季節話 ホワイトデー 紋女の乱 中編
高い塀と警備員に守られた見るからに堅牢な門と検問を通過し紋女が車を停めた。
「abekobe基礎生物化学研究所?」
紋女にどこに行くのかと聞いても「楽しいとこじゃよ~」と明かしてくれなかった末に着いたのが明らかにアミューズメントパークとは違う施設。
「うむ。ここは我と同志達で出資している研究施設じゃ」
どれだけの財力があるのかと冬美も詩季も腰に手を当てふんぞり返るゴスロリな服を着た友人に若干引く。
「紋女さんってやっぱり凄いんだねぇ」
「メッティ……パない」
「私利私欲でも情熱と目標を持って突き進めば金はついてくるものぞ」
意識高い言葉が心に刺さり詩季は一瞬顔をしかめそうになる。そうなのかもしれないが自分に自信の無い詩季にとってはちょっと食傷気味だ。
「メッティ、ここ何の研究所?」
基礎生物化学とは有る、が内容が漠然としていて何も解らない。詩季にしてみると基礎的な生物の化学を研究しているのか、と何一つ情報が増えない状況である。建物は五階建てで建て坪は四百坪くらいだろうかと目算する。
「ふむ。これはある種で趣味の研究所でな」
「趣味……」
趣味という言葉に唖然とする詩季。どれほどの金額かは解らないが趣味で研究機関に出資するなど詩季の常識には無い。
紋女は指紋・網膜認証を終え二人を迎え入れた。
「人類を滅亡から救う最前線にようこそ、なんてな」
紋女の言葉は冗談めいていたが、後に詩季にとってはあながち大げさな表現だと思えなくなるとは予想していなかった。
「創設者よ、いきなり来られても対応が面倒です。ぶっちゃけ邪魔」
「せめて本音は隠そうとせよ」
「現代語使ってから人様に言えよ」
「敬語もしっかりせい」
呆れた口調で咎める紋女の前には白衣を着て伸びっぱなしでボサボサの黒髪長身な女性が立っていた。年の頃は二十代後半から三十代前半といったところだろうか。
「研究者に何言ってんだお前。黙って金だけ出してここに近づくな」
「出資止めるぞ」
「ようこそ我が研究所へ。お好きなだけ見ていってください」
「お主の私物みたいに言うでない。詩季君、ミッティ、こやつがこの研究所の所長、中谷じゃ」
慇懃無礼というよりも純粋に無礼な研究所責任者である中谷に圧倒されている詩季と冬美は戸惑いつつも挨拶をする。
「被検体か?」
「ゲストじゃ。冗談でもそういう事言うでない」
化粧っ気もない中谷は無表情のまま詩季に近づき見下ろすとふむふむと頷き一つ提案した。
「少年、君の精子を1cc百万で譲らないか? 性行為なら一千万出そう」
「え」
「死ね」
「ぐっ」
詩季が唐突な申し出に驚愕し思考停止すると同時に冬美が中谷の腹部を張り手気味に押し、間に割って入った。
「少女よ、痛いじゃないか。乱暴はよせ」
「死ね」
「あぶっ」
今度は顔面に張り手を入れる冬美。乾いた衝撃音が廊下に響いた。
「お前何考えとるんじゃっ」
「痛っ」
冬美と紋女の剣幕にさらに驚く詩季。だが暴力はいけないと咎めようとするも紋女まで中谷のすねを何度も蹴り始め混沌とした状況に対処が出来ない。
「ちょ、ちょっと二人とも!」
「お兄ちゃん、訴えれば勝てる。というか訴えなくても今現行犯逮捕出来るレベル」
「そうじゃ犯罪じゃ。詩季君、公的機関を通さない未成年との直接交渉は重犯罪じゃぞ? しかも言い方が相手が誰であれ既に犯罪じゃ」
「で、でも鼻血出てるよ! 大丈夫ですかっ」
詩季はうずくまる中谷に駆け寄りハンカチを差し出す。
「む。ありがとう。なんだこの優しい生き物は?」
「だからって許されると思うんじゃないぞ?」
「脊髄反射であった。申し訳ない。少年よ、謝罪する」
「そ、それは気にしてませんが、ごめんなさい妹が……冬ちゃんっ」
詩季の怒った様子に一瞬動揺するも冬美は冷静に返す。
「家族に性犯罪行為をされたらあの位当然。むしろ軽い。姉さん達なら意識不明の重体にしてる」
春姫なら顎をアッパーカットで粉砕から空中コンボで半殺し、夏紀なら胸部にドロップキックしその後はひたすらストンピング、秋子なら関節技でありとあらゆる間接を外しながらじわじわと地獄を見せるだろうと冬美は弁解する。
「で、あるな。節子ならアイアンクローで再生不能なレベルで砕く。というかむしろ殺す。その位の暴言じゃ。詩季君、君は己の身の安全と価値に疎すぎて我は心配になるぞ?」
「で、でも」
紋女と冬美の当然といった様子に詩季はなんとも言えない気分になる。いくら発言に問題があったとしても問答無用で暴力はいけない、と詩季は思うのだが二人の当たり前といった様子にそう言い切れない。
「少年、二人の言うとおりだ。私が悪いしこの位で許されるならむしろ幸運だ。心配してくれたこと、礼を言う」
「は、はぁ……ならせめて白衣、クリーニング出しますので」
「専門業者に回すから大丈夫だ」
「自費でな。自業自得なんじゃから経費では許さん」
「ちっ金だけ残して死ねば良いのに」
「ちっとは反省せい!」
そんないざこざを経て、やっと研究室に向かった。




