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幕間 南部煎争 ニャッ!

 詩季は南部煎餅が好きである。特に青森に縁が有る訳でもなかったがあの素朴さを愛していると言ってよい。

 思えば今の人生になってから一度も食べていないことを思い出した。というのもよく行くスーパーでなんとなく探していたもののついぞ見かける事が無かったからである。当たり前にありそうなものがとある地域では全く一般品ではない、というのは売り場面積が無限でない以上よくあることである。


「安っ」


 いつもは近寄らない地域を学校からの帰り道に気まぐれに通ると激安スーパーを見つけたので思わず入った。


「南部煎餅にはずれはない。壊れて安い物もまた正義。そしてまた合えたねマイフレンド」


 店頭に箱で積んである南部線塀を前に腕を組んでウンウン唸る詩季。その光景は詩季の前世で言うと「絶世の美少女が南部煎餅が積まれる前でウンウン唸っている」のと同義である。つまり、「どうしたんだろ、あの子」と見る人が首を傾げる光景であった。


「あ、君は! 暦君!」


 そして声を掛けて来たのは金髪ヤンキー少女。


「え?」


 はて、誰だったか。見覚えは有るし自分の事を知っている相手である。そして詩季は腐っても元営業。


「あ、こんにちは~その節はどうも~」


 愛想笑いでそれっぽいことを言ってスタスタと南部煎餅の袋を三つほど鷲掴みして去ろうとした。そこで去ろうとするような人間だから営業成績が悪かったのだが本人にその自覚はない。


「ちょとまてちょとまてお兄さん!」


 既に風化しているギャグのつもりは無いようだが何気にお笑いに厳しい詩季は一瞬「あ?」という顔をし立ち止まってしまった。ヤンキー臭いがサングラスは掛けていない少女が焦って自分を呼び止めているのは流石に天然ボケの彼でも理解している。


「覚えて無い? もしかして覚えてない? 温泉で会ったじゃん! 運命の出会いだったじゃん!」


 そう言われてやっと思い出す。家族旅行で宿の温泉から上がった時に声を掛けてきた相手だ。LINEかフェイスブックを教える前に春姫が登場して押しつけた相手であった。


「覚えてるよ~、冗談だって~あはは勅使河原さ~ん」

「有馬だよ! 誰だよ勅使河原って!」

「冗談だって、あはは」


 地味に名前引き出しテクニックを使う。失礼には変わりない上に本当に微妙な技であり、とある小説家になろう作者の得意技でもある。


「有馬さんはここでバイトしてるの?」

「おう! 安いバイト代でこき使われてるぜ!」

「ナンパしてないでちゃんと仕事しな!」

「いてっ!」


 奥からビニール紐の玉が飛んで有馬の金髪頭にヒットする。投げてきたのは店長っぽい貫禄の有る中年女性。アラ~っと赤くした頬に手を当て近寄ってきた。


「あら素敵な子ね。あんたの友達かい?」

「運命の相手だぜ!」


 どんな運命だろうか、少なくとも春姫という鉄壁をかいくぐれないようでは友達付き合いも難しいのでは、とスマホを監視されているであろう事に流石に気付いている詩季はどこか乾いた笑みを浮かべる。


「ストーカーは犯罪よ? 貴方、この馬鹿は悪い奴じゃあないんだけど本当に馬鹿なの。警察に突きだしましょ?」

「突き出すのかよ!? フォローとかじゃないのかよ!?」

「仕事中にナンパするなんて給料泥棒は死ね!」

「そこまで言うか!? パワハラじゃねぇかよ!」

「はっ! レジの金盗んだことばらされたくなきゃ三回回ってワンって言いな!」

「盗ってねぇよ!? 盗ってねぇよ!」

「そんなこた解ってるけどね、あんたみたいな鳥頭を誰が信じるってんだい! 世の中見た目の印象第一だ! 信じて欲しけりゃ頭黒くしてきな! 私のようにな!」

「白髪と一緒にすんな!」


 面白い。険悪な雰囲気ではなくちょっと景気の良い漫才のように見える。周囲に居た客も「ハハッ、また始まった」「いつも元気だな」と笑っているので日常茶飯事のようである。


「騒がしくてごめんねぇ? 今日は何を買いに来たの? サービスしちゃうわよ?」

「あ、これ、買って帰ろうと思いまして。安いから大丈夫です」

「あら、それお勧めよ。素朴でね、お味噌汁に砕いて入れても美味しいわよ」

「いてぇいてぇいてぇ! てめぇこの婆! ぶっ殺すぞ!」

「五月蠅い」


 南部煎餅を見せると店長は笑顔になりつつ有馬の頭を何度も叩く、ではなく殴る。


「僕はピザにするのもおすすめです」

「ピザ? どういうこと?」

「ケチャップかトマトソース塗ってチーズやハムみたいなピザっぽい具を載せて焼くんです。お手軽ピザ。パリパリして美味しいですよ? 邪道と言えば邪道ですけどね」


 詩季の言葉に天啓を受けたかのように驚愕の表情となった店長。数秒考え、詩季に満面の笑みで問いかけた。


「ねぇ、ちょっとバイトしない?」

「え、バイト禁止なんですけど」


 興味が無い訳ではないものの、バイトとなると母や姉の許可が流石に要る。


「そう……あのねぇ。南部煎餅って、地味じゃない?」

「まぁ、若い人はあまり食べないかもしれませんね」

「私、青森出身なんだけどねぇ。故郷の味だからもっと広まったら良いなって思って出来るだけ安くしてるんだけどやっぱりねぇ、こっちの人達って草加煎餅みたいなのが好きなのね」

「ヒィッヒィッヒィッヒィッヒィッヒィッ」

「あぁ、なるほど」


 有馬をヘッドロックしベアナックルを落とし続ける店長に若干引きながらも好きな南部煎餅についての話題なので敢えて気にしない詩季。それで良いのか主人公。


「それでね、貴方が笑顔でこれ持った写真撮ってポップで飾らせて貰えれば売れるかなぁって……食べると美味しいって思って貰えると思うのよ。それに実は賞味期限が近付いててね、売れ残ったら廃棄になっちゃうの。お礼、お金が駄目なら物でどう? 何か希望無い?」

「お煎餅一箱下さい!」


 煎餅の袋は大きいので詩季が一箱貰ったところで千円もしないのでもし売れなくても罪悪感をあまり感じない、と詩季は瞬時に判断したのである。


「え、それだけで良いの?」


 店主からすると大量に仕入れてしまい余っており、特価で出しているもののこのまま廃棄となりそうでそうなると数万円の損害となる。仮に詩季から「黒毛和牛欲しいなぁ」と言われてもホイホイ渡す位の話なのに一箱で良いというので少し驚いてしまった。


「十分です!」


 詩季は写真一つで一箱ゲット出来る上に大好物が廃棄という悲しい運命にならない、と考えると何も損を感じないのである。



 その後すぐに事務所で撮影となり、南部煎餅を持った笑顔の詩季が翌日には等身大パネルとなった。激安スーパー王出五店舗で南部煎餅キャンペーンが始まったのである。


「え、社長さんだったんですか?」

「零細だからねぇ、何でもやらんと駄目なのよ」


 詐欺だ。詩季は一瞬そう思ったが、安受け合いした手前文句も言わない事にした。


「それでね、貴方のお蔭で南部煎餅、この地域じゃ記録的な売り上げなのよぉ!今追加発注してるから! 報酬分食べ終わったらまたあげるからいつでも来なさいね!」


 商売人を前に、詩季は苦笑するしかない。




『詩季、私が何を言いたいか解るか?』

「いや、ごめんなさい。成り行きで、困ってたみたいだし、僕も南部煎餅好きで、同志だし、えと、二週間のキャンペーン中だけだから」


 店頭で見たらしい春姫から怒りを感じさせる電話が掛かってきたが詩季は冷や汗をかきながら弁解し許しを乞う一幕も後に発生する。


 春姫は春姫で期間限定であることとまだ健全と言える内容での写真だったので溜息をついて諦めるのであった。が、キャンペーンが終わってすぐ彼女のクローゼットの奥に等身大詩季のパネルがこっそり配置されることとなるので、世間の尺度で言えば春姫が責めるのもどうか、と言えよう。


 ちなみに頭をどつかれ続けていただけの有馬は王出社長と交渉し、一ヶ月分のバイト代と引き替えに春姫と同じく詩季等身大パネルを手にしたのであった。噂によるとそのパネルの販売益の方が南部煎餅の利益よりも多かったのではないかと言われるようになるが、南部煎餅がその地域で定着する大きなきっかけとなったので南部煎餅好きな詩季としては満更でもなかったのであった。


 後に「北の王子」のライバルと目され「南部王子」と呼ばれる由縁となるのであるが、それはまた別の話。







おまけ


『d(=^・ω・^=)b ニャッ! 詩季きゅ~~~~ん♪ いつの間に芸能人でびゅ~したのかd(=^・ω・^=)b ニャッ!? 良かったら我の会社のイメージキャラクターにならないかd(=^・ω・^=)b ニャッ!? 年間報酬は一本でどうかd(=^・ω・^=)b ニャッ? いやむしろ我の写真の専属モデルとかどうかd(=^・ω・^=)b ニャッ!? その場合十本でも可d(=^・ω・^=)b ニャッ! 引き受けてくれたら聞いたことないような画素数のデジイチぽちるから良い返事を待ってるd(=^・ω・^=)b ニャッ☆』


 「d(=^・ω・^=)b ニャッ!」とか「きゅ~~~~ん♪」とかよりも「一本」「十本」がいくらを指しているのか怖くて聞けない、と詩季は友人である十鬼紋女からのメールに引く。


「紋女さん、男で身を持ち崩すタイプだなぁ……可愛いのになぁ」


 ただ、馬鹿っぽいのを可愛いと思うほどには詩季も紋女のことが好きなのであった。




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