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幕間 夏紀のメニュー

 夏紀は溜息をついた。


「詩季ニュウム分が足りない」


 昼。その日は開校記念日であった。


「甘美な響きの栄養素さね?」


 夏紀の部屋で寝ころびグラビア誌をぺらぺら眺める秋子。


「麻薬みたいなもんだ」

「成る程さね。で、禁断症状が出てる、と」


 何となく二人で過ごす程に二人は仲がよい。


「ああ。なんだかんだで家じゃ冬にベッタリだしお前とは帰り道買い食いしてるし母さんは母さんでデートしてるし、なんか俺だけそういうイベント無いとか不公平じゃね? 今日は春姉と学校デートじゃんっ!」

「溜まってるようさねぇ」

「何だこの姉妹格差は!?」

「詩季君としては全員相手しようとすると中々の労力さ」


 夏紀とてそれは理解している。 


「姉さんは全員揃ってると私とくっちゃべるか冬君をイジるか春姉さんにアイアンクローされてるかだから特に詩季君との時間が少ない印象さ」

「アイアンクローは大体お前もセットだろが」


 確かに夏紀は秋子と比べて無理矢理絡もうとしないし冬美のように黙ってても詩季が寄って来ることも無い、春姫のように料理を一緒にするでもない。

 スポーツ推薦で問題なく大学には進めるのだが勉強に手を抜くつもりもなければ部活もギリギリまで頑張りたいと日々忙しそうにしている夏紀に詩季は気を使っていただけなのだが、夏紀は本人にとっては自然な事で無理もしていない状況なので詩季から一歩遠い位置に居るような錯覚を覚えてしまっているのだ。


「とりあえず、姉さんは夕飯に美味しい物を作るのが義務さ。買い物には行くのかい?」

「解ってるし買い物には行くんだが、詩季が唸るような料理を作りたくてこうやって調べてるんだ」


 姉がずっとスマホをいじっていると思ったらそういう事か、と秋子は納得した。普段は機械に極力触ろうとしない姉が自分のスマホとは言え長時間操作しているので不思議に思っていたのである。


「外さないよう得意料理が良いさ」

「煮込むか」

「何で春姉さんは何でも取り敢えず焼いて、夏姉さんは煮込むのか、それが不思議さ。私は春姉さんが余ったスイカを焼いた時、夏姉さんがカレーに近所の人のお土産で貰ったくさやを入れた時、ああ余計なアレンジをしてはいけないんだなって悟ったのさ」


 ホットケーキしか作ろうとしないのは自分と姉が植え付けたトラウマが要因だったのだと知って少し罪悪感を覚えた夏紀は秋子に尋ねた。


「お前は……何食いたい?」

「ビーフシチューなんてどうさ? 生クリームを一垂らしするとお洒落できっと詩季君も喜ぶさ」

「解った。買い物行ってくる」

「気を付けてさ」

「勝手に俺の雑誌持ってくなよ。あとちゃんとしまっとけ。詩季に見られたらまた怒られる」

「早く行かないと煮込む時間なくなっちゃうのさ」


 いつの間にかグラビア雑誌どころかもっと危険な雑誌に手を伸ばしている妹にため息をついた。姉妹で一番癖が強いのは間違いなくこいつだ、と思いつつ、商店街に足を向ける。


「あ、暦先輩! いらっしゃいませ!」


 まずは肉山精肉店。


「よう」

「いやーすっかり我が家も暦王家御用達っすね~」

「昔から買ってるけどお前等が最近やっと手伝いに出てるだけだろ」

「そうとも言うっすね~」


 肉山姉とは友人であり、妹とも接点は多少有ったので顔を知っていた。


「それに何だよ王家って」

「弟様は皆の王子様っすからね! 我ら暦詩季親衛隊にお任せあれっす! 肉の壁として全力でお守りするっすよ!」


 テンション上がりっぱなしの肉山妹。友田智恵子のテンションに隠れがちだが基本的に肉山妹は所謂「明るいブス」のポジショニングに徹している。

 それは姉から「私達はその方が友達も出来るし楽しく暮らせる」と教えられてきたからでもある。


『あはは、私ブスだから』

『そんなこと無いよ? 可愛いよ。肉山さんの笑顔見てると元気になるし』


 と詩季に笑顔で言われてから詩季の事を「全力で守る」と誓ったのだ。

 恋心など身の程知らずな事は考えない。ただ、その笑顔を守りたいと日々思うのだ。


「お前のそういうところ姉に似てるよな。明るく元気で宜しい宜しい。さてそれはともかく商売しろって」

「ラジャっす! 今日は何のお肉がご入り用で!?」

「ああ、ビーフシチュー作るんだけど」

「あ、それは今日の夕飯用ですかね? あと圧力鍋有ります?」

「ん? ああ、今日の夕飯だ。圧力鍋は有るけど使ってないかな」

「なら、ビーフじゃないっすけどこれもお勧めっすよ!」


 そう言われて出された物に夏紀は目を白黒させた。


「骨?」

「豚の軟骨っす! これ、煮込むとトロットロになるっす! 角煮より弾力あってゼラチン状になるんすけど油っぽい感じでは無いっす!」

「ほう……試して見るか」

「ただ好みも有るかもなので、別個に醤油とかで甘辛で煮て大丈夫そうだったらビーフシチューにつっこむと良いですよ。まぁポークですけど。家に酒飲む人居ればおつまみとしても使えますよ!」


 夏紀は関心した。なるほど、それと他の肉も保険で買って行けということなのだろう、と。


「商売上手だな。よし、それと牛ブロック三百グラムくれ」

「毎度有り~王子に美味しいの作って差し上げてくだされ!」

「任せとけ」


 豚の軟骨が思ったより安かったので出費としては問題無かった。



 次に八百屋に寄った。


「らっしゃい! 夏紀ちゃん、珍しいねぇ」

「お。詩季坊んとこの」

「どもっす!」


 八百屋の女店主は夏紀のことをちゃんと覚えているが旦那の方は詩季を主軸に覚えていたようであった。


「今日は何が欲しいの?」

「今日はビーフシチュー的なポークシチュー作るんすよ」

「何だそりゃ」


 夏紀は苦笑しつつ肉山精肉店での経緯を話す。


「煮物にするにしてもシチューにするにしても人参玉葱じゃが芋なら間違いねぇ。あと余計なもん入れるな」

「了解っす」

「今日シチューじゃなきゃ駄目ってんじゃないなら始めに多めに煮物作っておいて次の日余ったの使ってシチューにしたら?」


 八百屋女店主の案に夏紀は目から鱗であった。煮物転生はよくある事である。最終形態はどれも味と匂いの強いカレーが定番となるのはお察しではあるものの具材に気をつければ二度三度くらいは違うメニューとして転生させる事が可能なのである。

 普段家事をしない人間には思いつき難い発想である。それはきっと詩季も翌日の手間が減って喜ぶかもしれない、そう夏紀は考えた。


「天才が八百屋をやってるとは」

「ん? 八百屋が天才じゃ駄目かい? ん?」

「旦那さん居る時点で自分は店長のこと凄まじく尊敬してるであります」

「カッカッカ!」


 夏紀は帰ると早速圧力鍋を棚から引っ張り出すのであった。




「これ、凄い美味しい!」

「ああ、旨いな。トロトロだ」

「姉さんは煮込みならなかなかの腕前だと思うのさ」

「ん……美味」


 喜ぶ姉妹達と弟に夏紀は思わず笑みがこぼれた。


「鍋一杯有るから明日はカレーかシチューにしようと思うんだが、どうする?」

「これは…………し、シチュー? いや、でも」

「悩むなぁ、これは。本当に旨い」

「夏姉さんとも料理格差が生まれたのを実感さ」

「両方。ご飯に半分ずつ掛けるのがこの場合正義」

「それだよ冬ちゃん!」


 自分の作った料理。彼女の料理が家族全員に笑顔をもたらしたのは初めてだった。

 夏紀はスポーツも勉強も遊びも楽しいことは沢山知っている。

 ただ、春姫並に姉御肌な夏紀は自分が楽しむより人の笑顔を好むのである。


「俺、料理人になろうかな」


 思わず呟いたその一言が、いずれその分野で大成するなどこの時本人でさえ思わなかったのであった。



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