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トイレ ラバーカップ

「ごち」

「ごちそうさま~」


 文武片方ペア 合計322点

 暦家ペア 合計377点


「初心者の癖に上手すぎでしょ」

「お前の妹、すげぇな」


 冬美の第一投はガーターであった。


『冬ちゃんドンマイ!』

『ん。解った』


 そして二投目、スペア。


『おお! 冬ちゃんナイス!』

『やるねぇ』

『フォームも綺麗だな』


 というやり取りがあった訳だが、その後の冬美の成績を察しの良い人間が目撃したとしたら冬美の言葉「解った」が詩季の励ましに対してではなく「ボウリングというものを理解した」という意味であったと考え到るやもしれない。ボウリングの奥深さに対して全く敬意の欠片もないのがある意味冬美の人間として欠落した面とも言える。


「ノーミスかよ!」

「一回目、ガーター」

「いや、それはもうノーミスって言って良いよ」

「冬ちゃんすごーい! プロになったら!?」

「食べていけなさそうだから止めとく」

「クール」

「クールだ」


 暦家において他姉妹からは天才だと太鼓判の末妹冬美。


「秋子先輩が末っ子が一番優秀って言ってたなぁ」

「年離れてるから家族は僕に甘い。過剰な評価」

「そんなこと無いよ。こんなに完璧で可愛いと冬ちゃんが悪い男に引っかからないか僕は心配だよ」


 兄馬鹿発言。冬美は嬉しいながらも表には出さずスルーの姿勢。「心配なのはお兄ちゃんの方だ」と言いそうになるが兄の友人の前で兄に恥を掻かせるような事を言うつもりは無かったのでいつも通りポーカーフェイスとなる。


「お手洗い」

「場所解る?」

「だいじょぶ」


 ただ居心地が悪いのも事実で兄が落ち着くまで少し中座したいと感じ冬美はトイレへ。


「暦家っていうか、詩季と冬美ちゃんってどうやってそんな感じで仲良くなったんだ?」


 からかうでもなく、呆れるでもなく、川原木は詩季に質問した。その口調は日常会話のようでもあるがいつもより真剣な様子に詩季は感じた。


「好き好き好き~って全力でぶつかって行っただけだよ」

「詩季君らしいね」

「そりゃ俺には無理だわ」


 察しの悪い詩季でも流石に解る。川原木は川原木で自分の妹との事で悩んでいるのだろう、と。


「川原木君って妹さんにはどんな感じなの?」

「あぁ……え、何で俺の妹の話だよ?」

「いやいやいや、川原木、今はどう考えてもお前の妹の話に移る流れだったって」

「お、おう?」

「参考になるかどうかはともかく悩み有るなら姉妹スター詩季君に」

「姉妹スター?」

「姉妹マイスターの略」

「おお! まーかせて! 今までで一番しっくり来る渾名だよっ さぁ、川原木君! 君の妹について教えて貰おうじゃないか!」

「お、おう? あまり楽しい話じゃないぞ?」

「おまかせあ~れっ」

「なんかそのテンション、不安になるんだが」

「この男、ノリノリである」

「おまかせあ~れっ」


 いつもよりもう少しお互いに踏み入った男同士の会話が出来ると詩季は喜んだ。






 一方その頃。


「てめぇ……探したぞ」


 冬美は女子トイレで、先日公園で囲まれ喧嘩となった女子たち五人と前回は居なかった二人、合計七人と共に居た。

 リーダー格の女子の手にはナイフ、冬美の目にはありふれた果物ナイフに見える、が握られていた。


「休日まで? 暇人おつ」

「ぶっ殺すぞテメェ」


 冬美の間合いの外から慎重に威嚇するリーダー格。全員が全員、刃物を前にすれば恐れるだろうと不敵な笑みを浮かべたが、一言でその場の空気を冬美が支配した。


「どこ潰そ。目?」


 一瞬全員が半身下がり、怯んで居ることが冬美にも感じられた。


「これが見えねぇのか? ああぁ?」

「ナイフ……で?」

「はぁ!?」


 ナイフは確かに恐ろしい。だが、このまま屈すると前回自分がこのリーダー格女子に与えたダメージを考えればタダで済まないのは確か。与えたダメージ以上のダメージを与えられる。


「僕にはそっちのが怖い」


 トイレの詰まりを直す『スッポン』『吸引カップ』『パッコン』『プカプカ』などとも呼ばれ正式名称は『ラバーカップ』の清掃用具を指さす。ナイフよりリーチも有り、精神的にはある意味恐怖なのは事実である。


「貸せっ! おら! 汚ぇツラに汚ぇ糞こすり付けてやんよ!」


 ナイフをその仲間に渡し、二本のラバーカップを両手に取るリーダー格女子。


「馬鹿だ」


 この女、馬鹿だ。思わず口に出して冬美は呆れた。片方の手にでもナイフを残しておけば驚異であり相手の様子と出方によっては無抵抗でボコボコにされるつもりだったのに、と。

 一番冬美に標的にされ易いのに自分からその場に有る一番殺傷能力の高い得物を手放すなど、冬美からすると予想外であり頭が悪い行動にしか思えないのだ。


 ただ単に『ナイフなんて怖くねぇよバーカ』と強がっただけなのに。それを、明らかに自分に危害が無ければナイフなんて人に向けられないであろう仲間、それも前回逃げ出した仲間に渡したのにも呆れるばかりだ。


「おらぁ!」


 そしてラバーカップを二本突き出してくるのを見た瞬間「汚れは洗えばOK」と冬美は割り切って動く。


「なっ!?」


 冬美は一瞬肩と右耳あたりを掠めるラバーカップを無視。顔をガードするためボクシングスタイルで両手で固めた状態で、前のめり気味に姿勢を低くし一気に近づいた。


「フッ!」

「ごッ」


 そして右足を前で踏ん張り、右肘でリーダー格女子の顎にアッパーカットの要領で打ち抜いた。それは見事に顎を打ち抜き、その肘の痛みから冬美は己が興奮していたのを初めて自覚する。


「ッ!」


 脳しんとうを起こし膝を折って前に倒れ込もうとするリーダー格女子に、冬美は一歩バックステップで下がりもう一度勢いを付けてヤクザキックを顔面に見舞った。

 リーダー格女子は意識が無いまま鼻血を吹き出し、キックの勢いで仰向けに倒れる。


「ヨッ」


 さらに冬美は馬乗りになって顔面に手を添える。血がリーダー格女子の服と冬美の手を染めていた。他人の血を触ったのは生まれて初めてで、冬美は一瞬嫌悪感を感じたがラバーカップ程ではないので我慢した。


「この場から去るなら見逃す。一歩でも近寄ったらこいつ、抉る」


 その時点で冬美とリーダー格女子は他の女子から二歩程しか離れていない。

 目潰しの訓練がされておらず、格闘技を多少経験した程度の小学生が、見た目以上に頑丈な眼球を素手で瞬時に傷つけ失明させるなど中々出来る事ではない。


 そして全員が一気に冬美を取り押さえようとすればリーダー格の女子が失明することなくほぼ確実に冬美を取り押さえられる距離だったが少女たちは前にも後ろにも動けなかった。


「こいつの目を守るため退いたと言えば良い。お前等退かないと僕は本当にやる。事実だしこいつもまず信じる」

「あ……ああ」

「わ、解った」

「あんたスゲェな」


 冬美の提案に全員が乗る。余程リーダー格少女に人望が無いらしく、少女達は冬美を賞賛し始めた。 恐らく前回逃げた連中はこのリーダー格女子に制裁されたのだろう、と目立たないが何人か手や顔に痣が冬美にも見て取れた。故に危険な相手に向かって行くほどの義理も感じず動機と言い訳を与えればまた逃げ出すだろう、とも考えたのだ。


「他の客来ると逃げられなくなる。さっさと行け。お前はナイフ置いてけ」

「わ、解ったよ。ここに置く」

「川原木って滅茶苦茶強いのにお前本当に凄いな! んじゃ、悪いけど逃げるわ!」


 次点リーダーであろう少女がそう言うと、全員小走りに逃げていくのであった。


「……かわらぎ?」


 そして冬美は次点リーダーの言葉の中に出てきた名前を呟くと、その日初めて血の気が引いた。



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