってよ!」
その日から須藤は詩季のストーカー兼忠臣となる。決して近づき過ぎず、一定の距離を保つ。須藤は「神にふれようとするなど臣下たる私には恐れ多い」と公言し、事実その振る舞いはその通りであった。
「須藤っあんた誰に断って王子に近づいてんの!」
「暦先輩達」
「ぐっ」
親衛隊や絵馬の影響力が増し過ぎていると危惧されたのだろう、と絵馬はため息をつきつつ脱力するのであった。
須藤香菜 = ストーカー




