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お手製 スポォツドリンク

 千堂俊郎には悩みがあった。


「むむぅ」


 暦春姫の弟、暦詩季との出会いは衝撃であった。

 まずは容姿。俊郎自身も小中高、そして大学と取り巻きや親衛隊は居たがその俊郎が見とれるほどに詩季の美貌は際だっていた。


「むむむぅ」


 そしてその考え方、思想。


「よくよく考えると、一考に値する」


 あの日は詩季の容姿のインパクトと思想に衝撃を受け詩季の発言に対して検証や正当な評価に欠けていたと俊郎は反省していた。

 俊郎は優秀な人間である。故に現代の女性が社会的に優位な立場となる状況に不満を抱いている。


「確かにあいつが言う通り、不平等というか、不均衡だ……能力によってではなく、男というだけで優遇を受けている場面が多々ある。それは他の面で不遇だからと目を瞑って居たのも事実かもしれん」


 己が男性権利拡張論者という自覚も有る。だが、その一方で詩季の問答を聞いてそれまで己が培ってきた価値観や理論に疑問を抱いたのも事実であった。

 本当の平等、という物に対して思考する機会が格段に増えていた。彼にとっては日々新たな進歩が有り、苛立ちながらも充実した日々と言える。


「え、何?」


 兄がリビングから自分に話しかけてきたと思った宮子はキッチンから聞き返した。


「お前に用なんぞ無いわ」


 用が有るのはお前の同級生だ、と俊郎はため息を吐く。


「はぁ。何かあったの?」

「なんでもねぇよ。それよりさっきからお前は何やってんだ?」


 台所でごそごそやってる宮子に尋ねる。まだ夕飯の時間ではないし夕食は基本的に俊郎が作る。


 家事をする男子は世間一般で言えばかなり少ない。だが俊郎はお菓子作りを趣味とし、普段の食事にも五月蠅い方である。

 母親も宮子も料理に関しては大ざっぱな所謂「女の料理」となることと、部活や勉強で忙しい宮子や仕事で多忙の母親に与えなくて良い労働を強いるという考えが無いので自分で作るか出来合いを買うか出前を取る事にしている。ただ、あまり外食の尖った味を普段から食べたいと思う方ではないので自然と自炊が多くなっているのである。

 家庭内において言動は粗暴だが、暴君とはほど遠い兄を宮子は機嫌を損なわないよう萎縮しつつも慕う気持ちが強かった。


「明日の練習試合用のスポーツドリンクの用意。備品のサーバー壊れてたし汚れてたからウチの余ってるの持って行こうと思って。良いよね?」

「もう使わんだろうから構わんが……で……お前は何やってんだ?」


 その昔、母が何かのイベントで買ったウォーターサーバーであった。


「え、だからスポドリの用意」

「水入れたら十キロ以上有りそうなサーバーにわざわざ中身入れて持ってくとか、お前アホか?」

「あ」


 粉も水も既に入れてしまっていた宮子。


「暦先輩に張り倒されるっ」

「何でだよ」

「こだわりの粉で暦先輩が配合してるんだよぉ」


 たかがスポーツドリンクの粉で怒るとかどれだけだ、そもそも自作するとかどういうこだわりだ、と思ったものの、聞き捨てなら無い名前が出たことに気付いた。


「暦ってのは……暦春姫の妹か?」

「え、ああうん。そうだよ」


 兄が暦春姫をライバル視していることを思い出した宮子は焦った。わざわざ兄の機嫌を損ねるのは彼女の本意ではなく、具体的に言えば夕飯のレベルが大きくアップダウンするので食べ盛りのスポーツ少女としては兄には出来るだけ心穏やかに過ごして欲しいというのが本音である。


「……捨てたりせず、飲めよ」


 しばらく熟考していた俊郎は宮子にそう告げた。


「こ、こんなには無理だよぉ」

「アフリカの子供達は水すら満足に得られねぇんだぞ?」

「そ、そうかもしれないけどさぁ」


 兄の気まぐれなイジメがまた始まったのか、と身構えた宮子。宮子は俊郎に昔から度々こうやってイジられてきた。俊郎からすると妹を構ってやってるくらいの感覚なのだから始末が悪い。

 宮子は俊郎にとって、可愛い妹かと問われればそんなことも無く、だが憎たらしいとか気持ち悪いとかも思わない。

 なんだかんだと面倒を見てきた妹であるだけに他の家庭の男子にありがちな女家族を徹底無視する等はしたことがなかった。当たり散らす事は多々あるが。

 俊郎が気軽に接する数少ない人間であり、やはりイジり易い妹という位置づけで間違いない。


「解った解った。明日、車出してやるよ。何時に出れば良い?」

「え?」


 兄の思わぬ申し出に宮子は固まった。兄は宮子が頼めば大抵のことは断らないが、それでも「面倒くせぇ!」「なんで俺がそんなことしなきゃなんねぇんだよ? ああ?」などなどかなり悪態を付く。場合によっては頭をどついて来たりする。その兄がわざわざ練習試合のスポーツドリンクを運ぶのに車を出すというのだ。


「えと、車なら家を七時に出れば大丈夫だけど、免許持ってたっけ?」


 家には母の車が有るが、兄が免許を取っていたなど聞いたことが無かった。


「持ってねぇよ。七時な。解った」


 俊郎は携帯を掛けると名乗りもせず相手を確認もせず、


「明日、七時前に家の前に車で来い」


 とだけ一方的に告げて即座に通話を終えた。


「誰に掛けたの?」

「あ? 適当だったが……十四番だな」

「えと、それはどちら様で? 大学の友達?」


 恐らくは俊郎のパシリかアッシーちゃん、取り巻きの女に電話したのだろうことは流石に解った。


「わかんね。誰でも良いだろ、二桁までは車持ってる奴しか登録してねぇし」


 番号呼びで名前を覚える気すらない俊郎に宮子は苦笑いを浮かべた。この世界の女性からすると足代わりとしても男性から、それも美男子で意中の男性からの呼び出しを悪く思う人は居ない。

 その女性達も「もしかして」を期待して繋がりを持っているのだ。





「千堂君! 呼んでくれてありがとう!」

「土曜の朝なんだから静かにしろよ。近所に迷惑だろ」

「ご、ごめんなさいっ そちら、妹さんですよね?」

「ああ、こいつの学校まで一緒に乗せてけ」


 翌朝、ちゃんと車が家の前に停まっていたのを見て「男って良いなぁ」と改めて思う宮子であった。



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