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方向 咆哮

 詩季には年の離れた友人が居る。


「紋女さん」

「なんだ、詩季君。好みではなかったか?」


 十鬼紋女、詩季の母節子の雇い主である。

 今回は学校からの帰宅途中に『偶然たまたま運命的に紋女と詩季が遭遇』し紋女から「おお、たまたまそこに移動販売車のメロンパン屋が来てる。女が一人で甘い物を買い食いは体裁が悪いから付き合ってくれまいか?」と誘ったのである。

 そして二人で並んで公園のベンチにメロンパンと缶コーヒーを手に座っていた。


 紋女からするともっとグイグイ攻めたい気持ちと初めての感情と関係に伴う恐れが有り、今はまだ関係構築の下地を固めている状況であった。二人は外食仲間のような関係を築いている。

 成人女性が男子学生と一緒に行動出きる範囲と理由付けとしてスイーツや軽食を摂りに行く、というのは世間から咎められにくい安全圏であった。

 仮に悪質な報道関係者に狙われたとしても同じ会社の役員の子供で家族ぐるみの付き合いだと言えば全く問題が無い。


「いえ、美味しいです」

「そうか。何か悩み事か?」

「あー」

「家族に言えないことでも友になら言えることも有ろ? 我は口が堅いから心配は要らんぞ」


 昨日も秋子に心配された。その時はもう少し考えることにするし頼る時には遠慮なく頼ると約束した。


「ですね。じゃあ相談します」


 秋子のことは信頼している。ただ、人生経験という意味で詩季の周りに居る人間の中では母節子と友紋女がずば抜けて見えたのも事実で今回はひとまず紋女に相談することに決めた。


「来いっ」

「部活に入ろうと思ったんですよ」

「ふむ」

「でも、なんか違うなぁって」

「部活は強制なのか?」

「一応在籍は。ただ幽霊部員の実質帰宅部も多いみたいです」

「なら無理して入らなくても良いだろ」


 勿論そうなのだが。


「つい先日、妹が柔道習うことになったんですよ」

「ほう。確か小学生だったな」

「ええ、自分から習いたいって言って」

「流石は業火の娘だな」


 詩季は異名を多く持つが節子も相当である。「地獄の業火」「微笑破壊鎚」などなど。少し変わったところで紋女と節子を古くから知る業界人は節子を「干将」とも呼ぶのだが、これについては別の物語として語られる。


「ごうか?」

「いや気にするでない。それで、妹と関係があることか?」

「えっと」


 言い淀む詩季に紋女は悪戯を仕掛けるように楽しげに訪ねる。


「当ててやろうか?」

「え? 解るんですか?」

「当然。私を誰だと心得る?」

「凄い社長さん」

「君の友だ。ま、それ以前に簡単な推理だ」


 詩季は紋女に体を向けて姿勢を正す。


「部活に入ろうと思ったが違和感が有る、妹が頑張っている……この二つと君の性格を加味すれば材料は十分だ。君は自分を変えたいのにどうしたら良いか解らないと悩んでいる」


 詩季は『紋女さんだし、僕って解りやすいんだろう』と驚きすらせず頷いた。


「どうしたら良いと思います?」

「詩季君はどう変わりたいのだ?」

「それが、解らなくて」

「ふむ。ありきたりのアドバイスだと納得行くまで悩め、だが人間楽しくもない疲れるような事は期限が有ったり切羽詰まらんと日常に流され中々決められないものだ。その上徐々に考えるのが面倒になってしまうと我は思う」

「……ええ」


 母から聞いていた紋女のイメージとは違う切り口に驚くも納得する。彼女が自分にレベルを合わせてくれているのだろうか、とも感じた。


「まだ若い。日常に流されるも良し。だが、それで良しとせぬのなら紙に書いてみると良い。己の求めるものを、ことを、素直に書いてみると良い。恰好つけたり綺麗に書こうとする必要はない。

 我は実際に見た事はないがドラマとか映画の受験生は部屋に『絶対合格』とか『合格祈願』とか毛筆で書いておくだろ? 見たことないか?」

「有りますね」

「あそこまでやる必要もないかもしれんが。漠然と何かを模索するよりも優先順位を付けて、他は一端捨て置く、くらいの気持ちでそれに向けて取りかかってみてはどうか」


 社会人らしいと言えばらしい答えだと詩季は感じたが、前世でここまで親身で、そして感じ入る言葉をくれる上司や先輩に詩季は出会うことが出来なかっただけに感動も大きかった。


「紋女さんって見た目は可愛いのに恰好良いねぇ」


 しみじみと、そして敬語が抜けてそう言った詩季に紋女はドヤ顔で答える。


「で、あろ? ……して、こんなアドバイスでどうだろう? 他に何か言い足りないこととか無いか?」

「ううん、御陰で整理付いた。ちょっとやってみるね。紋女さんに相談して良かったよ。有り難う」


 顔色がかなり良くなりいつもの素直な笑顔が見れたと紋女は安心した。


「メロンパンもっと食うか?」

「えぇ。太っちゃうよ」

「なに、詩季君は痩せても太っても美人さんだ。だが夕飯も有るか。どれ」


 紋女はそう言って詩季を待たせてまたいくつか買ったようで、メロンパンが入った紙袋を詩季に渡す。


「君の家族にお土産を持っていってくれ」

「え、良いの?」

「なに、これだけ美味いメロンパンだ。我らだけで味わうのは勿体なかろ?」


 詩季から見ると初見では未成年にも見えてしまうほどの背丈の紋女。接すれば接するほどその印象は変わる。

 人としての器の大きさ、豪快さ、そして情の厚さと気遣いに詩季は前世も含めて暦家の姉達以外で初めて尊敬出来る人物に出会えた気分であった。


「甘い」

「え?」

「ふふ、いや、酒も良いが甘いものは良いなと思っただけだ」

「そうだねぇ。今度お礼に僕のお勧めクレープご馳走するよ。ただ、潰れるほど飲んじゃ駄目だからね?」

「解っとるし、あれ以来家でしか飲んでおらんよ」

「それが良いよ。この間みたいな時とか、他にも何かあったらいつでも連絡頂戴ね?」

「はは。そうならんよう気を付けるが、その時になったら遠慮なく頼らせて貰うよ」 


 腰に手を当て過去の自分を反省している様子の紋女に詩季は追撃する。


「なんか話したいなぁって時もいつでも電話頂戴ね? 出れないときは折り返すから」


 詩季から見ると立派な人物ではあるが、孤独なのも勿論理解している。そして過去に孤独だった己を身を持って知っている詩季は尊敬する友のためなら全く苦ではない。


「カッカッカッ流石にそれは悪いだろうっ」


 非常に魅力的だが、紋女は大人であるからして詩季の気遣いに気付き角が立たないよう断りを入れた。断腸の思いであったが即座にそう答えられた己を己で誉めてやりたい気分であった。


 が、詩季は天然人たらしである。


「じゃないと僕も気軽に連絡出来ないもん」

「ふふ……そうか?」

「そうだよ」

「……あい解った。我の事は気にせず良いのだが、詩季君がそう言うなら我もまた気軽に電話しようぞ」


 その後少しだけ話し、詩季が見えなくなるまで紋女は手を振って見送った。


「ふふ……あやつは……本当に業の深い男よ」


 そう呟き、公園の奥にある川沿いの林に向かう。

 数分後、メロンパンの移動販売店員や公園に居た親子連れは驚く。


「え、何!?」

「きゃあっ!」

「猛獣か!?」


 獣のような咆哮が彼らの精神を衝撃として貫き体の動きを奪う。動けぬままに林から一気に飛び去る鴉の群が異様な光景として眼に映った。


「好きだあああああああああああああああああああああああああああ! 大好きだあああああああああああああああああああ! 詩季君詩季君詩季君詩季君詩季君詩季君詩季君詩季君詩季君詩季君! ああもう我はどうしたら良いのだ! 誰か助けてくれええええええええええええ!」


 紋女は公園の森の奥で絶叫し続けるのであったが間一髪、駆けつけた警官に見つからずに帰社する事が出来た。




「社長、声が涸れてますが風邪ですか?」

「ふむ……風邪ではないが病ではある」

「持病何か有りましたっけ?」

「いや……恋の病だぐわっ痛い痛い痛い!」

「どこに行ってるかと思えば私の息子に会いに行きましたね? 社長あなた何歳ですか? 犯罪ですよ? 解ってます? ねぇ?」

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!」

「暦役員っ社長をアイアンクローは拙いです!」


 この日、節子の異名に「ガロウズ(絞首台)」が加わった。


 さらにその数時間後、節子が帰宅してビールに舌鼓を打っていた時に


「(ノω・、) ウゥ・・詩季きゅん……せっちゃんにアイアンクローされて顔と首がィタィィタィなの……我がわるぃんだけどね…… (´・ω・`)ショボーン」


 という訴状が詩季に届く。


「お母さん? どう言う事? 紋女さんに暴力振るったの?」

「え、いや、その、えっと」

「事実? ねぇ?」

「あ、う……」

「ねぇ?」

「じ、事実で、す……で、でもね?」

「軽く? 痛がるくらい?」

「い、痛い、は痛い、けど、ね?」

「何があったのかは解らないし多少はコミュニケーションなのかもしれないけど、相手が痛がるほどの暴力は流石に無いんじゃないかな?」

「あ、う……で、でも」

「紋女さんは僕にとっても、こう言っちゃ駄目なのかもしれないんだけど、友達なんだよ? お母さんだってずっとお世話になってる人だよね?」

「ご、ごめんなさい、で、でも、あの」

「でも? 何? 暴力を振るう程の何かが有るの?」

「う……うぅ」


 節子は己の減刑を勝ち取るべく仕事以上に苦慮するのであった。











活動報告に私にとって大切な事を書きました。

もしお時間御座いましたら是非ご一読下さい。

(平成28年2月5日)


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