季節話 ホワイトデー 紋女の乱 後編
「で、メッティ。何のためこの変態に会わせた」
「ミッティ、怒るな怒るな」
「お前がミッティと呼ぶな」
冬美は頭を撫でようとする中谷の手を鋭く打ち払う。兄との間に常に身を置き臨戦態勢である。詩季は詩季で家に帰ったらよく話し合うべきなのかどうなのかと悩みながらついて行く。
「ミッティ、そやつは相手すればするほど調子に乗って煽ってくるスルー安定物件じゃ」
「クビにすべき」
「ふ。私ほど優秀な研究者が居ればな」
「クビにしたいのは山々なんじゃがなぁ。研究費カットくらいが現実的かの」
「いやそれは困る。金は出せ、口は出すな。その代わり遊ばせてやる」
「本当に偉そうな。お主には呆れるわ」
「実績と頭脳だけが私の王座だ。さて、これだ」
彼女の事をよく知るが故に中谷の言葉に頷き返してしまいそうになった紋女は寸でで堪えた。
「CTスキャン?」
「姿形は似ているが中身はそれどころではないよ」
「まぁ似たようなもんじゃ。ただし研究費と開発費で桁が二桁違うがの」
「それいくらなの」
詩季がおそるおそる聞くと紋女は肩を竦めて十億円は越えたと答える。
「それで、何が出来るんですか?」
「よくぞ聞いてくれた!」
この流れで聞かない訳にもいかないだろうと詩季は思いつつ耳を傾ける。
「これはあらゆる検査を一括で行えるだけじゃなく事前に情報をセットすることによって未来の姿や身体データの予測を建てることが出来るのだ!」
中谷は金額などどうでもよく、機能と結果しか興味がない。
「ようは病院にあるようなCTスキャンの凄い版じゃよ」
「そんな簡単に言うな。これは凄いことなんだぞ?」
「ま~の」
「出資者からの理解が無いとか研究者にとっては心外でしかない」
「解っておるよ。それより金は出してるんじゃからさっそこそれで遊ばせい」
「玩具ではないのだが」
「研究所を玩具にしとるお主に言われたくないわ」
いい加減痺れをきらした紋女は中谷の尻を蹴って動かす。
三人は学校のような雰囲気の施設の廊下を紋女を先頭に歩く。
「未来の姿?」
「生活習慣や好みなどを事細かに入れての、同じような生活を続けた場合にどんな容姿になるのかCG合成出来るのじゃ」
「メッティ、そんなことに十億以上使ったの?」
子供である冬美から見たら言ってしまえば「そんなこと」程度のために大金を払う紋女が理解出来ない。
呆れた様子を見せる冬美に紋女は苦笑いを浮かべ「最終目標ではなく必要に迫られての副産物じゃ」と説明する。
「最終目標? 何が目標?」
「うむ。それはな」
紋女が答えようとするのを遮って中谷が口を挟んだ。
「少年少女よ。その前に問題を出そう。人間以外の生物の雌雄の比率はどのくらいだと思う?」
「比率? むぅ」
引っかけ問題だろうと冬美は思ったが人類もまた生物なのだからそこまでかけ離れない筈と人間の男女比、学校での男女比で答える。
「…………五対一?」
「それは雌が五で、雄が一で良いかい?」
「ん」
「詩季君は?」
「雄が少し多めの一対一でファイナルアンサー」
詩季は前世での記憶を頼りに答えた。
兄の発言にギョッとするのは冬美。冬美よりも男の比率を高く言うだろうとは何となく思っていたがまさか一対一、しかも雄の方が多めと言うとは思わなかった。
「少年、正解だ。まぁ雌雄のどっちが多いのかは種類や地域にも依るようだがほぼほぼ一対一だ」
「人間の女って無理ゲー?」
冬美は驚きを隠せず思わず言葉を漏らす。短い時間のつきあいとは言え研究者だと誇りを持っているであろう中谷がこの手の嘘をつくとは思えず冬美は素直に信じた。
「ルナティックモードと我は呼んでおる。男は一日に何度も性行為は出来んしな」
「紋女さん、冬ちゃんまだ小学生」
「おお、すまんすまん。だがあくまで生物学的な話であって猥談ではないぞ?」
男一人に女が五人群がる計算だ。人間だけがそうだとしたら何て糞ゲーだ、と冬美は心の中でもう一度女に生まれた自分に嘆いた。
「まぁ本来は受精卵で未来予想をしようというものの前段階の設備なんじゃよ」
「受精卵の未来予想?」
「そうじゃ。まぁこれは玩具みたいなもんじゃがな」
「創設者がそんなこと言わないでくれ」
「これはこれで売りに出す手だてが有るし無駄だとは思うておらん。さて、本題に戻ろう。詩季君、ミッティ、試してみんか? 未来の自分が見れるぞ? 勿論危険はない」
「未来の姿かぁ。面白そうだね」
そして暦兄妹は『未来の自分』を見るため問診と検査を受けるのであった。
結果、冬美はその日ついて来たことを後悔した。
等身大の縦長液晶モニターに映し出された二〇歳になった冬美の未来予想に詩季は歓喜し当の本人は床にうずくまった。
「冬ちゃん! 綺麗! 可愛い!」
モニターに映し出された未来予想された冬美。その余白に様々なデータが表示されていた。
「身長ががががが」
身長一四八センチ。成人女性の平均身長が一六五センチで詩季の前世の世界よりも一〇センチ近く高いこの世界で一四八センチは女として非常に厳しいと言えた。
「超可愛いよ! お人形さんみたい!」
「少年、トドメ刺すのは止めた方が」
「天然とはかくも残酷なものよ」
詩季からすると異性として見る場合女性の身長は高かろうが低かろうが関係ない。みんな違ってみんな良い、むしろ女性であれば全員素敵、という無節操な神経をしているのが詩季である。
モニターに映し出された未来の冬美は白い水着を着た状態である。
黒く艶のあるツインテールはそのまま、今よりも少しだけ身長が伸び無駄な脂肪はないかのような細い首筋、乳房は薄くもないが厚くもない。
「絶世の美少女だよ! 今も可愛いけど!」
詩季はかねてから暦家の女達が美形揃いだと思っていたが、冬美は理想の妹そのものであった。故に溺愛している。
その二十歳の姿が今をさらに研ぎ澄ました、どこか冷たさを感じる危うい美しさを備えていた。
もし詩季がこの冬美から「足をお舐め」と言われたら脊髄反射で即座に舐めることだろう。
「確かに美形じゃ。まぁ予測の範囲ではあるが姉たちとはあまり似ておらんな」
「身長が惜しいと言えば惜しいけど、これはこれで良いんじゃないか」
「女の子なんだから背が低くても別に良いよ! 冬ちゃん超綺麗だよ、自信持って!」
詩季の言葉にビクッと身を震わせる。そして何かをブツブツと呟いたかと思えばガバッと顔を上げ、中谷の足下にすがりついた。
「な、なんだなんだ!?」
「先生」
「は!? 私か!?」
「身長が、欲しい、です」
「小魚でも食ってろ」
中谷に一刀両断され、ふにゃふにゃと力なく床に崩れ落ちる冬美。その表情は絶望そのものである。
それを見て流石に哀れみを覚えた中谷はすぐに言葉を続けた。
「先ほど生活習慣などについても問診しただろう? これはあらゆるセンサーからの情報だけでなく血液情報や問診の結果が反映されている。過去数ヶ月の食生活や運動習慣なども大きな要素として導き出された結果だ。だから安心しな、これはあくまで今の生活を続ければ概ねこうなるだろう、という予測でしかない。未来は努力で変えられる」
中谷も研究者なので何の根拠もなく身長が伸びるという保証は出来ないが、嘘もつかない。
「せ、先生……本当に?」
「ああ。よく食べよく動きよく寝なさい。信じる者は救われる可能性もゼロではないと言って差し支えない」
微妙な言い回しだが冬美は希望をその小さな胸に生まれたのを感じた。見上げた中谷に後光が差して見えるほどには救われていた。
「まぁ、我なんかは老いる姿しか映し出されないだろうがミッティなら今から色々頑張ればこの姿も変わるじゃろうな。絶賛成長期なんじゃろ?」
元気づけようとする紋女に余裕を取り戻し始めた冬美は言い返す。
「ん…………メッティ、僕ばっかりごめんね?」
「まだ結果も出せてないのに言うじゃないか。ふん、世の中金じゃ金。金さえあれば大抵手に入るもんっ」
「もんっていい歳してお前なに言ってんだよ」
「研究費カット」
「その通り! 世の中金! なんなら金の力で骨延長手術すれば身長伸ばせるぞ!」
「体と手足のバランス大丈夫なのか、それは。我は怖くて出来んわ」
「無理やりは僕も怖い」
「あとは頭部にツノ的な何かを埋めるとか」
「相撲取りに居た」
「鬼でも作る気か貴様は」
漫才を続ける三人を置いて詩季は
「やばいよやばいよ冬ちゃんマジやばいよもう最高だよ冬ちゃんハァハァハァハァハァハァ」
と一心不乱に冬美の画像をスマホのメモリーが許す限り撮影し続けるのであった。
ちなみに詩季の未来予想だが、
「これは危険じゃ。データは我のPCに送って後は削除せよ」
「個人的にバックアップを取るのだけは許せ。じゃないと私は旅に出るぞ」
「……個人的に観賞するだけじゃぞ」
「僕にも送って」
「……セキュリティには気を付けよ」
「らじゃ。ネット無しのローカルで楽しむ」
お蔵入りどころか一部を除き抹消されるのであった。
そして詩季と紋女、そして冬美は研究所を後にする。
「紋女さん、ありがとう! 最高だったよ!」
「え、あ、そう? 単なる余興のつもりだったのじゃが」
「最高! 冬ちゃんマジ天使! 最高のプレゼントだよ、ありがとう! うひゃ~もう幸せ過ぎて死にそう!」
当初、どこかの店に寄って詩季が気に入ったものでもプレゼントしようと考えていた紋女。だが予想外に喜ばれたので変に水を差すより研究所での出来事をプレゼントとした方が良いと判断した。
その後ゆっくり食事や散策をし、至福の一時を過ごし、帰路につくのであった。
おまけ
「うわぁ! って冬か……夜中にそんな暗いとこで何こそこそ食ってんだよ? 煮干しと牛乳? ああ成る程」
「…………見ぃいいぃいぃたぁあぁあぁあぁあぁあなぁあぁあぁあぁあぁあっ」
「怖くねぇし。背を伸ばしたきゃさっさと寝ろ」
暦家の煮干しと牛乳の消費量がその晩から倍増するのであった。




