幕間 暦春姫の独白
弟は美形だ。CGで作ったんじゃないかと思うほどの美形。
事件以前はとにかく家族に対しては粗雑で学校でも友達など居なかったようだ。基本的に誰が話しかけても無視をする、他人からは孤高、高嶺の花に見えたのは間違いない。
詩季の冷たい言動や雰囲気は神秘的ですら有り、触れたら傷を負ってしまいそうな、だが美しい刃物のようであった。
傷を負ってでも手を伸ばしてしまいそうになる刃に、誰が触れられたのかはもう本人にも解らないが怪我をした際に受けた検査で病気の類が無かったことだけには私は信じていもしないのに神に感謝した。
恵まれている筈なのに、常に不機嫌な表情を張り付けていた気がする弟。もっと小さな頃は笑ったこともあった。ただ、小学校に上がる頃には詩季は笑わない子に変わっていた。何が有ったのかは正確には解らないが、恐らく私が知る必要のない内容だと当たりがついている。
「んん~……」
今はどうか。弟は美貌をそのままに柔和な性格となった。
「ぽかぽか……だねぇ」
「……ん」
今など日曜日の午前だからとのんびり、リビングのソファーではなくカーペットの上に寝ころんで妹に腕枕。二人でひなたぼっこしている。
何だか子犬と子猫が折り重なって仲良く微睡んでいるように見える。
「二人ともお茶飲むか?」
「ん~……今は良いやぁ」
「謝々……のーさんきゅ」
何故中国語に英語なんだと末妹にツッコミは入れない。こいつはある意味秋子以上に癖が強いからだ。
秋子相手ならば面倒な事を言われてもほぼスルーするが末妹に対してそういう冷たい対応はしたくないので自分で藪をつつく気にならない。
「最近天気悪かったから日差しが気持ちいい」
「ん……日当たり良い」
「前のおうちも良かったけどこっちのが窓大きいから気持ち良いよねぇ」
「ここ、色々便利。安心」
引っ越したタワーマンションは快適だ。守衛どころかコンシェルジェ付きでホテル並のサービス。流石億ションだ。
先日車を買ったのだが、コンシェルジェに連絡を入れると車庫から玄関前まで出してくれる。楽で良い。
独特の電子音が鳴り、私はインターホンを押した。コンシェルジェからの連絡だった。
『宅配便を預かっております。宛名は防犯ドットコムです』
「今行きます」
『お持ち致しますが』
「いえ、私が取りに行きます」
どうせ詩季が目当てだろう。詩季には「一人の時や冬美しか居ない時は絶対に人を入れてはいけない」と強く強く言いつけているのだが持ち前の愛想の良さからマンション内でも住人従業員関係なく人気者だ。
「春姉が通販、珍しい」
うたた寝に飽きたのだろうが詩季の腕枕が勿体ないのかコロンと体の向きを変えて箱を持った私に声を掛けてくる冬美。
「あ。本当だ」
「むぎゅ」
そして詩季も私の方に向くため冬美に被さった。一瞬苦しそうな声を漏らすが耐えられないほどでもないらしく冬美は抵抗しない。なんとも羨ましい。
「万が一に備えてな」
私が通販で買ったのは防犯グッズだ。二人は興味がそそられたらしく一緒に段ボールをのぞき込む。
「おお」
「うわぁ、物騒だねぇ」
「スタンガンはそれぞれのベッドの下に置く。使い方は夜皆で確認しよう」
私は人数分の警棒タイプのスタンガンを一本一本確認する。
「絶対秋子お姉ちゃんが夏紀お姉ちゃんで試すよね」
「秋姉は絶対やる」
「ネットで動画見たら相当痛そうだったから本気で喧嘩になるぞ」
「それならこれを試そ、じゃなくてこれで止めよう」
「それもっと拙いでしょ」
冬美が取り出したのは催涙スプレーだ。熊用から防犯用とサイズも色々有ったので何本か買った。
「熊用、唐辛子、マスタード、なんかよく解らないドクロマーク」
「……失明とかしない?」
詩季は心配そうだ。市販品だしそこまでではないと思うが試す気にはならない。
「襲撃者相手なら失明させても構わんよ」
「物騒な」
「お兄ちゃん、一回死にかけてる。正当防衛なら殺してもだいじょぶ」
「物騒な」
サムズアップしながらの妹の発言にドン引きな詩季。だがあの事件の事も今ではこうやって話題に出来るほどには冬美も安心して暮らせているのだろう。
「詩季はこれ持ち歩きな」
栄養ドリンク位の小さなサイズの催涙スプレーを渡す。
「わぁ……こんな嬉しくないプレゼント初めてだぁ」
「弟を心配する姉からのプレゼントなのに残念だ」
喜ばせるつもりも無かったので別にショックでも無いがガッカリしたフリをした。
「あぁ。そうだよね、ごめんね?」
「後で傷ついた私にも腕枕してくれ」
「あはは、それより肩揉んであげるよ。なんか堅くなってそうだよ?」
まだ運転に慣れないからか確かに肩が凝っている自覚は有ったので喜んで頷く。気が利く弟だ。でも腕枕も捨て難い。
「二兎を追うもの一兎も得ず」
ぼそっと冬美が呟いた。取り合えず肩を揉んで貰ってからもう一匹は追えば良い。
冬美に各部屋や玄関など、見える場所に催涙スプレーを設置して貰い私は詩季に肩を揉んで貰っていた。
「お客さん凝ってますねぇ」
「あ……あぁ……そこ、良い」
「お姉ちゃん、運動不足じゃない?」
「む……太ったか?」
「そんなことないけど、今まで歩きだったのが車になった訳だからね」
正論だ。そして極楽。
「ただいまさ」
「たでぇまぁ~」
そして買い出しに行っていた夏紀と秋子。
「うげっゴキブリ!」
「うわ、デカイさっ」
急に聞こえた叫び声。
「あらま。ここ新しいのにゴキブリなんて出るんだねぇ」
「後で管理人には言おう」
「二人とも、危ないからもっとこっち来る」
冬美は急に何を言い出すのだろう、と思っていたら窓を開けた。詩季も私も不思議に思いながらも冬美に従った。
「こんなところに殺虫剤があったさっ」
「よし、ファイエル!」
うわ馬鹿よく見ろ! 熊の絵書いてるだろが!
「目がぁあああ! 目がぁあああ!」
「目がっさああああああああああっ」
広めの玄関ではあるが熊用のジェット噴射が仇となったらしい。悶絶しリビングに転がり込んできた。
「春姉、室内では扱い注意」
「そうだな」
「二人とも話してないで手伝って!」
詩季が慌てて介抱し、結局念のためにと病院に向かうこととなった。全く、面倒を増やす奴らだ。
「危ないから置くの止めない?」
帰り道、詩季がそう言うと
「詩季君、あれは良いものさ」
「そうだな。あれ顔に直撃したら抵抗できねぇわ」
「使い方も簡単だし常備すべしさ」
その身でもって効果を味わった二人が言うと説得力が違う。
「でもさぁ、危ないじゃん?」
詩季は刺された自覚が無いからか、そして性格からなのか防犯意識が低い。相手を傷つける可能性があるものを遠ざける傾向が有るようだ。それはまずいのは言うまでもないので私は説得する言葉を考える。
「違う」
が、私より早く冬美が詩季の手を握りながらそう告げた。
「冬ちゃん……防犯ってのも解るけどさぁ」
「あれで撃退出来れば相手も罪を重ねないで済む。目もこの通り、病院行けば問題ない」
「……なるほど」
詩季への説得が成功した。見事。
「スタンガンは扱い難しそうだからお兄ちゃんはスプレー二刀流お勧め」
確かに詩季にはスプレーの方が良いだろう。のんびりした詩季ではスタンガンを奪い取られそうだ。
「二刀流……ちょっと格好良いかも」
冬美の詩季操縦が巧いことに少し驚いた。
「あと僕が護身術教える」
「え、そう? でもそこまで必要ないんじゃない?」
「必須。やらないと駄目」
「そ、そう?」
「やらないと駄目」
「わ、わかった」
そして家のリビングで掴んだり抱きついたり寝技を手取り足取り教えたりと冬美は詩季に密着しまくっていた。
「冬美が一番油断ならないかもしれん」
私はその様子を眺めながら思わずそう呟く。
「流石リトル春姉、やることがネットリ変態さ」
「姉貴よりムッツリだよなぁあいつ」
私が基準なのは凄まじく納得いかない。
「お前らの私に対する評価はどうなってる」
「天才的変態さ」
「ド変態」
良い度胸だ。
「いたたたたたさっ」
「イテェイテェイテェッ!」
取り敢えずこちらも訓練ということでアイアンクローで吊す。妹達で遊んでいたら詩季と冬美も終わったようだ。
「ふぅ……冬ちゃん、ありがと」
「ごちそうさま」
「え?」
「間違えた、お疲れさま」
……冬美についてはもうちょっと注意して見ておく必要が有りそうである。
なんのかんの言っても平和な日曜を過ごした。
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