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季節話 ホワイトデー

 詩季は四時限目の古文をうとうとと過ごし、ボーッとしたまま昼休みに突入していた。

 詩季の席は教室の中央付近で熊田も川原木も休み時間のたびに集まってくるので三人の定位置となっていた。


「ホワイトデーって良いよね」


 熊田の一言に川原木は心底呆れた顔となった。


「お前が良からぬ事を考えているのは解った」

「人聞きの悪いこと言わないでよハハハ」

「あはは熊田君が満面の笑みって不吉だねっ」

「詩季君酷くない!?」

「え? そう? 川原木君はどう思う? 不吉だよね?」

「そんなことないこともなくはないんじゃないか?」

「どっちだよ!」

「不吉」

「おい!」


 三人のじゃれ合いにクラスの女子生徒達のニヤニヤが止まらない。

 マンガ研究部所属の生徒などペンの動きが止まらない。


「で、何を企んでるんだ?」

「企んでるなんてそんなそんな」

「あーそういうの良いから」

「詩季にボケ殺しされるとかププ」

「うるさい。もう、会話を楽しむってことを知らない奴らだなぁ。要はバイトしない?ってこと」


 熊田の言葉にしばしキョトンとする詩季と川原木。


「バイト禁止だろ、一応だけどバレたら怒られて辞めさせられるぞ」

「ウチは家の許可貰えれば良いけどあんまり長期間は無理だよ」

「友人の家のお手伝いで結果的にそれとは関係なくお小遣いが出たってことにするから大丈夫。ホワイトデーの一日だけだって」


 悪い笑みを浮かべ内容を説明する熊田に若干引きつつも、一日だけで合法的に金が手に入るならと川原木は了承し詩季は「まぁ付き合いだと思えば良いか」と家族を説得することにした。


「それは良いな。俺は賛成だ」

「熊田は策士さね」

「まぁ川原木の件も大丈夫だろ。俺から顧問にそれとなく言っておくわ」

「宣伝、必要」


 何故か暦家の次女三女四女と姉妹達も参加する流れとなり詩季は首を傾げるのであった。

 


 そしてバイト当日。


「あのさぁ」


 詩季は三時間の労働を経て、休憩を取っていた。


「こういうのってマッチポンプって言うんじゃない?」

「人聞きの悪い。エコだよエコ」


 『ベアフィールド』

 熊田の生家であり地域によくある昔ながらの小さな洋菓子屋である。

 その日は店の前に仮設テントを設け、長テーブルを二つ並べ、仕切を作っていた。


「アイドルの握手会そのものだな」

「これ、法に触れないの?」


 この話を聞いたとき、春姫は反対した。ただ、夏紀と秋子は自分たちの労力が少なくなるため強行したのである。


「売買の伝票は作るから大丈夫だよ」

「でもさぁ」

「まぁ俺も流石にどうかと思うが、今更だ」


 一度乗った話に対して煮え切らない詩季に川原木は同意しつつも割り切れと言外に匂わす。


「最後までやるけど、でもさすがにこれは思うとこあるよ?」


 詐欺と言われれば否定出来ない、詩季はそう思った。

 詩季達が受けたバイトはなかなかにあくどかった。


 まずはホワイトデーに詩季がベアフィールドで手伝いをする、と噂が流された。


 するとどうなるか。


 噂が瞬時に広まりさらには学校外にも広まる。詩季からバレンタインデーにチョコを貰った人間のみならず学外の人間でも詩季に近付くチャンスが生まれるのである。


「百歩譲って客寄せパンダだけなら良いけど」

「クッキー買うと衝立の向こうで詩季にそのクッキーを手渡し出来てさらに握手も出来る、と。その詩季が受け取ったクッキーをまた売り子に戻して次々来る客に渡してはぐるぐる回る、と。錬金術ってあるんだな。熊田、お前天才だわ」

「永久機関じゃないんだからさぁ」

「同じ金額のサービス券も出してるんだから良いじゃん! ほら、中でその券使ってる客ばっかじゃん! 有効期限半年だから今日用意してるの売り切れてもお客さんは損しないって!」


 今は休憩中だが、行列の最後尾が見えない状況で有り、夏紀や秋子、そして親衛隊や有志によって交通整理が行われている。


「お兄ちゃん。これは合理的。最後はこのクッキーは家に持って帰るから貰った物を捨てたことにならないしそれぞれが用意されるのは何が入ってるか解らないから結局捨てる。さらに捨てるにもお金も労力も掛かる。それが無くなるのだから熊さんに感謝すべき」

「だよねっ? 妹ちゃん流石良い子だっ」

「まぁ……前は体育館借りてトラックまで手配する手筈だったこと考えれば良いのかもしれないけどさぁ」

「いっそクッキー関係なく握手券で良いと思う」


 冬美は自分の前置きを全て台無しにした。


「ノンノンノン、妹ちゃん。建前って大事だよ? ウチがそれだけで儲けたら何屋だよってなるじゃない? それにウチは味には自信有るけどちょっと建物古くてね、宣伝も兼ねてるんだよ」

「ああ、なる」


 それにしても、と詩季は己の手を揉みながらため息をつく。


「さぁそろそろ再開しよう。いつまでも終わらなくなっちゃうからね」

「終わるのか? あの行列」

「終わらなければ整理券用意するからまた明日よろしく!」


 結局その日一日では終わらず翌日の日曜日も詩季と川原木、夏紀秋子冬美、そして有志達は駆り出されるのであった。


 並んでいるのはバレンタインの日にチョコを詩季から貰っていない人がほとんどなのだが、その日詩季が握手した回数は二千回を越えた。一人数秒だがそれでも二千回の受け渡しと握手でも数時間掛かった。


 何度も並ぶ猛者が多かったのも原因であるが噂があまりにも広範囲に広まってしまったためでもある。

 また詩季の知名度はスーパーで南部煎餅拡販キャンペーン用等身大ポップによって中々に広まっていたのも影響した。


 通報を受けた警察によって一時は撤収させられそうになったがその言葉を聞き殺気だった客達と一瞬即発となったものの多勢に無勢と警察側が引く一幕もあった。

 結局はトラブル防止のために待機となり警察からすると非常に迷惑な話である。熊田の親は警察から厳重注意されるのも仕方がない。


「じゃ、これ心付けね? バイト代じゃなくて友人の親からのお小遣いだからね?」

「おいおい……いくら儲かったんだよ」


 封筒の中身を即座に見た川原木は動揺していた。十万円も入っている。高校生には大金であった。

 川原木としては家計的な意味でも非常に助かるが受け取って良いものか迷う金額である。詩季もまた同額入っており、前世はサラリーマンとはいえど大金であることには変わらず、扱いに困った。


「売ったクッキー即座に回収してまた売ってるんだから原材料費なんて始めに用意した百個分だけで恐らく一万円も掛かっていない。二日間で約四千個、というよりも約四千回販売で一個二千円。八百万円の売上げ」


 ずっと詩季の傍で不埒な輩に危害を加えられないよう目を光らせていた冬美の解説による金額に詩季は驚く。


「同じ額のサービス券渡してるの忘れないでっ?」


 確かに冬美の言うとおりで売上げにブーストが掛かったのだが、結局客は詩季と握手が出来てベアフィールドで同額のサービス券が手に入るのだからお買い得感が強く、むしろ良心的だと喜ばれ店の株も上がっていた。


「すぐ店畳めば使えない。サービス券分丸儲け。金券じゃないから違法とはならない筈」


 即座に冬美のカウンターが飛んだ。


「あ、夜逃げするの?」

「しないよ!」


 疲れで思考回路が働かない詩季は素で尋ねるも即座に否定する熊田。


「後からその分商品渡すにしても大儲けだわな」

「少なくとも二人にバイト代払っても利益出てるのは事実だから感謝してるよ」


 バイト代と言い切るあたり熊田も相当疲労していた。


「なんか、こう、折角のホワイトデーだったのに潤いが無いイベントだったよ」

「逆にお前の手、水っ気持ってかれてんじゃね? 握り締めるなって前置きしてたから腫れてはいないみたいだけど」

「あぁ……本当だ……かさかさしてるよぉ」


 己の手をまじまじと見て泣き言を漏らす。


「お兄ちゃん。手、貸して」

「ん?」

「潤い」


 殆ど力も入らないほどに疲労した己の手に、妹が保湿クリームを丁寧に塗ってマッサージしてくれた。


「このプレゼントが一番嬉しい。ありがと、冬ちゃん」

「ん。おつかれ」


 詩季は妹の優しさとマッサージの気持ち良さにやっと安心して肩の力が抜けていくのであった。


 ちなみにベアフィールドはサービス券がきっかけで常連が増え、熊田達が高校を卒業する頃には二号店を構えるまでに成長するのであった。





 おまけ。


「流石にこのままじゃ駄目でしょ」

「気にし過ぎじゃね? あいつら好きでやったんだろ?」

「僕としては恩恵受けてる身だから何かやるなら勿論付き合うよ」

「お金は僕出すから協力してね」


 そんな会話が成され、その一週間後にとあるイベントが企画された。簡単に言えば詩季主催の打ち上げという名のお食事会である。




「プラチナチケットだ!」

「プラチナより価値が有るよっ」


 総勢約三十名。暦姉妹公認(詩季は知らない)友田智恵子率いる親衛隊と伊達絵馬をリーダーとする元いじめられっ子&元ボッチグループが招待されたのである。

 まずは詩季がよく話をする友田智恵子と伊達絵馬にお手製チケットを渡したら狂喜乱舞。


「あ、それ何となく作っただけだから他の人が持って来ても入れないよ? 今回は招待された人以外は面倒見なきゃいけない弟さん妹さん以外駄目だし」


 興奮する智恵子と絵馬は心配そうに尋ねる。


「奪われても大丈夫ってこと?」

「私、今日タクシーで帰ろうと思ったんだけど」

「私なんて姉から奪われないようしばらく家出しようと思った」


 それ程に貴重な物であった。


「物騒な。だいじょぶだいじょぶ。二人なら顔パスだよ」


 その言葉に二人は安堵した。


「あの、暦君……私、受付するからこれ、配るの止めた方が良いよ」

「うんうん、ガチで殺し合い始まるよ?」

「物騒な」


 己の価値を理解していない詩季に絵馬はため息が漏れそうになりながら例えてあげる。


「暦君。脱水症状で死にそうな時に目の前を水持って歩いてる人間いたらどうする?」

「私の姉なら問答無用で私からこれ奪って『今の今まで幸せだったろ? 良い夢見れて良かったな』って言うね、絶対」

「……物騒な」


 友田姉の強烈なキャラを知っている詩季は否定出来なかったが取りあえずチケットを配ることは辞め、二人に漏れがないよう注意し伝達して貰うことにしたのであった。


 詩季と別れた後、二人は小声で相談し始めた。


「智恵子ちゃん。これ、連絡漏れたら絶対刺されるよ?」

「うわ……私漏れそ」

「一応親衛隊とこっちのチェックリスト作るよ。確認のサインも貰おう」

「エマッチ居なきゃ私死んでたよぉ~」

「……物騒な」

「プッ似てないしっアハハ」

「超似てますけど?」

「いやいや違うよ、疑問系まで行かないんだよ、ごほんっ……チョー似てますけど」

「あ、似てるっ」


 タイプは違うが気の合う二人であった。




 とある会議室を借りて行われたのは昼食会。

 全て詩季と熊田、そして川原木の手によって作られたと聞いた招待客は最後は皿を舐める勢いであった。


「カラオケ用意すりゃ良かったな」

「川原木がそんなこと言うなんて珍しい」

「詩季に歌わせりゃおひねり飛んでくるだろ?」

「あのさぁ」


 二日間の行列整理のボランティアを行った招待客も最後は一人ずつ詩季達三人に囲まれ写真と全員の集合写真を撮って解散となった。

 ただなかなか少女達が去ろうとしないので詩季達三人を見送る形となった。


「……楽しかったね」

「滅茶苦茶楽しかった」

「うん……料理も美味しかったし」

「熊田君も川原木君もお話ししてくれたから時間みっちり楽しめたよ」

「確かに。あの二人、前は二人の世界入ってて話しかけられなかったのにね」

「なんかあの二人に挟まれてると暦君ってマジ王って感じだよね」

「流石暦先輩の弟って感じ」

「暦君は優しい王様だねぇ」


 伊達絵馬のグループの漫画家志望の少女、ボッチであった江尾鶴夜えおかくよは三人の後ろ姿を見送りながらモノローグのように呟いた。


「シキ王とその両腕である勇ましき美剣カーラギー、麗しき賢者ベアータは円卓の騎士達への褒美として晩餐を催した。後の世に『慈悲王の聖餐』と呼ばれることになるとはその時誰も予想しなかったのである」

「あんた……才能無いよ」

「え!?」

「ちょっと無いわ」

「いやいやいや! 結構自信有ったよ!?」


 彼女が将来ジャンプデーンという有名漫画雑誌の看板作家となるのだがインタビューでは「感受性の強い時期に美しいものを沢山見たのが今の私の作品を支えています」といつも答える事となる。

 ちなみに彼女は『ジョジョジョンボールZ』『スラム白書』『先だけ乙女塾』『シティーパンティー』『パンティーっす』などなど大ヒットを飛ばす。

 そんな売れっ子作家となるのだが初期作品の『ヘルスウォリアー魔王』だけは詩季の最も好きな作品となるものの唯一の打ち切り全二巻となる。


「何で!? 何でこんな面白いのにもう終わるの!?」


 と悶絶する詩季に冬美が


「少女誌なのにファッションヘルスで魔王が働くとかむしろよく企画通ったと思う」


 と瞬殺する未来が訪れることになるとはその時誰も予想しなかったのである。





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