ツンツン デレデレ
※『閑話』は所謂サ○エさん時空
女子バスケットボール部の一年にしてエースである千堂宮子には兄が居る。名前は俊郎。大学二年生である。
「なんだあの男は!」
「あの、兄さん、どうしたの」
ある日、玄関で物に当たり散らしながら靴を脱いでいる兄に宮子は恐る恐る声を掛ける。
「うるさい!」
「ご、ごめん。コーヒーいれておくから、良かったら飲んで」
兄が不機嫌なのは割と珍しいことではない。
この世界では男子の家庭内暴力が社会問題となっているのだが幸いなことに俊郎は気性が粗く不機嫌になると物に当たる癖はあるものの家族に手を出したりすることは無かった。それは家族に対して愛情を抱いているというよりも暴力に訴えることに対して己の美学に反する部分が有るからである。
「どうか、した?」
「チッ……暦の弟が講義に出てきた」
暦と聞いて宮子は一瞬動揺した。今、校内で詩季に好意的な感情を抱いていない女子は居ない。同性愛者も学生の中には居るのだが少なくとも愛想が良く攻撃的とはとても言えない男子に悪感情を抱く女子は居なかった。
「大学に来たの?」
「ああ。暦春姫め……あいつはいつもいつもいつもいつも俺の邪魔ばかりしやがるっ」
宮子は兄が高校生になってから何度も暦春姫の事を聞いてきた。その歴史は入学試験首位の座を奪われた事から始まり、学級委員、生徒会役員、優秀生徒賞、毎回の試験の結果で常に後塵を拝してきた。
詩季の前世の感覚で言えば自薦がほとんどであるがこの世界の日本の学校教育の現場においては他薦であった。というのも女性の多い中で男性が萎縮してしまうだろう、という何ともずれた配慮によって他薦となっている。大学や専門学校となると生徒の活動の幅も広がるため自薦となるが。
俊郎と春姫が高校生だった頃、春姫は常に学級委員も生徒会役員も家事を理由に辞退して来た。それは珍しい辞退理由ではなかったので特に問題視もされていなかった。そう行った場合は繰り上げ当選で該当者の意志を確認するだけである。
少なくとも小中高という教育現場においてはそういった選挙は人気投票の色合いが強くなる。
ならば始めから投票出来ないよう辞退しておけば良いという意見も有るのだが実際に辞退してしまうと「自意識過剰」と思われかねないのと、明らかに当選するだろうと思われる人物の名が上がって居ないと「不正が有ったのでは」と勘ぐられるため一般的ではなかった。
「弟さん、何かしたの?」
いつもは聞き役に徹底し自分から質問をしてこない妹に少し疑問を持ちながらも己が話したいことでもあったので素直に答えた。
「ジェンダー論の講義で出しゃばりやがったんだよ」
「ジェンダー論って?」
「女男平等とか男の権利についての授業だ」
「ああ、倫理の授業みたいな?」
「あれの性別に特化した内容みたいなもんで歴史と法律が絡む」
如何にも兄が好みそうな授業だと宮子は思った。兄は男性権利拡張論者である。得てして男とはそういった性質を持っていると宮子は思っているが、同時に俊郎は春姫と同じ法学部だからか理論武装する傾向があり感情論を良しとしない。
見た目も女性受けするため将来は弁護士より政治家や男性権利活動家に成るのを視野に入れているのではないかと宮子は見ていた。
「それでどうして兄さんが怒ってるの?」
「女男の権利平等についてだが」
宮子は兄の説明、詩季の思想について驚くばかりであったが詩季の普段の様子や評判を聞くに納得する面があった。男性特有の、「女なんだからこうあるべき。男はこうされてしかるべき」という感覚が見えないのだ。むしろ女相手にこそ気を使っているように見える。
違うクラスであるからこそ噂ばかりだが、宮子は友田智恵子と中学の頃から友誼を結んでおり噂や情報がどんどん入ってくる。
その話によると詩季のクラスで起こっていたイジメについて、詩季が率先して解決したという。それもイジメグループに対して特別制裁を加えるでもなく懇意にしている女性グループ、友田智恵子に預ける形で避難させ解決させたのだ、と。
智恵子は智恵子で「王子に頼られちゃってさぁふふふ~」と得意気だったのを思い出す。あれは正直友人といえどウザかった。
詩季の対応は被害者である女生徒の気持ちを考えていないと言えば考えていない、とそれを聞く者は感じる。ある意味では女が男に助けられるという公開処刑だったのだから当然と言えた。助けられた女生徒は男に助けられてプライドが無いのかと蔑む材料となる。
助けられた女生徒、伊達絵馬はその点で謙虚であり地味で目立たない人物のため下げる評判も元々無く、詩季の評判を向上させる材料にしか対外的にはならなかったのが伊達絵馬本人にとっても幸いであった。
「あんな思想では女共が調子に乗って世の男性に害悪と成りかねない! 顔も立ち姿も美しい男だったがあんな考えでは駄目駄目だ! そうだ、もしかしてお前と同じ高校か?」
「あ、うん。暦詩季君、うちの学校の一年生。違うクラスだけど」
「知り合いか?」
詩季と詩季の母節子が電車で騒動に巻き込まれた時(正確には節子が原因だが)に部活が休みで友田智恵子とたまたま遊んでいた日だったため接点は有ったのだが敢えてそれは言わない。そして後日詩季から直接お礼を言われた事とクッキーを貰ったことも言わないことにした。
「一回話したことあるくらい。人気者だし常に親衛隊が周り固めてるから中々お近づきになれない人だよ」
「ふんっ親衛隊位俺にも居た! ちっ……あの顔なら人気あるか。そいつの成績はどうなってる?」
「確か学年で十位くらい。男子の中では二番目かな。一番は熊田君っていう子で二位だったと思う」
「お前は何位だ?」
「え、い、一位」
「良し。ならば良しっ」
「痛っ」
宮子の頭の天辺をバシバシと叩く俊郎。暦家への対抗意識でしか自分の成績に興味を持たなかった兄に対して複雑な気分になりつつも、かなり珍しく褒められた状況に宮子の胸に嬉しさがこみ上げた。
「それで、暦先輩は兄さんに何か言ってきたの?」
「ああ? あんな奴知らんっ つまんねぇこと聞いてんじゃねぇ!」
「ご、ごめん」
なら良いじゃないか、暦春姫のこと好きなんじゃなかろうか、と思ってしまうが万年二位の成績と人気であった俊郎にとっては春姫の話題は逆鱗の一つとも言える。
地雷を踏んでしまったものの小さい物だったらしくそう怒鳴られただけで済んだことに宮子は安堵した。
「よし、宮子。お前、暦の弟の情報収集をしろ。弱みを握るんだ」
「えぇ?」
「まずは写メ確保して来いっ」
「はい?」
「敵の事が解らんと何も出来ないからな」
「敵って、あの」
「暦春姫の弟は敵だ! いいから言う通りにしろ!」
兄の無茶ぶりには慣れたつもりだったが宮子は自分が面倒に巻き込まれたことを存分に理解するのであった。
翌日、学校にて。
「あの、暦君。しゃ、写メ良いですか?」
「ちょっと宮子、ちゃんとマネージャー通してくれないと困るなぁ?」
「あはは。友田さん、いつからマネージャーになったの?」
「気付いたらだよ! はい宮子、一枚三千円ね」
「あ、うん。智恵子、お釣りある?」
「普通にお金出さないで!? 友田さん悪ふざけしすぎ! お金取ったことなんてないよ!」
「あはは、暦君はサービス精神旺盛だねぇ。北高の王子なんてピンで一枚五千から一万、ツーショットで二万、握手がオプションで一万らしいよ? 一枚三千なら安い安い」
「えげつな! その人えげつないね! いや千堂さんお金しまってっ!?」
「あ、はい」
「もう。何でこの世界の女の人はこうなんだろ……」
「え?」
「友田さん、撮って貰える?」
「はいはい」
詩季の呟きに違和感を感じつつ、詩季が己の腰に手を回すのに驚いた。妹とのツーショットではなく兄はきっと盗撮でもしてこい、という意味であろうから詩季の姿を撮って終わらせるつもりであったのだ。
そもそも盗撮なんぞしたら暦守護神達に何をされるか、親衛隊にいつ制裁されるか解らないので正攻法で突撃しただけなのである。
ただ、確かに詩季と写メを撮る女生徒の殆どがツーショット写真だったので自分の考えが足らないことに思い至るのであった。
「あ、ごめん。近すぎた?」
「い、いえ。お願い、しま、す」
「じゃ、友田さん」
「はいはい、ハイチーズ」
が、嬉しいものは嬉しい。千堂宮子は流れに身を任せた。
そして帰宅。どうしたものかと思いつつリビングでニヤニヤと写メを眺めているといつの間にか背後に現れた兄に覗き見られ、宮子は血の気が引いた。
「ツーショット撮ってんじゃねぇよ羨ましい!」
「ご、ごめん! ……え? うらやま? え?」
「ち、違う言い間違えただけだバカ! 良いからその写メ俺に転送しやがれ!」
宮子は兄の赤面っぷりに引き吊り笑いを浮かべるしかなかった。
一方その頃、暦家。
「ヒッ」
「ん、どうした? 詩季」
「い、いや。なんか悪寒がして」
「風邪か? 夕飯は私が作るから少し休んでなさい」
「う、うん」
詩季は鈍感なようで超人的な意味合いでは過敏であった。




